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第三幕 乙女の祈り
第三十四話 賑やかな晩餐
しおりを挟むプランタの入り口付近には一際大きな宿があり、大衆食堂と隣接されている。これは日々やってくる行商人を受け入れる為、農業都市公認のもと建設された。
その賑わいを見せる食堂の隅で魔術師と騎士の三名は夕食をとっている。
「案外うめぇな」
「そうね。やっぱり野菜は新鮮なものがいいわ」
イグールが口一杯に詰め込みなが唸った。
産地直送は当然、出来立てほやほやの野菜である。美味しくないはずがない。
この食堂はリーズナブルでありながら出される料理はどれも美味いと評判だ。隣接する宿の宿泊者はもちろんのこと、それ以外の宿や、近隣の住民までも訪れる。
丸テーブルには特産品を使用した様々な料理が並べられ、セルティアの両隣に座るエルとイグールはそれらを次々と平らげていく。
セルティアも少しずつ食べてはいるのだが、元々少食で、そのスピードも緩やかなものだ。
「つーか、おめぇ、相変わらず食べねぇのな」
「失礼ね、ちゃんと食べてるわ」
一口含み、飲み下すとセルティアは不満げに口先を尖らせる。
彼女の皿にはまだ半分ほど料理が残っている。既に何枚か平らげてしまっているエルとイグールからすればほとんど食べていないのと変わらない。
料理がとても美味しいことに変わりはないのだが、だからといって食べられる量が急激に増えるわけではないのだ。
「んで、おめーはずいぶん綺麗に食うんだな」
「……そうかな?」
エルの方に目をやれば、綺麗に片付けられた皿が何枚か積まれている。エルは出されたものは全て綺麗に食べきるタイプだ。
イグールも基本はそうだが、食べ方が雑で食べかすが周りに散らばっている。それにセルティアは眉根を寄せるのだが今に始まったことではないので、何も言わなかった。
「でも、そうね。前から思っていたけど、確かにエルの食べ方は綺麗だと思うわ」
「……そうかな?」
もう一度同じ呟きをするエルにセルティアは盛大に頷く。特に隣にイグールがいるので、比べるとよりはっきりとその差がわかるのだ。
ナイフやフォークの使い方はもちろん、スープの飲み方から料理を口に運ぶ仕草まで統一され隙がない。
一朝一夕ではない、身体に染み込んでいる感じだ。
(どういう環境で育ったのかしら)
そんな疑問が過るがすぐに、そういえばと、ある情報を思い出す。
(確かエルの生家は貴族だったかしら?)
あまり詳しくは知らないが、そんな噂を聞いたことがある気がする。
貴族と言ってもその位は様々で、下位の身分なら騎士隊に結構在籍している。高位の貴族なら騎士となることはほぼない。
エルの部下である副隊長のジェークも南地区ではそれなりの貴族の出身なので、エルがどこかの貴族であったとしても不思議ではない。
どこの貴族かまでは興味がないので、セルティアは何も問うことなく食事を再開した。
「俺はティアの食べ方も綺麗だと思うよ」
「え?」
終わったと思っていた話が再度降ってきて、セルティアは持ち上げていたフォークを一瞬止め、目を瞬かせる。
「ティアだけじゃなくて、リリーやロールも。一つ一つの動きが丁寧だ」
これはエルが初めて出会ったときから感じていたことだ。特に双子はセルティアの教育がよいのか、年齢に似合わない仕草をするときがある。
「それは……たぶん、師匠の影響かしらね。だいぶ口煩く躾られたから」
「ああ、あの人なら言いそうだな」
懐かしむような表情を見せるセルティアとものすごく顔をしかめるイグール。全く違う反応をする二人をエルは不思議そうに見る。
「たまにしか会わねぇのに、すげぇ怒られた記憶があるな」
「それはあなたが粗相を毎回するからよ」
素っ気なく言い放てば、イグールはしかめっ面のまま、無言で食事を続ける。思い当たる節は多々あるだろう。
師匠と過ごしていた間、魔術連盟に揃って顔を出すこともあった。そこで何度かイグールと顔を合わせることもあったのだが、その度に師匠から小言を貰っている姿を何度も見たことがある。
「ティアの師匠は今どこにいるの?」
エルとしては何気なく問うたつもりであったが、セルティアは再びその動きを止め瞬きをした。
一瞬の沈黙に不味いことを聞いてしまったのかと思ったが、セルティアは少し考える素振りをして小首を傾げる。
「……さあ? どこで何をしているのかしらね」
ここ数年は会っていないことに気づき、所在の分からない師匠の姿を思い浮かべ、苦笑する。
「まあ、エルもそのうち会えるんじゃないかしら?」
どうやらなかなかの癖者らしいと、エルはまだ見ぬセルティアの師匠を想像しながら、適度に相づちを打っておいた。興味がなくはないが、会わなくても問題はないだろうと、自身で締めくくる。
「つーか、なんか騒がしくないか?」
それは食事も終盤に差し掛かかり、セルティアとエルがデザートを注文しようとしていた時だった。
甘いものは別腹と、二人でメニューを見つめている姿にイグールが呆れた様に視線をずらせば、店の入り口が騒がしいことに気づく。
「……そういえば、そうかもね」
店内が賑やかな為、外の喧騒にまで気がつかなかった。メニューから顔を上げたセルティアとエルは同じように目を向ける。
「なんだか、嫌な予感がするわ」
セルティアがそう口にした瞬間、入り口から突風が吹き込み、店内を荒らした。驚きの声と、所々で皿が割れる音が響きわたる。
エルは咄嗟に滑り落ちそうになった数枚の皿を受け止め、割れずに済んだことに安堵する。
「いったいなに――」
エルが何事かと確認しようとした所で、更なる風と共に一人の少女がスカートを翻して近くに現れた。
若葉を思わせるような長い髪を左右で高く括り、髪よりさらに黄色味を含ませた大きな瞳がこちらを凝視している。否、正確にはセルティアを、だ。
明らかに幼い容貌をしている少女は十代前半位だろう。
少女は沈黙を保ったまま三人がいるテーブルの前まで近寄ると、その大きな瞳に涙を溜め始めた。
「……やっと見つけた……」
声を震わせて、今にも泣き出しそうな少女を、セルティアだけでなくイグールまでげんなりとした顔で見る。
「なんで、おめぇがここにいるんだ……」
イグールは若干ひきつった顔でなんとか声を絞り出す。それに少女は睨みつけたのだが、涙が溜まった大きな瞳では迫力が些か足りない。
「なんで? なんでじゃないわよ! なんであんたがここにいるのよ!」
「ああ? なに言ってんだ?」
何やら怒っている様子だが全く解せないと、イグールは苛立たしく睨み返す。普通の少女ならその目つきに怯えそうなものだが、この目の前の少女は臆することなく、むしろ詰め寄った。
「あんたがっ! バカ、だから! まぬけよ!」
「はあ? なんだ、てめえ喧嘩売ってんのか!」
「なによっ! やるっていうの!」
「そっちがその気なんだろ!」
売り言葉に買い言葉。今にも取っ組み合いを始めそうな勢いだ。なぜこんなことになっているのか今一状況が飲み込めないエルは、隣で静観しているセルティアに小声で問うた。
「知り合い?」
「……そうじゃなければいいわ、と考えているところよ」
「……知り合いなんだな」
周囲の迷惑を省みず、賑やかに騒ぐ二人の姿を見れば他人の振りをしたくもなるだろうと思う。
しかし少女はそんなセルティアの気持ちを察することなく、勢いよく振り返った。
それに思わずセルティアは仰け反る。だが少女はそんなこと構わない。溜まった涙が溢れだし、僅かに首を振れば雫が宙を舞う。
「……セ、セルティアちゃーん!」
そして本当に泣き叫びながら、セルティアに抱きついたのだった。
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