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第71話 61 女子会といえば恋バナ

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 扉の鍵を閉めたことを確認すると、やっと一息つけた。
 先に入浴を済ませてベッドに寝転べば、どっと疲労感が押し寄せてくる。
 お風呂の石鹸が甘い香りだったせいもあり、気持ちが緩んで一気に緊張が解けたせいもある。
 たぶん貴族令嬢の侍女の為に用意してくれたんだろうけど、おかげで私までとってもフローラルな香りになってしまった。さすがに兄達までフローラルにはなってないだろう。
 城の自室で使っている石鹸はハーブの香りなので、こういう甘さは新鮮だった。

(女の子みたい)

 嬉しくて、ちょっと笑ってしまう。
 嬉しがってる場合じゃないことはわかってるのだけど。慣れない旅先に緊張もしている割に、心は浮ついている。こういうお泊りは初めてだから仕方がない。

「ご機嫌でいらっしゃいますね」

 一人で笑っているのを見られてしまったのか、お風呂から出てきたメリッサにちょっと笑われてしまった。
 見られた恥ずかしさはあったけれど、それ以上に浮き立つ心の方が上に来る。

「メリッサと枕を並べて寝る日が来るなんて思わなかったから、嬉しいんだよ」

 隣のベッドに腰を下ろしたメリッサを、行儀悪く寝ころんだまま見上げた。メリッサは「私もです」とちょっと照れたように頷く。
 けれど、その顔はすぐに苦いものへと変わった。

「ですが、先程は本当にひやりとしました」
「嫌な役回りをさせてごめん。おかげで助かったよ。ありがとう」

 クライブのことを言っているのだとすぐにわかった。釣られてこちらも苦い顔になる。

「いいえ。ああなる可能性も考えてはおりましたから、問題はございません」
「でも多分あんなことを言い出したのは、私が昼間にしくじったせいだよ。迷惑かけてごめん」

 溜息を吐いて再度謝れば、メリッサが怪訝そうに小首を傾げた。

「クライブに、私がメリッサを好きだって誤解されてしまったせいだと思うから」

 口をへの字にしたままそう告げれば、メリッサは目を瞠ってぽかんとした顔をした。
 徐々に私の言った言葉を理解したのか、「……そういうことでしたか」と額を押さえて呻く。
 意外なことに、メリッサは「なぜそんな誤解を!?」とは言わなかった。たぶんメリッサも私の行動を思い返して、客観的に見たらとそう思われても仕方がないと思ったのかもしれない。

「否定しようとしたんだけど、全然聞いてもらえなかった」

 むしろ否定しようとすればするほど、「大丈夫です、ちゃんとわかってますから」という態度を取られてしまった。
 全っ然、わかってないのだけど!

「もしクライブが変なこと言ってきたら、適当に流しておいていいから」

 メリッサには何も言わないとは言っていたけど、また余計なお世話を焼いてくるかもしれない。

「あとデリックだけど、大丈夫だった? 何か変なこととか、言われたりしていない?」
「大丈夫です。問題ございません」

 もう一つ気になっていたことを尋ねれば、メリッサからすっと表情が消える。
 いや、全然問題ないって顔ではないんだけれど。何かあったとしか思えないのだけど!?

「本当に?」
「……無遠慮に好きな人はいるかと尋ねられましたので、適当にお答えしておきました」
「メリッサ、好きな人がいるのっ!?」

 驚いて思わず飛び起きてしまった。
 反射的に私も無遠慮に間髪入れずに聞いてしまった。全然理性が働かなかった。

(だって、メリッサに好きな人!?)

 今まで聞いたことなかったけれど、年齢的にいてもおかしくはない。
 一気に心拍数が上げり、緊張から掌を握りしめる。
 そんな私を見てメリッサは目を丸くすると、すぐに苦笑いをした。

「冷静で、大人で、人の気持ちを考えられる優しい方が理想です、とお答えしただけです」
「そうなんだ……」

 メリッサ、そういうタイプが好きだったんだ。初めて聞いた。
 しっかりしてるから、面倒を見たいタイプかと思っていたからちょっと驚いた。でも優しい人っていうのは基本だよね。
 私もメリッサのことは、なによりメリッサを大事にしてくれる人に任せたい。

「デリック様と正反対の方をお答えしただけですよ? ご期待いただいても応えられませんから」

 考えたことが顔に出ていたのか、メリッサがちょっと笑って否定した。
 その顔が僅かに淋しそうに見えて、チクリと胸の奥が痛む。

「一応訊くけど、無理はしてない? デリックのこと、ちょっといいなって思ったりは……」
「ありえません」

 けれど即座にきっぱりと言われて、あまりにも相手にされていないことにデリックがちょっとだけ気の毒になった。
 その反面、胸を撫で下ろす自分もいる。

(メリッサがデリックを好きになっていなくてよかった)

 それは仲のいい友人を取られたくないという、子供じみた独占欲なんかではなく。
 メリッサの立場でデリックを好きになっても、この先のことを考えると苦しくなるだけのように思えたから。
 先日メル爺の屋敷で兄と話した後、メリッサ達に詳しい事情は離せないけど処刑される可能性が薄まったことは告げた。けれどその場合の処刑回避は私だけに限った話で、周りはまた別。
 だからこそ、まだ私は女とバレるわけにはいかないと足掻いているのだ。
 
(もし私が普通に皇女だったなら、メリッサにとってデリックは理想的だったと思うのだけど……とりあえず、立場だけは)

 メリッサはマッカロー伯爵家の一人娘だ。
 この国では女性が一人で生きていくにはまだ厳しいので、メリッサの場合は婿を取るのが一般的である。
 そう考えると同じ伯爵家の次男坊という立場は、条件としては良い。しかも第一皇子付の近衛騎士である兄を持つデリックなら、相手としては申し分ない。

(でも私に仕えている限り、そういうことも難しい)

 今回はたまたま本当に好みじゃなかったようだからいいものの、もし好きになりそうな相手だった場合はやりきれない。

(メリッサに未だに婚約者がいないのは、私のせいなんだろうな)

 メリッサも、恋をするのが難しい。
 そういう立場に、私という存在が追い込んでしまっている。
 もし私の正体がバレてしまえば、マッカロー伯爵家も爵位剥奪になるだろう。婿取りどころではない。そのもしもの場合に備えて、メリッサは好きな人を作ることを避けているのかもしれない。

 ……こういう時に、ふと思うことがある。

 幼い頃に私が男だと知られたら困るにも拘わらず、乳母は私を一人で図書室に送り出していた。
 普通に考えたら、ありえない話だ。
 けれどそうしていたのは、心のどこかで露見されることを望んでいたからではないか、と。
 まだ私が事の重大さを理解する前に女だとバレていたら、きっと私が咎められる可能性は低かった。
 そして乳母はまだメリッサが生も死もよくわかっていない内に、メリッサを連れて一緒に逝こうと考えていたようにも思える。
 もしくは幼くて無知なメリッサだけは、見逃してもらえる可能性に賭けたのか。
 メリッサの身を誰よりも案じていたのは、当然ながら乳母だった。このまま育っても、メリッサが幸せな未来を描くのは難しいことなど理解していたはずだ。
 ただ乳母だって、自分も娘も死なせたいわけではなかっただろうから、すすんで暴露するようなことは出来なかった。
 だからたぶん運を天に任せるように、そんな賭けに出ていたのだと思う。

(それでも結局、ここまでバレずにきてしまった)

 どうせ失敗するなら、私はもっとはやくに失敗しておくべきだったのだ。
 まだ何もわからない内に。
 罪を罪と知る前に。
 私の失敗で、誰かが死ぬということを理解する前に。
 そうすれば乳母が願った通り、メリッサぐらいは救えたかもしれないのに。

(考えたところで、もうどうにもできないことだけど)

 所詮はすべて、もしもの話。
 もう時間は過ぎ去ってしまって、取り返しはつかない。ならば先に進むしかないわけだけど。

(どこに向かえばいいのか、わからない)

 胸の奥のわだかまりを、細く長い息に代えて吐き出した。
 考えていたら疲労がぶり返してきて、再びベッドに倒れ込んで目を閉じる。
 望んでいることなんて、普通に平凡に生きていられる毎日なのに。誰もが夢に見るような、普通の。
 そう、たとえば。

「メリッサには、ちゃんと誰かと結婚して幸せになってほしいな」
「なんですか、いきなり!」
「いっそメリッサを連れて逃げてくれるぐらいの人がいるといいのだけど」

 目を閉じたまま、焦った声を出すメリッサにかまわずに呟く。

「メリッサのことが大好きで、何があってもメリッサを守ってくれそうな人……国外の王子とか、狙ってみる気はない?」
「アルフェンルート様、酔っ払いみたいなことを仰らないでください」
「これでも結構真剣に考えて言ってるんだよ……」

 うっすらと目を開けば、メリッサが眉尻を下げた困り顔で私を見つめていた。

「アルフェンルート様こそ、そういう方を作られるべきではないかと」
「えっ!? いや、それはちょっと……うん、無理がある」

 普段の私は皇子なわけだから、かなりの無茶ぶりだ。
 そもそも私は恋愛が苦手だった。
 これでも少女漫画は好きだったけど、恋愛は外から見ている分には楽しいけど、自分がその立場に立つのはもぞ痒さしか感じなかった。
 だから乙女ゲームも、あくまでも主人公を応援し隊だったわけだし。恋愛シミュレーションでは、選択肢を誤ってばかりいたし。
 たぶん、恋愛に向いてないんだと思う。
 そう、向いてない。だって全然上手くできない。
 ……今だって。
 恋心なんて、持て余してどうしたらいいかわからない。

「私が本当に皇子なら、メリッサをお嫁さんにしたかったんだけどね」

 結局、そんな言葉を口にして逃げるように目を閉じた。
 案外、エインズワース公爵はそのつもりでいるような気がしている。このままメリッサにずっと傍にいてもらえたら、勿論心強くはある。
 ただそうなると私が王になっても次代が生まれないわけだから、どうするつもりかわからないけど。
 これは考えると碌なことになりそうにないので、あまり考えたくない。
 それにメリッサのことを考えるなら、私に縛り付けずに出来れば成人してすぐにでも誰かと結婚して遠くに行ってもらえた方が、本当はいいのだと思う。
 異国の王子は無理かもしれないけど国外の有力貴族ならば、成人して社交界に出れば、メリッサなら見初められる可能性もある。
 もしそうなれば、メリッサは助かる。

(ただそれまで私の擬態がもつかどうか)

 いや、もたせるしかない。
 別に国外の貴族でなくとも、たとえばデリックだったとしても。
 本当にメリッサが一緒に逃げたいと思えるぐらい好きな相手に出会えたなら、一緒に逃げてくれると相手が言うのなら、そちらを選んでほしい。
 だから、これだけは言っておかなければ。

「もし好きな人が出来たら、迷わずそっちを選んで。これはね、命令」

 辺境に追いやられる話もどうなるかわからないし、かといってこのまま城にいるには無理がある。
 予定通り辺境に行ければいいけど、そうでない場合は私が守ってあげられるだけの時間はたぶんそんなに残されていない。
 他人に責任を投げるつもりはないけど、最悪の事態を想定した場合、保険は一つでも多い方がいい。
 しかし色々考えたせいで頭がパンクしそう。
 思考が錯綜していて、考えている傍から矛盾だらけになっている気がする。

(駄目だ。疲れてると碌な思考にならない)

 メリッサに誰かを好きになれと言うのは残酷で、だけど誰か好きな人に出会ってほしいだなんて、言われたメリッサも混乱しているだろう。

「勝手なことばかり言って、ごめん」
「アルフェンルート様……」
「……そうだ、名前。アルフェでいいから」

 限界を超えて今にも眠りそうになっている意識を必死に引き留めて、気になっていたことを口にした。
 わかっているとは思うけど、ここでアルフェンルートと呼ばれるのはまずい。
 事情を知らない人がいる前ではアルフェと呼ぶつもりでいたとは思うけど、一応言っておいた方がメリッサも心置きなく呼べるだろう。
 そういえばセインはアルと呼ぶのに、メリッサはずっとアルフェンルート呼びだった。
 乳母は厳しい人だったから私を愛称で呼ぶのを許さなかったけど、個人的には呼び方にはそこまで拘りはない。このまま定着するなら、それはそれでかまわない。

(そういえば、クライブはアルトって呼び続けてるけど)

 ちょっとまずい気もするけど、あの程度ならそこまで気にするようなことでもないかな……。
 そういえば、クライブと言えば。

「明日は、朝はどうしたらいいか聞くの忘れてしまったから、朝一番にクライブに聞かないと……」

 部屋に入る前に確認するつもりだったのに、クライブが部屋割に口を出すから動揺してすっぽ抜けてしまった。
 侍女として来ている以上、侍女の仕事をすべきだと思う。兄を起こす時間等の諸々を、確認しなければならない。
 朝一でクライブと会うのかと思うと、ちょっと……なんとも、あれだけど。

(そういえば寝起きが悪いって言ってたけど……クライブ、ちゃんと起きられるの?)

 そんなことを考えながら、気づけば意識は眠りの中へと落ちていった。


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