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第53話 45 悪役令嬢を見習いたい

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 ラッセル・グレイ──グレイ男爵が第一子。
 現在、私より10歳年上の24歳。
 けしてでしゃばることのない控えめな態度と穏やかで丁寧な口調。ミルクティーベージュの髪はいつも三つ編みにされていて、肩に流されている。
 優しげな風貌で、下がり気味の茶色の目と目が合うと、いつも控えめに微笑んでくれる。

 一応貴族の括りではあるけれど、この国の男爵という位は一代限りの当人だけに与えられる称号だ。そのため、正確に言えばラッセル本人は貴族ではない。
 騎士というのは爵位を継ぐ権利のない貴族の第二子以降や、ラッセルのような男爵子息がなることが多い。城内部を守る内兵は特にそうだ。
 その中でも近衛騎士ともなると、爵位は上位が占めている。公爵、侯爵の第二子以降、クライブのような伯爵家長子もいる。
 仕える相手が相手なだけに、人柄は当然として、傍に置いても恥ずかしくない程度の家柄や教養、知識も必要とされるからだ。

(そう考えると、ラッセルは近衛騎士の中では珍しい方かな)

 男爵子息となると、長子であってもかなり立場は弱いはず。近衛騎士になるにもコネは使えず、実力で勝ち取るしかない。
 そう考えると、本人が相当努力したのだとわかる。
 そしてそんな立場だったからこそ、家柄だけが自慢そうなどうしようもない上官に目を付けられて、妬まれて苛められたのだろう。
 とはいっても、ラッセルはあの日倒れるまで無茶ぶりされたものをすべて文句も言わずにこなしていたという。その体力と精神力は侮れない。

 現状、そんな彼は全く非の打ち所がない。

 パワハラしてでも追い出さなければならないと思って頑張ってはみているけれど、文句をつけるところがなくて困っている。

(もういっそ、完璧すぎて劣等感を抱く、という文句ぐらいしか浮かばないのだけど)

 これでも意地悪を言ってみたり、我儘を言って嫌われようという努力はしてきた。
 しかし苛めの楽しさというものが全然さっぱりわからない上に、いざ苛めるとなると何をしたらいいのか思いつかなくて困っている。
 苛めの手引書なんてないし、悪役令嬢のやり口とか、昔の仕事相手のパワハラを思い出して試みているけど、人として躊躇してしまうのでそこまでの威力が出ない。

(まさか、悪役令嬢を尊敬する日が来るとは思わなかった……)

 そんな風に全くやりたくないことをしているので、虐げられているラッセルよりも苛めるこっちのストレスの方がひどいことになっている気がする。
 おかげで近頃、胃が痛い。
 それでもこの1週間、なんとか色々とやってはみたのだ。

(勉強教えてって言って、わからなかったら「こんなこともわからないのですか」って嫌味を言ってみたり)

 けれど心底申し訳なさそうな顔をされ、「ご期待に沿えず申し訳ありません。明日までには殿下にお教えできるようにしてまいります」と謝罪をされた。
 その翌日、宣言通り教師よりもわかりやすく懇切丁寧に教えてくれた。
 そもそもラッセルは護衛なのだから、彼が謝る必要も、そんなことをする必要もないというのに、だ。
 
(ラッセルにだけ、仕事中だからお茶は淹れてあげられないんだって意地悪言っても、「気にかけてくださっただけで十分です」って笑われて終わったし)

 心を鬼にして除け者にしても、全然気にしてくれなかった。
 というより、元より自分にお茶を振る舞われる権利があるとは露ほどにも考えていないようだった。私がああ言ったら、逆にちょっと驚かれたぐらいである。
 これでは堪えるわけがない。

(本来の業務じゃない私の書庫の整理をお願いしても、嫌な顔するどころか率先してやってくれるし……)

 棚の上の方の本が手が届かなくてなかなか読めないから、1段ずつ上の棚から順に繰り下げていき、一番下の本は上に持っていくという総入れ替えを頼んだ。それも一応分類してあるから、本の並びは変えないように、という指定付きで。
 とても面倒な作業である。私も今まで面倒で手を付けていなかったぐらいなのだから。
 それなのに、「お役に立てて嬉しいです」と言われる始末。
 小さな部屋の壁一面がほぼ本棚なわけだからかなりの量だし、重くて大変で面倒なことこの上ないのに、堪えている様子が全くと言っていいほどなかった。
 内心ではムカつくクソガキだと思っているかもしれないけど、そんな様子は微塵も感じさせないところがまたすごい。

(なんなの。完璧超人なの?)

 結果として、ことごとく私がものすごく性格の悪い人になっただけだった。
 
(それを目指してるからいいとはいえ……っ)

 でもそれがすごく私の心に負担をかけてくる。
 嫌われるのは、怖いし悲しい。
 わざと嫌われるように仕向けているとはいっても、楽しんでやっているわけじゃない。自分の意に沿わぬ行動をしているから余計にだ。
 出来れば事なかれ主義で平和にのんびり過ごしたい派なので、わざと角が立つような状況を作り出すことが苦痛で仕方がない。

(はやく愛想をつかしてほしい)

 実のところ私がわざわざ苛めなくても、ラッセルにとってこの環境はとても居心地が悪い。
 近衛騎士は陛下直轄、つまり第一皇子派であるという認識が周囲に染み込んでいる。けれど当然ながら私の周りにいるのは、第二皇子派。
 ラッセルにとって、私の傍は完全にアウェー。セインもメリッサも他人行儀を崩さないから、相当居心地悪く感じているはずだ。
 しかし調べた限りでは、ラッセルの忍耐力はお墨付き。毎日穏やかな笑顔を絶やさない。
 これはラッセルが音を上げる前に、私がストレス性胃潰瘍になって血を吐く方が先かもしれない。常に傍にいられることに緊張感を強いられ、うまく呼吸が出来ないような気持ちになってくる。

(近衛騎士だから、図書室にも一緒に入ってこれるのは盲点だった。メル爺のところにいるときも、ずっとついたままだし)

 おかげで一人になる時間が取れず、メル爺への相談も迂闊に出来ない。
 そんな中、クライブは相変わらず私に声をかけてくる。
 でも多少は周りの目を気にしてくれて、このところは当たり障りのない言葉を少し交わすだけだ。
 先日はこちらの気も知らず、「アルト様にも近衛騎士が付けられてよかったですね」と笑顔で言ってきた。嬉しそうな顔をされて、とても複雑だった。
 こっちは全っ然よくないから。
 反射的に苦い顔になった私を見て、なぜか溜息を吐かれたっけ。

(そういえば、ランス領に連れてってもらう約束も放置したままだった)

 というか、あの約束ってまだ生きてるの?
 ラッセルは近衛用宿舎に移り住んだというから、クライブとも顔を合わせているはず。けどああいう話をラッセルの前でしていいのかどうか迷って、口に出来てない。
 今のところラッセルと顔を合わせなくて済むのは、午前中だけだ。
 本来交代で護衛に当たるものだけど、私の近衛はラッセル一人だけなので、よく移動する午後にだけ付いてもらうことになっている。でも午前中は勉強で講師が来るから、実質一人になれるのは夜寝るときだけという現状。
 唯一、寝室にだけは有事の際以外は入らないように命じてあるからいいとしても、夜に寝室に籠るまでが耐久レースだ。

 おかげで近頃は、寝室に戻るとすぐに入浴を済ませて死んだように眠っている。寝る前にのんびり本を読んで心を癒す余裕もない。
 それでも睡眠だけでは癒しきれていないのか、日に日に私の溜息が増えていっている。
 ラッセルが悪い人ではなく、むしろすごく良い人なだけに、自分の仕打ちに良心が痛む。
 先が見えなくて、焦りばかりが湧いてくる今日この頃……。

「ラッセルはずっと私に付いてくれていますが、いつ鍛錬をされているのですか」

 おかげで図らずもちょっと苛立っていて、夕刻になってメル爺の元から自室へ帰る途中、中庭を連れ立って歩いていたラッセルを責める声が出た。
 まるで鍛錬をサボっているだろうと言わんばかりの嫌味っぽい感じが出たので、結果オーライ。
 
「アルフェンルート殿下の護衛に差し支えないよう、午前中に済ませていますよ」

 私の声が刺々しいのに気づかないわけもないだろうに、ラッセルはいつものように優しく微笑んで丁寧に答えてくれた。
 けれどその返事に驚いて、思わず足を止める。

「午前中にですか?」
「はい。殿下の元にお伺いする前の、昼食前の時間は鍛錬に充てています」
「では、いつ休んでいるのですか」

 午前中に鍛錬して、昼食後から夜までずっと私の傍に控え、私が寝室に入るのがだいたい19~20時頃。それに合わせて下がっているはずだ。
 メル爺の元にいる間も離れないから、鍛錬を約2時間と計算すると9時間労働していることになる。それ以外にも、業務日報等の事務作業もあるだろうから10時間以上?
 この国の労働時間としては長すぎる。
 日本で考えると残業が毎日2時間、月40時間越えってことになる。
 過労死レベルとはいかないものの、ほぼずっと立っていて気を張っている仕事だから疲労も相当溜まる。
 目を丸くして問えば、「夜はちゃんと眠っていますから」と言い訳された。

「つまり夜しか休めてないということではないですか」

 ありえない。まだ2週間弱とはいえ、平然としているから全然気づかなかった。
 仕事以外にもやることや、やりたいことはあると思うのに、その生活サイクルじゃ自分の時間を捻出するのも難しい。

「鍛錬は私がメル爺の元にいる時にすればいいでしょう。護衛はメル爺がしてくれますから、ラッセルがいなくとも問題ありません」
「そういうわけにはまいりません。これが私の仕事ですから」
「そう言って、無理を続けて体を壊したら意味がないと言っているのです」

 柔らかい口調ではあったけど引く様子を見せないので、顔を顰めて語調を強めた。
 体の疲労が蓄積すれば、比例して心も余裕を持てずに疲弊していく。
 その悪循環で鬱になって長期休職した上司を知っているだけに、こっちも引けない。
 ただでさえ、ラッセルは私の近衛騎士だ。実際のところ兄派か私派かわからないけど、第一皇子派で構成されている近衛騎士の中では、浮いた存在になっているだろうことも想像はつく。
 仕事でも無理を強い、暮らしている私的空間でも気を張らなければならない現状は、とても危険と言える。
 無理をして心身を壊すのに、それほど時間はいらない。だけど回復するのは数年、あるいは一生治らなかったりする。
 いくら辞める方向にもっていきたいとはいえ、そこまで無理を強いるつもりはない。

「鍛錬は私がメル爺の元にいる間にしてください。適度な休息を取って、体調を万全に整えることも仕事だと思いなさい。これは命令です」
「お言葉ですが、私は現在これでまったく問題はありません」
「いま無理をしている分の体力は、未来の貴方自身から前借しているだけです。そんなことを続けていれば必ず体を壊します」

 経験者だから言えることである。
 アラサーになったら、これまで無理したツケが一気に来るから!

「言うことが聞けないのなら、私の近衛など辞めなさい。独りよがりに仕事をされても迷惑です」

 眉尻を下げただけで頷かない相手を睨み、はっきりと迷惑だと告げた。
 むしろこれで、私の為を思ってやっているのに、と怒って辞めてくれれば幸いとすら思う。
 けれどラッセルはまじまじと私を見つめた後、ふっ、となぜか吹き出した。眉尻を下げて目尻を緩ませ、少し困ったようなものを見る目で私を見る。

(なんで今笑われた!?)

 笑われるようなことなんて、何一つ言ってないと思うのだけど!

「笑われるような話はしていないと思うのですが」
「申し訳ありません。けして殿下を軽んじて笑ったわけではないのです」

 ムッとして言えば、慌てて表情を改めてラッセルが謝る。でもまたすぐに微笑み、思いもよらないことを口にした。

「殿下は本当に人がよろしい方なのだと思ったのです」
「はい?」

 私はたった今、かなりきつく言ったはずだけど。
 それにラッセルが来てからずっと苛めようとしているわけだから、人が良いと言われても違和感しかない。
 眉を顰めたまま僅かに首を傾げれば、「心配してくださっているのでしょう?」とラッセルが聞き返してくる。

「私は貴方が体を壊したりして、それを私のせいにされたら嫌なだけです」
「だからそうならないよう、取り計らってくださろうとしているのですよね」

 言い方を替えればそうだけど、それだと私がすごく良い人のように聞こえてくる。

(それじゃ困る!)

 頷かずに黙った私を見て、ラッセルは私を手で促すと、中庭に置いてあるベンチの一つへと誘導する。
 とりあえず促されるままに腰を下ろすと、思ってもいなかった話を振られた。

「アルフェンルート殿下は以前、訓練中に自分の過失で怪我をした衛兵が運び込まれた時のことを覚えておられますか?」

 いきなり何の話なのかと思いつつ、少し考え込む。
 思い返してみれば、一度、医務室に血だらけの人が運び込まれてきたことがあった。
 防具を付けずに鍛錬して、それで怪我をしたとかなんとか……
 自業自得とはいえ、血を失って青い顔をしている相手にメル爺が怒り狂ったので、驚いて止めたことがある。
 自分が悪いとわかっているときに追い打ちをかけられると、余計に心が折れる。それになにより、あんなに怒ったらメル爺の脳の血管が切れるんじゃないかと、そっちも心配だった。
 思い至って頷けば、にこりと微笑まれた。

「あれは自業自得でしたし、殿下とは何の関係もない者でしたが、スラットリー老から庇ってくださったでしょう?」

 そう言われても、特にそういうつもりじゃなかったので言葉に詰まった。
 ものすごく好意的に解釈してくれているみたいだけど、ただ目の前で人が怒鳴られているのを見るのが居た堪れなくて、咄嗟に仲裁しただけだ。

「それに私が倒れた時も、殿下は迷わず駆け寄ってくださいました。何の縁もない、助けたところで益が得られるとは思えない私の為に、躊躇いもなく上官に立ち向かってくださった」
「倒れた人を無視は出来ないでしょう。それに貴方はこの国の民で、普段私達を守ってくれている人です。私の立場なら、ああいう時ぐらい庇うのは当然です」
「そういうところが、人が良いというのです」

 そう言われても、人として当然の行為というか……見殺しにする方が、後々後悔すると思う。
 釈然としない面持ちでいれば、「あまり殿下のお耳には入れたくない話ですが」とラッセルは静かな声で続けた。

「私が見てきた限り、王宮というのは私欲が渦巻く場所です。高位になればなるほど、それは顕著になる。勿論そんな方ばかりとは言いませんが、基本的に益があるからこそ人は動くといってもいい。貴族というものはそういうものなのだと、私は思ってきました」

 急に難しい話を持ち出されて、どんな顔をしたらいいかわからなくて黙ったまま耳を傾ける。
 ただ、言っていることはよくわかる。
 私もあえて遠ざかろうとしてきたけれど、水面下で陰謀が渦巻いるというのは身をもって知っていた。
 誰もが表面上はにこやかな仮面をつけて、けれど腹の底ではどうやって出し抜こうかと足の引っ張り合いをしている。
 ここは優しくもなければ、美しくもない世界だ。
 すべてがそうではないけれど、王宮というのはそういう面を多く抱えている。

「ですがアルフェンルート殿下は、そうではなかった。弱い者にも迷わずに手を差し伸べる。何の益もないのに、当然のように守ろうとしてくださる。そして見返りも求められない」

 そう言って、膝が汚れることも構わずに私の前に片膝をついた。

「私に体調が戻るまでの静養を命じられてから、何も仰られないので驚きました。私から動かなければ、殿下はそのまま私を助けたことも忘れてしまわれたのではないでしょうか?」
「……まぁ、確かに忘れていました」

 それどころではなかった、というのもある。
 でもそれを差し引いても、そういえばあの人治ったかな?程度に思い返すだけだったとは思う。
 頷けば、苦笑いをされた。
 自分はその程度の存在なのかと思わせてしまったのかもしれないけれど、実際にそうだったので弁解はしない。

「王族である殿下が安易に手を差しべることは、本来はあまりよくないことかもしれません。周りへの影響も考えて、弱者を切り捨てなければならない事もあるでしょう。殿下のお立場であれば、あのとき益のない私を庇うのではなく、あの上官に迎合すべきでした」

 それはつまり判断力がないとか、先を見通す力がないと言っているのかと眉根を寄せる。

(そこまでわかっているのなら、私はつくづく仕えるに値しない相手だと思うのだけど)

 けれどラッセルは、茶色の優しげな瞳に敬愛を宿して私を見上げた。

「ですが私はそんな貴方だからこそ、お仕えしたいと思ったのです。貴方が今の貴方のままでいられるよう、微力ながらお守りさせていただきたいのです」

 そう言って、ラッセルはふんわりと優しく微笑んだ。

「それにきっと貴方の傍は、とても居心地が良いと思いますから」
「……私はラッセルに対して、そう言われるような態度を取った覚えはありません」

 そうは言われても、意地悪をしたし、嫌味も言ったし、面倒事も押し付けた。
 ラッセルこそ、人が良いにも程があると思うのだけど。
 心配になってきて顔を顰めれば、ラッセルは何か思い出したように小さく笑った。

「アルフェンルート殿下は、私に殿下の近衛を辞してほしいのですよね?」
「っ!」

 直球で言われて、ぐっと息が詰まった。
 こういう時、なんて答えればいい!? そうです、と頷くべき?
 いやでも陛下の手前、そんなことはありません、と嘘でも誤魔化すべきなのか。
 けれど即座に返事を出来なかった時点で、肯定したのと同じだ。ラッセルが苦笑いをする。

「私を遠ざけようとされているのは見ていればわかります」
「……わかっているのなら、辞退していただけませんか」

 仕方なく、口元をへの字に曲げながらもそう訴えてみる。
 けれどラッセルは「それはお受けできかねます」と即座に断りの文句を口にする。

「そうやってご自分の傍から外そうとされるのも、私の為なのでしょう?」

 けれどここでもやたら好意的な解釈をされてしまい、思わず顔が引き攣った。

(ごめん。これは完全に自分の為です!)

 勿論1割ぐらいはラッセルを巻き込んで悪いと思っているので、全くラッセルの為ではないとも言えないけど、9割は自分の為です!

「ラッセルは私を過大評価しすぎています。私はただ、自分の周りに人を置くことが好きではないのです」

 さすがにその誤解は解くべきだと即座に否定したけれど、ラッセルの目がそれを全く信じていないのがわかる。
 でも本当に、本気で、それだけなので! 私に報いたいと思ってくれるなら、辞めてくれることが最大の恩返しなのです!
 じっと期待を持って見つめれば、けれどラッセルは困った顔で「そこは慣れていただくしかありません」と申し訳なさそうに告げただけだった。
 どう見ても、私の近衛騎士を辞退してくれる気配は欠片もない。

(ほんと、どうしてくれよう……っ)

 こうなったら辺境に飛ばされるまで、なんとか取り繕って誤魔化す努力の方に力を入れるべき?
 現状、それしか取れる手段がない。
 私がどれだけ苛めたとしても、ラッセルは堪えないだろうことは今の会話から知れている。
 打ちひしがれている私を見て申し訳なさそうな顔をしつつも、ラッセルは「私のことは心配なさらなくても大丈夫ですから」とフォローを入れてくれた。
 でもごめん、ほんとに自分の心配しかしていないです!

 ──けれどこの時点までの私は、まだ全然甘かったのだ。

 良心なんてかなぐり捨てて、もっと徹底して苛め抜いて辞めさせておくべきだった。
 自室に戻るなり、顔を強張らせたメリッサにエインズワース公爵の来訪を告げられた時に、心底そう思った。


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