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毎日記念日小説(完)

いい意味で使われすぎ 6月2日は裏切りの日

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春が終わり、空が不機嫌な季節の直前の良く晴れた日。
昼休み、友人と二人、屋上で昼飯を食っていた。
他愛もない話をしながら弁当をつつく。
ふと思ったことが何の脈絡もなく口から零れ落ちた。
「『いい意味で』って言葉最近増えたよな」
「確かにそうだね。『いい意味で』予想を裏切られたとか、『いい意味で』普通じゃないとかかな。ぱっと思いつくのは」
「『いい意味で』をつけなくてもいい意味の言葉に『いい意味で』をつけられたときにさ、それ以降その人が同じ言葉に『いい意味で』をつけなかったときに、これは遠まわしに文句を言われているのかなって思わない?」
「例えばどういうこと?」
彼は、時折弁当をつつきながら、会話をする。
私が説明しているときも、唐揚げを食べていた。
器用によくやるなぁ。
私はすでに食べ終えているので、会話に集中している。
「私が君と話してる時に『いい意味で才能にあふれてるね』って君に言われたとして、その後に君との会話の中で『才能にあふれているね』って君に言われたとしたら、その言葉は私をほめてるのではなくて、貶しているのではないかと思っちゃうってこと」
「あぁ、なんとなく分かった。言われてみればそうかもね。僕はあまり気にしたことがなかったなぁ」
彼は、おにぎりの包み紙を開きながら会話をしている。
下を向いている彼とは目が合わないが、あまり片手間に話をされているような気はしない。
「そうなのか。君はあまり気にしないのか。まぁ、感覚の問題だからな」
「今、思ったんだけど、『いい意味で』はどこまでの言葉をカバーできるのかな?」
「カバーって?」
「貶す言葉を褒める言葉に変えられるのかなってこと」
「あぁ、了解」
どうやら、会話の攻守が交代したようだ。
彼の出した話題について真剣に考える。
私が考えている間に、彼から話し始めた。
「まず、『期待を裏切られた』はいけるよね?『いい意味で期待を裏切られた』」
「よく聞く使用例だもんな。それに、実際に言われて悪い気はいないよな」
「じゃあ逆に、『人殺してそうな顔してるね』はガッツリアウトだよね?『いい意味で人殺してそうな顔してるね』は、ちゃんと悪口だね」
「それは、ガッツリアウトだな。人殺してそうな顔が良いことなんてないもんね。しいて言うなら犯人役をしているときとか?超限定的にはあり得そうだけど、まぁ貶しているな」
「じゃあこの二つの間ってことは決まったね」
「今度は私から。『サイコパス』ってどう?『いい意味でサイコパス』なんか、芸術系で評価されてそうじゃない?」
「おぉ、いいところだね。ギリギリ褒められてるのかな?絶妙だね。それ以上行くと確実にアウトな感じがするけど、『いい意味でサイコパス』はどっちだろう?この会話の中で突然言われたら嫌な感じはするけど、なんかいいアイデアが出たときとか、ちゃんと何かしらのきっかけがある時にいに言われたら、ワンチャン褒められているように感じるのかな?」
「じゃあこれは、さっきのとは逆で、たまに貶されているように感じるけど、基本褒められているように感じるってことでいいかな?」
「じゃあ、ぎりぎりのラインは『いい意味でサイコパス』で決定だね」
キーンコーンカーンコーン
「ちょうど、チャイムもなったし、終わるか。異議はないよ。」
弁当を畳み、屋上から二人並んで教室に戻っていった。
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