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暗い部屋を、明るい未来を

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明かりの灯っていない部屋。

 自分を待ってくれている人のいない部屋を見上げて、ため息を一つこぼす。

「なんで、こうなっちまったんだろう」

 そのつぶやきは、まだ暑さの残る残暑の夜風に乗って、彼方へと消えていった。

 会社帰りの疲れた頭では何を考えてもネガティブになってしまう。

 彼は、トボトボと部屋へと帰っていく。




 ガチャリとドアを開けた音だけが、部屋に響く。

「ただいまー」

 返ってくるはずのない挨拶は、新生活が始まってまだ抜けきれてない癖。

 今まで、当たり前に帰ってきた「おかえり」の声が聞こえないだけで悲しくなるもんだな。

 カチッと玄関の電気をつける。

「ハッピーバースデー、律」

パーンと、軽快なクラッカーの音とともに、小柄な女性が、現れた。

「あぁ、そういえば今日誕生日だったな。サプライズありがとう、光」

「どういたしまして。ケーキもあるし、早く入って、入って」

 光が、俺の手を引く。

 光に急かされたので、慌てて、靴を脱ぎ、スーツをかけて、リビングに向かう。

 そこには、二人で食べ切れそうなサイズのホールのショートケーキがおいてあった。

 光の姿がないなと思いあたりを見回すと、酒とチャッカマンを抱えた光が、ヨロヨロとこちらに歩いてくる。

「光、無理するな。酒ぐらいなら自分で運ぶから」

 光が運んでいる酒を代わりに持とうと光の前に立ちふさがった。

「大丈夫だよ、先に座ってて。あとグラスも持ってこなくちゃだから、少し待っててね」

 光の力強い言葉に、思わず道を譲ってしまう。

 手持ち無沙汰になったので、言われたとおりに、席に座って待ってる。

 そこに光が、グラスを持ってやってくる。

「それじゃあ、蝋燭に火をつけるね」

 光は、十本程度ある蝋燭に一つずつ丁寧に火をつけていく。

 全ての蝋燭に火をつけ終わると、おもむろに立ち上がった。

「ねえ、照明のスイッチどこ?」

 光は、うろちょろしながら、スイッチの在り処を探している。

「照明のリモコンなら、そこにあるぞ」

 本棚の上を指さしながら、光に言う。

 光は、リモコンを手に取ると、「じゃあ、始めますか!」と言い、部屋の明かりを消した。

 蝋燭の明かりだけが、部屋を灯す。数瞬の沈黙の後、光は静かに歌い出した。

「ハッピーバースデイトゥーユウ

    (中略)

おめでとう。これで25だね」

「・・・・・・ありがとう」

 光の澄んだ歌声に心を奪われてしまい、少し反応が遅れた。そのため、ありきたりな返ししかできなかった。

「律は、もう25か。また先を行かれちゃったね」

「誕生日、二ヶ月しか違わないだろ。11月には、また、同い年だよ」

 光の悲しそうな表情を見て、とっさに声が出た。

 さっきの悲しげな表情が、幻だったかのような眩しい笑顔を光は浮かべている。

「じゃあ、早速、蝋燭の火を消しちゃって。一息だよ、一息でやるんだよ」

 思いっきり息を吸って、さあ、吐こうとした時、空が、ピカッと光った。

「キャっ」

 光が小さく悲鳴を上げる。それと同時に、ゴォオロゴロゴロゴロと、爆音が響く。

 身体がびくっと震えた。身体は反射的に反応してしまったが、頭は冷静に考えられていた。自分以上に驚いている人がいるとほんとに冷静でいられるんだなと感心した。

 余計なことを考えていたせいで堪えられなくなり、口の中の空気が全部出てしまった。俺の息によって、先程まで、ささやかに部屋を照らしていた蝋燭たちが、一つを残して消えてしまった。

 ヤバい、ヤバいと、段々と焦っていく。

 暗いところで雷とか怖すぎるだろとにかく照明つけなきゃ。

 ぎりぎり見えるところに照明のリモコンがあったので、照明をつけてみる。

 だが、何度リモコンを押しても、照明はつかない。焦りを感じている中、一度深呼吸をする。すると驚くほど冷静になれた。

「停電か」

 俺のつぶやきに、光が質問を被せてくる。

「ねえ、律。この部屋に懐中電灯とか、ライトとか、ランプとかってないの?」

「引っ越ししてすぐだからあんまりものないんだよ」

「前の部屋にあったのはどうしたの」

 光は、不思議そうな表情で聞く。

「嫌な記憶とともに全部売っちまったんだよ。でも確か、友だちの結婚式でもらったキャンドルならあったと思うぞ」

 俺は立ち上がり、蝋燭一本の明かりと手触りだけで、キャンドルを探す。

 「キャンドル見つかった?」

 後ろから声をかけられた。振り返ると、光が、こちらに近づこうと立ち上がっている。ただ、先ほどの雷で、腰が抜けてしまったのか、「キャっ」という声とともに、前へ倒れそうになっている。すかさず駆け出し、光の体を支える。

 至近距離に光の顔がある。すぐに動こうにも驚きで、体が動かない。

 数秒の見つめ合いの末、体がやっと動き出したので、光を椅子に座らせると、脱皮のごとく抜け出して、またキャンドル探しへと戻った。

 キャンドル探しに集中することで、少し冷静さを取り戻したので、光に声をかける。

「無理して立とうとしなくていいからな。怖いのなら、ゆっくり休んでてくれ。その間にキャンドル用意するから」

 返事は返ってこなかった。

 蝋燭捜索に戻って五分、やっとキャンドルを見つけることができた。

 席に戻ると、光は顔を少し朱に染めているように見えた。

 キャンドルに火をつけた。蝋燭よりも幾分か、頼りになりそうな光量のキャンドル。

 それに合わせて、先ほどまでお世話になった蝋燭の火を消す。

「ねえ、暗いの怖いからそっちに行ってもいい?」

 震えた声でしてくる光のお願いに、俺は無言で頷いた。

 光が椅子を持ってテーブルの此方側に来る。肩が触れ合うくらい近くに光が座った。

 長い沈黙の末、沈黙に耐えきれなくなった俺は、口を開いた。

「旦那とはどうなったんだ?」

 ポツリと呟くように、問いかけた。

 光は、驚いたのか、身体をビクッとさせた。そして、こちらもまた独り言のような声量で、話し始めた。

「あいつは、他所に女作って出てった。元々ろくに帰ってこなかったけど、先月とうとう、家からあいつの荷物がなくなってた。机の上に、『お前といると疲れる。まあ、元々おまえは、本命じゃないし。離婚届書いといたから出しといて』って書き置き残していなくなってた。今は、弁護士間に入ってもらって離婚協議中。本当はあいつのあれをもぎ取ってやりたいけれどできないから、絶対に慰謝料もぎ取ってやる。雇った探偵によると、不倫相手は、私より前から付き合ってたんだって。親の代から仲のいい幼馴染だって。幼馴染と不倫とかどういう神経してんの。あいつ、あんな可愛い子いるのになんで、私に手を出したの。なんで結婚したの。あの時私に見せた笑顔は、囁いてくれた言葉は、ぜんぶ嘘だったの。私は、どこで踏み間違えたんだろう。うぅうぅう、うぅぁあぁぁああん」

 感情を高ぶらせながら話す光。とうとう我慢の限界になったのか泣き出してしまった。その姿は、まるで他人事には思えなかった。

 俺は、そんな光を見て、自分のできることなら何でもしてあげたいとおもった。

 まずは、励まそうと思って、光の背中を擦りながら、「辛かったな」「大変だったな」と、できるだけ優しい声を心がけながら声をかけた。

 しばらくすると、段々と光は落ち着きを取り戻してきた。

 光は、涙を拭いながら、俺に問いかけた。

「律こそ、あの嫁とはどうなったの?見たところこの部屋に嫁のものはなさそうなんだけど」

「うちも同じようなもんさ。あいつも他所に男作って出ていった。黒人のフィットネストレーナーに寝取られた。あいつ曰く、優しさの中に激しさがあって、更には、男らしいんだと。目をうっとりさせながら、そんなことを言う嫁の姿なんて見てられなかった。あいつ、金にがめつくてさ。そのくせ、浪費家だから、大学生の時から風俗で働いてたらしいんだよ。相手は、その中の客の一人なんだと。それが先月わかって、あいつを家から追い出して、家にあるもん全部売っぱらって、引っ越ししてきて、今のこの部屋になった。今は、同じく離婚の手続きを弁護士挟んでやってる感じ。あいつ、ザNTR風のビデオとか送りつけてくるんだよ。その動画で、思い出の場所とか、記念のものとか、全部汚されて、もう何もかも嫌になっちまったよ。ああ、なんであんな奴と付き合ったんだろう。なんで気づけなかったんだろう。なんで俺はこんなにも鈍感だったんだろう。俺はどこで踏み間違えたんだろう」

 俺が自分語りをしている間、光は、うんうんと、ただ相打ちを打っているだけだった。だけれどその目は、「分かるよ、大変だったねえ」と言っているように思えた。

 それを見て、俺は思わず泣き出してしまった。恥もへったくれもなく、わんわんと泣いた。

 光は、俺の背中を擦りながら、「よく耐えたね。頑張ったね」「大丈夫だよ。ひとりじゃないよ」と、優しい声で声をかけてくれた。

 しばらくして俺が泣き止むと、「もう、大丈夫?」と、光は声をかけてくれた。

 その優しさにもう一度泣きそうになったのをなんとか食い止めて、俺は話し始めた。

「俺さあ、高校の時、光が好きだったんだ」

 光の声で、話が中断される。

「えっ」

 光が驚いたような顔をして、こっちを見てくる。

「律って私のこと好きだったの!!!??」

 光が今日一番の声量で叫んだ。

「私も高校の時律のこと好きだったのに...」

 光は、後悔の感情の乗った声でポツリとこぼす。

 その言葉に反応して、俺は、先ほどの光の叫び声と同じぐらいの声量で叫んだ。

「光って俺のこと好きだったの!!!??」

 驚いて光を見つめる俺。先ほどの叫びから俺を見つめ続けてる光。見つめ合ってしばらくした時、どちらともなくフフッと笑い声が漏れた。

「俺、あいつを許せない理由が一つ増えたわ。あいつ、『光さんは三年の先輩が好きだから諦めたほうがいいですよ』とか言って俺をそそのかしたんだった。更には、『光さんのデートの写真です』とか言って写真を見せてきて、ニヤニヤしながら死体撃ちしやがったんだ、許せねえ。なんであんな奴と付き合っちまったんだろう。あのときの自分が悪い」

「奇遇だね。私もあいつを許せない理由が一つ増えたよ。あいつ、『律は、一年の後輩に好きな子がいるって言ってたぜ』とか言って私をそそのかしたんだった。更には、『アイツラのイチャイチャ写真』とか言って写真を見せびらかして、ニヤニヤしながら死体撃ちしやがって、許せない。あんないけ好かないチャラ男好みじゃないのに、あのときの私どうかしてたよ」

「「あの時、くじけなければ幸せを掴めたのに、あいつ許さねえ(ない)」」

 見事にハモった。バッとお互いの顔を見たかと思ったら、二人して笑い出した。

 この笑い声が憎しみの笑い声なのか、ハモったのが面白かったのか、は俺もわからない。

 俺たちの怒りの闘志にあてられてなのか、急に部屋は明るさを取り戻した。

「じゃあもうこの話は終わりね。誕生日なんだから、暗いことばっか言ってないで、ケーキでも食べながら楽しい話をしましょう」

「おう、そうだな。帰ってくるまで忘れてたとはいえ、誕生日だもんな」

 さっきまでの重く、暗い空気を吹き飛ばすほどに無理ありテンションを上げ、二人して豪快に笑ってみせた。

「そういえば、光。どうやって家に入ったんだ?」

「おばさんが合鍵をくれた。おばさん『光ちゃんぐらいまともな子が、あの子の嫁だったら良かったのに。今からでもあの子の嫁にならない?』って言ってたよ」

 それ、今言うことか?

 途端に空気がさっきの暗黒面に逆戻りしたんだが。

 何かを察したような顔をした光は、慌てて話題をずらそうとした。

「ケーキのクリーム溶けちゃってる。キャンドルの熱のせいかな?もったいないし早くケーキ食べちゃおう!」

「ああ、そうだな。せっかくのケーキだし、いただくとするか」

「「イタダキマス」」

やけに大きいいただきますの声が響いた。






 かれこれ二時間ほど遊んだ。

 もうお開きとなり、光を玄関まで送っている。

「じゃあね。離婚が成立したらアイツラからの解放会とかでまた飲もうね」

「おう。じゃあ頑張って離婚すっか」

 お互いにガッツポーズをしてやる気を表す。

「最後に一つ。私は今でも、おばさんの言葉が実現すればいいなって思ってるよ。バイバイ」

…‥‥‥えっ。

 ってことは結婚したいってこと?

……えっ。



俺はもちろんOKだけど。

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