リトル・ドラゴン

藤和

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第二章 下界のあやかし

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 私が卵から出てしばらく経って、頭に角が生え始めた頃。角が生えてきたんだから、もう箱入りにされるだけの子供じゃないぞと思って、こっそり下界に行こうとした。
 したのだけれども。
「シャオロン、どこに行くんだい?」
 後ろから少し厳しい緑竜お兄さんの声が聞こえてきた。竜の住む雲の宮の出口でのことだったので、私が下界を見に行こうとしたのがばれてしまったのだろう。
「ピ、ピィ……」
 私はおどおどしながら、下界を見に行くつもりだったと言うと、緑竜お兄さんは難しい顔でこう返す。
「下界に興味があるのはわかるけど、シャオロンにはまだ早いよ。
もう少し大きくなってからの方がいいよ」
 そう言われて、思わず涙が浮かぶ。私だって、いつまでも小さいままじゃないのに。
 私が涙目になってるのを見て、緑竜お兄さんがおろおろする。
「そんな泣かないで。あと十年か二十年くらい我慢しよう? ね? それくらいあっという間だよ?」
「ピィ!」
 緑竜お兄さんは二十年なんてあっという間って言うけれど、角が生え始めるまでの十数年は私にとって、とっても長かった。その間、お兄さんやお姉さんに遊んでもらえていたとはいえ、下界を見たくても見られなくて、我慢していたのだ。
「ピィ、ピィ!」
 私が緑竜お兄さんに文句を言うと、横からすっと赤竜お姉さんがやって来て、緑竜お兄さんにこう言った。
「まあ、シャオロンもずっと下界を見るのを我慢してたし、行かせてあげても良いんじゃない?」
「でも」
「下界の厳しさを早めに知っておくのも大事じゃないかなって」
 赤竜お姉さんの言葉に、緑竜お兄さんはうんうん唸ってから、私にこう言った。
「わかった。ちょっとだけなら下界に行ってもいいぞ。
そのかわり、人間には見つからないようにな」
 やった! 下界を見に行ける! でも、なんで人間に見つかったらいけないのだろう。
「ピィ?」
 そのことを訊ねると、赤竜お姉さんが口をぐわっと開けてこう言った。
「人間に見つかったら、食べられちゃうかもしれないからね」
「ピィ!」
 食べられちゃうのはこわい! でも、それでも下界が見たいので、下界を見に行くことにする。
 雲の宮を出るときに、緑竜お兄さんが後ろからこう言ってきた。
「こわいことがあったらすぐに逃げてくるんだぞ」
「ピィ!」
 そうして私は、下界へと向かった。

 はじめは空の上から眺めているだけだったけれども、ずっと下の方にあるいろいろなものが小さく見えて、いまいちよくわからない。なので、人の里から少し離れた所にある山の中に降りていった。
 山の中には、色々な生き物がいた。鳥とか、獣とか、そんなものがいて。木や草には花が咲いていた。
 こんな光景は雲の宮では見られない。はじめて見た景色に私はうれしくなって、山の中をぐるぐると回った。
 そうしていると、なんだか良い匂いがしてきた。なんだろうと思って匂いのする方へ行くと、山のあなぐらを家にしているとおぼしき人間ふたりが、台の上になにかを置いて食べていた。
 人間には見つからないようにと緑竜お兄さんに言われたけど、人間が食べているものが気になって、私はついふらふらと人間の方へと近づいて行ってしまった。
 もちろん、人間にはすぐに見つかってしまった。
 人間のうち片方が、驚いた顔で私を見る。
「なんだ、竜の子供か?」
 どうしよう、人間に捕まって食べられちゃうかも。そう思ってぎゅっと目を瞑ると、もう片方の人間が優しい声でこう言った。
「竜の子供かぁ。よかったら一緒におやつ食べない?」
 それを聞いて、私は恐る恐る人間の側に行く。誘ってきた人間が私にパイを差し出すので、それを囓ると中には薔薇の花の餡が入っていて、いい香りで甘くておいしい。
 私は夢中になってそのパイを食べた。一個食べたらお腹いっぱいで、思わず眠くなってくる。
 うとうとしていると、私を見つけた方の人間が私にこう言った。
「おまえ、人間に見つかる前に竜の宮に帰った方がいいぞ」
「ピィ?」
 人間に見つかる前に? このふたりは人間じゃないの? その疑問を口にすると、帰った方がいいと言った人間のようなものがこう続けた。
「俺達はこの山に住むあやかしだ。
人間とも関わりはあるけど、おまえのことは人間には言わないから、今日の所は帰れ」
 なるほど、このふたりは人間じゃなかったのか。それなら安心だ。
 私は薔薇のパイのお礼をして雲の宮へと帰っていった。

 雲の宮に帰ると、緑竜お兄さんだけでなく白竜お兄さんや赤竜お姉さん、黄竜お姉さんが心配そうに待っていた。
 私は早速、さっき会ったあやかしの話をする。
「ピィ、ピィピィ」
 すると、みんな安心したように息を吐いて、白竜お兄さんがこう言った。
「見つかったのがあやかしでよかった。人間だったら大変なことになってるところだった」
 人間に見つかると、やっぱり食べられてしまうのだろうか。それはこわいけれども、下界は楽しかった。
 だから、私はお兄さんとお姉さん達に訊ねる。また下界に行ってもいいかと。
 すると、みんな難しそうな顔をしてから、黄竜お姉さんがこう言った。
「その、あやかしのところになら行ってもいいですよ」
 あのふたりのところはまた行っていいんだ!
 あのふたりのところに行けるなら、きっとまたおいしい薔薇のパイが食べられる。
 それか楽しみで、私は思わず踊ってしまった。
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