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第二章 呪術師
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ツーヨウとリエレンがその街にやってきてからひと月程。
ツーヨウとそのお守りの噂は良くも悪くも色々と尾びれが付きながらも広まっていた。
『本当にあのお守りは効くのか?』『随分とがめつい小僧だ』『このお守りのおかげでこんな良い事がありました! 実に幸福です!』等々。
そして、それと同時に囁かれている噂。この街に最近タオティエが姿を現す様になったと言う事も広まっている。
今日も大通りでのお守りの営業を終え、机を片付けている所に一人の、小柄で貧しそうな服装をした少女がやってきた。
「あの、最近噂のお守り屋さん……ですよね?」
人違いだったらと言う事を考えて心配しているのだろう、オドオドと掛けられたその言葉に、ツーヨウはどうしたのだろうと思いながら返事を返す。
「最近噂ってなると、僕だと思うけど、何か用です?」
すると少女は、ツーヨウの事を見つめ、震える声でこう言った。
「あの、病気が治るお守りって有りますか?」
「病気?」
ツーヨウとしては、お守りとして玉を売っては居るけれど、実の所確実な効果があると思って売っている訳では無い。
なので、どんな症状かはわからない、わかったとしても、確実に病気を治すお守りという物は持っていないというのが本音だった。
けれどもそれを口にせず、ツーヨウは少し腰を屈めて視線を合わせ、少女に優しく問いかけて事情を訊く。
すると、どうやら彼女の兄と弟が病に倒れ、なかなか治らないという事だった。
「成る程ね」
顎に手を当てて少し考えた後、ツーヨウは少女に言う。
「それだと、お守りよりもお祓いをした方が良いかもしれない。
お金を払ってくれるなら、僕がお祓いしてあげるよ」
「ほ、本当ですか!」
そう少女は声を上げたが、すぐに俯いてしまう。
「でも、実は、私の家は余りお金が無くて、呪術師さんに払えるだけの……」
「お金無いの?」
つまらなそうなツーヨウの言葉に、少女は申し訳なさそうにして頷く。
貰える物を貰えないのだったら、これ以上かかわるのは良く無いとツーヨウが思ったその矢先、リエレンが思い立ったように少女に言った。
「お金じゃ無くて、玉は無いか?」
「玉……ですか?
玉なら、沢山有ります」
一体何のことだかわかっていない少女の答えに、リエレンはツーヨウの方を向く。
「だとよ。
どうする? 金の代わりに玉を支払って貰うか?」
リエレンの言葉にツーヨウは、それだ。と言う顔をして手を叩いて少女に言う。
「そうだね。玉は僕も欲しいし、どんな玉が有るかを見せて貰った上でお祓いをするかどうかを決めさせて貰うよ。
それで良い?」
ツーヨウの言葉に、少女はまた頷く。
そうして、ツーヨウとリエレンは少女の家へと行く事になった。
少女が住んでいると言う小さな家に着き、少し立て付けの悪い扉を開けて貰うなり、ツーヨウは異変を感じ取っていた。
家中に、黒く覆い被さる物が蔓延っているのだ。
少女はそれに気付いていない様で、ツーヨウ達を家の中へと入れる。
それから、早速家に有る全てという、色とりどりで様々な大きさの玉を、ツーヨウの前に広げた。
「へぇ、なかなか良いのが揃ってるじゃ無い」
ツーヨウは広げられた玉の中から、この中から特に、質の良い物を三つ少女に選ばせる。
少女は迷う事無く、ツーヨウが判別できる範囲では、的確に質の良い玉を選び出した。
「この三つが、この中でも特に良い玉です」
「君凄いね。
この水準で玉を並べられたら、慣れてる僕だって選ぶのに時間が掛かるのに」
思わず感嘆の言葉を口にするツーヨウに、少女は照れたように笑ってこう答える。
「玉を見る目だけは確かだって、玉を売りに行ってるお父さんに褒められた事が有るんですよ」
その説明に、なるほど、玉を売るのを生業としているのかと、ツーヨウは少女の鑑定眼の理由に納得する。
それから、この三つの玉を貰う代わりにお祓いをすると、そう少女に告げ、玉を懐に入れた。
少女の弟と兄が寝かせられている部屋に行くと、そこには随分とやつれた様子の少年と男の二人が横たわっていた。
その部屋の中で、ツーヨウは香になる小さな木片を皿の上に乗せ、火打ち石で火を付けて焚く。
皿の上から細く、揺らぎながら立ち上る煙。
馨しい香の煙が部屋を満たした所で呪文を唱え始めると、家の中に覆い被さっていた物が、蠢き、密となりツーヨウに襲いかかろうとする。
呪文を唱え終わったツーヨウは、すかさず叫ぶ。
「リエレン! 今だ!」
その掛け声に、リエレンは遠吠えを上げる。
すると黒いもやの様だった物は、すっかりと姿を消してしまった。
それから暫く、少女の弟と兄の様子を見ていると、二人が何が有ったのかわからないと言った言った顔で起き上がった。
「一体今まで何が……」
暫く寝たきりだったという弟と兄が起き上がったのを見て、余程安心したのだろう。少女は泣き出してしまう。
そんな状態で少女に状況を説明しろというのは難しいので、ツーヨウがざっくりと少女からお祓いの依頼を受けたという説明を兄の方にした。
何度も頭を下げ礼を言う兄に、ツーヨウは機嫌良く貰う物は貰ったからと、そう返す。
「こっちも良い玉を貰えたんでね、悪い仕事では無かったですよ」
「そうですか、それにしても有り難うございました。
マオ、お前はこの人にお礼したか?」
兄に声を掛けられた少女、マオも、ツーヨウ達に何度も頭を下げ、お礼を言う。
それから、支払いが玉だけというのも気が引けると言う事で、マオの兄から少しながらも干し肉を分けて貰ったツーヨウ達は、宿へと戻っていった。
宿に戻って食事をし、くつろいでいる所にリエレンが言った。
「こんな街でも案外お前が必要な案件は有るんだな」
「光が強い所には、より暗い影が出来るもんだよ。
ああいう仕事の方が儲かるから、僕ちゃんタオティエよりも呪術師の仕事が多い方が良いなぁ~」
「全くお前は……」
相変わらずな守銭奴ぶりに呆れるリエレンを余所に、ツーヨウは先程マオから貰った玉を眺めている。
タオティエとして悪を退治する時には、いつも玉を使う。
玉と言っても様々な物が有るので、その時々で選んで使うのだが、玉を使って術を発動させると、その玉は消え去ってしまう。
だから、ツーヨウがタオティエとして活動する為には、玉が必要不可欠なのだ。
一応お守りとして販売している分の玉も多数有るが、それとタオティエをやっている時に使う玉とは分けている。
お守りとして販売している分の玉は、買った人の守りとなる様なまじないを掛けてしまっているので、人を攻撃する様な局面では使えなくなってしまっているのだ。
何はともあれ、なかなかに上物の玉を手に入れたツーヨウは上機嫌だ。
「んふふ。この玉は私蔵しておこうかな」
そんなツーヨウに、リエレンが言う。
「私蔵する私蔵すると今まで何度も聞いてきたが、結局いつもタオティエの時に使ってるじゃないか。
今回のは本当に私蔵出来るのか?」
その言葉に、ツーヨウは苦笑いをする。
「う~ん、やっぱ切羽詰まったら使っちゃうかも」
「その玉を使わないで済む様に、明日玉の市場にでも行くか?」
「そうだね、そろそろお守り用の玉も買い足さないといけないし。
じゃ、明日早くに行ける様にそろそろ寝ようか」
リエレンの言葉に、ツーヨウは早速寝床に横になる。
リエレンもその傍らに伏せ、眠りについたのだった。
翌朝、街から少し離れた玉の市場に行くと、様々な玉が並んでいた。
ツーヨウは機嫌良く色々な玉を眺め、あれこれと買い物をしていく。
玉の市場を回りながらそうしている事暫く、ツーヨウの手元には、売っても使っても暫く持つだろうと言うだけの玉が、袋入りで握られていた。
ふと、思い出したようにツーヨウが呟く。
「やっぱマオちゃんの目利き凄いんだな。
これだけ玉の集まった市場でも、あれだけの玉が殆ど無い」
「あれだけの玉には凄い値段付いてるしな」
「マオちゃんの家、あんまお金無いって言ってたけど、ちょっとあの玉貰っちゃったのはやり過ぎだったかな?」
少し気まずそうなツーヨウの言葉に、リエレンは目を細め、にやりと口元で笑ってこう言う。
「ほう? 守銭奴でも取り過ぎて心配する事が有るのか」
「僕ちゃん善良な守銭奴ですからぁ~?」
「今からでも返しに行って良いんだぞ」
「やだ」
そんな話をしながら、ツーヨウとリエレンは市場を後にした。
ツーヨウとそのお守りの噂は良くも悪くも色々と尾びれが付きながらも広まっていた。
『本当にあのお守りは効くのか?』『随分とがめつい小僧だ』『このお守りのおかげでこんな良い事がありました! 実に幸福です!』等々。
そして、それと同時に囁かれている噂。この街に最近タオティエが姿を現す様になったと言う事も広まっている。
今日も大通りでのお守りの営業を終え、机を片付けている所に一人の、小柄で貧しそうな服装をした少女がやってきた。
「あの、最近噂のお守り屋さん……ですよね?」
人違いだったらと言う事を考えて心配しているのだろう、オドオドと掛けられたその言葉に、ツーヨウはどうしたのだろうと思いながら返事を返す。
「最近噂ってなると、僕だと思うけど、何か用です?」
すると少女は、ツーヨウの事を見つめ、震える声でこう言った。
「あの、病気が治るお守りって有りますか?」
「病気?」
ツーヨウとしては、お守りとして玉を売っては居るけれど、実の所確実な効果があると思って売っている訳では無い。
なので、どんな症状かはわからない、わかったとしても、確実に病気を治すお守りという物は持っていないというのが本音だった。
けれどもそれを口にせず、ツーヨウは少し腰を屈めて視線を合わせ、少女に優しく問いかけて事情を訊く。
すると、どうやら彼女の兄と弟が病に倒れ、なかなか治らないという事だった。
「成る程ね」
顎に手を当てて少し考えた後、ツーヨウは少女に言う。
「それだと、お守りよりもお祓いをした方が良いかもしれない。
お金を払ってくれるなら、僕がお祓いしてあげるよ」
「ほ、本当ですか!」
そう少女は声を上げたが、すぐに俯いてしまう。
「でも、実は、私の家は余りお金が無くて、呪術師さんに払えるだけの……」
「お金無いの?」
つまらなそうなツーヨウの言葉に、少女は申し訳なさそうにして頷く。
貰える物を貰えないのだったら、これ以上かかわるのは良く無いとツーヨウが思ったその矢先、リエレンが思い立ったように少女に言った。
「お金じゃ無くて、玉は無いか?」
「玉……ですか?
玉なら、沢山有ります」
一体何のことだかわかっていない少女の答えに、リエレンはツーヨウの方を向く。
「だとよ。
どうする? 金の代わりに玉を支払って貰うか?」
リエレンの言葉にツーヨウは、それだ。と言う顔をして手を叩いて少女に言う。
「そうだね。玉は僕も欲しいし、どんな玉が有るかを見せて貰った上でお祓いをするかどうかを決めさせて貰うよ。
それで良い?」
ツーヨウの言葉に、少女はまた頷く。
そうして、ツーヨウとリエレンは少女の家へと行く事になった。
少女が住んでいると言う小さな家に着き、少し立て付けの悪い扉を開けて貰うなり、ツーヨウは異変を感じ取っていた。
家中に、黒く覆い被さる物が蔓延っているのだ。
少女はそれに気付いていない様で、ツーヨウ達を家の中へと入れる。
それから、早速家に有る全てという、色とりどりで様々な大きさの玉を、ツーヨウの前に広げた。
「へぇ、なかなか良いのが揃ってるじゃ無い」
ツーヨウは広げられた玉の中から、この中から特に、質の良い物を三つ少女に選ばせる。
少女は迷う事無く、ツーヨウが判別できる範囲では、的確に質の良い玉を選び出した。
「この三つが、この中でも特に良い玉です」
「君凄いね。
この水準で玉を並べられたら、慣れてる僕だって選ぶのに時間が掛かるのに」
思わず感嘆の言葉を口にするツーヨウに、少女は照れたように笑ってこう答える。
「玉を見る目だけは確かだって、玉を売りに行ってるお父さんに褒められた事が有るんですよ」
その説明に、なるほど、玉を売るのを生業としているのかと、ツーヨウは少女の鑑定眼の理由に納得する。
それから、この三つの玉を貰う代わりにお祓いをすると、そう少女に告げ、玉を懐に入れた。
少女の弟と兄が寝かせられている部屋に行くと、そこには随分とやつれた様子の少年と男の二人が横たわっていた。
その部屋の中で、ツーヨウは香になる小さな木片を皿の上に乗せ、火打ち石で火を付けて焚く。
皿の上から細く、揺らぎながら立ち上る煙。
馨しい香の煙が部屋を満たした所で呪文を唱え始めると、家の中に覆い被さっていた物が、蠢き、密となりツーヨウに襲いかかろうとする。
呪文を唱え終わったツーヨウは、すかさず叫ぶ。
「リエレン! 今だ!」
その掛け声に、リエレンは遠吠えを上げる。
すると黒いもやの様だった物は、すっかりと姿を消してしまった。
それから暫く、少女の弟と兄の様子を見ていると、二人が何が有ったのかわからないと言った言った顔で起き上がった。
「一体今まで何が……」
暫く寝たきりだったという弟と兄が起き上がったのを見て、余程安心したのだろう。少女は泣き出してしまう。
そんな状態で少女に状況を説明しろというのは難しいので、ツーヨウがざっくりと少女からお祓いの依頼を受けたという説明を兄の方にした。
何度も頭を下げ礼を言う兄に、ツーヨウは機嫌良く貰う物は貰ったからと、そう返す。
「こっちも良い玉を貰えたんでね、悪い仕事では無かったですよ」
「そうですか、それにしても有り難うございました。
マオ、お前はこの人にお礼したか?」
兄に声を掛けられた少女、マオも、ツーヨウ達に何度も頭を下げ、お礼を言う。
それから、支払いが玉だけというのも気が引けると言う事で、マオの兄から少しながらも干し肉を分けて貰ったツーヨウ達は、宿へと戻っていった。
宿に戻って食事をし、くつろいでいる所にリエレンが言った。
「こんな街でも案外お前が必要な案件は有るんだな」
「光が強い所には、より暗い影が出来るもんだよ。
ああいう仕事の方が儲かるから、僕ちゃんタオティエよりも呪術師の仕事が多い方が良いなぁ~」
「全くお前は……」
相変わらずな守銭奴ぶりに呆れるリエレンを余所に、ツーヨウは先程マオから貰った玉を眺めている。
タオティエとして悪を退治する時には、いつも玉を使う。
玉と言っても様々な物が有るので、その時々で選んで使うのだが、玉を使って術を発動させると、その玉は消え去ってしまう。
だから、ツーヨウがタオティエとして活動する為には、玉が必要不可欠なのだ。
一応お守りとして販売している分の玉も多数有るが、それとタオティエをやっている時に使う玉とは分けている。
お守りとして販売している分の玉は、買った人の守りとなる様なまじないを掛けてしまっているので、人を攻撃する様な局面では使えなくなってしまっているのだ。
何はともあれ、なかなかに上物の玉を手に入れたツーヨウは上機嫌だ。
「んふふ。この玉は私蔵しておこうかな」
そんなツーヨウに、リエレンが言う。
「私蔵する私蔵すると今まで何度も聞いてきたが、結局いつもタオティエの時に使ってるじゃないか。
今回のは本当に私蔵出来るのか?」
その言葉に、ツーヨウは苦笑いをする。
「う~ん、やっぱ切羽詰まったら使っちゃうかも」
「その玉を使わないで済む様に、明日玉の市場にでも行くか?」
「そうだね、そろそろお守り用の玉も買い足さないといけないし。
じゃ、明日早くに行ける様にそろそろ寝ようか」
リエレンの言葉に、ツーヨウは早速寝床に横になる。
リエレンもその傍らに伏せ、眠りについたのだった。
翌朝、街から少し離れた玉の市場に行くと、様々な玉が並んでいた。
ツーヨウは機嫌良く色々な玉を眺め、あれこれと買い物をしていく。
玉の市場を回りながらそうしている事暫く、ツーヨウの手元には、売っても使っても暫く持つだろうと言うだけの玉が、袋入りで握られていた。
ふと、思い出したようにツーヨウが呟く。
「やっぱマオちゃんの目利き凄いんだな。
これだけ玉の集まった市場でも、あれだけの玉が殆ど無い」
「あれだけの玉には凄い値段付いてるしな」
「マオちゃんの家、あんまお金無いって言ってたけど、ちょっとあの玉貰っちゃったのはやり過ぎだったかな?」
少し気まずそうなツーヨウの言葉に、リエレンは目を細め、にやりと口元で笑ってこう言う。
「ほう? 守銭奴でも取り過ぎて心配する事が有るのか」
「僕ちゃん善良な守銭奴ですからぁ~?」
「今からでも返しに行って良いんだぞ」
「やだ」
そんな話をしながら、ツーヨウとリエレンは市場を後にした。
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