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第二話
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それからというもの、私は日々街に蔓延る悪人を退治していた。
普段修道院の中に居るのにどうして悪人の居場所がわかるのかというと、あのロザリオに付いているメダイが、悪人の居場所を指し示してくれるのだ。
最初はいくら天の使いの力が使えると言っても丸腰で立ち向かうのは不安だったのだが、力を使っている時は光の矢を放つクロスボウが使えると、仮面が教えてくれた。
そのクロスボウで放った矢は、貫いた相手の悪心を消し去ってしまうと言う。
罪を憎んで人を憎まず。悪い事をする人の中にも、自ら望んで悪に手を染めているわけでも無い者も居るだろう。懺悔と償いの機会は与えられるべきだ。
今日も、メダイが悪人の居場所を指し示す。
私は近くに居る修道士に声を掛け、祈りの言葉を唱えて、修道院から飛び出した。
眩く光る翼で街の上を飛び、メダイの指し示す場所へと急ぐ。
辿り着いたのは、昼間なのにもかかわらず、何故だか薄暗い雰囲気の漂う、貧しげな家が建ち並ぶスラムだった。
袋小路で三人の子供を追い詰める、複数の大人達。
一体何が起こっているのかを見極める為に、私は近くの家の屋根に降り立ち、身を潜めて様子を見る。
あの子供達は兄弟だろうか。私と同い年くらいの少年と、それより背の低い少年、それにまだ幼子と言っても良いような年の子が、怯えた様子で大人達と対峙して居る。
「おじさん達は一体何なんですか?
僕達家に帰りたいんです!」
一番年上とおぼしき少年がそう言うと、大人の内の一人がこう言う。
「何言ってるんだ。坊や達はこれから、おじさん達と良い所に行くんだよ。
おら、大人しく付いてこい」
人攫いか。そう確信した私はクロスボウを取り出し、乱暴に少年の腕を掴む男に、光の矢の標準を合わせる。
未だにクロスボウの扱いに慣れていないので、慎重に狙いを定めないと、あの兄弟達にも当たってしまう。当たった所で怪我にはなりはしないが、どんな影響が出るかはわからない。故に慎重になった。
てのひらに汗をかきながらクロスボウを握っていると、一番年下の子が他の男に無理矢理腕を引かれる。
「やー! にーたん、にーたんたすけて!」
急がないと。しかし焦ると手が震えてしまう。
そうしている内に一番年上の少年が、自分を掴んでいる男の腕に噛み付き、幼子を取り返す。
少年が頬を殴られ、抱えている幼子と一緒に地面に倒れる。
「このクソガキがっ!」
「おいおい、落ち着けよ。
折角の上玉なのに顔殴ったら、売値が下がるだろ?」
男達と兄弟達の間が、少し空いた。その隙を見て、私はクロスボウの引き金を引いた。
光の矢に貫かれ、その場にうずくまる男と、地面から立ち上がり弟二人を背に庇う少年の間に降り立つ。
「狼藉はここまでにしていただきましょうか」
ここまで距離が近ければ、そうそう的を外したりはしない。
「なっ、なんだお前!」
「化け物だ、逃げろ!」
慌てふためき逃げ出そうとする男達に、私は何本も光の矢を打ち込む。
男達に当たらずに家の壁に刺さった矢もあるが、それも僅かな時間で消え去る。
そして、兄弟達を取り囲んでいた男達は皆地面に伏した。
男達を揺すり起こし、皆に自首しに行くように言い聞かせ、男達がおぼつかない足取りでその場を去った後。私は改めて兄弟達と向かい合う。
「危ない所でしたね。怪我は、大丈夫ですか?」
弟達を庇い続けていた少年の、赤く腫れた頬に触れると、少年の服を握りしめた弟達が後ろからおどおどとこう言い出した。
「兄ちゃん、この人、天使様かな?」
「にーたん、このひとこわくないひと?」
すると少年は、弟二人を両手で抱き寄せ、私にこう言った。
「天使様、ありがとうございました。
おかげさまで僕も、弟達も助かりました。
なんてお礼を言えば良いのか……」
私は天使では無いのだけれど。その勘違いが少しだけ微笑ましく思えて、思わず強張っていた表情が緩んだ。
「お礼なんて、別にいいのですよ。あなた達がこれから善くあってくれれば、それで十分です」
少年にそう言うと、彼も口元を綻ばせて。
この兄弟達を助けられた事に高揚しているのか、胸が高まるのを感じながら、私はその場を飛び去って行った。
それから数日後、私が入っている修道院が属する教会で、聖体拝領が行われた。
大きな十字架と聖像が据えられた祭壇を前に何本も並ぶ長椅子。高い天井に、色とりどりの色硝子が填められた窓。そこから差し込む虹色の光が鮮やかなこの聖堂。
そんな教会にやって来た信徒の方々に、種なしのパンと、杯と、ワインを配る。
この教会にやって来ている信徒の方々は皆貴族だ。華やかな衣装に身を包み、握っているロザリオも、誂えものなのだろうか、作りの良い物ばかりだ。
その中でひとり、少し歪な作りをしたロザリオを持っている少年が居た。
彼はいつも母親と一緒にこの教会へ礼拝に来ている。
どうしてもワインが苦手だという彼に渡す杯は、幼児用の小さなもの。
杯にワインを注ぐ前に彼と、彼の母親にパンを渡す。
すると彼は、母親に小声でこんな事を言う。
「母上、母上の聖餅と僕の、交換してくれませんか?」
「何言ってるの。私の方がちょっと大きいからって欲張らないの」
小さく聞こえてきた彼の子供っぽいお願いに、私は思わずくすりとしてしまう。
「交換なんかしなくても、聖餅の生地は全部同じ重さになるように分けて焼いていますよ。
お母さんが持っているのはたまたまよく膨らんだだけです」
すると彼は、顔を赤くして、すいません。と一言言って俯いてしまう。
別に怒っているわけでは無いのだけれど。
縮こまってしまった彼に、話題を変えようとこう話しかける。
「ところで、そのロザリオはどうしたのですか?
いつも使っているものとは違うようですが」
その問いに、彼は膝に載せたロザリオをじっと見つめて、それから、私の方を向いてこう答えた。
「実は、彫金の練習の一環として、針金を曲げてロザリオを作る練習もした方が良いって、先生に言われたんです。
それで作ってみたのですけれど……やっぱり、歪ですよね?」
困ったようにはにかむ彼に、私は笑顔で答える。
「そうですね。正直な事を言うと、少し歪ですね。
けれど、それもあなたが努力を重ねている中の一つなのですから、大事になさってくださいね」
彼と、彼の母親と、笑みを交わし合ってから、杯にワインを注ぐ。
少量とは言え、ワインを飲み干した後にはいつも顔を真っ赤にしている彼に、無理に全部飲まなくても良いですよ。と言うと、彼は、神様から賜ったものだから全部飲みきる。と言う。
少し食いしん坊ではあるけれど、信心深い彼の事を見て、何故だか突然、あの日助けた兄弟達の、特に兄の事が思い返された。
普段修道院の中に居るのにどうして悪人の居場所がわかるのかというと、あのロザリオに付いているメダイが、悪人の居場所を指し示してくれるのだ。
最初はいくら天の使いの力が使えると言っても丸腰で立ち向かうのは不安だったのだが、力を使っている時は光の矢を放つクロスボウが使えると、仮面が教えてくれた。
そのクロスボウで放った矢は、貫いた相手の悪心を消し去ってしまうと言う。
罪を憎んで人を憎まず。悪い事をする人の中にも、自ら望んで悪に手を染めているわけでも無い者も居るだろう。懺悔と償いの機会は与えられるべきだ。
今日も、メダイが悪人の居場所を指し示す。
私は近くに居る修道士に声を掛け、祈りの言葉を唱えて、修道院から飛び出した。
眩く光る翼で街の上を飛び、メダイの指し示す場所へと急ぐ。
辿り着いたのは、昼間なのにもかかわらず、何故だか薄暗い雰囲気の漂う、貧しげな家が建ち並ぶスラムだった。
袋小路で三人の子供を追い詰める、複数の大人達。
一体何が起こっているのかを見極める為に、私は近くの家の屋根に降り立ち、身を潜めて様子を見る。
あの子供達は兄弟だろうか。私と同い年くらいの少年と、それより背の低い少年、それにまだ幼子と言っても良いような年の子が、怯えた様子で大人達と対峙して居る。
「おじさん達は一体何なんですか?
僕達家に帰りたいんです!」
一番年上とおぼしき少年がそう言うと、大人の内の一人がこう言う。
「何言ってるんだ。坊や達はこれから、おじさん達と良い所に行くんだよ。
おら、大人しく付いてこい」
人攫いか。そう確信した私はクロスボウを取り出し、乱暴に少年の腕を掴む男に、光の矢の標準を合わせる。
未だにクロスボウの扱いに慣れていないので、慎重に狙いを定めないと、あの兄弟達にも当たってしまう。当たった所で怪我にはなりはしないが、どんな影響が出るかはわからない。故に慎重になった。
てのひらに汗をかきながらクロスボウを握っていると、一番年下の子が他の男に無理矢理腕を引かれる。
「やー! にーたん、にーたんたすけて!」
急がないと。しかし焦ると手が震えてしまう。
そうしている内に一番年上の少年が、自分を掴んでいる男の腕に噛み付き、幼子を取り返す。
少年が頬を殴られ、抱えている幼子と一緒に地面に倒れる。
「このクソガキがっ!」
「おいおい、落ち着けよ。
折角の上玉なのに顔殴ったら、売値が下がるだろ?」
男達と兄弟達の間が、少し空いた。その隙を見て、私はクロスボウの引き金を引いた。
光の矢に貫かれ、その場にうずくまる男と、地面から立ち上がり弟二人を背に庇う少年の間に降り立つ。
「狼藉はここまでにしていただきましょうか」
ここまで距離が近ければ、そうそう的を外したりはしない。
「なっ、なんだお前!」
「化け物だ、逃げろ!」
慌てふためき逃げ出そうとする男達に、私は何本も光の矢を打ち込む。
男達に当たらずに家の壁に刺さった矢もあるが、それも僅かな時間で消え去る。
そして、兄弟達を取り囲んでいた男達は皆地面に伏した。
男達を揺すり起こし、皆に自首しに行くように言い聞かせ、男達がおぼつかない足取りでその場を去った後。私は改めて兄弟達と向かい合う。
「危ない所でしたね。怪我は、大丈夫ですか?」
弟達を庇い続けていた少年の、赤く腫れた頬に触れると、少年の服を握りしめた弟達が後ろからおどおどとこう言い出した。
「兄ちゃん、この人、天使様かな?」
「にーたん、このひとこわくないひと?」
すると少年は、弟二人を両手で抱き寄せ、私にこう言った。
「天使様、ありがとうございました。
おかげさまで僕も、弟達も助かりました。
なんてお礼を言えば良いのか……」
私は天使では無いのだけれど。その勘違いが少しだけ微笑ましく思えて、思わず強張っていた表情が緩んだ。
「お礼なんて、別にいいのですよ。あなた達がこれから善くあってくれれば、それで十分です」
少年にそう言うと、彼も口元を綻ばせて。
この兄弟達を助けられた事に高揚しているのか、胸が高まるのを感じながら、私はその場を飛び去って行った。
それから数日後、私が入っている修道院が属する教会で、聖体拝領が行われた。
大きな十字架と聖像が据えられた祭壇を前に何本も並ぶ長椅子。高い天井に、色とりどりの色硝子が填められた窓。そこから差し込む虹色の光が鮮やかなこの聖堂。
そんな教会にやって来た信徒の方々に、種なしのパンと、杯と、ワインを配る。
この教会にやって来ている信徒の方々は皆貴族だ。華やかな衣装に身を包み、握っているロザリオも、誂えものなのだろうか、作りの良い物ばかりだ。
その中でひとり、少し歪な作りをしたロザリオを持っている少年が居た。
彼はいつも母親と一緒にこの教会へ礼拝に来ている。
どうしてもワインが苦手だという彼に渡す杯は、幼児用の小さなもの。
杯にワインを注ぐ前に彼と、彼の母親にパンを渡す。
すると彼は、母親に小声でこんな事を言う。
「母上、母上の聖餅と僕の、交換してくれませんか?」
「何言ってるの。私の方がちょっと大きいからって欲張らないの」
小さく聞こえてきた彼の子供っぽいお願いに、私は思わずくすりとしてしまう。
「交換なんかしなくても、聖餅の生地は全部同じ重さになるように分けて焼いていますよ。
お母さんが持っているのはたまたまよく膨らんだだけです」
すると彼は、顔を赤くして、すいません。と一言言って俯いてしまう。
別に怒っているわけでは無いのだけれど。
縮こまってしまった彼に、話題を変えようとこう話しかける。
「ところで、そのロザリオはどうしたのですか?
いつも使っているものとは違うようですが」
その問いに、彼は膝に載せたロザリオをじっと見つめて、それから、私の方を向いてこう答えた。
「実は、彫金の練習の一環として、針金を曲げてロザリオを作る練習もした方が良いって、先生に言われたんです。
それで作ってみたのですけれど……やっぱり、歪ですよね?」
困ったようにはにかむ彼に、私は笑顔で答える。
「そうですね。正直な事を言うと、少し歪ですね。
けれど、それもあなたが努力を重ねている中の一つなのですから、大事になさってくださいね」
彼と、彼の母親と、笑みを交わし合ってから、杯にワインを注ぐ。
少量とは言え、ワインを飲み干した後にはいつも顔を真っ赤にしている彼に、無理に全部飲まなくても良いですよ。と言うと、彼は、神様から賜ったものだから全部飲みきる。と言う。
少し食いしん坊ではあるけれど、信心深い彼の事を見て、何故だか突然、あの日助けた兄弟達の、特に兄の事が思い返された。
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