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2010年
74:思いの丈を
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吹く風の冷たさも極まり、けれども街中は暖かいムードで包まれている頃。この日はバレンタインと言うことで、とわ骨董店の店主の林檎は、木更と理恵が来たら、一緒に真利の所へ行って一緒にチョコレートを食べようと、わくわくしながら待っていた。
今年用意したのは、オレンジをチョコレートでコーティングしたオランジェットだ。オレンジをシロップで煮て乾燥させるなど、手間はかかる物だけれども、酸味と甘みが口の中で混じり合うのが実に魅力的で、つい食べたくなってしまうのだ。
ふと、店の外から足音が聞こえた。二人分の足音は聞き慣れた物で、木更と理恵が来たのだなと察する。
静かに扉が開き、入ってきたのは何故か木更だけだった。
「林檎さん、こんにちはー」
「木更さんいらっしゃい。待ってたのよ」
「えっ? 私のこと待っててくれたの?」
なんだか照れた様子をする木更に、林檎はくすくすと笑って言葉を続ける。
「ふたりが来たら真利さんのところに行って、みんなでチョコレートを食べようかなって思ってたの」
「あー、なるほど」
「ところで、理恵さんは?」
木更の後ろを見ても理恵の姿が見えないのでそう訊ねると、木更は隣を指さしてこう言った。
「理恵は真利さんとふたりで話が有るって」
「あら、そうなの?」
一瞬何事だろうと思ったけれども、今までの理恵の様子と、今日がなんの日であるのかを考えて、林檎はすぐに納得する。
そうなると、木更は気を遣ってこちらで待機しているのだろうかと思っていたら、木更が鞄の中から可愛らしい箱を取り出して林檎に差し出した。
「林檎さん、良かったらこれ、受け取って」
「私に? どうもありがとう」
まさか自分用に特別何かを用意されてるとは思っていなかったので、嬉しく思いながら箱を受け取る。すると、木更が林檎の目をじっと見て言葉を続ける。
「ウォーアイニー」
「えっ?」
木更の言葉に、林檎は動揺を隠せない。まさか木更からそんな事を言われるとは思っていなかったのだ。
胸の鼓動が激しくなる。それを落ち着かせようとじっとしていると、木更が泣きそうな顔で口を開いた。
「……やっぱり、私じゃ嫌?」
その問いに、即答出来ない。肯定することも、否定することも、どちらもなかなか選べなかった。
何度か深呼吸をして、考えをまとめる。確かに、今まで木更と一緒にいて、気に掛かっていた部分はあった。あったけれども、まさかそんな事は無いだろうと、目を瞑っていたのだ。
けれども、木更の言葉を撥ね除けるということはできなくて、ぎゅっと瞼を閉じる。
それから、震える声で木更に訊ねた。
「あの、それは、私を恋人にしたいっていうこと?」
「うん」
「そっか」
改めて確認を取って、林檎は考える。それから、目を開けて木更のことを見つめ返す。
「ごめんなさい。すぐには答えが出せない。
その、なんだろ、そういう事言われるの初めてだから緊張しちゃってうまく判断出来なくて……」
「うん……」
「だから、あの、一ヶ月時間をちょうだい。
一ヶ月後のホワイトデーまでには、答えを出すから」
「うん……」
林檎の訴えに、木更はいつもの姿からは想像も付かない、気弱な声で相づちを打つ。
きっと木更も、これを言うのにとても勇気が必要だったのだろう。強張った表情をしていたので林檎は倚子から立ち上がってこう言った。
「とりあえず、お茶飲もうか。外、寒かったでしょ」
「うん」
林檎はそそくさとバックヤードに入り、丸い座面のスツールを運び出し、レジカウンターの側に置く。それを木更に勧め、腰掛けたのを見てからレジカウンターの奥にある棚から紫がかった茶色い急須と、青い線がきれいな有田焼のカップ、縁が白い萩焼のカップを出して並べる。
急須の中には棚から出した緑茶を入れ、お湯を注ぐ。急須をくるりと揺らしてから、カップの中にお茶を注ぐ。
それから、林檎が木更にこう声を掛けた。
「そう言えば、今日はみんなで食べようと思って、オランジェット作ってきたのよ。
ふたりでこっそり、つまみ食いしちゃいましょうか」
それを聞いて、木更はやっと笑顔になる。
棚から九谷焼のお皿を二枚取りだし、棚に入れていた紙袋を出す。その紙袋の中から、輪切りにされたオレンジにチョコレートのかかった物をふたつ取り出し、一枚ずつお皿に乗せる。そのお皿と、有田焼のカップを木更に渡し、林檎も萩焼のカップとお皿を持っていつもの籐の椅子に座った。
お茶に口を付けて、オランジェットを囓って。そうしてお互い落ち着いた所で、林檎が少し顔を赤らめて木更に訊ねた。
「ところで木更さん、あの、あんな言葉どこで覚えたの?」
すると、木更はにっと笑って答える。
「webの翻訳サイトで調べた。
林檎さんに言うならこれだなって」
「あ、そ、そうなのね。最近は便利ねー」
ふたりでお茶を飲んでお菓子を食べて、すこしだけこそばゆい時間だった。
今年用意したのは、オレンジをチョコレートでコーティングしたオランジェットだ。オレンジをシロップで煮て乾燥させるなど、手間はかかる物だけれども、酸味と甘みが口の中で混じり合うのが実に魅力的で、つい食べたくなってしまうのだ。
ふと、店の外から足音が聞こえた。二人分の足音は聞き慣れた物で、木更と理恵が来たのだなと察する。
静かに扉が開き、入ってきたのは何故か木更だけだった。
「林檎さん、こんにちはー」
「木更さんいらっしゃい。待ってたのよ」
「えっ? 私のこと待っててくれたの?」
なんだか照れた様子をする木更に、林檎はくすくすと笑って言葉を続ける。
「ふたりが来たら真利さんのところに行って、みんなでチョコレートを食べようかなって思ってたの」
「あー、なるほど」
「ところで、理恵さんは?」
木更の後ろを見ても理恵の姿が見えないのでそう訊ねると、木更は隣を指さしてこう言った。
「理恵は真利さんとふたりで話が有るって」
「あら、そうなの?」
一瞬何事だろうと思ったけれども、今までの理恵の様子と、今日がなんの日であるのかを考えて、林檎はすぐに納得する。
そうなると、木更は気を遣ってこちらで待機しているのだろうかと思っていたら、木更が鞄の中から可愛らしい箱を取り出して林檎に差し出した。
「林檎さん、良かったらこれ、受け取って」
「私に? どうもありがとう」
まさか自分用に特別何かを用意されてるとは思っていなかったので、嬉しく思いながら箱を受け取る。すると、木更が林檎の目をじっと見て言葉を続ける。
「ウォーアイニー」
「えっ?」
木更の言葉に、林檎は動揺を隠せない。まさか木更からそんな事を言われるとは思っていなかったのだ。
胸の鼓動が激しくなる。それを落ち着かせようとじっとしていると、木更が泣きそうな顔で口を開いた。
「……やっぱり、私じゃ嫌?」
その問いに、即答出来ない。肯定することも、否定することも、どちらもなかなか選べなかった。
何度か深呼吸をして、考えをまとめる。確かに、今まで木更と一緒にいて、気に掛かっていた部分はあった。あったけれども、まさかそんな事は無いだろうと、目を瞑っていたのだ。
けれども、木更の言葉を撥ね除けるということはできなくて、ぎゅっと瞼を閉じる。
それから、震える声で木更に訊ねた。
「あの、それは、私を恋人にしたいっていうこと?」
「うん」
「そっか」
改めて確認を取って、林檎は考える。それから、目を開けて木更のことを見つめ返す。
「ごめんなさい。すぐには答えが出せない。
その、なんだろ、そういう事言われるの初めてだから緊張しちゃってうまく判断出来なくて……」
「うん……」
「だから、あの、一ヶ月時間をちょうだい。
一ヶ月後のホワイトデーまでには、答えを出すから」
「うん……」
林檎の訴えに、木更はいつもの姿からは想像も付かない、気弱な声で相づちを打つ。
きっと木更も、これを言うのにとても勇気が必要だったのだろう。強張った表情をしていたので林檎は倚子から立ち上がってこう言った。
「とりあえず、お茶飲もうか。外、寒かったでしょ」
「うん」
林檎はそそくさとバックヤードに入り、丸い座面のスツールを運び出し、レジカウンターの側に置く。それを木更に勧め、腰掛けたのを見てからレジカウンターの奥にある棚から紫がかった茶色い急須と、青い線がきれいな有田焼のカップ、縁が白い萩焼のカップを出して並べる。
急須の中には棚から出した緑茶を入れ、お湯を注ぐ。急須をくるりと揺らしてから、カップの中にお茶を注ぐ。
それから、林檎が木更にこう声を掛けた。
「そう言えば、今日はみんなで食べようと思って、オランジェット作ってきたのよ。
ふたりでこっそり、つまみ食いしちゃいましょうか」
それを聞いて、木更はやっと笑顔になる。
棚から九谷焼のお皿を二枚取りだし、棚に入れていた紙袋を出す。その紙袋の中から、輪切りにされたオレンジにチョコレートのかかった物をふたつ取り出し、一枚ずつお皿に乗せる。そのお皿と、有田焼のカップを木更に渡し、林檎も萩焼のカップとお皿を持っていつもの籐の椅子に座った。
お茶に口を付けて、オランジェットを囓って。そうしてお互い落ち着いた所で、林檎が少し顔を赤らめて木更に訊ねた。
「ところで木更さん、あの、あんな言葉どこで覚えたの?」
すると、木更はにっと笑って答える。
「webの翻訳サイトで調べた。
林檎さんに言うならこれだなって」
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