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2009年
64:花の飾り
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桜の花も散った春の頃。過ごしやすい気候になったせいか、この日はとわ骨董店を訪れるお客さんも、普段より多かった。
多いけれど。と、林檎は窓から外を見る。まだ昼間だというのに、空は分厚い雲で覆われ、薄暗く、どことなく肌寒い。
温かいお茶でもいれようか。林檎がそんな事を考えていると、店の扉が開いた。
「いらっしゃいませ」
そう声を掛けて入ってきた人を見ると、きらきらと七色の光が浮かぶ髪を肩の下まで伸ばした、紫色のワンピースを着た女性と、大きなサングラスをかけ、髪の毛を全部被っているキャスケットの中に押し込んでいる小柄な人のふたりがいた。
サングラスの人がきょろきょろと店内を見渡して、楽しそうな声でこう言った。
「こっちにも色々あるねー」
こっちにも。ということは、おそらく隣のシムヌテイ骨董店を見て来た後なのだろう。
ふたりはじっくりと店内に置かれた棚を見ていく。どうやらワンピースの女性は陶器に詳しいようで、棚に置かれた陶器の瓶だとかお皿だとか、そう言った物の説明をサングラスの人に話している。
「はるちゃん、この青緑のやつも日本の物なの?」
「うーん、それは多分、韓国のやつね。
あそこもなかなかに良い陶器を作ってるのよ」
「なるほどなー」
林檎が口を挟む隙もなく、ワンピースの女性がサングラスの人に語る口調は滑らかな物だった。
それから、そのふたりが彫りの施された硯を見て、木を彫り込んで作った型に目をやった。
「はるちゃん、これはー?」
「あら、これは何かしら?」
どうやらその型は何に使う物かわからないようなので、林檎がそっと声を掛ける。
「そちらの木の型は、お菓子を作るときの型なんだそうです」
それを聞いて、サングラスの人は納得した様だ。
「そうなんですね。そっか。和菓子とかって凝った形の多いもんね」
じっくりと木の型を見た後、視線を移してぽっかりと空いている棚を不思議そうに見るふたり。そこには先日まで、仏像の首が置いてあって、いざそれが無くなってしまうと何を置くべきか判断ができず、何もおかずにいる棚だった。
ふたりは棚の隣に置かれた仏像を見て感心したような声を出した後、その向かい側にある棚に並べられた鉱物を見る。
「あー、こういうの好きなのいたね」
「そうね、こう言う石とかは、あの子の方が詳しいわね」
話に出て来ている鉱物に詳しい人と言うのは誰だろう。このお店に来たことがある人だろうかと、林檎はぼんやり考える。そうしている内に、ふたりは陶器の欠片を見て、翡翠のネックレスを見て、仲良く話をしている。
店の棚を一周する最後のところ、螺鈿の箱と寄せ木の箱に入ったつまみ細工を見て、サングラスの人が声を上げた。
「あー、こんな感じの簪前に貰った!」
「そうなの?
そういえばごっちゃん、この前これっぽいの着けてたわね」
「もしかして、このお店のやつなのかな?」
「どうなのかしらねー」
つまみ細工の簪は、この店以外でも扱っているところは少なからずあるだろう。実物を見ない限りは断言出来ないので、林檎はまだじっと、ふたりの様子を見ている。
そうしていると、サングラスの人が簪を一本手に取って、悩んでいるのだろうなと言う声で呟く。
「うーん、これきれいだなぁ。欲しいなぁ」
「買っちゃえば?」
「欲しいけど、でも、前にもこういうの貰ったし、更に買っちゃうのは強欲になっちゃう」
随分と禁欲的な人だなと林檎は思う。なので、こう声を掛けた。
「ご覧になるだけでも歓迎ですよ」
すると、サングラスの人は口元でにっこりと笑い、じっと簪に見入っているようだった。
ふと、ワンピースの人がさっとその簪を手に取って、サングラスの人に言った。
「わかった。これは私が買うわね」
「はるちゃんも着けるの?」
「私が買ってごっちゃんにプレゼントすれば、大丈夫でしょ?」
「ほんと? やったぁ!」
何がどう言う基準で大丈夫なのか林檎には量りかねたけれど、ワンピースの人が簪を持って林檎の元へ来たので、いそいそとレジカウンターの中へ入る。
「そういうわけで、これをお願いします」
差し出された簪を受け取って、林檎は訊ねる。
「ありがとうございます。プレゼントラッピングはご利用ですか?」
それを聞いたワンピースの人はちらりとサングラスの人を見てからこう答える。
「自宅用で。余り華美だとちょっと渡しづらいので」
「かしこまりました。少々お待ちください」
金額を電卓に打ち込み、ワンピースの人に提示する。会計の準備をしている間に、林檎は簪を緩衝材で包み、クラフト紙の袋に入れて口の部分を止める。それを紺色の紙袋に入れて唐草模様のシールで封をした。
会計を済ませ、ワンピースの人に紙袋を渡しながら、林檎が訊ねる。
「今日は外が肌寒いですし、温かいお茶でもいかがですか?」
すると、サングラスの人が嬉しそうに声を上げる。
「ありがとうございます。
ここでもお茶貰えるって聞いてました」
「あらあら、そうなのですね」
このお店のことを話題に上げてくれたのは誰だろう。その事を嬉しく思いながら、林檎は椅子とお茶の準備をした。
多いけれど。と、林檎は窓から外を見る。まだ昼間だというのに、空は分厚い雲で覆われ、薄暗く、どことなく肌寒い。
温かいお茶でもいれようか。林檎がそんな事を考えていると、店の扉が開いた。
「いらっしゃいませ」
そう声を掛けて入ってきた人を見ると、きらきらと七色の光が浮かぶ髪を肩の下まで伸ばした、紫色のワンピースを着た女性と、大きなサングラスをかけ、髪の毛を全部被っているキャスケットの中に押し込んでいる小柄な人のふたりがいた。
サングラスの人がきょろきょろと店内を見渡して、楽しそうな声でこう言った。
「こっちにも色々あるねー」
こっちにも。ということは、おそらく隣のシムヌテイ骨董店を見て来た後なのだろう。
ふたりはじっくりと店内に置かれた棚を見ていく。どうやらワンピースの女性は陶器に詳しいようで、棚に置かれた陶器の瓶だとかお皿だとか、そう言った物の説明をサングラスの人に話している。
「はるちゃん、この青緑のやつも日本の物なの?」
「うーん、それは多分、韓国のやつね。
あそこもなかなかに良い陶器を作ってるのよ」
「なるほどなー」
林檎が口を挟む隙もなく、ワンピースの女性がサングラスの人に語る口調は滑らかな物だった。
それから、そのふたりが彫りの施された硯を見て、木を彫り込んで作った型に目をやった。
「はるちゃん、これはー?」
「あら、これは何かしら?」
どうやらその型は何に使う物かわからないようなので、林檎がそっと声を掛ける。
「そちらの木の型は、お菓子を作るときの型なんだそうです」
それを聞いて、サングラスの人は納得した様だ。
「そうなんですね。そっか。和菓子とかって凝った形の多いもんね」
じっくりと木の型を見た後、視線を移してぽっかりと空いている棚を不思議そうに見るふたり。そこには先日まで、仏像の首が置いてあって、いざそれが無くなってしまうと何を置くべきか判断ができず、何もおかずにいる棚だった。
ふたりは棚の隣に置かれた仏像を見て感心したような声を出した後、その向かい側にある棚に並べられた鉱物を見る。
「あー、こういうの好きなのいたね」
「そうね、こう言う石とかは、あの子の方が詳しいわね」
話に出て来ている鉱物に詳しい人と言うのは誰だろう。このお店に来たことがある人だろうかと、林檎はぼんやり考える。そうしている内に、ふたりは陶器の欠片を見て、翡翠のネックレスを見て、仲良く話をしている。
店の棚を一周する最後のところ、螺鈿の箱と寄せ木の箱に入ったつまみ細工を見て、サングラスの人が声を上げた。
「あー、こんな感じの簪前に貰った!」
「そうなの?
そういえばごっちゃん、この前これっぽいの着けてたわね」
「もしかして、このお店のやつなのかな?」
「どうなのかしらねー」
つまみ細工の簪は、この店以外でも扱っているところは少なからずあるだろう。実物を見ない限りは断言出来ないので、林檎はまだじっと、ふたりの様子を見ている。
そうしていると、サングラスの人が簪を一本手に取って、悩んでいるのだろうなと言う声で呟く。
「うーん、これきれいだなぁ。欲しいなぁ」
「買っちゃえば?」
「欲しいけど、でも、前にもこういうの貰ったし、更に買っちゃうのは強欲になっちゃう」
随分と禁欲的な人だなと林檎は思う。なので、こう声を掛けた。
「ご覧になるだけでも歓迎ですよ」
すると、サングラスの人は口元でにっこりと笑い、じっと簪に見入っているようだった。
ふと、ワンピースの人がさっとその簪を手に取って、サングラスの人に言った。
「わかった。これは私が買うわね」
「はるちゃんも着けるの?」
「私が買ってごっちゃんにプレゼントすれば、大丈夫でしょ?」
「ほんと? やったぁ!」
何がどう言う基準で大丈夫なのか林檎には量りかねたけれど、ワンピースの人が簪を持って林檎の元へ来たので、いそいそとレジカウンターの中へ入る。
「そういうわけで、これをお願いします」
差し出された簪を受け取って、林檎は訊ねる。
「ありがとうございます。プレゼントラッピングはご利用ですか?」
それを聞いたワンピースの人はちらりとサングラスの人を見てからこう答える。
「自宅用で。余り華美だとちょっと渡しづらいので」
「かしこまりました。少々お待ちください」
金額を電卓に打ち込み、ワンピースの人に提示する。会計の準備をしている間に、林檎は簪を緩衝材で包み、クラフト紙の袋に入れて口の部分を止める。それを紺色の紙袋に入れて唐草模様のシールで封をした。
会計を済ませ、ワンピースの人に紙袋を渡しながら、林檎が訊ねる。
「今日は外が肌寒いですし、温かいお茶でもいかがですか?」
すると、サングラスの人が嬉しそうに声を上げる。
「ありがとうございます。
ここでもお茶貰えるって聞いてました」
「あらあら、そうなのですね」
このお店のことを話題に上げてくれたのは誰だろう。その事を嬉しく思いながら、林檎は椅子とお茶の準備をした。
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