とわ骨董店

藤和

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2008年

57:プレゼント探し

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 秋の気配が見え始めているとはいえ、残暑はまだまだ厳しい頃。とわ骨董店では店主の林檎が、用意していた冷たいお茶を飲んで、ゆったりといつもの籐の椅子に座っていた。
 店を開けてからだいぶ時間が経った。林檎が鱒の瓶からよく冷えた黒いお茶を江戸切り子のグラスに注ぎきる。お茶はもう一本分用意してあるから、閉店までは持つだろう。空になった瓶をブリキの器に詰まった氷に差し込んで、すこしずつグラスに口を付ける。
 そうして椅子に座っていると、店の扉が開いた。入ってきたのは、黄緑色の髪を短く纏め、細かい柄物のシャツをラフに着こなしている男性だった。その男性に見覚えの有る林檎は、笑みを浮かべて声を掛ける。
「いらっしゃいませ。正さん、お久しぶりですね」
「林檎さんもお久しぶりです。
いやほんと久しぶりだな……いつぶりだろ……」
「えっ、いつぶりでしょうね……」
 そこまで間を開けずに来ていた気になってしまっていたけれど、言われてみると確かに、正に会うのはかなり久しぶりのような気がした。最後に会ったのはいつだったか、それは思い出せないけれど、話を変えるように、手の甲で汗を拭っている正にこう声を掛けた。
「そういえば、外はまだ暑いでしょう。冷たいお茶でもいかがですか?」
「あ、いいんですか? それじゃあありがたく。
お茶飲みながらお店見ても良いですか?」
「はい、それは勿論かまいませんよ」
 正の返事に、林檎はレジカウンターの奥にある棚から青と黄色の光を湛えたグラスを取りだし、ブリキの器に盛られた氷の中から、お茶が入っている方の瓶を引き抜く。瓶の栓を抜いて中に入っている黄金色のお茶をグラスの中に注いで、正に差し出した。
「どうぞ、お召し上がりください」
「はい、ありがとうございます」
 正がグラスに口を付けるのを見て、林檎は瓶の口に栓をする。それを氷の中にまた戻し、自分のグラスを持って籐の椅子に座った。
 手を冷やすように両手でグラスを持ちながら、店内を見て回る正を見守る。つまみ細工の入った螺鈿の箱と寄せ木の箱をじっと見てから、そのまま陶器の破片、銀化ガラスの瓶、鉱物などを見ていって、反対側の棚も見る。仏像の首が目に入ったのか、一瞬ぎゅっと目を閉じたけれども、続けて型の彫られた木の板や七宝の小物に視線を移していく。
 ひとくちお茶を飲んで、七宝の小物に手を伸ばす。金属の線で細かく模様が区切られ、鮮やかな色を乗せられた七宝。それを見て正は不思議そうな顔をする。
「林檎さん、このあたりに置いてある小物って、物はなんですか?」
「そちらですか? 七宝なんですけれど、線で模様を区切って色を乗せる線七宝という物なんですよ」
「あー、なるほど。普段見慣れてる七宝とだいぶ違うから、なんだろうって思ったんですよ」
 普段から七宝を見慣れていると言うことは、工芸と親しみがあるのか、それとも、アクセサリーになったものを見る機会が多いのかどちらだろうと林檎は思う。気に入る七宝があれば良いのだけれどと林檎が見ていると、正はそのまま彫りの施された硯が並んでいる棚に目をやり、それから、そのすぐ側に置かれた古い金属小物をみはじめた。
 手に取っているのは小さな錠前であったり、鍵その物であったりで、どうやらそのあたりのモチーフで悩んでいるようだった。
 小さな南京錠と、頭に穴の開いたシンプルな鍵。そのふたつで迷って、正が林檎の所へ持ってきたのは、鍵の方だった。
「こちらをいただきたいんですけれど、ひとつ訊いてもいいですか?」
「はい、なんでしょう?」
「この鍵をネックレスにしたいんですけど、チェーンってありますか」
「あ、チェーンですか、少々お待ちください」
 林檎はレジカウンターの中に入り、引き出しを開ける。その中に入ってる細長い箱を取りだし、数本のチェーンを取り出して正に見せた。
「チェーンは50センチの物と60センチの物のご用意があって、デザインもこの三種類ずつ選べます。
どれになさいますか?」
 提示されたチェーンを見て、正が口の中でぶつぶついいながら視線を動かしている。どのチェーンがいいか選んでいるのだろう。
 そして正が選んだのは、目の大きい、若干太めの60センチチェーンだった。
「これにします」
「はい、かしこまりました。チェーンは通しておきますか?」
「はい、お願いします。それと、プレゼントラッピングもお願いします」
「ラッピングもですか。少々お待ちください」
 これは誰かへの贈り物だったのかと思いながら、林檎はラッピングの準備をする。まずはチェーンを鍵に通し、それからレジカウンターの引き出しから糸巻き用の紙の板を取りだして、板にチェーンを巻き付ける。きりの良いところまで巻いたら、引き出しから取り出したワイヤータイで鍵を板に固定する。次にグラシン紙の袋に鍵を巻いた板を入れ、口を蛇腹に折ってワイヤータイで留める。留めるときに、引き出しの中から出した紙の造花も一緒にあしらい、可愛らしい雰囲気のラッピングに仕上げた。
 会計を済ませ、紺色の紙袋に入れた鍵を正に渡しながら林檎が言う。
「すてきな贈り物ですね」
 すると正は、照れたように笑ってレジカウンターの上のお茶に目をやった。
「えっと、ありがとうございます。
それで、選ぶのに集中してたら喉が渇いちゃって」
 それを聞いて、林檎はくすくすと笑って返す。
「だろうと思いました。もう一杯どうぞ」
 氷の中から瓶を引き抜き栓を開けて、正から受け取ったグラスにお茶を注ぐ。そのグラスを受け取った正は嬉しそうに口を付けた。
「それにしても、随分と一生懸命選んでいましたが、大切な方へのプレゼントですか?」
 喉を潤している正に林檎がそう訊ねると、正はにっと笑ってこう言った。
「実は、もうすぐ彼女の誕生日なんですよ」
 やはり大切な人への贈り物だったかと、林檎は微笑ましくなる。
「そうなんですね。いい仲が続くといいですね」
 思わず林檎がそう言うと、正は何故か急に自信が無いような顔をしてこう言った。
「でも、今まで付き合った彼女、大体俺の方がフラれてるんでやや自信ないんですよね……」
「ああ、それは、なんというか……」
 何とも言いがたい雰囲気になってしまったけれど、とりあえず正に一息入れて貰おうと、林檎はバックヤードにスツールを取りに入った。
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