とわ骨董店

藤和

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2006年

28:立ち向かう年

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 染井吉野が散り、八重桜がほころび始めた頃。その日は暖かく、いかにも春らしかった。
 林檎はいつも通り、籐の椅子に腰掛けてゆっくりとお茶を飲んでいる。今日はどんなお客さんが来るだろうかと店内を見渡していると、入り口からさっと光が射した。
「林檎さんこんにちはー」
 そう言って入って来たのは、制服姿の木更だった。
 そう言えば今日から始業式なのかと思いながら、学校帰りに寄ってもらえた嬉しさを込めて、林檎が木更に声を掛ける。
「いらっしゃい。
そういえば、理恵さんはどうしたの?」
 その問いかけに、木更は親指で隣を指して答える。
「真利さんの所に行ってる」
「あらあら。それじゃあみんなでお茶でもする?」
 林檎がそう言うと、木更は固く、真面目な顔をする。
「すこし、林檎さんと話がしたくて」
「そうなの?」
 木更は林檎とふたりで話したいと言うことは、珍しくない。けれども、今回はどうやらなにか抱えているように見えたので、木更を優しく店の奥まで招き、バックヤードから出した倚子を勧めた。
 お茶を出すのは話を聞いてからでもいいだろう。そう思い、木更のことを見て声を掛ける。
「どんな話がしたいの?」
 優しいその声に、木更は緊張した声で話し始めた。
「これから受験生になるから、それですごく緊張しちゃって、私、受験上手くやれるかなって心配になっちゃって」
「ああ、なるほど……」
 大人になってしまうとつい忘れてしまうけれど、受験というのは木更くらいの中学生にとって、それだけでなく、それより年齢の高い高校生にとっても、人生を大きく左右する大きな試練に感じられるのだ。林檎も、中学、高校の時は、自分の成績にじっと気を配り、望みの学校に通えるよう、日々勉強をしていた記憶がある。
「林檎さんは、受験の時どうしてた?」
 少しでも参考になることが聞ければと思っているのだろう、木更が縋るような目で林檎を見る。それをしっかりと受け止め、林檎は自分が学生だった時のことを思い出しながら答えた。
「そうね、高校受験の時は塾に通ってたし、大学受験の時は予備校に通ってたわね」
「やっぱり、そう言うの通った方が良いの?」
「うーん、私は自力で勉強するって言うのが難しかったから、塾や予備校の助けを借りたって言う感じだけど」
「えー、林檎さんが勉強苦手って言うの意外」
 体験談を聞いてすこし落ち着いてきたのか、木更の表情が緩む。それに気づいた林檎が、にこりと笑う。
「塾や予備校に通うのも良いけど、やっぱり基本は学校での勉強だから。
ちゃんとそう言うところしっかりやらないとね」
「あー!
去年まで真面目にやってなかったからー!」
 声を上げて頭を抱える木更を宥めるように、林檎がくすくすと笑って言う。
「これからでも頑張れば何とかなるから。
今年はしっかり授業聞くのよ?」
「……はーい」
 痛いところを突かれてふくれっ面をする木更を見て、林檎は何だか微笑ましくなってしまう。確か、自分が高校受験の時も、あまり勉強していなかったのを誰かに突かれて、こんな風に膨れたことがあったなんてことを思い出した。
 木更が話したいことをあらかた話終わった辺りで、そっと店の扉が開く。お客さんかと思って声を掛けようとすると、女の子がひょこっと覗き込んでこう声を掛けてきた。
「木更、林檎さん。よかったら一緒にお茶でもどうですか? って真利さんが呼んでます」
 それを聞いて、木更がそそくさと立ち上がる。
「いくいくー。林檎さんはどうする?」
「折角声かけて貰ってるんだしね。お邪魔しようかな」
 先程までの緊張した空気を振り払うように、林檎と木更はとわ骨董店の扉をくぐった。

 隣のシムヌテイ骨董店にお邪魔した林檎と木更は、すでに用意されていたスツールに腰掛け、お茶とお茶請けをいただいている。華やかな柑橘の香りがする紅茶に、香ばしく甘いキャラメル。それに少しずつ口を付けていると気分も軽くなった。
「そういえば、理恵さんと木更さんは同じ高校に進む予定ですか?」
 お茶を飲みながらそう訊ねる真利に、理恵と木更は照れた笑いを返して応える。
「今のところそのつもりです」
「やりたい事、今のところ被ってるもんね」
「うん」
 それを聞いて、林檎がくすくすと笑う。
「ふたりとも、本当に仲がいいのね」
「この分だと、大学も同じ所になりそうですね」
 これからまだ未来が広がるふたりの仲睦まじさに、真利も微笑んでいる。
 木更と理恵のやりたい事というのは、一体何なのだろう。それはまだ林檎にはわからないし、もしかしたら本人達の間でも、まだふわふわとしてつかみ所がないのかも知れない。
 それでも、このふたりが壁を乗り越えて大人になっていくのを見守っていたいと思った。
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