とわ骨董店

藤和

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2005年

23:針を持つ手

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 日も短くなり、肌寒い日が続くようになった頃。暖房を効かせた店内は乾燥しがちで、温かいお茶が手放せない。急須から萩焼のカップにお茶を注ぐと、丁度カップ一杯分で中身が無くなった。
 次はどのお茶を淹れようと考えながら口を付けると、すっかり冷めて、舌を刺すような渋味が出ていた。
 ふと、レジカウンターの上に目をやる。そこには陶器の花瓶に生けられた黄色い千日紅が置かれていて暗い店内で随分明るく見えた。
 色鮮やかな千日紅を見て、香らないのが物足りなく感じる。だったらお香を焚いたらどうかと思い立ち、カップをレジカウンターの上に置いて立ち上がった。
 レジカウンターの奥にある棚から香炉を出し、引き出しから炭団と銀葉、ライターも出してレジカウンターの上に置く。それから、引き出しの中に入っているお香を選び始めた。白檀、伽羅、没薬、乳香、滑るように視線を動かし、目に付いたのは千日紅のように鮮やかな黄色をしたコパルだった。
 コパルの入った瓶を取りだし、お香を焚くために香炉に火を入れる。香炉の中で赤くなる炭団に灰を被せ、その上に銀葉、コパルの順で乗せていく。じわりと熱せられたコパルは、ゆっくりと溶けながら煙と香りを立ち上らせた。
 甘く重い香りに心を落ち着かせていると、薄暗い店内に光が射した。
「いらっしゃいませ」
 入ってきたのは、緑色のはねっ毛で、カジュアルにベストを着崩した男性と、桜色の長い髪をヘアクリップで留め、ニット地のジャケットを着た男性のふたりだ。
「ほえー」
 ベストを着た男性が、店内を見回して気の抜けた声を漏らす。こう言った店には慣れていないのか、ぼんやりとした表情だ。
 しばらくぼんやりした後、はっとしたように棚に置かれた螺鈿の箱と寄せ木の箱に歩み寄って、中身を手に取った。
「すごい、羽二重のつまみ細工だ」
「羽二重? ってなぁに?」
「めちゃくちゃ薄いシルク地だよ~」
「そうなんだぁ」
 男性ふたりのやりとりを聞いて、林檎は布を扱う仕事の人なのだろうかと思う。布の名称は偶に聞くことがあっても、扱っている林檎でさえ、すぐには頭に出てこないことが多いのだ。
 ベストを着た男性が藤色の花があしらわれた簪を持ったまま、その下の段に目をやった。そこには畳まれた古布が並べられている黒檀の箱が置かれている。
 しゃがみ込んで見ている彼につられて、ジャケットを着た男性もしゃがみ込んで、箱を覗き込んでいる。
「なんかいいのある?」
「刺繍の入った布があるー。これ買っていこう」
 ジャケットの男性に嬉しそうな声でベストの男性がそう返し、他の布も何枚か捲って箱から取り出した。
「これくらい買って行こうかな」
 そう言ってベストの男性が立ち上がると、ジャケットの男性も立ち上がった。
「これお願いします」
「はい、ありがとうございます」
 古布と一緒に先程の簪を差し出され、林檎はレジカウンターの中に入り、電卓に金額を打ち込んで提示する。それから、念のためと思いこう訊ねた。
「こちらの簪は袋お分けしますか?」
 すると、ベストの男性はにこりと笑ってこう返す。
「簪はプレゼント用にラッピングして下さい」
「はい、かしこまりました」
 どの様なラッピングにするかを考えながら、まずは古布をクラフト紙の袋に入れ、口をテープで留める。次に、カウンターの引き出しから半透明のグラシン紙と紙の造花を取りだし、グラシン紙で簪を緩く巻く。それから、両端を三つ折りにしてテープで留め、紙の造花を唐草模様のシールでグラシン紙の筒に張り付け、男性に見せる。
「この様な感じでよろしいでしょうか?」
「わー、かわいい! そんな感じで大丈夫です」
 それから会計を済ませ、古布と簪をそれぞれ別々に、紺色の紙袋に入れて口を唐草模様のシールで留め、男性に手渡した。
 ふと、レジカウンターの上に置かれた急須に男性が目をやったので、林檎はにこりと笑って訊ねる。
「もしお時間許すようでしたら、お茶でもいかがですか?」
「いいんですかー?」
 嬉しそうな表情で、ベストの男性はジャケットの男性に目をやる。すると、人差し指と親指で丸を作ったサインを見せた。
「それじゃあ、いただいていきます」
 その返事に、少々お待ち下さい。と声を掛けて、バックヤードからスツールをふたつ運び出す。それをレジカウンターの側に並べて、男性ふたりに勧めた。
 腰掛けたのを見てから、林檎はレジカウンターの奥に有る棚から耐熱のワイングラスをふたつ出してカウンターに置き、続いて、ころんと丸まった大きめの茶葉を出してワイングラスの中に入れた。
 男性ふたりが不思議そうな顔で見守る中、ワイングラスの中にお湯を注ぐ。それをふたりに手渡して林檎はこう言う。
「お茶がでるまでしばらくお待ち下さい。
それと、このお茶は見ていると楽しいですよ」
「そうなんですか?」
 ジャケットの男性が目を細めてじっとグラスの中を見る。すると、茶葉からぽつぽつと気泡が浮き、少しずつ開き始めた。
「わぁ……!」
「すごーい!」
 ふたりが開く茶葉に夢中になっているうちに、丸かった茶葉はお茶の中で花のように開き、中から赤い千日紅が覗いた。
「どうぞ、召し上がって下さい」
 感動しきりといったふたりに林檎がそう声を掛けると、ベストの男性がそっと口を付けて声を上げた。
「美味しいですー」
 それからすこしの間お茶でできた花の話をして、お互い馴染んだ頃に林檎が訊ねる。
「ところで、古布を沢山お買い上げになっていましたけれど、なにかお作りになるんですか?」
 その問いかけに、ベストの男性は嬉しそうに答える。
「この子とお揃いのポーチ作ろうかなって思ったんです。かわいい布いっぱいあったから」
 やはり布の扱いに慣れている人だったかと、林檎は納得する。それから、ふたりに微笑みかける。
「仲がよろしいんですね」
 林檎の言葉に、男性ふたりは嬉しそうだ。
「そうなんです。仲良しなんです」
「ねー」
 こんな風に仲が良いふたりのことを、林檎は覚えておきたいなと、そう思った。
「うふふ、仲が良いのはいいことですね。
もしよかったら、お名前を伺いたいのですが、どうでしょう?」
 訊ねられて悪い気はしないのか、ベストの男性がにっこりと笑って答える。
「お名前ですかー?
僕はミツキっていいます」
 続いてジャケットの男性も口を開く。
「俺はサクラっていいます」
 ふたりの紹介を訊いて、林檎はぺこりと頭を下げて、自分も名乗る。
「おふたりともすてきな名前ですね。
私は林檎と申します」
「林檎さんっていうんですねー」
「なんでだろ、林檎さんとお話してると落ち着きますぅ」
「うふふ、そうですか? ありがとうございます」
 三人で朗らかに語り合って、そんな今日の日を千日紅が彩ってくれているように感じた。
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