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2005年
20:魂を込めて
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蝉が鳴き声を上げる八月の半ば。外は明るく痛いほどの日差しが降り注いでいるけれども、とわ骨董店の店内は相変わらず薄暗い。
店主の林檎が、冷たいお茶を飲みながらちらちらと時計を見ている。
この日とわ骨董店の入り口にかけられた札は『休業日』となっていて、それでもここで待たなくてはいけない理由が有った。
林檎の携帯電話が鳴り出す。間を開けずに通話を開始すると、かけてきていたのはまつひだった。
今最寄り駅に居る。その報告で、彼女がこの店にやってくるまでそんなに時間はかからないだろう。
短いやりとりで電話を切り、店内を見渡す。相変わらず、所狭しと古物が並べられていた。
とわ骨董店では、あらかじめ予約を取れば店内での写真撮影ができるというサービスをしている。レトロな雰囲気の小物と一緒に写真を撮りたいという声が、今までに寄せられていたからだ。人物と一緒に写真を撮るほか、ハンドクラフトの小物だったりの写真を撮るなど、依頼人は少なくない。
今日まつひがこの店に来るのは、店内の小物や風景を写真に撮りたいと言う事でだ。予約を受ける前に、この店で撮った写真をコンテストに出しても大丈夫かという問い合わせをされた。どうやらまつひは、写真のコンテストに応募するために、この店の中を撮りたいと思ったようだった。
その話を聞いて林檎はすこし、どうするべきか悩んだけれども、撮影のためにこの店を貸し出すレンタル料は支払って貰うし、現代物のつまみ細工を除けば、著作権的に問題になる物もない。それに、もし入賞したとしても宣伝にこそなれ、悪い評判は付かないだろうと判断した。
空調の効いた店内で、お茶を冷やしている氷が溶ける音を聞く。そうしていると、店の扉がそっと開いた。
「林檎さん、こんにちはー……」
表の札を見て本当に入って良いかどうかためらったのだろう、まつひが薄く開けた扉から覗き込んで、そう声を掛けてきた。
「まつひさんいらっしゃい。お待ちしてました」
林檎がいつもの椅子に座っているのを見て安心したのか、まつひがほっとした表情で店内に入ってくる。黄色いノースリーブのブラウスに、ピンク色のショートパンツといういでたちが夏らしい。それに、大きめのリュックサックを背負っていて、きっとあの中にカメラが入っているのだろう。
「外は暑かったでしょう、まずはお茶を一杯いかがですか?」
林檎はそう言って、レジカウンターの奥にある棚から青と黄色の光を湛えたグラスをひとつ取りだし、ブリキの器に詰められた氷から、お茶の入った鱒の瓶を一本引き抜く。瓶は二本あるけれど、今日用意しているお茶は一種類だけだ。
「ありがとうございます。いただきます」
笑顔でグラスを受け取ったまつひは、グラスのお茶を一気に空ける。余程喉が渇いていたのだろう。
それから、グラスを林檎に渡し、早速撮影を始めたいという。林檎も、撮影している時間は一分でも長い方が良いだろうと、撮影したい品物のセッティングを手伝うと申し出た。
まつひが撮りたいと特に思っていた物は、仏像の首だったようだ。一眼レフカメラを三脚に設置し、設定を弄っている。できればフラッシュを焚かないで欲しいという林檎の言葉を汲んで、露光時間を長くして光量を確保するつもりのようだった。
林檎も、まつひから手渡されたレフ板を持って被写体に光を当てる。どんな写真が撮れるのか、今から楽しみだった。
じっくりと時間をかけて仏像の首を写真に収め、それから、他にも少々欠けていたりする古物の焼き物の写真を撮り、棚に並べられた鉱物の写真を撮ったりした。
見ている限り、鉱物も欠けた部分のある物に注視して撮っているので、もしかしたらまつひは、完璧な物よりも不完全な物に惹かれるたちなのだろうかと、林檎は思う。
空調が効いているはずなのに、じっとりと汗をかく。それは林檎だけのことではなく、まつひの首筋にも、濡れた光があった。
そうして写真を撮っていることしばらく。日が傾き、光量が減り、林檎の携帯電話のアラームが鳴った。撮影終了時間になったようだった。
「まつひさん、お疲れ様です」
終了時間になった事を伝え、林檎がそう言うと、まつひは緊張していた頬を緩めて笑う。
「ありがとうございました。良い写真になったと思います」
「うふふ、仕上がりが楽しみですね」
まつひがカメラとレフ板と三脚を片付ける横で、林檎はお茶をまたグラスに注ぐ。瓶を冷やしていた氷はだいぶ溶けてしまったけれども、それでもお茶はしっかりと冷えていた。
撮影で疲れただろうと林檎がまつひに椅子を用意し、お茶の入ったグラスを渡す。それから、棚の中に用意して置いた揚げ饅頭をふたつ取りだし、二枚の九谷焼のお皿にそれぞれひとつずつ乗せる。
「良かったらお饅頭もどうぞ」
「ああっ、ありがとうございます!
もうお腹ぺこぺこで」
「そうですよね。あれだけ一生懸命だったんですもの。
私も、お腹空いちゃいました」
ふたりでお茶を飲みながら揚げ饅頭を食べていると、ふと、まつひがこう言った。
「そう言えば、私が撮った写真を入れたアルバムを持ってきたんです。良かったら見てくれませんか?」
「持ってきてくださったんですね。それじゃあ有り難く拝見します」
林檎の返事を聞いて、まつひはリュックサックの中からいそいそと、正方形のフリーアルバムを取り出した。それを渡された林檎は、丁寧に表紙とページを捲る。黒い台紙に貼られている写真はどれも正方形で、いつも見慣れている写真とは随分と違う雰囲気に思えた。
しかし、それを抜きにしても、
「……すてきな写真ですね」
「えへへ、ありがとうございます」
普通の女の子が撮っているにしては、力強く、芯の強い、印象的な写真だった。
店主の林檎が、冷たいお茶を飲みながらちらちらと時計を見ている。
この日とわ骨董店の入り口にかけられた札は『休業日』となっていて、それでもここで待たなくてはいけない理由が有った。
林檎の携帯電話が鳴り出す。間を開けずに通話を開始すると、かけてきていたのはまつひだった。
今最寄り駅に居る。その報告で、彼女がこの店にやってくるまでそんなに時間はかからないだろう。
短いやりとりで電話を切り、店内を見渡す。相変わらず、所狭しと古物が並べられていた。
とわ骨董店では、あらかじめ予約を取れば店内での写真撮影ができるというサービスをしている。レトロな雰囲気の小物と一緒に写真を撮りたいという声が、今までに寄せられていたからだ。人物と一緒に写真を撮るほか、ハンドクラフトの小物だったりの写真を撮るなど、依頼人は少なくない。
今日まつひがこの店に来るのは、店内の小物や風景を写真に撮りたいと言う事でだ。予約を受ける前に、この店で撮った写真をコンテストに出しても大丈夫かという問い合わせをされた。どうやらまつひは、写真のコンテストに応募するために、この店の中を撮りたいと思ったようだった。
その話を聞いて林檎はすこし、どうするべきか悩んだけれども、撮影のためにこの店を貸し出すレンタル料は支払って貰うし、現代物のつまみ細工を除けば、著作権的に問題になる物もない。それに、もし入賞したとしても宣伝にこそなれ、悪い評判は付かないだろうと判断した。
空調の効いた店内で、お茶を冷やしている氷が溶ける音を聞く。そうしていると、店の扉がそっと開いた。
「林檎さん、こんにちはー……」
表の札を見て本当に入って良いかどうかためらったのだろう、まつひが薄く開けた扉から覗き込んで、そう声を掛けてきた。
「まつひさんいらっしゃい。お待ちしてました」
林檎がいつもの椅子に座っているのを見て安心したのか、まつひがほっとした表情で店内に入ってくる。黄色いノースリーブのブラウスに、ピンク色のショートパンツといういでたちが夏らしい。それに、大きめのリュックサックを背負っていて、きっとあの中にカメラが入っているのだろう。
「外は暑かったでしょう、まずはお茶を一杯いかがですか?」
林檎はそう言って、レジカウンターの奥にある棚から青と黄色の光を湛えたグラスをひとつ取りだし、ブリキの器に詰められた氷から、お茶の入った鱒の瓶を一本引き抜く。瓶は二本あるけれど、今日用意しているお茶は一種類だけだ。
「ありがとうございます。いただきます」
笑顔でグラスを受け取ったまつひは、グラスのお茶を一気に空ける。余程喉が渇いていたのだろう。
それから、グラスを林檎に渡し、早速撮影を始めたいという。林檎も、撮影している時間は一分でも長い方が良いだろうと、撮影したい品物のセッティングを手伝うと申し出た。
まつひが撮りたいと特に思っていた物は、仏像の首だったようだ。一眼レフカメラを三脚に設置し、設定を弄っている。できればフラッシュを焚かないで欲しいという林檎の言葉を汲んで、露光時間を長くして光量を確保するつもりのようだった。
林檎も、まつひから手渡されたレフ板を持って被写体に光を当てる。どんな写真が撮れるのか、今から楽しみだった。
じっくりと時間をかけて仏像の首を写真に収め、それから、他にも少々欠けていたりする古物の焼き物の写真を撮り、棚に並べられた鉱物の写真を撮ったりした。
見ている限り、鉱物も欠けた部分のある物に注視して撮っているので、もしかしたらまつひは、完璧な物よりも不完全な物に惹かれるたちなのだろうかと、林檎は思う。
空調が効いているはずなのに、じっとりと汗をかく。それは林檎だけのことではなく、まつひの首筋にも、濡れた光があった。
そうして写真を撮っていることしばらく。日が傾き、光量が減り、林檎の携帯電話のアラームが鳴った。撮影終了時間になったようだった。
「まつひさん、お疲れ様です」
終了時間になった事を伝え、林檎がそう言うと、まつひは緊張していた頬を緩めて笑う。
「ありがとうございました。良い写真になったと思います」
「うふふ、仕上がりが楽しみですね」
まつひがカメラとレフ板と三脚を片付ける横で、林檎はお茶をまたグラスに注ぐ。瓶を冷やしていた氷はだいぶ溶けてしまったけれども、それでもお茶はしっかりと冷えていた。
撮影で疲れただろうと林檎がまつひに椅子を用意し、お茶の入ったグラスを渡す。それから、棚の中に用意して置いた揚げ饅頭をふたつ取りだし、二枚の九谷焼のお皿にそれぞれひとつずつ乗せる。
「良かったらお饅頭もどうぞ」
「ああっ、ありがとうございます!
もうお腹ぺこぺこで」
「そうですよね。あれだけ一生懸命だったんですもの。
私も、お腹空いちゃいました」
ふたりでお茶を飲みながら揚げ饅頭を食べていると、ふと、まつひがこう言った。
「そう言えば、私が撮った写真を入れたアルバムを持ってきたんです。良かったら見てくれませんか?」
「持ってきてくださったんですね。それじゃあ有り難く拝見します」
林檎の返事を聞いて、まつひはリュックサックの中からいそいそと、正方形のフリーアルバムを取り出した。それを渡された林檎は、丁寧に表紙とページを捲る。黒い台紙に貼られている写真はどれも正方形で、いつも見慣れている写真とは随分と違う雰囲気に思えた。
しかし、それを抜きにしても、
「……すてきな写真ですね」
「えへへ、ありがとうございます」
普通の女の子が撮っているにしては、力強く、芯の強い、印象的な写真だった。
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