とわ骨董店

藤和

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2005年

15:弟のお願い

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 まだ肌寒いけれども、吹く風が温み始めた春の日。ホワイトデーを控えているからか、街中はどことなく期待という気分が漂っていた。
 この日も、とわ骨董店では店主の林檎がいつもの籐の椅子に座って、お客さんが来るのを待っていた。
 だいぶ暖かくなった空気に包まれていると、ついつい瞼が重くなる。林檎は昨夜つい遅くまで読みふけっていた小説のことを、うつらうつらと思い返していた。
 あの街が開放されたのは、こんな風に暖かな春の日だったのだろうか。目を閉じて頭の中に広がる光景に身を委ねていると、突然声が聞こえた。
「姉さん久しぶりー」
 馴染みのある声にふっと頭を上げ店の入り口を見ると、そこには緑のダウンベストを着た、ショートの茶色い髪の男性が立っていた。身長は、林檎より頭ひとつ分ほど高い。
 その彼に、林檎は手招きをして言う。
「あら、久しぶりじゃないの蜜柑。
今日はなにを探しに来たの?」
 蜜柑と呼ばれたその男性は、林檎の弟で、時折この店や隣のシムヌテイ骨董店にやって来ては、珍しい物はないかと見て行くのだ。
 偶に、知り合いの誕生日だとか記念日だとかに、贈り物を買っていくことも少なくない。
 そんな蜜柑が、林檎に真剣な顔でこう言った。
「バレンタインのお返しに渡す物を買いに来たんだけど、なんか良いのないかな?」
「バレンタインのお返し?
うーん、どう言った間柄の方かっていうのにも寄ると思うんだけど」
 漠然とした蜜柑のリクエストに、林檎は店内を見回しながら返す。すると、蜜柑が詳細を話した。
「実は、恋人に渡す物だから、指輪とかそういうのが第一候補なんだけど、指輪はサイズがわからなくて、他になにかないかなって」
「ああ、なるほど」
 ふたりで話しながら、店内を見て回る。バレンタインのお返しならば、アクセサリーが良いのだろうかと、螺鈿の箱と寄せ木の箱に入ったつまみ細工や、その側に置かれている七宝のブレスレット、翡翠のネックレスを、手に取って吟味する。
 ふと、林檎が蜜柑に訊ねた。
「そう言えば、どんなテイストが良いとか、そう言うのって有る?」
 それに、蜜柑は即答する。
「ロリータ服に合うようなのが良い」
「あー、はい。そう言えばあなたそう言うの好きだったわよね」
 弟の好みを確認したところで、林檎はこう提案する。ロリータ服のような、可愛らしくてひらひらした服に合う小物だったら、隣のシムヌテイ骨董店の方が沢山扱っているかも知れない。その提案に、蜜柑も納得した様だった。
「それじゃあ、姉さんも一緒に真利さんのところに行って、プレゼント選ぶの手伝ってよ」
「もう、しょうがないわね。
じゃあ行こうか」
 困ったようにくすくすと笑って、それでも林檎は、一生懸命な弟のお願いは断れなかった。

「おや、林檎さんに蜜柑君、いらっしゃい」
 ふたりで隣のシムヌテイ骨董店に入ると、レジカウンターの側に置かれた椅子に座って居る真利に声を掛けられた。温かくなってきたからだろうか、先月までは店の真ん中辺りに置かれていただるまストーブは、すっかりと片付けられていた。
「本日はどの様な物をお探しで?」
 真利にそう訊ねられた蜜柑は、照れた様子で、恋人への贈り物にアクセサリーを探しに来たと、そう答えた。
 それならばと、真利は棚の上の真鍮のトレイを手で指す。その上には煌びやかなガラスや落ち着いた雰囲気の樹脂の、様々なコスチュームジュエリーが置かれていた。
「さすが、真利さんはこう言うの選ぶの上手いわよね」
 林檎が感心したようにトレイの上を見ていると、真利が右手を顎に当てて提案するように言う。
「贈り物にアクセサリーをと言うのは、よく聞くパターンなのですけれど、実はアクセサリーって結構好みが分かれる物なんですよ。
使いづらいアクセサリーをいただいてしまうと、結局しまいっぱなしになってしまったり」
「えっ? じゃあどう言った物が良いんですか?」
 困惑する蜜柑に、林檎は真利の方を見て口を開く。
「もしかして、アクセサリー以外の小物の方が良いってこと?」
「そうですね。部屋に置いておいたり、鞄の中に入れておくような物でしたら、アクセサリーほど難しくはないと思います」
 ふたりの言葉を聞いて、蜜柑は納得した様だ。それならば、使って貰えたり、飾って貰えたりしそうな小物はなんだろうと、店内をぐるぐると回り始める。林檎も、棚の上に飾られた西洋の古物を見て回り、ふと、棚の上に置かれた銀色のピルケースに目を留めた。
「蜜柑、このピルケースどう? モザイクでお花の模様が入っててかわいい感じだけど」
 掛けられた声に蜜柑はすぐさま林檎の元へ歩み寄り、林檎が見ているピルケースを手に取って、うっとりとした表情をする。
「ああ、これかわいいなぁ。こう言う小物なら、飾って貰えるかも」
 渡したところを想像しているのか、夢見心地といった様子の蜜柑に、真利が話し掛ける。
「そちらになさいますか?」
 にこりと笑う真利に、蜜柑はピルケースをレジカウンターに持っていく。
「はい、こちらをいただきます」
「プレゼント用のラッピングも、必要ですよね?」
「はい、お願いします」
 椅子から立ち上がり、手早く値段を提示し、ラッピングをしていく真利の前で、蜜柑は財布を開いている。それから、会計とラッピングが済んでから、真利が林檎達にこう訊ねた。
「折角蜜柑君が来たんですし、お茶でもいかがですか?」
「あら、それじゃあお言葉に甘えようかしら」
「俺もお茶いただきます」
 ふたりの返事に、真利はレジカウンターの裏から木製の折りたたみ椅子を出してそれを林檎に勧め、バックヤードから出してきたスツールを蜜柑に勧める。それから、レジカウンターの奥に有る棚から、茶器と茶葉を出してお茶の準備を始めた。
 ふと、真利が蜜柑に訊ねる。
「恋人への贈り物とのことですが、お付き合いはじめて長いのですか?」
「そうですね、もう二年以上になります」
 そんなに長い付き合いの恋人がいるというのは、林檎としても初耳だ。林檎はにやりと笑って、意地悪そうに蜜柑に言う。
「もう、私だってそんな人の事知らなかったんだから。
早く私にも紹介してよ」
 すると、蜜柑は顔を真っ赤にして小声で呟く。
「えっと、彼女の決心が固まったら……うん」
 そうしている間にも、お茶の準備が整って、明るい話題と共に、香り高いお茶を楽しんだのだった。
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