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2004年
12:雪の降る日
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年末も近づき、すっかり冷え込むようになった頃。暖房を効かせたとわ骨董店の店内で、林檎がぼんやりといつもの籐でできた椅子に座っている。
ふと、カーテンで縁取られた窓越しに外を見ると、しとしとと静かに雨が降っていた。雨の音を聞きながら、熱いお茶を飲む。豆と薔薇の香りがする黒っぽいお茶は、喉を通り過ぎたあとにほんのりと甘みを残していった。
まだ半分ほど熱いお茶の入っているカップをぎゅうと握り、指先を温める。この時期になるとエアコンの暖房だけでは心許ないと思うことはあるのだけれども、それで心許ないとだるまストーブを導入している隣のシムヌテイ骨董店にお邪魔すると、暖まりすぎて汗ばむことがあるので、だるまストーブなどの灯油を使う暖房は、導入しづらかった。
「ストーブは有ったら、真利さんみたいにお鍋乗せて色々沸かせるんだろうけど」
隣の店に思いを馳せながら、だんだんとぬるくなっていくお茶に口を付ける。ストーブで暖めて作るホットワインやバター茶、ホットチョコレートを振る舞われる度に美味しいとは思うのだけれど、後片付けのことを考えるとどうしても面倒くさくなって作るのを諦めてしまうのだ。
「家でひとり分作るだけなら、面倒じゃないんだろうけど」
そう呟いて、お客さんに提供した場合の事を考える。カップを洗ったりなどは普段からやっているのでそこまで手間は感じないけれども、鍋の扱いがやはり面倒に感じられた。
取り留めもなく思いを巡らせ、店内を見渡しながらカップに口を付けると、中身が空になっていた。そう言えばと手で包むと、すっかり冷え切っていた。
ティーポットの中はふやけた黒い茶葉と赤い薔薇の蕾だけが入っていて、お茶は切らしていた。もう一煎淹れるかどうか考えながら窓の外を見ると、ちらちらと白い物が見えた。気がつけば雨の音は止んで、雪が降る気配に姿を変えていた。
雪が降ることは珍しいので、思わずぼんやりと雪を眺める。こんなに寒い日なのだから、お客さんも途絶えたことだし早めに店じまいしようか。そんな事を考える。
そうしていると、店の扉が開いた。
「いらっしゃいませ」
反射的にそう口にして扉の方を見る。すると、そこから覗いていたのは隣の骨董店の店主、真利だった。
「あら、真利さんなにかご用?」
もしかしてもう店じまいをするからと言う挨拶だろうかと、そう思いながら訊ねるとこう返ってきた。
「今、うちに悠希さんがいらっしゃったんです。差し入れを下さったので、一緒にいただきませんか?」
「あ、そう言う事なのね。それじゃあお邪魔しようかしら」
真利の言葉に、林檎はカップをレジカウンターの上に置いていそいそと立ち上がる。それから、真利と一緒に外へ出て、扉にかけてある札をひっくり返し『商い中』から『休業中』に変える。
「またご馳走になっちゃって悪いわね。
……それにしても」
林檎は隣に立つ真利の髪を見て呟く。それを聞いた真利が、不思議そうな顔をして返す。
「はい、なんですか?」
少し目を細めて、林檎が言葉を続ける。
「あなたの髪は、雪に映えて綺麗ね」
室内で暖まったからだろうか、真利の赤く光る緑色の髪は、雪が降りかかると、すっと溶けていく。
「……ありがとうございます」
照れたように笑い、真利はすぐそこにある自分の店の扉に手を掛け、林檎に言う。
「いつまでも外にいては寒いでしょう? 中へどうぞ」
招かれるままに入り口をくぐると、シムヌテイ骨董店の中は外の寒さが嘘のように暖かだった。
「林檎さん、お久しぶりです」
店内の中央近くにあるだるまストーブを挟んで、更に奥に立っている男性から声を掛けられる。足下に風呂敷を背負った柴犬を座らせ、外套を羽織った袴姿の男性は、シムヌテイ骨董店およびとわ骨董店のなじみ客だ。
「悠希さんもお久しぶりです」
真利が椅子を用意している横で、林檎は悠希と呼ばれた常連客と挨拶を交わす。それから、バックヤードから運ばれてきたスツールに悠希が座り、レジカウンターの奥からでてきた木製の折りたたみ椅子に林檎が座る。
「これからキャラメルの用意をしますので、少々お待ち下さい」
そう言って、小さな箱を持って真利はバックヤードへと引っ込んでしまった。
今回の差し入れはキャラメルなのかと思いながら、林檎は悠希に話し掛ける。
「そういえば、鎌谷君はいつも大人しくしていますよね」
そう言って、悠希の足下に座っている柴犬に目をやると、悠希ははにかんで外套の裾を掴む。
「そうなんです。鎌谷君はこういう所では大人しくしてくれるんです」
「そうなんですね。ちゃんと躾けていらしてすごいわ」
感心する林檎の言葉を聞いて、悠希は心なしかぎこちない表情になったが、それを見て林檎は、もしかして他の場所ではやんちゃなのだろうかとそう思う。
たわいのない話をしているうちに、真利が茶色いキャラメルの入った小さいココットをみっつ、手に持ってバックヤードから出て来た。
「それでは、いただきましょうか。
ホットワインも一緒に」
それぞれにココットをひとつずつ行き渡らせ、真利はだるまストーブの上に乗った鍋を、そこに刺していたおたまでくるりとかき回す。
シナモンとジンジャーとオレンジと、華やかなワインの香りが広がった。
ふと、カーテンで縁取られた窓越しに外を見ると、しとしとと静かに雨が降っていた。雨の音を聞きながら、熱いお茶を飲む。豆と薔薇の香りがする黒っぽいお茶は、喉を通り過ぎたあとにほんのりと甘みを残していった。
まだ半分ほど熱いお茶の入っているカップをぎゅうと握り、指先を温める。この時期になるとエアコンの暖房だけでは心許ないと思うことはあるのだけれども、それで心許ないとだるまストーブを導入している隣のシムヌテイ骨董店にお邪魔すると、暖まりすぎて汗ばむことがあるので、だるまストーブなどの灯油を使う暖房は、導入しづらかった。
「ストーブは有ったら、真利さんみたいにお鍋乗せて色々沸かせるんだろうけど」
隣の店に思いを馳せながら、だんだんとぬるくなっていくお茶に口を付ける。ストーブで暖めて作るホットワインやバター茶、ホットチョコレートを振る舞われる度に美味しいとは思うのだけれど、後片付けのことを考えるとどうしても面倒くさくなって作るのを諦めてしまうのだ。
「家でひとり分作るだけなら、面倒じゃないんだろうけど」
そう呟いて、お客さんに提供した場合の事を考える。カップを洗ったりなどは普段からやっているのでそこまで手間は感じないけれども、鍋の扱いがやはり面倒に感じられた。
取り留めもなく思いを巡らせ、店内を見渡しながらカップに口を付けると、中身が空になっていた。そう言えばと手で包むと、すっかり冷え切っていた。
ティーポットの中はふやけた黒い茶葉と赤い薔薇の蕾だけが入っていて、お茶は切らしていた。もう一煎淹れるかどうか考えながら窓の外を見ると、ちらちらと白い物が見えた。気がつけば雨の音は止んで、雪が降る気配に姿を変えていた。
雪が降ることは珍しいので、思わずぼんやりと雪を眺める。こんなに寒い日なのだから、お客さんも途絶えたことだし早めに店じまいしようか。そんな事を考える。
そうしていると、店の扉が開いた。
「いらっしゃいませ」
反射的にそう口にして扉の方を見る。すると、そこから覗いていたのは隣の骨董店の店主、真利だった。
「あら、真利さんなにかご用?」
もしかしてもう店じまいをするからと言う挨拶だろうかと、そう思いながら訊ねるとこう返ってきた。
「今、うちに悠希さんがいらっしゃったんです。差し入れを下さったので、一緒にいただきませんか?」
「あ、そう言う事なのね。それじゃあお邪魔しようかしら」
真利の言葉に、林檎はカップをレジカウンターの上に置いていそいそと立ち上がる。それから、真利と一緒に外へ出て、扉にかけてある札をひっくり返し『商い中』から『休業中』に変える。
「またご馳走になっちゃって悪いわね。
……それにしても」
林檎は隣に立つ真利の髪を見て呟く。それを聞いた真利が、不思議そうな顔をして返す。
「はい、なんですか?」
少し目を細めて、林檎が言葉を続ける。
「あなたの髪は、雪に映えて綺麗ね」
室内で暖まったからだろうか、真利の赤く光る緑色の髪は、雪が降りかかると、すっと溶けていく。
「……ありがとうございます」
照れたように笑い、真利はすぐそこにある自分の店の扉に手を掛け、林檎に言う。
「いつまでも外にいては寒いでしょう? 中へどうぞ」
招かれるままに入り口をくぐると、シムヌテイ骨董店の中は外の寒さが嘘のように暖かだった。
「林檎さん、お久しぶりです」
店内の中央近くにあるだるまストーブを挟んで、更に奥に立っている男性から声を掛けられる。足下に風呂敷を背負った柴犬を座らせ、外套を羽織った袴姿の男性は、シムヌテイ骨董店およびとわ骨董店のなじみ客だ。
「悠希さんもお久しぶりです」
真利が椅子を用意している横で、林檎は悠希と呼ばれた常連客と挨拶を交わす。それから、バックヤードから運ばれてきたスツールに悠希が座り、レジカウンターの奥からでてきた木製の折りたたみ椅子に林檎が座る。
「これからキャラメルの用意をしますので、少々お待ち下さい」
そう言って、小さな箱を持って真利はバックヤードへと引っ込んでしまった。
今回の差し入れはキャラメルなのかと思いながら、林檎は悠希に話し掛ける。
「そういえば、鎌谷君はいつも大人しくしていますよね」
そう言って、悠希の足下に座っている柴犬に目をやると、悠希ははにかんで外套の裾を掴む。
「そうなんです。鎌谷君はこういう所では大人しくしてくれるんです」
「そうなんですね。ちゃんと躾けていらしてすごいわ」
感心する林檎の言葉を聞いて、悠希は心なしかぎこちない表情になったが、それを見て林檎は、もしかして他の場所ではやんちゃなのだろうかとそう思う。
たわいのない話をしているうちに、真利が茶色いキャラメルの入った小さいココットをみっつ、手に持ってバックヤードから出て来た。
「それでは、いただきましょうか。
ホットワインも一緒に」
それぞれにココットをひとつずつ行き渡らせ、真利はだるまストーブの上に乗った鍋を、そこに刺していたおたまでくるりとかき回す。
シナモンとジンジャーとオレンジと、華やかなワインの香りが広がった。
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