嫌犬

藤和

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第十七章 甘くて苦いカルーアミルク

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 世間がお盆休みに入る頃、悠希の元に突然電話が掛かってきた。

『悠希、飲みに付き合え』

 酷く落ち込んだ様子でそう掛けてきたのは、いつもはおどけている筈のアレク。
 これは只ならぬ事があったのだろうと、悠希と鎌谷はアレクの仕事場が有る新宿へと駆けつけた。新宿駅でアレクと待ち合わせ、そのままタイムサービスをやっている英国風パブへ入る。

「お前ら何飲む?奢るよ」
「いいの? じゃあ僕クールジェイド」
「俺生」

 始終落ち込んだ様子のアレクを見て、悠希と鎌谷が小声で囁き合う。

「何があったんだろ、急に奢るなんて言い出して……」
「奢ってでも聞いて欲しい愚痴があんじゃねーの?」

 不安を抱えながら待っていると、アレクがカウンターから番号札を持って戻ってきた。
 席についても項垂れているアレクに鎌谷が問いかける。

「急にどうしたんだよおめー。いつもと逆ベクトルにテンションおかしいぞ」

 そう言う鎌谷に煙草を勧められ、アレクは煙草に火を点けて話し始めた。

「実は……彼女にフラれたんだよ……
なんでも他に好きな人が出来たからってさ。で、まあ、色々話を聞いた訳だよ。
別れても友達で居たいとか、そんな事とか」
「彼女が居た事自体に驚きを隠せないけど、まだ仲良くしたいって言ってるんだったら良いんじゃないの?」
「悠希、さりげなく今酷いこと言っただろ」

 テーブルに運ばれてきたお酒を飲みながら、アレクの話は続く。

「友達で居たいって言ってくれるのは良いんだけどさ、彼女が好きになった相手ってのが、俺が前に紹介した同僚なんだよ……鬱だ……」

 グラスを持ったままテーブルに突っ伏したアレクを横目に、悠希と鎌谷が再び囁き会う。

「鎌谷くん、僕生まれて初めて複雑な大人の人間関係を垣間見たよ」
「おめーの心が少年過ぎるんだよ」
「アレク、大丈夫?」

 悠希が声を掛けると、アレクはのそりと起きあがって一気にグラスを空ける。

「あ~、もう一杯行って来るわ」
「じゃあカルーアミルクお願い」
「俺も生追加」

 傷心の所に容赦なく注文を振りかけられても、アレクは文句一つ言わずにカウンターへ向かい、番号札を持ってくる。
 これは相当ショックを受けてると思った悠希が、何とか慰めの言葉を探す。

「元気出しなよ、ほら、また他にいい人見つかるかも知れないし」
「そうかな~、俺お前みたいにモテ系じゃないし」
「そんな事無いよ!それに僕、今だかつて付き合ったことのある人居ないし」
「え、マジで?」

 悠希に今まで彼女が一人も居ないと言うのが意外だったのか、アレクは自分が受けたショックの事を忘れて驚く。少し苦笑してお酒を飲みながら悠希が訊ねた。

「そう言えば、アレクの彼女さんってどんな人なの?」
「ああ、写真有るけど見る?」

 そう言ってポケットから定期券入れを出し、一枚の写真をテーブルの上に差し出す。悠希が手にとって良く見てみると、そこに写っているのはアレクと黒い癖っ毛を短く切った女性。
 とても見覚えのある女性だ。

「か……鎌谷くん、これ……」

 小さく震えながらその写真を鎌谷に見せると、鎌谷も驚いた様子で言った。

「おいおい、これ琉菜ちゃんじゃねーか。マジかよ」
「何でお前等が琉菜の事知ってるんだよ」

 突然出てきた元彼女の名前にアレクも驚きを隠せない。悠希がショックで凍り付いてしまっているので、鎌谷が説明をする。

「この前悠希の友人に会ったんだけどさ、その時一緒に居た友人の彼女の友人なんだよ。
世間って狭いな」
「いやホント、世の中どう繋がってるかわかんねーな」

 鎌谷とアレクが話している間、悠希はずっと俯いて居る。
 そしてふっと顔を上げ、泣きそうな声と顔で言った。

「僕もフラれたぁ~……」
「何だよいきなり!」

 突然ぐずり始めた悠希を見て、アレクはもう何が何だか解らない。悠希は悠希で、淡い恋心を抱いて居た琉菜が、知らぬ間に知らない人と付き合い始めたとか、友人の彼女だったとか、そんな色々な事にショックを受け、今年二回目の失恋でいっぱいいっぱいだ。

「アレク、飲むよ!」
「おう、よくわかんねーが俺達は仲間だ!」

 何となく鎌谷が入れない強い結束で二人が結ばれ、失恋男達の宴は本番を迎えるのであった。
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