嫌犬

藤和

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第十四章 憧れのヒーロー、茄子MAN

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 アトランティスに着いて何日間か、悠希達は鉱山を幾つか周り、様々な宝石を鉱山と直接、ダイレクトなお取り引きで買い付けた。こうやって鉱山で買い付けた方が、中間マージンが入らず安く手に入るのだ。
 父が予定していた買い付けがほぼ終わり、悠希達の泊まっているホテルがある街を、色々と見物していた。その街は折しも骨董品店が軒を連ねており、悠希の興味を引いている。通っているバスもレトロな感じで、赤い二階建てバスだ。

「なんかレトロな感じがして良いなぁ。お父さんは何度か此処に来てるの?」
「そうだねぇ、もう何回目かなぁ。あの二階建てバスも風情があってなかなか良いよ。悠希も乗ってみるかい?」

 そう誘う父の言葉に、悠希は体をこわばらせる。

「そ、その、バスに乗るのは怖い……」

 その様子を察した鎌谷が、やれやれと言った様子で父に言う。

「父ちゃんよぉ、こいつ今だに都バスがすれ違っただけで怖がるんだよ。そんなヤツに二階建てバスなんて無理だぜ?」
「ああそうか……あんな事があったから、まだバスが怖くても仕方がないね」

 父が言うあんな事とは何か。それは悠希がまだ幼稚園に通っていた頃。父と母と悠希の三人で出掛ける為、バスに乗った時の事である。たまたま人気がない時間帯だったのか、三人以外の乗客は居らず、運転手を含め四人しか人が乗っていなかった。
 そのバスが少し細いバス通りを通った時に事件は起こった。悪の秘密結社『赤いクラゲ』が徒党を組んでバスジャックをしたのだ。その時の恐怖が、今だに悠希の心に深く刻み込まれている。その事件が起こった時も、正義のヒーローが現れて悠希達を助けた。そのヒーローこそが茄子MANなのである。
 実は茄子MAN、その当時の茄子MANと今の茄子MANでは中身が違う。世代交代をしているのだ。悠希はそれを知ることもなく、幼い頃から茄子MANの雄志が心に焼き付いていたのである。
 そう言った訳で、二階建てバスに乗るのを怖がっている悠希だが、バス停に居る、際だって目立つ人物を見つけた。良く目を懲らしてみてみると、カメラを片手に二階建てバスの写真を撮るその人物は、茄子のお面を被っていた。

「ああっ! 茄子MANさんだ!」

 それを見た悠希は、バスに怯えながらもその人影に駆け寄る。いきなり走り出した悠希を追うのに、父も鎌谷も慌てて走り出す。人影が三人に気づき、振り返ると、その人は紛れもなく茄子MANその人。悠希が歓声を上げた。

「茄子MANさんだぁ!
こんな所で何をしてるんですか?」
「私かい?
私はこの二階建てレトロバスの写真を撮りに来たのだ。良かったら青年も一緒に乗らないか?」

 憧れのヒーローに誘われ、悠希の心が揺らぐ。けれども、どうしても恐怖心が拭いきれないらしく、おろおろし始めた。

「どうしよう、僕、昔バスに乗ってて怖い事があって、それ以来バスが怖いんです。
だから乗るのは……」

 そうこうしているうちに、父が悠希の所に辿り着く。そして傍らにいる人物を見て驚いた。

「ああ!
貴方はもしや、かの有名な茄子MANさんですか?」
「青年の父上かな? その通り、私が正義の使者、茄子MANだ」
「茄子MANさん、息子から良く話を聞いています。いつもお世話になっているそうで」

 何の疑問も持たず、茄子MANに挨拶をする父を、鎌谷が溜息をつきながら見ている。

(この親子、いらん所ばっか似てんな)

 ぼーっと眺めていると、茄子MANが悠希に何か力説している。

「安心しなさい、青年。私も一緒に乗るから、バスに乗っても大丈夫だ!」

 力強い茄子MANの言葉に引かれて、悠希も何となくバスに乗ってみようと言う気になってきた。

「それじゃあ……ちょっと怖いけど乗ってみます!」

 それを聞いた父は大喜びだ。

「悠希、ようやくバスに乗る決心が付いたんだね。ちゃんと進歩してるんだね」

 そうこうしているうちにも二階建てレトロバスがやって来て、四人はそれに乗り込む。
 人気がないバスの座席に座り、茄子MANが悠希に調子を訊ねる。

「どうだね青年。大丈夫だろう?」
「はい! バスってもっと怖い物だと思ってたから……」

 憧れのヒーローの隣に座り、無邪気に喜ぶ悠希を見て、鎌谷も安心する。悠希がこうやって無邪気に喜ぶ様は、鎌谷も数える程しか見た事が無いからだ。父も安心した様子で、息子と茄子MANを見ている。
 ところが、バスが暫く走った所で急停車した。バス停に着いたわけでも無し、悠希達は何かと思って見ていたら、突然武装した複数の男達が乗り込んできた。いずれも赤い覆面で顔を隠している。

「大人しくしろ!」
「このバスは我々『赤いクラゲ』が乗っ取った! 刃向(はむ)かったらどうなるか解っているな!」

 運転手や乗客を威嚇(いかく)している男達の中で、纏め役と思われる男が父の元にやってきた。

「お前、確か宝石商だったな。その鞄の中身を渡して貰おうか」

 そう脅された父は、宝石の詰まったジェラルミンケースをしっかりと抱え、震える声で問う。

「ど、どうして僕が宝石商だと……」
「簡単な事、この近辺の鉱山に買い付けに行っていただろう。それを見ていれば一目瞭然だ」

 粘り着くような声で父に詰め寄る男の後ろ首筋に、茄子MANが手刀を入れる。するとその男は、いともあっさりと崩れ落ちた。

「な、茄子MANさん……」

 心配そうな眼差しで見つめる悠希に、仮面の奥で笑みを返して茄子MANはバスの通路に躍り出る。

「何だコノヤロウ!」

 凶器を向けた男に、物怖じする事無く詰め寄り、凶器をはたき落とす。もう一人居た男も纏めて、後ろ手に腕をねじ上げた。

「平和な一時を壊す者は、この茄子MAN、放っておくことはできん!」

 その声と同時に、茄子MANは捕まえていた男二人を開きっぱなしだったバスのドアから放り投げる。後ろ首筋を叩かれ、くずおれていた纏め役も、悔しそうな顔をしてバスから降りていく。

「覚えていろ茄子MAN!クラゲの毒がお前を殺す!」

 そう言い残し、赤い覆面の男達は去っていった。こんな事態に巻き込まれた鎌谷は、流石に焦っている。悠希のバス嫌いが助長されているのではないか心配なのだ。

「おい、大丈夫か悠希」
「悠希、大丈夫かい?」

 座席の片隅で小さく震える悠希を見て、鎌谷と父が心配そうに覗き込む。そこへ、不届き者達を追い払った茄子MANが覗き込み、悠希に声を掛けた。

「大丈夫か、青年」
「ああ……茄子MANさん……怖かったよぉ~……」

 涙目になって如何に怖かったかを視線で訴えてくる悠希に、茄子MANは言う。

「大丈夫、刺客は追い払った。だからもう安心しなさい」
「……そうですね、有り難うございます茄子MANさん!
やっぱり茄子MANさんは凄いや!」

 先程までの恐怖心は何処へやら、悠希の瞳には茄子MANに対する憧憬の念でいっぱいだ。
 その様子を見て、鎌谷と父は安心したと同時に、何時までも少年の心を持ちすぎる悠希に一抹の不安を感じたのであった。
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