嫌犬

藤和

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第九章 電気街を往く

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 ある平日の昼間、悠希と鎌谷は秋葉原駅の電気街口で流れる人を眺めていた。
 何をしているのかと言うと、友人との待ち合わせである。
 インターネットで知り合ったその友人は、ゲーム会社に勤めていて、土日定休と言う名の不定休だ。
 なので、なかなか休日が会う相手が居らず、年中定休日の悠希と良く会っている。

「おっせーなあいつ」

 待つのに飽きてきたのか、鎌谷が愚痴を漏らす。

「まあまあ、今どの辺にいるか聞いてみるよ」

 そう言って悠希は携帯電話を取り出し、電話を掛ける。
 本来なら相手が電車に乗っていることを考慮して、メールを送るのが妥当なのだろうか、どうにもEメールは届くまでに時差が生じる。だから早急に情報を得たい時は電話を直接掛けてしまう。
 呼び出し音が何回か鳴った後に、相手が電話に出た。

『もしもし?』
「あ、もしもしお疲れさまです。柏原さんの携帯でしょうか?」
『ああ、悠希か。今、水道橋だからもうすぐ着くよ』
「わかった。電気街口で待ってるね」

 どのあたりに居るかの確認が取れ次第、余り長電話になると車内にご乗車されている周りのお客様のご迷惑になるので、用件だけのやり取りをして通話を切った。

 それから待つ事数分。改札口を覗き込んでいると、きょろきょろと周りを見渡しながら向かって来る、大柄な男性が一人。それを見つけた悠希が、小さく手を振って合図をする。
 彼も悠希を見つけた様で、改札を抜けて真っ直ぐに向かってきた。

「いよぉ悠希、久しぶり。生きてた?」
「生きてたよ~。アレクも死んでない?」

 今やって来た大柄なこの男性が、悠希の友人の柏原アレクだ。いつも朗らかなので、悠希としては会うと安心するようだった。そのふたりの出会い頭のやりとりを聞き、鎌谷が溜息をつく。

「お前等生きた人間を目の前にしてその挨拶はねぇだろ」

 電気街だから何でも有りだと思い、二本足で立っている鎌谷が、呆れた様な口調で言う。

「HAHAHAHAHA。鎌谷く~ん、細かい事は気にしちゃ駄目だ・ぜ。もっとこう、寛大に行かなきゃな」
「相変わらずテンション高けぇな似非アメリカン」

 アレクと鎌谷のやり取りを苦笑いしながら見ていた悠希が、二人の会話に割って入る。

「とりあえず、何処かで何か飲まない?もう、喉がカラカラだよ」

 鎌谷もずっと立って待っていたので、何処かで休憩したいというのは有る。とりあえず落ち着いて座れる店に入る事にした。

「お帰りなさいませ、ご主人様!」

 そう言って店員に迎えられたのは大通り沿いに有る量販店の五階。
そこはメイド喫茶になっており、メイドさんがサービスをしてくれると言う事で、方々で賛否両論が飛び交っている所だ。
 鎌谷を含めた三人はカウンター席に座り、注文を聞きに来たメイドさんに注文をする。悠希とアレクがアイスチョコで、鎌谷だけがアイスコーヒー。少し時間を置いて運ばれて来た飲み物を飲みながら、悠希が言った。

「何でよりにもよって此処なの~。何かソワソワするんだけど」

 『ご主人様』と言われて気恥ずかしいのか、顔を赤らめている悠希に、アレクが力説する。

「確かに俺もソワソワする。ソワソワするさ!だが、俺はどうしても此処のアイスチョコが飲みたかったんだ。そうだな、喩(たと)えて言うなら寿司には醤油が付き物だろ?」
「喩えになってねーよ」

 良く解らない事を口走るアレクの言葉を聞いて、呆れた顔をした鎌谷がアイスコーヒーを啜る。
 この悠希の友人、アレクは、先に述べた通り、インターネットで知り合った友人で、普段はゲーム会社の開発部でキャラクターデザインを起こしたり、プログラムを組んでいたりする。不規則な生活のせいなのか、元の性格がズボラだからかは定かではないが、悠希と同じ様に、無造作に伸びた金髪を後ろで束ねていていて、顔の彫りがやや深めだ。日本人とは少し違う雰囲気の彼はクォーターなのである。母親がアメリカ共和国出身の純アメリカンで、父親がアメリカ人と日本人のハーフなのだ。性格も見た目も体格も、悠希とは対照的なアレクだが、悠希との共通点がある。それは、二人とも三人兄弟の真ん中なのだ。加えて、アレクの兄と悠希に共通点が多いらしいので、アレクからすれば親しみやすいのだろう。

「最近お兄さんの調子どう?」
「兄貴? 全然連絡取ってないけど、ホームページ見てる限りでは相変わらず小説書いてるよ」

 アレクの兄は悠希と同い年の二十六歳。
 洋裁学校時代に精神科に通っていたが、調子が良くなったので通院を中断。
 卒業後に無事就職するも、同僚の嫌がらせに遭い、逃げる様にして会社を辞め、再び医者に掛かるようになった。
 その時、重度の抑鬱の為医者から働く事を止められ、一度は自殺未遂もしたことが有るらしい。同じニート、そして精神科患者として、アレクの兄は悠希から見ても他人事ではないのだ。さらに言ってしまうと、悠希も小説を書いては募集を掛けている小説大賞に応募しているので、会ったことも無いのに親近感がある。
 小説と言えばと、悠希が何気なく口を開く。

「そう言えば、アレクが勤めてる会社の出版部で、小説の募集掛けてたよね? 応募してみようかな」

 すると、悠希の言葉に、アレクの顔が凍り付く。

「い、い、い、いや、なんつーか、ほら、お前さんこの前長編書き上げたばっかだろ?
今回のは見送って、来年にしたらどうだい?」

 急に挙動不審になるアレクに、鎌谷が訊ねる。

「何そんな怯えてんだよ。何かあんのか?」

 訝しげな鎌谷に、アレクはおどおどしながら話す。

「いや、実はさ、兄貴の彼女がウチの会社の出版部と繋がりがあって」
「ふんふん、それで?」
「面白い作品を送って来るんだけど、その作品を採用すると会社が潰れるってジンクスが有る作家が居るって聞いたんだよ!」
「その人と僕と、どんな関係があるの?」

 アイスチョコを飲みながら訊ねる悠希から一瞬目を逸らし、意を決してアレクは悠希に伝える。

「ズバリお前」
「えーっ!
……確かに結構色々な所で賞貰ってるし、賞貰った出版社全部潰れてるけど……」

 実は、悠希はかなり高い確率で賞を受賞しているのだが、どう言った訳か、悠希が大賞を取った出版社は、賞金を渡して書籍刊行するぞ! と言う所で経営難になり、片っ端から潰れている。本人は知らなかったが、有る程度長く業界にいる出版社の間では『出版社キラー』として悠希の名が回っているのだ。

「ま、そんな噂が流れても仕方ねー位出版社潰してるけどな。
いい加減プロになれよ」
「そんな事言われても……
本当に僕のせいで出版社潰れてるの?
どうしよう、僕出版社とどう接したらいいのか解らないよー」

 鎌谷の追い打ちに頭を抱えてしまった悠希に、アレクは苦笑いしか向けることが出来なかった。

 アイスチョコを飲み終え、三人は電気街を色々と見て回る事にした。
 パソコンで色々とデータを作る悠希とアレクは、CDーRWやMO等の外部メモリを良く電気街で買っている。
 ふと、買い物の道中、アレクが煙草ケースを取り出し、一本銜えて火を点けた。
 それを見た悠希が悲鳴じみた声を上げる。

「やめてよアレク! 千代田区は歩き煙草禁止なんだよ、罰金取られちゃう!」
「落ちつけって、見つからなきゃ大丈夫さ」
「それだけじゃないよ、煙草の煙でコンタクトだって曇っちゃうんだから!」

 周りを怯えるように見渡して縮こまる悠希を無視し、鎌谷がアレクに催促する。

「おう。俺にも一本くれよ」
「チェリーフレーバーだけど良いかい?」
「おう、珍しいな。一本くれや」

 周りを気にせず喫煙を始めるアレクと鎌谷を見て、悠希はしどろもどろになる。

「あああ、二人ともやめてよぉ……」

 アレクと鎌谷が歩き煙草を始めると、突如、二人が銜えていた煙草が口元から消え去る。

「はぁ? 何だってんだ?」

 アレクが驚いて周りを見渡すと、火のついた煙草を二本持った一人の男性が居た。

「青年達、歩き煙草はいけないな。
特に此処では」

 そう言った男性は、怪しげな茄子のお面を被っている。

「ああ! 茄子MANさん!」

 悪と戦う男茄子MAN。
 彼は些細な悪も見逃さない。
 喩え歩き煙草禁止区域内の喫煙であってもだ。

「茄子MANさん、この二人、止めても歩き煙草するんです。
何とか言ってやって下さい!」

 憧れの救世主の登場に、悠希も興奮気味だ。その期待に応える様に、茄子MANがアレクと鎌谷に言った。

「青年達よ、喫煙するなとは言わない。
だが、喫煙マナーは守ろう!解ってくれたかな?」

 余りに常識からかけ離れた出来事に、アレクは呆然とするしかない。

「あ……はい、解りました……」
「解れば宜しい。それでは私はこの辺でさらばだ!
……今日も夜勤ッスよ……」

 いつもの決め台詞を残し、茄子MANは何処ともなく去って行った。

「有り難う茄子MANさん!」

 茄子MANが去った後も手を振り続ける悠希。
少年のように瞳を輝かせる悠希を後目に、鎌谷は思うのだった。

(茄子MANって、夜勤じゃない日有るのか……?)

 何はともあれ、歩き煙草を止められてしまったので、三人は煙草を吸わずに、またフラフラと電気街の店を回るのだった。
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