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第一章 事の始まり
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大日本帝國の首都、東京で一人暮らしをしている青年新橋悠希は、最近増えつつあり、社会問題にもなっているニートの一人。そんな悠希と共に生活をしている者が居た。
「おい悠希、ネットばっかやってねぇで飯くれよ」
二足歩行で歩き、人間語をペラペラ喋る犬が、だるそうに煙草の煙を口から吐き出しながら言う。
「かっ……鎌谷くん! ウチの中で歩き煙草するのやめてよ!」
自分の何分の一位しかない犬、鎌谷に、悠希は怯えながら注意を促す。それが聞こえているのか、鎌谷はこたつに入り、煙草の灰を灰皿に落とした。
「心配すんなって。俺が火ぃ落として小火でも起こすとでも思ってんのか?」
「だって、だって、鎌谷くんの歩き煙草で、僕の服が何着も焦げちゃったじゃん!
お祖父ちゃんが着なくなった着物くれたから何とかなってるけど……」
「細かい事気にすんなよ。何とかなってんなら良いじゃねーか。
で、飯は? 早くしろよ」
鎌谷に急かされ犬缶を開けている悠希の服装は、彼が言った様に着物に袴と言った古風な出で立ち。クリーム色の壁紙が貼られ、パソコンラックが置かれている部屋と合わせると、何ともちぐはぐな感じがする。鎌谷の催促に応え、皿に盛りつけた犬缶をこたつの上に置き、悠希は冷蔵庫の中から取り出した缶ジュースを振って、口を付ける。
その様子を見た鎌谷が、鼻に皺を寄せ、明らかに嫌そうな顔をして悠希に言った。
「いつも思うんだけどよ、良くそんなモン飲めるな。うぇっ。臭いだけで吐き気するわ俺」
「料理したり買い物したりするより楽だし。それにもう慣れたよ」
悠希が飲んでいるのは乳脂肪分を主成分とした栄養剤だ。鎌谷曰く、人知を超えた味。
初めの内は悠希も飲んだ後、すぐに口をすすいでいたが、今ではもう慣れた物。一気に飲み干して空の缶を段ボール箱の中に収めた。
悠希がこの栄養剤を飲むようになってから何年が経っただろう。通っていた服飾系の短大卒業後、料理をする気力も無いと通っている病院の医者に訴えたところ、これを処方されたのだ。憂鬱な気持ちを抱え、アパートで飼い犬の鎌谷と共に生活をする。優しかった家族の元を離れて暮らすことに寂しさはたまに感じるけれども、鎌谷と一緒ならばやっていける気がするのだ。
或る金曜日、悠希は二週間に一度通っている病院から家に帰るなり、何やら封筒を取り出して溜息をつく。
「何だ、また先生に軽くあしらわれたか?」
「そんな事無いよ。今日は障害者年金の申請するのに診断書貰ってきたんだよ」
「へー、なんて診断されたんだか」
「統合失調症。一昨年の申請の時は抑鬱だったのに……鬱だ……」
悠希が貰ってきた診断書は、精神障害者年金を申請する為に、区役所に提出する物だ。
現在悠希の障害レベルは二級。今では医者から就業する事を止められている。
それを思い返してか、ポニーテールに結っていた髪の毛を解き、憂鬱な顔をして万年床に寝転がる悠希に、こたつに入った鎌谷が煙草を吹かしながら言う。
「まあ、何だ。とりあえずそう言う事にしとけばカドが立たねぇんじゃねぇの?
精神疾患(せいしんしっかん)なんて複雑すぎて、複数の病名が当てはまる事の方が多いしよ」
暫く無言の時間が過ぎる。
やがて、布団に潜り込んでしまった悠希の口から、何やら呟きが聞こえてきた。
「やっぱり僕ダメなんだ……学校卒業しても就職してないし……
ダメ人間なんだぁ……」
悠希は学生時代、詳しく言えば就職活動中に心の疾患で病院にかかるようになり、そのまま就業をする事は難しいと診断されて以来、アルバイトもすること無く、働かずにニート生活を何年も続けている。その事が心苦しく、時として周囲から責められているように感じるのだ。
しかし、悠希がこうやって落ち込むのもいつもの事なので、鎌谷は何も言わずに煙草の煙を吐き出す。
ふと、にぎやかなメロディーが聞こえて来た。その音を耳にするやいなや、悠希は布団から跳ね上がり、まだ薬が詰まっている鞄の中を漁り出す。
「もしもし。あ、恵美さん?」
何とか取り出した携帯電話に悠希が出る。
「ごめんね、先月お金無くて行けなかったんだよ。
……ああ、うん、明日辺り行こうかなって思ってる。……うん、じゃあね」
今回の電話の相手の恵美さんと言うのは、本名山田恵美。銀座にあるお茶屋さんの店長で、台湾自治区出身の人だ。とても気さくな人で、落ち込みやすい悠希の事を気に掛けている。
彼女と話すと明るい気持ちを分けて貰えるのか、悠希の表情も和らいだ。そして、香港自治区から大日本帝國に渡り、子供と二人で生活をしている未亡人である恵美を、鎌谷はいたく気に入っている。
「明日恵美さんち行くんだったら俺も行きてぇな。何時頃にする。」
「何時って言われても、結構遅くまでやってるから、起きた時間によりかな?」
通話が終わった携帯電話を畳みながら悠希がそう言うと、鎌谷は尻尾を大きく振ってこう言う。
「じゃあ今日は早寝しないとな。開店前に行って恵美さんの着替えシーンを堪能せんと」
「なっ! 何言ってんの! 犯罪だよ!」
「俺犬だから大丈夫」
恵美の経営する台湾茶屋に、店員は恵美一人しか居ない。
だから、制服という名のチャイナ服に着替えるのは、奥の台所で済ませているのだ。
「チャイナ服萌え~」
嫌な笑いをこぼす鎌谷を見て、悠希は明日ゆっくり起きようと心に誓うのだった。
「おい悠希、ネットばっかやってねぇで飯くれよ」
二足歩行で歩き、人間語をペラペラ喋る犬が、だるそうに煙草の煙を口から吐き出しながら言う。
「かっ……鎌谷くん! ウチの中で歩き煙草するのやめてよ!」
自分の何分の一位しかない犬、鎌谷に、悠希は怯えながら注意を促す。それが聞こえているのか、鎌谷はこたつに入り、煙草の灰を灰皿に落とした。
「心配すんなって。俺が火ぃ落として小火でも起こすとでも思ってんのか?」
「だって、だって、鎌谷くんの歩き煙草で、僕の服が何着も焦げちゃったじゃん!
お祖父ちゃんが着なくなった着物くれたから何とかなってるけど……」
「細かい事気にすんなよ。何とかなってんなら良いじゃねーか。
で、飯は? 早くしろよ」
鎌谷に急かされ犬缶を開けている悠希の服装は、彼が言った様に着物に袴と言った古風な出で立ち。クリーム色の壁紙が貼られ、パソコンラックが置かれている部屋と合わせると、何ともちぐはぐな感じがする。鎌谷の催促に応え、皿に盛りつけた犬缶をこたつの上に置き、悠希は冷蔵庫の中から取り出した缶ジュースを振って、口を付ける。
その様子を見た鎌谷が、鼻に皺を寄せ、明らかに嫌そうな顔をして悠希に言った。
「いつも思うんだけどよ、良くそんなモン飲めるな。うぇっ。臭いだけで吐き気するわ俺」
「料理したり買い物したりするより楽だし。それにもう慣れたよ」
悠希が飲んでいるのは乳脂肪分を主成分とした栄養剤だ。鎌谷曰く、人知を超えた味。
初めの内は悠希も飲んだ後、すぐに口をすすいでいたが、今ではもう慣れた物。一気に飲み干して空の缶を段ボール箱の中に収めた。
悠希がこの栄養剤を飲むようになってから何年が経っただろう。通っていた服飾系の短大卒業後、料理をする気力も無いと通っている病院の医者に訴えたところ、これを処方されたのだ。憂鬱な気持ちを抱え、アパートで飼い犬の鎌谷と共に生活をする。優しかった家族の元を離れて暮らすことに寂しさはたまに感じるけれども、鎌谷と一緒ならばやっていける気がするのだ。
或る金曜日、悠希は二週間に一度通っている病院から家に帰るなり、何やら封筒を取り出して溜息をつく。
「何だ、また先生に軽くあしらわれたか?」
「そんな事無いよ。今日は障害者年金の申請するのに診断書貰ってきたんだよ」
「へー、なんて診断されたんだか」
「統合失調症。一昨年の申請の時は抑鬱だったのに……鬱だ……」
悠希が貰ってきた診断書は、精神障害者年金を申請する為に、区役所に提出する物だ。
現在悠希の障害レベルは二級。今では医者から就業する事を止められている。
それを思い返してか、ポニーテールに結っていた髪の毛を解き、憂鬱な顔をして万年床に寝転がる悠希に、こたつに入った鎌谷が煙草を吹かしながら言う。
「まあ、何だ。とりあえずそう言う事にしとけばカドが立たねぇんじゃねぇの?
精神疾患(せいしんしっかん)なんて複雑すぎて、複数の病名が当てはまる事の方が多いしよ」
暫く無言の時間が過ぎる。
やがて、布団に潜り込んでしまった悠希の口から、何やら呟きが聞こえてきた。
「やっぱり僕ダメなんだ……学校卒業しても就職してないし……
ダメ人間なんだぁ……」
悠希は学生時代、詳しく言えば就職活動中に心の疾患で病院にかかるようになり、そのまま就業をする事は難しいと診断されて以来、アルバイトもすること無く、働かずにニート生活を何年も続けている。その事が心苦しく、時として周囲から責められているように感じるのだ。
しかし、悠希がこうやって落ち込むのもいつもの事なので、鎌谷は何も言わずに煙草の煙を吐き出す。
ふと、にぎやかなメロディーが聞こえて来た。その音を耳にするやいなや、悠希は布団から跳ね上がり、まだ薬が詰まっている鞄の中を漁り出す。
「もしもし。あ、恵美さん?」
何とか取り出した携帯電話に悠希が出る。
「ごめんね、先月お金無くて行けなかったんだよ。
……ああ、うん、明日辺り行こうかなって思ってる。……うん、じゃあね」
今回の電話の相手の恵美さんと言うのは、本名山田恵美。銀座にあるお茶屋さんの店長で、台湾自治区出身の人だ。とても気さくな人で、落ち込みやすい悠希の事を気に掛けている。
彼女と話すと明るい気持ちを分けて貰えるのか、悠希の表情も和らいだ。そして、香港自治区から大日本帝國に渡り、子供と二人で生活をしている未亡人である恵美を、鎌谷はいたく気に入っている。
「明日恵美さんち行くんだったら俺も行きてぇな。何時頃にする。」
「何時って言われても、結構遅くまでやってるから、起きた時間によりかな?」
通話が終わった携帯電話を畳みながら悠希がそう言うと、鎌谷は尻尾を大きく振ってこう言う。
「じゃあ今日は早寝しないとな。開店前に行って恵美さんの着替えシーンを堪能せんと」
「なっ! 何言ってんの! 犯罪だよ!」
「俺犬だから大丈夫」
恵美の経営する台湾茶屋に、店員は恵美一人しか居ない。
だから、制服という名のチャイナ服に着替えるのは、奥の台所で済ませているのだ。
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