神話生物東京紀行

藤和

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八百万の神編

第三章 アクアリウム

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 浅草から押上へと移動した一行は、またしてもコインロッカーへ荷物を預け、地下鉄の駅から直結の、電波塔付属のショッピングモールへと入っていった。上の階へと上がるといろいろな店が建ち並び、蓮田が驚いたような顔をしている。
「語主、悠希君、随分といろいろなお店が有るようだけれども、ここは何を売っているんだい?」
「なにをって言うか、まあいろいろだよ。
新橋先生、ここで買い物でもするのですか?」
 蓮田と語主の問いかけに、悠希は二人を先導しながら答える。
「語主さんはご存じだと思いますけど、ここに新しく出来た水族館があるんですよ。そこに行こうかと思って」
「あ、水族館ですか。なるほど」
 悠希の返事に語主は納得した様だったけれども、蓮田はやはり、よくわかっていないようだ。
「すいぞくかん? と言うのはなんだい?」
 きょとんとしている蓮田に、悠希はざっくりと説明する。いろいろな魚や海の生き物を集めていて眺めることの出来る、そう言う施設だ。その説明に蓮田は、どうやって海の生き物を連れてくるのかが不思議だったようだが、その辺りは悠希は勿論語主もよくわからないので、取り敢えず魚が沢山居る。と、そう言って、ショッピングモールと同じビル内にある水族館へと向かった。

 ショッピングモールから一旦屋外へ出て、三人はそこでチケットを買う。この水族館は人気なようで人が沢山並んでいたけれども、すぐに入館する人ばかりという訳では無かったようで、チケットを買った後はスムーズに入ることが出来た。
 明るい屋外から、照明の落とされた室内へ。少し入ると、すぐそこには身長よりも大きく、横幅も広い、水草が沢山植えられた水槽があった。水草は灯りに照らされて、ほのかに気泡を吐いていた。
「すごいねぇ。水の中にいっぱい葉っぱが生えているよ」
「この水草が光合成して作る酸素で、泳いでる小さい魚とかエビが生活しているそうですよ」
 ぽかんとしている蓮田に悠希は説明したが、光合成と言って通じただろうかと、少し不安になる。すると蓮田はこう言った。
「ああ、そうか。光合成をしているから、葉っぱに気泡が付いているのだね」
 何故こう言う事はわかるのだろうか。蓮田がなにをどこまで知っているのか全く推測出来なかったけれども、蓮田が満足するまでその水槽を眺めた後、先へと進んだ。

 水草の水槽の次に待ち構えていたのは、ふわふわと漂うクラゲの展示だった。まずは大きめの水槽の中で舞うクラゲがあり、少し進むと小さな水槽と沢山の鏡が壁に埋め込まれたスロープに差し掛かる。時偶色を変える照明の中で、沢山の鏡に映ったクラゲは、まるで万華鏡の中で泳いでいるようだった。
「どうですか? クラゲのこういう展示は、珍しいと思うんですけど」
 悠希が二人に訊ねると、水族館に初めて来た蓮田は勿論、語主までもが感動しきりと言った様子だった。
「すっご……ここってこんな展示があるんですね。こんな風にクラゲを見たのは初めてです」
 キョロキョロと周りを見渡している語主の横で、蓮田もクラゲを見ながら悠希に言った。
「すいぞくかんというのは、とても綺麗なところなのだね。
まだ先があるのだろう? この先には何があるんだい?」
「この後も、まだ魚の展示がありますよ。
珍しい魚も居るので、きっと楽しいと思います」
 悠希の言葉に、蓮田は語主の手をぎゅっと握って引く。
「珍しいお魚かぁ、楽しみだねぇ」
 急に手を引かれた語主は驚いた様子だったけれども、喜んでいる様を見るのが嫌では無いのか、歩調を合わせてクラゲの水槽のエリアを抜けた。

 次に待っていたのは、暗い中に小さな水槽が壁に埋め込まれたエリアだ。水槽だけがライトで照らされ、淡く光っている。小さな水槽の中には、様々なところから集められた小さな魚が展示されていて、初めて見るその姿に、蓮田は夢中になっているようだった。しきりに、すごいね。こんなお魚が居るんだね。と言って水槽を覗き込む蓮田を見て、この水族館をルートに入れたのは正解だったかなと、悠希は思う。だけれども心配が一つあって、このペースで進むとなると、今日はもう他の所を回る余裕も無く、ホテルに向かうことになるのでは無いかと、少し困ったような笑顔を浮かべてしまった。

 小さい水槽が並んでいるエリアを抜けると、次は細長い直方体の水槽が立ち並んでいた。その中には色鮮やかな熱帯の魚や、珊瑚が息づいていて、水槽から漏れる灯りは鮮やかだった。
「この一帯は珊瑚礁に住む魚たちが展示されているようですよ」
 悠希がそう言うと、語主はじっくりと水槽を眺めて答える。
「珊瑚礁ですか。そう言うところに住む魚は余り見る機会がなかったのですが、きれいですね」
「南国の魚は、色がきれいですよね」
 四つある水槽をじっくりと見ていると、ふと、蓮田がなにかを注視していた。なにかと思ったら、その水槽の中には、砂の中から半身を出して立ち上がっている細長い魚が沢山揺れていた。
「蓮田さん、そのお魚が気に入りましたか?」
「うん。これはとてもかわいいねぇ。
この細長いのも、お魚なのかい?」
「はい。その魚はチンアナゴという魚で、砂の中に巣を作って生活しているんですよ」
「そうなんだね。かわいいねぇ」
 水槽に触れてしまうのではないかと言うほどに顔を寄せて、チンアナゴを見つめている。余程気に入ったのだろうから、満足するまで見ていてもらおう。そう悠希と語主が話して、暫くその水槽を見て。気がついたら数十分が経っていた。

 ようやくチンアナゴから離れ、次に目に入ったのはペンギンの水槽だった。白黒の、足にひれが付いた鳥が水の中を滑っていくさまに蓮田は目を丸くしている。
「あれはなんなんだい? 足の生えた魚なのかい?」
 案の定初めて見る物だったようで、悠希は簡単にペンギンの説明をする。海に潜って魚を捕る鳥で、愛らしい姿から水族館などでは人気なのだ。そう説明すると、蓮田はにこにこしながらペンギンを見て言った。
「なるほど。確かに、丸くて愛らしい鳥だね。
あんな鳥が住んでいるところと言うのは、どういう所なのだろうね」
 ペンギンがどんなところに住んでいるのか。やはりペンギンというと南極など寒いところのイメージが強いが、実際の所は温暖なところでも生息したりして居るのだろう。けれども、具体的に何処に住んでいるのかというのはわからない。なので、悠希も語主も、どんなところに住んでるんだろうなと、ただ夢見物語のような話をしたのだった。

 ペンギンの水槽を見た後、次に見たのは天井まで届くほど大きな、広い水槽だった。その中には中型の魚だけでは無く、サメやエイなどの大型の物も泳いでいた。悠希は、昔から何度も行っている他の水族館でこれくらい大きい水槽を見て慣れているのだが、蓮田は勿論、語主もこんなに大きな水槽と、泳いでいる大きな魚を見るのは初めてな様で、いろいろな魚に視点を合わせて首を振ったり、見上げたりしている。
「大きいねぇ」
「大きいな」
 きっと、インパクトが強くてこれ以上なにも言えないのだろう。この二人が飽きるまで暫くこの水槽を眺めていても良いかと、悠希も水槽の中を滑るように泳ぐサメを、目で追いかけた。

 水族館を出てショップに入ると、今までの暗さが嘘のように明るく、一瞬目がくらんだ。
 賑やかな店内ではお土産のお菓子やグッズ、ぬいぐるみなどが沢山並べられていた。
 ぐるっと見て回っていると、蓮田がぬいぐるみを一つ手に取って、こう言った。
「この白と黒のは、さっき見たぺんぎんという鳥だろう?」
「そうですね。それはペンギンですよ」
「かわいいから、一羽連れて帰ろうかな」
 まさかぬいぐるみを買うとは思っていなかったので少し驚いたが、嬉しそうにペンギンのぬいぐるみを抱えている蓮田が語主にレジまで連れて行かれているのを見て、そこまで気に入ってくれたのなら、ここに連れてきて良かったなと、悠希は思ったのだった。
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