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第二章 祭事
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街の近くの河が見渡すほど広い地面を覆い尽くすように氾濫した後、水が引き河が運んできてくれた恵みで農作物を植えるのに適した時期になった頃、ミエの統べる街と、少し離れた所にあるもう一つの街の神官達で、共に豊穣を願う祭りを行う。
華やかな飾りと純白の祭り用の衣装に身を包んだミエと、他の神殿の神官長メティトが、シストルムと呼ばれる、水牛の角を線で繋げたような形をした青銅の楽器を鳴らしながら、河辺で祈りを捧げる。
神を讃え豊穣を感謝する長い祈りが終わり、二人は祭り装束に身を包んだ多くの神官達を引き連れて神殿へと戻る。
毎年お互いの神殿を交互に訪れているのだが、今年はメティトの治める神殿に向かう。
色鮮やかな絵画の装飾が多いミエの神殿とは違い、メティトの神殿は飾り気が少なく、重々しい石がむき出しになった剛健質実な作りだ。
その代わりに、メティト達が崇めている河馬神様の像には、いくつもの煌びやかな、比べてみるならば青い宝石が多いが、赤や緑など、色とりどりの宝石が填め込まれている。
そんな神殿の中では、神官達が酒や乾燥果物を各々手に取り、賑やかな宴を催していた。
この様な宴は高い地位に居る神官達にとっても滅多に有る物では無い。
国を統べるファラオは、自らの権威を示す為に宴を開く事が多いのだが、神官は神に仕える者としてあくまでも質素に生活する事が常だ。
そのような訳で、稀とも言える神官達の宴にも拘わらず、ミエはなにやら落ち着かない様子できょろきょろしている。
「どーしたのミエちゃん。
構ってくれなきゃあたしさびし~い」
「メティトさん……
うっ、お酒臭っ! 相当酔ってますね」
顔を真っ赤にしてぐでぐでになりながら絡んでくるメティトに、ミエはすかさず水を渡す。
渡された水も酒だと思ったのか、メティトはまだまだ行くよ。などと威勢のいい事を言いながら少し乱暴に杯を受け取り、一気に空ける。
水だったと言う事に気づいたかどうかはわからないが、少し落ち着いて一息ついたメティトがミエにこう訊ねる。
「誰か探してるの?」
その問いに、ミエは思わず俯いてしまう。
その様子を見たメティトはにまりと歯を見せて笑い、意地悪くミエの頬をつつく。
「もしかして恋人? 恋人でも出来たの?」
「えっ? あの、その」
「でも、神官長ともなると自由な恋愛なんて出来ないからね~。
どの神官をおすすめされたの?」
どうやらメティトは、今までの神殿の慣習にならい、ミエが他の神官とお見合いでもした物だと思い込んでいる様子。
ミエは微妙にメティトの認識がずれているのを良い事に、お見合いがあったのかどうかと言う事実すらからも話題を逸らし、恋人の話をうやむやにしてしまう。
そして、お酒を一口飲み、少しだけ寂しい想いを胸に抱え、部屋の外で待機しているセイタの事を思い浮かべた。
……こういう時、一緒に居て欲しいな……
しかし、そうは思ってもミエとセイタの間には神官と兵士という身分の壁がある。
尚且つ、二人の気持ちは二人の間だけの秘密と言う事になっているのだ。
二人だけの秘密というのは、甘酸っぱい物ではあるのだが、少しだけ窮屈に感じる。
寂しさと、そこはかと無く感じた窮屈さで思わず暗い顔をするミエの肩をばしばしと叩き、メティトがミエの顔を覗き込んで心配そうな顔をしている。
「ミエちゃ~ん。どした? 元気無いぞぉ~。
そうだ、こないだ献上された宝石見せたげる。
それ見たらきっと元気出るよ!
ちょっとそこのアンタ持って来てくれない?」
メティトがミエに抱きつきながら部下の神官にそう言いつけると、一旦部屋から出た少し足取りのおぼつかない神官が、柔らかな布に厳重に包まれている、親指の爪位有る真珠を幾つか持って来て、メティトに差し出した。
それを見たミエは、思わず目を丸くする。
「こ、こんな大きな真珠がいくつも……
これは一体どこから?」
「猫神様の権威もなかなかの物だけど、河馬神様も負けてないって事よ。
ほらポチャン」
「あーっ!」
ミエでさえ滅多に見る事の無い貴重品である真珠。それをメティトはいくつも持っている上、その内一つをミエの杯に満たされた酒の中へと放り込む。
小さな水面に、大きな波紋を作って沈む真珠。
これはミエにしてみれば、常軌を逸した状況だ。
思わず顔を青くするミエの横で、メティトは自分の杯にも酒と真珠を入れる。
「最高のお酒でガッツ付けよう!」
「は、はい」
真珠の入った酒をあおるメティトを見て、これは彼女なりの励ましなのだろうなとミエは解釈するが、それと同時に、数刻後に彼女は全部吐き出しているのだろうなと、メティトが暴飲する様を見守ったのだった。
宴が終わり翌日。
宴が終わった後、酒が入った神官が沢山居る状況の中、すぐに少し離れた自分達の街に戻るのは難しかったので、一泊した後にメティト達の街を離れた。
道すがら、ミエは牡牛が引く幕の掛かった輿に乗りながら、宴の後の事を思い出していた。
案の定、宴の後メティトは酒の飲み過ぎでリバースしていたのだが、よれよれになったメティトを部屋に送った後、ミエの為に用意された部屋へ案内してくれたのは、メティトの部下の兵士と、宴の間外に控えていたセイタだった。
ミエもセイタも、お互いの気持ちを表情に出す事無く部屋まで行ったのだが、ミエが部屋に入る直前に掛けられた、「おやすみなさい」と言うセイタの一言。
それがどうしようも無く優しく、愛おしく聞こえたのが印象に残っていた。
早く自分の街に戻りたい。そうしたらもう少し、今は幕の外で歩いているセイタと話す時間が増えるのに。そう思ってミエは少しだけ目を伏せた。
自分達の街に帰ってきたミエ達は、街の人々に歓迎されながら神殿へと入っていく。
ミエは神殿に入り、服を着替え頭の冠も変えて身嗜みを整えると、兵士達を神殿の広間に呼び、宴を開いた。
先日の神官達で行った物の様な大仰な物では無かったが、酒と、多少の食べ物を振る舞う。
ミエの目の届く範囲に、セイタは居た。
じっとして酒も余り飲まず、饗された乾燥果物にも余り手を付けていない。
心なしか俯いている様なその姿を見て、少しだけ不安になった。
その日の晩いつもの様に、周りには他に誰も居ないミエの部屋の前に控えているセイタ。
ミエは彼に何故宴の時に酒を飲んでいなかったのか、もしかして体調が悪いのかと、ずっと不安に思っていた事を訊ねた。
すると、セイタは少しだけ気まずそうな顔をして答える。
「いやぁ、昔飲み過ぎて失敗した事があって、それ以来慎重になっているんですよ。
それに……」
「それに?」
じっと不安そうな視線を送るミエの手を、セイタがそっと握って言った。
「酒が飲めない事よりも、酔いつぶれていざという時にミエ様をお守り出来ない方が嫌ですから」
真っ直ぐに目を見据えて言われたその言葉に、思わずミエの頬が熱くなる。
それから、周りを何度も見回した後、おずおずとセイタにこう言った。
「それなら、ぎゅってしてください」
「……酔ってますか?」
「私は呑んでませんよ」
「俺、少し酔ってるんでどうなるかわかりませんよ? 良いですか?」
どうなるかわからない。その言葉を聞いて、ミエは思わず胸が締め付けられる。
「貴方の好きに……して良いですよ」
「そうですか。それでは失礼します」
この後どうなるのか、期待と不安が入り交じる中セイタの腕に包まれる。
その数秒後、余りにも強く抱きしめられすぎて、ミエは思わずギブアップの声を上げてしまったのだった。
その翌日から、神殿は神官も兵士も通常通り、業務を積んでいく質素な生活に戻った。
昼食後、ミエが何とも無しにセイタを連れて神殿内を見て回っていると、神官達の休憩所になっている、石畳が敷かれて木の植わった庭から、ふとこんな会話が聞こえた。
「メティト様の所の宝石凄かったね」
「綺麗だったよね。私もあんなの欲しいな」
「でも、宝石なんて言う高価な物、私達みたいな下っ端神官じゃ買えないし」
「諦めるしか無いかなぁ」
やはり神官といえども女の子は、ああいった綺麗な物が好きなのだなと、ミエは会話をしている二人組をそっと見送った。
神殿内を一周した二人は、ミエの部屋へと戻り話をしていた。
「ミエ様も、宝石に興味がおありですか?」
先程の神官の会話が気になったのか、セイタがそうミエに問いかける。
それに対してミエは、微笑んで言葉を返した。
「無いと言えば嘘にはなりますけれど、私は宝石よりもセイタさんが側に居てくれる方が嬉しいです」
するとセイタは黙って俯いてしまう。
何かと思って覗き込むと、顔が真っ赤だ。
私よりも年上なのに、随分と可愛い所があるのね。等と思いながら、ミエはセイタの頭を撫でた。
華やかな飾りと純白の祭り用の衣装に身を包んだミエと、他の神殿の神官長メティトが、シストルムと呼ばれる、水牛の角を線で繋げたような形をした青銅の楽器を鳴らしながら、河辺で祈りを捧げる。
神を讃え豊穣を感謝する長い祈りが終わり、二人は祭り装束に身を包んだ多くの神官達を引き連れて神殿へと戻る。
毎年お互いの神殿を交互に訪れているのだが、今年はメティトの治める神殿に向かう。
色鮮やかな絵画の装飾が多いミエの神殿とは違い、メティトの神殿は飾り気が少なく、重々しい石がむき出しになった剛健質実な作りだ。
その代わりに、メティト達が崇めている河馬神様の像には、いくつもの煌びやかな、比べてみるならば青い宝石が多いが、赤や緑など、色とりどりの宝石が填め込まれている。
そんな神殿の中では、神官達が酒や乾燥果物を各々手に取り、賑やかな宴を催していた。
この様な宴は高い地位に居る神官達にとっても滅多に有る物では無い。
国を統べるファラオは、自らの権威を示す為に宴を開く事が多いのだが、神官は神に仕える者としてあくまでも質素に生活する事が常だ。
そのような訳で、稀とも言える神官達の宴にも拘わらず、ミエはなにやら落ち着かない様子できょろきょろしている。
「どーしたのミエちゃん。
構ってくれなきゃあたしさびし~い」
「メティトさん……
うっ、お酒臭っ! 相当酔ってますね」
顔を真っ赤にしてぐでぐでになりながら絡んでくるメティトに、ミエはすかさず水を渡す。
渡された水も酒だと思ったのか、メティトはまだまだ行くよ。などと威勢のいい事を言いながら少し乱暴に杯を受け取り、一気に空ける。
水だったと言う事に気づいたかどうかはわからないが、少し落ち着いて一息ついたメティトがミエにこう訊ねる。
「誰か探してるの?」
その問いに、ミエは思わず俯いてしまう。
その様子を見たメティトはにまりと歯を見せて笑い、意地悪くミエの頬をつつく。
「もしかして恋人? 恋人でも出来たの?」
「えっ? あの、その」
「でも、神官長ともなると自由な恋愛なんて出来ないからね~。
どの神官をおすすめされたの?」
どうやらメティトは、今までの神殿の慣習にならい、ミエが他の神官とお見合いでもした物だと思い込んでいる様子。
ミエは微妙にメティトの認識がずれているのを良い事に、お見合いがあったのかどうかと言う事実すらからも話題を逸らし、恋人の話をうやむやにしてしまう。
そして、お酒を一口飲み、少しだけ寂しい想いを胸に抱え、部屋の外で待機しているセイタの事を思い浮かべた。
……こういう時、一緒に居て欲しいな……
しかし、そうは思ってもミエとセイタの間には神官と兵士という身分の壁がある。
尚且つ、二人の気持ちは二人の間だけの秘密と言う事になっているのだ。
二人だけの秘密というのは、甘酸っぱい物ではあるのだが、少しだけ窮屈に感じる。
寂しさと、そこはかと無く感じた窮屈さで思わず暗い顔をするミエの肩をばしばしと叩き、メティトがミエの顔を覗き込んで心配そうな顔をしている。
「ミエちゃ~ん。どした? 元気無いぞぉ~。
そうだ、こないだ献上された宝石見せたげる。
それ見たらきっと元気出るよ!
ちょっとそこのアンタ持って来てくれない?」
メティトがミエに抱きつきながら部下の神官にそう言いつけると、一旦部屋から出た少し足取りのおぼつかない神官が、柔らかな布に厳重に包まれている、親指の爪位有る真珠を幾つか持って来て、メティトに差し出した。
それを見たミエは、思わず目を丸くする。
「こ、こんな大きな真珠がいくつも……
これは一体どこから?」
「猫神様の権威もなかなかの物だけど、河馬神様も負けてないって事よ。
ほらポチャン」
「あーっ!」
ミエでさえ滅多に見る事の無い貴重品である真珠。それをメティトはいくつも持っている上、その内一つをミエの杯に満たされた酒の中へと放り込む。
小さな水面に、大きな波紋を作って沈む真珠。
これはミエにしてみれば、常軌を逸した状況だ。
思わず顔を青くするミエの横で、メティトは自分の杯にも酒と真珠を入れる。
「最高のお酒でガッツ付けよう!」
「は、はい」
真珠の入った酒をあおるメティトを見て、これは彼女なりの励ましなのだろうなとミエは解釈するが、それと同時に、数刻後に彼女は全部吐き出しているのだろうなと、メティトが暴飲する様を見守ったのだった。
宴が終わり翌日。
宴が終わった後、酒が入った神官が沢山居る状況の中、すぐに少し離れた自分達の街に戻るのは難しかったので、一泊した後にメティト達の街を離れた。
道すがら、ミエは牡牛が引く幕の掛かった輿に乗りながら、宴の後の事を思い出していた。
案の定、宴の後メティトは酒の飲み過ぎでリバースしていたのだが、よれよれになったメティトを部屋に送った後、ミエの為に用意された部屋へ案内してくれたのは、メティトの部下の兵士と、宴の間外に控えていたセイタだった。
ミエもセイタも、お互いの気持ちを表情に出す事無く部屋まで行ったのだが、ミエが部屋に入る直前に掛けられた、「おやすみなさい」と言うセイタの一言。
それがどうしようも無く優しく、愛おしく聞こえたのが印象に残っていた。
早く自分の街に戻りたい。そうしたらもう少し、今は幕の外で歩いているセイタと話す時間が増えるのに。そう思ってミエは少しだけ目を伏せた。
自分達の街に帰ってきたミエ達は、街の人々に歓迎されながら神殿へと入っていく。
ミエは神殿に入り、服を着替え頭の冠も変えて身嗜みを整えると、兵士達を神殿の広間に呼び、宴を開いた。
先日の神官達で行った物の様な大仰な物では無かったが、酒と、多少の食べ物を振る舞う。
ミエの目の届く範囲に、セイタは居た。
じっとして酒も余り飲まず、饗された乾燥果物にも余り手を付けていない。
心なしか俯いている様なその姿を見て、少しだけ不安になった。
その日の晩いつもの様に、周りには他に誰も居ないミエの部屋の前に控えているセイタ。
ミエは彼に何故宴の時に酒を飲んでいなかったのか、もしかして体調が悪いのかと、ずっと不安に思っていた事を訊ねた。
すると、セイタは少しだけ気まずそうな顔をして答える。
「いやぁ、昔飲み過ぎて失敗した事があって、それ以来慎重になっているんですよ。
それに……」
「それに?」
じっと不安そうな視線を送るミエの手を、セイタがそっと握って言った。
「酒が飲めない事よりも、酔いつぶれていざという時にミエ様をお守り出来ない方が嫌ですから」
真っ直ぐに目を見据えて言われたその言葉に、思わずミエの頬が熱くなる。
それから、周りを何度も見回した後、おずおずとセイタにこう言った。
「それなら、ぎゅってしてください」
「……酔ってますか?」
「私は呑んでませんよ」
「俺、少し酔ってるんでどうなるかわかりませんよ? 良いですか?」
どうなるかわからない。その言葉を聞いて、ミエは思わず胸が締め付けられる。
「貴方の好きに……して良いですよ」
「そうですか。それでは失礼します」
この後どうなるのか、期待と不安が入り交じる中セイタの腕に包まれる。
その数秒後、余りにも強く抱きしめられすぎて、ミエは思わずギブアップの声を上げてしまったのだった。
その翌日から、神殿は神官も兵士も通常通り、業務を積んでいく質素な生活に戻った。
昼食後、ミエが何とも無しにセイタを連れて神殿内を見て回っていると、神官達の休憩所になっている、石畳が敷かれて木の植わった庭から、ふとこんな会話が聞こえた。
「メティト様の所の宝石凄かったね」
「綺麗だったよね。私もあんなの欲しいな」
「でも、宝石なんて言う高価な物、私達みたいな下っ端神官じゃ買えないし」
「諦めるしか無いかなぁ」
やはり神官といえども女の子は、ああいった綺麗な物が好きなのだなと、ミエは会話をしている二人組をそっと見送った。
神殿内を一周した二人は、ミエの部屋へと戻り話をしていた。
「ミエ様も、宝石に興味がおありですか?」
先程の神官の会話が気になったのか、セイタがそうミエに問いかける。
それに対してミエは、微笑んで言葉を返した。
「無いと言えば嘘にはなりますけれど、私は宝石よりもセイタさんが側に居てくれる方が嬉しいです」
するとセイタは黙って俯いてしまう。
何かと思って覗き込むと、顔が真っ赤だ。
私よりも年上なのに、随分と可愛い所があるのね。等と思いながら、ミエはセイタの頭を撫でた。
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