V.I.T.R.I.O.L.

藤和

文字の大きさ
上 下
8 / 12

第八章 娘の求婚

しおりを挟む
 村長がミカエルの元へ娘の話を持ってきたその翌日。前日と同じような頃合いに、娘を連れ、上機嫌な様子でミカエルの家へ訪れた。
 ミカエルは溜息をつき、今回はリンネも同席しないとややこしいことになるだろうと、その場にいさせる事にした。
「リンネ、研究室から倚子を一脚持っておいで」
「はい、わかりました」
 この家のテーブルには倚子が四脚据えられていて、それで倚子の数は足りるはずのだけれど、ミカエルはリンネにそう言った指示を出す。リンネも、疑問を持たずに倚子を取りに行った。
 リンネが倚子を用意してから、ミカエルは村長とその娘を家の中へと招き入れる。村長は上機嫌な様子で、娘は照れたように俯いていた。
「まさかこんなにすぐにいらっしゃるとは思っていませんでしたが。
とりあえずお掛け下さい。いまコーヒーを準備しますので。
リンネ、お願いできるかい?」
「はい。用意しますね」
 リンネが台所でコーヒーの準備をしている音を聞きながら、ミカエルは村長と娘に椅子を勧める。ふと、村長が不思議そうな顔をした。
「あれ? 先生、いつもは倚子が四つなのに、今日は五つ有りますね。なんでまた?」
 その問いに、ミカエルはさらりと答える。
「ああ、実は、いつも出しているうちの一脚は、僕の親しい友人が座る席なんですよ。
そういう物や事が、村長にも有るでしょう?」
 村長はそれを聞いて、笑いながら言った。
「もしかして、偶に来るあの怪しげな男ですか?
先生、ああいう得体の知れない、わけのわからないのとは付き合わない方が良いと、私は思いますがね」
 一瞬、ミカエルの目つきが冷たくなる。けれどもすぐに、困ったように笑ってこう返した。
「そう言われましてもね。彼はいつも香油を沢山買ってくれる、いわばお得意さまでもあるので」
「お得意様か、それじゃあしょうがないですね」
 そんなやりとりをしている間に、リンネがすっかりコーヒーを淹れ終えて、全員の前にカップを置いた。
 いつもの席にリンネが座ると、早速本題に入った。村長の娘の婿に、ミカエルとリンネのどちらを迎えるかという話だ。
 村長が娘に訊ねる。
「それで、どっちがお目当てなんだい?」
 俯いていた娘は、ちらりとリンネの方を見てから、前からリンネのことを好いていたと言うことを打ち明けた。
 その言葉にミカエルにとって驚きは無かったし、リンネもやっぱりと言った顔をしている。
 娘の話を聞いた村長は、上機嫌で話し始めた。
 リンネに、ミカエルの元での怪しげな実験を辞めて、村長の家に行き、畑仕事と家事をしろと言うのだ。
 やる事自体はミカエルの元での仕事とたいして変わらないけれど、それでも思うところが有るのだろう、リンネは沈んだ顔をしている。
 村長の話を一通り聞き、ミカエルが口を開く。
「なるほど。その条件でかまわないとリンネが言うのだったら、僕もかまいませんよ」
 その言葉に、村長はリンネの方を見る。勿論受ける物だと思っている村長に、ミカエルは釘を刺す。
「ですが、決めるのはリンネだと言うことをお忘れなく」
 ミカエルの言葉に、村長は一瞬不機嫌そうな顔をしたけれども、リンネに向かってこう訊ねた。
「それじゃあ、リンネ君はどう思ってるんだい? この子の婿になってくれるかな」
 断るはずは無いと言った確信が見える村長に、リンネは申し訳なさそうな目で娘を見てから、頭を下げて答える。
「ごめんなさい。その、僕はまだ先生の所にいたいんです。だから、お断りさせていただきます」
 それを聞いて、村長はあからさまに不満そうな顔をする。けれども、すぐにミカエルの方を見てから、娘に言う。
「それなら、先生を婿にと言うのはどうだい? お父さんは、先生の方が安心してお前を任せられるよ。
お前も、先生の方が良いだろう」
 娘は村長の言葉に俯いてしまっている。その様子を見て、ミカエルはにっこりと笑って口を開いた。
「そこまで僕のことを買ってくださってありがとうございます。
そうですね、今の研究を続けさせてくれて、娘さんが良いとおっしゃるのでしたら、僕はかまいませんよ」
 それに対して、村長は不満そうだ。
「先生。村の人達を見てくれたりするのは良いんですけどね、こういう怪しい実験はよくない。やめた方が良いですよ。
私は賛成できませんね」
 自分の思い通りに行かないのが気に入らないと言った様子の村長に、ミカエルが畳みかける。
「それでは、娘さんの意思がどうあれ、僕は結婚の申し出を受け入れられませんね。
なんせ、僕はこの研究をしているから、莫大な資金を得られるので」
 資金、と言う目当てにしていた物を話に出され、村長はますます不機嫌になる。テーブルを叩いて立ち上がり、娘の腕を掴んでミカエルたちに言った。
「まったくなんなんだお前達は!
誰のおかげでこの村にいられるのか少しは考えるんだな!」
 そう言い残し、娘を強引に引っ張って玄関から出て行った。
 厄介ごとが去り、けれども不安そうな顔をするリンネに、ミカエルが言う。
「僕達がこの村にいられるのは、パトロンのおかげなんだけれどね」
 そう言ってくすくすと笑った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

ダンシングマニア

藤和
ファンタジー
平穏な日常を過ごす村で、村人たちが楽しげに踊る。 はじめは賑やかな日常だと思ったその踊りは、村中に感染する。 これは病か、それとも呪いか。 錬金術師はその謎に迫る。

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子

ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。 Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。

大嫌いであり愛しい君の死を望む

黒詠詩音
恋愛
高二の夏、篠宮真昼は不治の病、奇病とも言われている。 天花症候群。 所謂、持病が急激に悪化し、医師から余命宣告を受ける。 真昼の彼氏である、黒羽音羽もその事実を飲み込む。 音羽は彼女の要望に答え、最後の思い出作りの旅へと出かける。 彼らは制限付きの旅を自負する。 音羽は真昼には隠しているが、病気を持っていた。 真昼の病気、天花症候群、治療方以前に発見もされていなかった。 音羽も似た状況の病気、蛙殺病。 二人は治療方も、一切ない病気を前に必死に抗い、生きてきた。 だが、彼らの日常にも終わりが見えて来た。 そんな中、彼らは旅の中で、懐かしい者、または、新しい出会いと別れを経験する。 真昼の病気がどんどんと進行する中、音羽も進行が進み始める。 音羽は自分の病気を真昼に隠し、旅を続ける。 真昼は音羽の可笑しな言動、行動に勘付き始めていた。 音羽は真昼の様子が可笑しいのを理解し、自分の事に勘づいてると理解する。 制限時間の旅に変化が訪れ——。 彼らの旅に終わりは見えて来る! 少年少女の行く末は!? 彼ら少年少女は残酷な使命を受け。 そんな彼らの旅に終幕が着く……

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

処理中です...