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第七章 車椅子
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銀杏(いちよう)が色づき、木の葉が舞う季節になった頃、近頃仕事が休みの時は神父様に勉強を教えて貰っているカミーユを、ギュスターヴが教会へと送って行っている時の事。
注文書などがしまわれている棚をアルフォンスが掃除していると、棚の隅で一枚の紙がはみ出しているのに気がついた。
何とも無しにその紙を取り出して見てみると、それには車椅子の図面が描かれている。
これは、兄のカミーユが歩けなくなり、これから仕事を続ける為に、どうやったら動く事が出来るか。と言う事を知り合い同士で話合った時に、馬車の様に椅子に車を付けたらどうかと言う案が出て、知り合いの椅子職人に相談した時に描いて貰った図面だ。
椅子に車を付ける等と言うのは、椅子職人にとっても前代未聞の事だった。
始めは難色を示されたと交渉に行った兄のギュスターヴが言っていたが、椅子職人は、なんとかカミーユが一人でも動ける様に、自分で車を漕げる様な車椅子を作ってくれた。
ギュスターヴの友人だというその椅子職人は、自力で歩けないカミーユの事を案じて、他の仕事の合間を縫いつつ、在庫として置いてあった椅子を改造し、短い期間で納品してくれたのだ。
あれからもう一年になるのか。車椅子を注文してからの日々は、長くも短くも感じる。
アルフォンスは、棚の中身を良く確認し、取り出した図面を元の場所に戻した。
アルフォンスが家の中の掃除を終えると、誰かが店を訪ねてきた。
生憎今はカミーユも、ギュスターヴもこの場に居ない。
仕方が無いので、普段は店頭に出ないアルフォンスが、来客を迎える。すると、やって来たのはお得意様の貴族、アヴェントゥリーナだった。
「あら、アルフォンス君がお出迎えなんて珍しいじゃない」
「はい、生憎カミーユ兄ちゃんとギュス兄ちゃんは、今出かけてて」
二人で挨拶を交わしていると、ふとアヴェントゥリーナの後ろに、 ローズマリーの刺繍の入ったハンカチーフを胸元に挿した、見知らぬ男性が立っている事に気付いた。
不思議に思ったアルフォンスがその男性について訊ねると、アヴェントゥリーナは男性を隣に立たせてこう説明する。
「この子は息子の友人でメチコバール君って言うんだけど、カミーユ君の脚について相談したら、アドバイスしてくれるって言うの。だから一緒に来て貰ったのよ」
「そうなのですか? ありがとうございます」
アヴェントゥリーナの紹介に、アルフォンスとメチコバールも挨拶を交わしたのだが、アルフォンスは何故、アヴェントゥリーナがメチコバールと呼ばれた青年にカミーユの脚の事を相談したのかが不思議だった。その事について訊ねると、なんとメチコバールは医者なのだという。
しかし、医者と言っても、アルフォンスがいつも助言を貰いに行っている町医者曰く、カミーユの脚が動かない理由は全く解らないと言っていた。
同じ医者なのに、メチコバールには何か打つ手が有るというのだろうか。
戸惑うアルフォンスの様子を察したのか、メチコバールがこんな事を言った。
「私はこの国で一般的な医学だけでは無く、多少なら東洋の医学もわかります。
東洋の医学が何かの助けになれば。そう思います」
真剣な顔をするメチコバールに、アルフォンスが訊ねる。
「なんで、そこまでしてくださるのですか?」
微かに震えるその声に対する返事は、こう言う物だった。
「私の友人が亡くなった時、この店の仕立て屋は私の友人と、その家族の為に、無理を押して死装束を作ってくれました。
その恩に報いたいのです」
真摯なその言葉に、アルフォンスの目から涙が零れる。
そうしている内にもギュスターヴが帰ってきて。ギュスターヴを交え、兄弟はメチコバールからカミーユの脚の治療に役立つかもしれない話を聴いた。
それから数刻後。本を膝に載せたカミーユが、ゆっくりと車椅子を漕いで家へと帰ってきた。
アルフォンスは早速、メチコバールから教えて貰った脚の治療法についてカミーユに話す。
話しながらカミーユを居間まで押して行き、早速夕食の準備を始める。
「後でカミーユ兄ちゃんの脚、マッサージするからね!」
そう言って台所へと駆け込んでいくアルフォンスを見て、カミーユは照れた様な、嬉しそうな笑みを浮かべた。
夕食も終わり、カミーユがランプの光を点して、アヴェントゥリーナから託された物語の続きを書いている所に、アルフォンスがやって来た。
「カミーユ兄ちゃん、そろそろ寝た方が良いよ。もう日付変わるよ」
「え? もうそんな時間? 確かにそろそろ寝なきゃなぁ」
車椅子を漕いで机から離れ、ベッドの横に移動したカミーユを、アルフォンスが抱えてベッドへと移す。
ありがとう。とお礼を言うカミーユの事を、アルフォンスが抱きしめる。
「カミーユ兄ちゃん、最近神父様の所に行った後はいつも、遅くまで物語書いてるよね」
「うん、折角勉強を教えて貰ってるんだから、忘れないうちに書かなきゃと思って」
ますます抱きしめる力を強めるアルフォンスの背中に手を回し、カミーユが優しく叩く。
すると、アルフォンスがこう言った。
「ねぇ、もう神父様の所に行って欲しくないって言ったら、困る?」
甘える様なその声に、カミーユは困った様な笑顔で答える。
「うん、困っちゃうな。
アルは僕が神父様の所に行くの、嫌なの?」
「……だって……」
そのまま何も言わなくなってしまったアルフォンスを抱きしめ返し、カミーユが優しい声で言い聞かせる。
「寂しい思いさせてごめんね。
ねぇ、今晩一緒に寝る?」
アルフォンスは、カミーユの肩に顔を埋めたまま頷く。
それから、そっと身体を離してその場にしゃがんだ。
「カミーユ兄ちゃん、寝る前に、昼間教えて貰ったマッサージしようか。
マッサージして血の巡りをよくすると良いかもしれないって聞いたから」
「いいの? じゃあお願いしようかな」
ズボンをまくり、カミーユのふくらはぎを指で押しながら両手で揉む。動かしていないせいか幾分細くなっているその脚を見て、アルフォンスはまたいつか歩ける様になるのだろうか。歩ける様になったらその時は、一緒にピクニックに行きたいなと、そう思ったのだった。
注文書などがしまわれている棚をアルフォンスが掃除していると、棚の隅で一枚の紙がはみ出しているのに気がついた。
何とも無しにその紙を取り出して見てみると、それには車椅子の図面が描かれている。
これは、兄のカミーユが歩けなくなり、これから仕事を続ける為に、どうやったら動く事が出来るか。と言う事を知り合い同士で話合った時に、馬車の様に椅子に車を付けたらどうかと言う案が出て、知り合いの椅子職人に相談した時に描いて貰った図面だ。
椅子に車を付ける等と言うのは、椅子職人にとっても前代未聞の事だった。
始めは難色を示されたと交渉に行った兄のギュスターヴが言っていたが、椅子職人は、なんとかカミーユが一人でも動ける様に、自分で車を漕げる様な車椅子を作ってくれた。
ギュスターヴの友人だというその椅子職人は、自力で歩けないカミーユの事を案じて、他の仕事の合間を縫いつつ、在庫として置いてあった椅子を改造し、短い期間で納品してくれたのだ。
あれからもう一年になるのか。車椅子を注文してからの日々は、長くも短くも感じる。
アルフォンスは、棚の中身を良く確認し、取り出した図面を元の場所に戻した。
アルフォンスが家の中の掃除を終えると、誰かが店を訪ねてきた。
生憎今はカミーユも、ギュスターヴもこの場に居ない。
仕方が無いので、普段は店頭に出ないアルフォンスが、来客を迎える。すると、やって来たのはお得意様の貴族、アヴェントゥリーナだった。
「あら、アルフォンス君がお出迎えなんて珍しいじゃない」
「はい、生憎カミーユ兄ちゃんとギュス兄ちゃんは、今出かけてて」
二人で挨拶を交わしていると、ふとアヴェントゥリーナの後ろに、 ローズマリーの刺繍の入ったハンカチーフを胸元に挿した、見知らぬ男性が立っている事に気付いた。
不思議に思ったアルフォンスがその男性について訊ねると、アヴェントゥリーナは男性を隣に立たせてこう説明する。
「この子は息子の友人でメチコバール君って言うんだけど、カミーユ君の脚について相談したら、アドバイスしてくれるって言うの。だから一緒に来て貰ったのよ」
「そうなのですか? ありがとうございます」
アヴェントゥリーナの紹介に、アルフォンスとメチコバールも挨拶を交わしたのだが、アルフォンスは何故、アヴェントゥリーナがメチコバールと呼ばれた青年にカミーユの脚の事を相談したのかが不思議だった。その事について訊ねると、なんとメチコバールは医者なのだという。
しかし、医者と言っても、アルフォンスがいつも助言を貰いに行っている町医者曰く、カミーユの脚が動かない理由は全く解らないと言っていた。
同じ医者なのに、メチコバールには何か打つ手が有るというのだろうか。
戸惑うアルフォンスの様子を察したのか、メチコバールがこんな事を言った。
「私はこの国で一般的な医学だけでは無く、多少なら東洋の医学もわかります。
東洋の医学が何かの助けになれば。そう思います」
真剣な顔をするメチコバールに、アルフォンスが訊ねる。
「なんで、そこまでしてくださるのですか?」
微かに震えるその声に対する返事は、こう言う物だった。
「私の友人が亡くなった時、この店の仕立て屋は私の友人と、その家族の為に、無理を押して死装束を作ってくれました。
その恩に報いたいのです」
真摯なその言葉に、アルフォンスの目から涙が零れる。
そうしている内にもギュスターヴが帰ってきて。ギュスターヴを交え、兄弟はメチコバールからカミーユの脚の治療に役立つかもしれない話を聴いた。
それから数刻後。本を膝に載せたカミーユが、ゆっくりと車椅子を漕いで家へと帰ってきた。
アルフォンスは早速、メチコバールから教えて貰った脚の治療法についてカミーユに話す。
話しながらカミーユを居間まで押して行き、早速夕食の準備を始める。
「後でカミーユ兄ちゃんの脚、マッサージするからね!」
そう言って台所へと駆け込んでいくアルフォンスを見て、カミーユは照れた様な、嬉しそうな笑みを浮かべた。
夕食も終わり、カミーユがランプの光を点して、アヴェントゥリーナから託された物語の続きを書いている所に、アルフォンスがやって来た。
「カミーユ兄ちゃん、そろそろ寝た方が良いよ。もう日付変わるよ」
「え? もうそんな時間? 確かにそろそろ寝なきゃなぁ」
車椅子を漕いで机から離れ、ベッドの横に移動したカミーユを、アルフォンスが抱えてベッドへと移す。
ありがとう。とお礼を言うカミーユの事を、アルフォンスが抱きしめる。
「カミーユ兄ちゃん、最近神父様の所に行った後はいつも、遅くまで物語書いてるよね」
「うん、折角勉強を教えて貰ってるんだから、忘れないうちに書かなきゃと思って」
ますます抱きしめる力を強めるアルフォンスの背中に手を回し、カミーユが優しく叩く。
すると、アルフォンスがこう言った。
「ねぇ、もう神父様の所に行って欲しくないって言ったら、困る?」
甘える様なその声に、カミーユは困った様な笑顔で答える。
「うん、困っちゃうな。
アルは僕が神父様の所に行くの、嫌なの?」
「……だって……」
そのまま何も言わなくなってしまったアルフォンスを抱きしめ返し、カミーユが優しい声で言い聞かせる。
「寂しい思いさせてごめんね。
ねぇ、今晩一緒に寝る?」
アルフォンスは、カミーユの肩に顔を埋めたまま頷く。
それから、そっと身体を離してその場にしゃがんだ。
「カミーユ兄ちゃん、寝る前に、昼間教えて貰ったマッサージしようか。
マッサージして血の巡りをよくすると良いかもしれないって聞いたから」
「いいの? じゃあお願いしようかな」
ズボンをまくり、カミーユのふくらはぎを指で押しながら両手で揉む。動かしていないせいか幾分細くなっているその脚を見て、アルフォンスはまたいつか歩ける様になるのだろうか。歩ける様になったらその時は、一緒にピクニックに行きたいなと、そう思ったのだった。
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