教会育ちのタリエシン

藤和

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第二章 天使降臨

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「ああ……神様、お許しください……」
 就寝時間も過ぎた頃、私はベッドの中で丸まりながら十字架を握りしめ、神様に懺悔をしていた。
 何故そんな事をしているかというと、私は神職であるにもかかわらず、ある人に心奪われてしまったのだ。
 しかもその相手が女性ならまだ良かった。何故私はあの人に……
 神様に仕える身でありながら、こんな事は許されない。このままでは天罰が下るだろうと怯えつつも、怖い事からはおふとんが守ってくれる理論の助けを借りながら、懺悔していたのだ。
 如何に自分が罪深いか、それを吐き出した後に、こう口走る。
「うっ……それでも彼が可愛いんです……」
 布団の中で丸まり、十字架を額に当てて居る事暫く。部屋の中に突如光が差した。
 まさかもう夜が明けたのか? そう思いながら光の方を向くと、狭い部屋の中で大きな翼を広げる輝かしい人物が居た。
 もしかしてこれは。
「て、天使様?」
「ハァイ、察しが良いね。天使だよ」
 どうしよう、本格的に天罰を下しに来たのだろうか。
 恐ろしかったけれども、天使様がいらっしゃっているのに何時までも布団にくるまっている訳にはいかない。
 私は恐る恐るベッドから降り、天使様の前で跪く。
 すると、天使様が困ったような声でこうおっしゃった。
「タリエシン君、なんでそんな怯えてるの? 別に天罰とかそう言うんじゃ無いから安心してよ」
「天罰ではないのですか? では、一体どの様なご用件でいらっしゃったのでしょうか」
 天罰ではないと言われて一安心したが、そうで無いとなると一体何事なのか。
 不思議に思っていると、天使様はこう説明してくださった。
「君の事情はさっき懺悔してたから知ってるけど、その話ね。
取り敢えず神に問い合わせたら、思っててても手を出さなければセーフって事にしてあげるから、日記にでも書いて発散したら? って伝えてって言われたんだ」
 流石は神様。心が広い。
 余りのありがたさに心打たれていると、天使様は少しだけ厳しい顔をしてこう続けられる。
「ただ、この特例は、相手があの仕立て屋さん? のカミーユ君の場合だけねって言うのも伝えておいてって言われたんだよ」
「え? 何故彼の場合だけ特例になるのですか?」
 私の疑問に、天使様はこう説明した。
 彼は無自覚ながらも周りの人物を惹きつけ、狂わせる性質があるのだという。
 悪魔の仕業であるのなら悪魔側に直訴して何とかさせるのだけれど、悪魔側にも被害者が出ているらしく、どうやら悪魔の仕業では無さそうだ。
 それならば、他の何かの仕業なだろうかと天使様達が各方面に問い合わせをした所、どこからもその様な事をしたと言う話が出ない。
説明の後に天使様が、もしかしたら問い合わせ先の内誰かが謀っている可能性はあるけれど、とおっしゃっていたけれど。
 天使様達でも太刀打ちできない魔性があの彼にあるなんて、余りのショックに私は顔を青くする。
 私の様子を察したのか、天使様は改めてこう言ってくださる。
「とは言っても、あの子自体に罪が有る訳じゃないし、そういう事情が有るし、君は自重出来てれば良いから」
「はい。心に留めておきます」
 彼に罪は無い。そのお言葉を聞いて安心する。
 天使様にお礼を述べると、お忙しいようでそそくさと姿を消してしまわれた。
 それにしても。手を出さなければセーフと言う事は、いくら邪な事を考えても良いと言う事だろうか。
 一瞬そうは思ったけれども、私は聖職者な訳で。出来れば邪な考えも自重しようと思った。

 それから数日。天使様に言われた通り、欲求不満を溜めないよう日記帳に色々とぶつけていたのだが、改めて書き始めの頃からの文章を読み返して顔が熱くなる。
 これは、ちょっとしたポルノ小説になっている。自分の妄想を客観視すると改めて恥ずかしい。
 それでも日々湧き上がる想いを、今日も日記に書き留める。
 ……この日記帳が鍵付きで良かった……

 その翌日、朝のミサが終わった後、いつもこの教会に来ている彼に話しかけた。
「カミーユ君、このところはどうですか?」
「はい、おかげさまで仕事も順調なんですよ」
 微笑んでそう言う彼の首筋には、いつも虫刺されだと言っている小さな痕が有る。
 話を聞く限り、これは虫刺されでは無いと思うのだけれど。
 だからといって推測で物を言うのは良くないので、今日も虫除けのおまじないを掛けましょうか? と一言。
 その時に、彼と視線を合わせたら、ふと違和感を感じた。
 右目に何かが潜んでいるように感じたのだ。
「すいません、少し右目を見せて戴いていいですか?」
「え? はい」
 いつもなら私がおまじないを掛ける時に不機嫌そうな顔をする彼の弟も、今回ばかりは何が有ったのかと言った様子。
 神経を集中し、右目を覗き込む。
 すると彼の右目が色を失い、その奥から貌(かお)の無い者が覗き込んだ。
 背筋に悪寒が走る。
 いけない、目を逸らさなければ。そう思ったのだが目を離せない。
そうしている内に混沌の気配を纏った貌の無い者が、彼の目から這い寄って来て、私に覆い被さった。

「神父様、どうなさったのですか?」
 その声に気がつくと、彼がきょとんとした顔で私の事を見つめていた。
 今のは、幻だったのだろうか。
 もう一度彼の右目を見てみても、特に異常は無い。
「どうやら気のせいだったようです。
ですけれど、念のために今日は虫除けと魔除けのおまじないをしておきますね」
 私は彼に目を閉じて貰い、祝福の言葉を掛けた後に唇へ、もう一度祝福の言葉を掛けた後に右瞼へとキスを落とした。

 夜も更け、後は寝るだけとなった時間に私は祭壇の前で祈っていた。
 彼の目に潜んでいるのは一体何者なのか。彼を救う方法はないのか。その疑問に答えが欲しかった。
 瞼を閉じ、必死に祈りを捧げていると祭壇の上から声が掛かった。
「もしかして、君も見たの?」
 何者かと思い顔を上げると、そこには先日顕れてくださった天使様がいらした。
「天使様、見たというのは、彼の右目に潜んでいる……」
「そう、あの貌の無い何者か」
 天使様も、あれをご存じだった。
 それがわかった私は、天使様にあれが一体何者なのか、彼を救う方法はないのか、それを訊ねた。
 けれども、天使様は困ったような顔でこうおっしゃった。
 あれが一体何者であるのか、そして彼を救う方法があるのか、それが全く解らないと。
 神様ならばご存じかもしれないとお訊ねになったらしいのだけれど、あの貌の無い者は神様でさえもご存じでない物なのだとの事。
 彼を救う方法がないのかと、私は思わずショックを受けてしまうが、天使様が優しく声を掛けてくださる。
「大丈夫、そんなに不安がらないで。
ちょっと諸々の事情で彼には僕達の守護が付いてるから、なるべく天寿を全うさせられる様に頑張る」
「天使様……」
 ああ、彼には天使様のご加護があるのか。それならば安心だろう。
貌の無い者を見た恐怖でずっと竦み上がっていたのが、天使様の言葉でほぐれ、視界が滲む。
 そんな私に、天使様からこんなお言葉が。
「だから、ポルノ小説書くのは良いけど、カミーユ君に手を出したらその時は……わかるね?」
「ご心配おかけして誠に申し訳ありません」
 その時が来ないよう、私は自重しなくてはいけないなと、改めて思った。

 天使様の少し厳しいお言葉に改めて反省していると、天使様はもう一つ神様から言付けが。とおっしゃる。
 何かと思ったら、先日管轄外の墓地で魂を食べられかけていた彼の事だった。
 あそこに彷徨いていたモノ達は神様や天使様の管轄外であった為、手が出せないで居たのだけれど、私が何とかホトケの力を借りて解決したので、無事にあの彼を天に帰す事が出来たと。
 ああ、彼もやっと安息を得る事が出来たのだなと、天使様の報告にほっとする。
 本当はあの彼にももっと長生きして貰ってやって貰いたい事が有ったのだけれど。と天使様がおっしゃっているのだけれど、一体何をやって貰うつもりだったのかまでは教えてくださらない。
 そうしている内に天使様は私に関する用事が終わったようで、姿を消してしまわれた。
 なんだか謎が深まったような気はするけれども、全ては神のみぞ知るのだろう。
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