嫌犬3rd

藤和

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第二十二章 もうひとりぼっちじゃない

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 五月のある良く晴れた日のこと、この日ついに悠希と千代子が結婚式を挙げる。家族だけでなく友人も招いた披露宴で、こういった祝い事の主役になるのは滅多に無いことなので、悠希も緊張の色を隠せないようだった。
 客席を見ると、家族席の所にしっかりと鎌谷が座っている。鎌谷ははじめ、式の間家で待っていると言っていたのだけれども、悠希がどうしても祝って欲しいというので、参加する事にしたのだ。
 こんな老いぼれなんか放って置いていいのに。鎌谷はそう思ったけれども、改めて式場に来て、悠希がどうしても祝って欲しいと言ったほんとうの意味がわかった気がした。
 友人席に座る友人達や仕事の関係者、それに何より、今は控え室で準備をしているだろう千代子のことを思うと、悠希はようやく、鎌谷が安心できる境遇になったのだと、そう言いたかったのだろうと鎌谷は感じた。
 新郎新婦入場のナレーションがはいる。式場の扉が開き、タキシードに身を包んだ悠希が、真っ白なウェディングドレスを着た千代子の手を引いて歩いてくる。それを見て鎌谷は、柄にもなく視界が滲んだ。
 悠希と千代子が揃ってキャンドルサービスをしていく。温かく灯った蝋燭が、鎌谷の前にも置かれた。
 ふたりは、蝋燭を置きながら、参加者とひとことふたことと言葉を交わし、会場の前方右手にあるマイクの前に立って、それぞれに挨拶をした。千代子は両親に感謝の言葉を綴って、悠希もその様な感じだったけれども、涙をぼろぼろと零す千代子とは対照的に、悠希は意外なほど冷静だった。
「こんな時は、真っ先に泣き出すやつだと思ってたのにな」
 悠希の挨拶を聞きながら、鎌谷は極小さな声で呟く。
 しばらく挨拶を聞いていると、悠希がマイクに向かって鎌谷のことを話しはじめた。小さな頃からずっと一緒に育った鎌谷に、今まで言えなかった感謝が沢山有るとそう言った。
 思わず、鎌谷の口からキューンと鳴き声が零れる。これでようやく、いつ自分に何があっても悠希はもう大丈夫なのだと、ひどく安心したのだ。
 新郎新婦の挨拶が終わり、ふたりが会場前方の席に着く。次は仲人の挨拶のようだった。
 仲人は誰なのか、そう思って先程のマイクのあたりを見ると、急に会場が暗くなった。何事かと周囲がざわつく。そんな中、キャンドルサービスの蝋燭の光が、マイクのあたりに大きな影を映し出した。
 アナウンスが変わらない調子で話す。
「では、仲人のラスボスさんよろしくお願いします」
「仲人ラスボスなのかよ」
 予想外ではあるけれども、悠希と千代子のそもそもの馴れ初めを考えると、なくはない人選だと、鎌谷は自分に言い聞かせる。しかし、悪の秘密結社のトップがこんな所で挨拶をしてて良いのだろうかと心配していると、以外にもラスボスは普通に聞こえることを話していた。さすがに、悠希を攫おうとしたのがふたりの出会いだったのくだりでは参加者一同きょとーんとした空気だったけれども、その後ふたりがどの様に絆を深めていったのかという話は、涙を誘うものだった。
 ラスボスの挨拶も終わり、席に戻っていく。目で追ってみると、どうやら赤いクラゲ用の席があるようで、戦闘員も数人座っていた。
 余計な物を見た気がした鎌谷が、視線を悠希と千代子に戻す。するとふたりはまた立ち上がって、今度はケーキ入刀だそうだ。華やかな装飾がされた長いナイフをふたりで持って、真っ白で背の高いケーキに切り込みを入れる。会場内から拍手が湧いた。
 そのあと、新郎新婦だけでなく参加者にも食事が振る舞われ、それぞれに話をしながら時間を過ごす。
 これは確かに、幸せな時間だった。

 ホールの中での式が終わり、残すは会場敷地内の庭で行われるブーケトスだ。式に参加した女性たちが集まっている所に向けて、千代子が高くブーケを放り投げる。
 女性たちの期待が高まる中、それは起こった。突然強い風が吹き、ブーケが他の方向へと飛んでいったのだ。
 そして、予想外の所へ落ちていくブーケをキャッチしたのは、なにやらぼんやりとした影。
「これは私が受け取っていいものなのかな?」
 そう、ラスボスの手元にブーケはあった。
 さすがにこの展開はひどい。そう思う鎌谷をよそに、千代子の近くに立っていた紫水がラスボスに向かって言う。
「ラスボスさん、式の時は呼んで下さい!」
「当然だ」
 そう言う話で良いのか鎌谷が悩みながら周りを見渡すと、悠希も含めて、皆何とも言えない顔をしていた。
 それはそうだろうな。と鎌谷が妙に納得していると、ラスボスが両手を広げてこう声を上げた。
「では、そろそろこれを披露するときだな」
 なにごとかと視線が集中する。それを確認してだろうか、ラスボスの存在感が少しだけ濃くなった。そして何が起こったかというと。
「スタッフロールだ」
 ラスボスの身体から、沢山の文字、スタッフロールが流れはじめたのだ。鎌谷と悠希はそろそろ見慣れてきたけれども、これを見たことがない参加者の方が圧倒的に多い。
 仲人挨拶の時のように、きょとーんとした雰囲気になる。しばらくそのままスタッフロールを眺めていると、誰ともなしに笑い声が上がった。
「すごい! さすが! わかる!」
 その声に、他の皆にも笑いが伝染する。みんなで笑い合って、また今日の主役に祝福を送って、落ち着いた所で、二次会の会場に移動するかという話になった。
 移動用のバスに向かいながら、鎌谷は思う。

 悠希はもう、ひとりぼっちではないのだと。
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