嫌犬3rd

藤和

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第六章 初めての下北沢

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 この日悠希は、同じアパートに住む友人宅にお邪魔してお茶をいただいていた。友人と鎌谷と一緒に、用意された手作りクッキーを食べながらおしゃべりをする。
「え? カナメさんってレンタルボックスに委託してるんだ?」
 悠希が驚いたようにそう言うと、カナメと呼ばれた友人は、にこにこしながら話す。
「そうなんだ。委託しはじめてからもう結構経つんだけど、このところは結構、お店の方から納品の催促が来たりもするよ」
「まじでか。つまり売れ筋ってことじゃんすげぇな」
 カナメの話に、鎌谷が感嘆の声を上げる。悠希も、カナメの話に驚きを隠せなかった。
 どんなものを置いているのか気になったのだろう、悠希がカナメにどんなものを作っているのか見たいと頼んだ。するとカナメは、携帯電話を取りだして写真のフォルダを開いて言う。
「実は、ちょっと前にお店に納品したばっかりで実物が手元に無いんだよね。なので写真で失礼」
 そう言ってカナメが見せた携帯電話の画面には、宝石と花が描かれ、模られたプラバンのアクセサリーが写っていた。何枚も見せてもらうままに見ていると、ブローチだけでなくネックレスやイヤリング、指輪もあるようだった。
「すごい、どれもかわいいね」
「でしょー」
 悠希が感心したように言うと、カナメは自慢げになって喜んでいる。携帯電話をぱたんと閉じたカナメに、悠希が少し興奮気味に言う。
「あんなかわいいアクセサリー、折角なら実物が見たいなぁ」
 それを聞いたカナメが、にっと笑って悠希に言う。
「ん? なんなら今度一緒にお店に行く?」
「え? いいの? 案内してくれるなら行きたいなぁ」
「それじゃあ、一緒に行こうか」
 レンタルボックスに行く話で盛り上がっているふたりをみて、鎌谷が訊ねる。
「でもさカナメ、レンタルボックスってそんな売れるもんなのか?」
 それは悠希も気になるところだ。鎌谷と悠希の視線を受けて、カナメは難しい顔をする。
「そうだなぁ、僕は今売れてる方だけど、売れるようになるまでは結構かかった。
宣伝も大変だし、クオリティも保たなきゃいけないからね。
それに、売れるなら売れるで安定的に生産出来ないといけないし」
「なるほどなー」
 カナメの話に、鎌谷は納得したようだ。しかし悠希は少し、考え事をする。レンタルボックスを匠に進めるべきか、少し悩んだのだ。匠はアクセサリーなどの販売イベントやネットショップで自作のものを販売したりしているけれども、売れ行きが良いとは言えず他にも販路があればなと思っていたのだ。
 なんとなくそんな風に悩んでいるのに気づいたのか、カナメが悠希に言う。
「まぁ、とりあえず見てみよう?」
 その言葉に、悠希はにこりとして返す。
「そうだね、見てみよう」
 それから、またお茶とクッキーを頂きながら、カナメはどんな風にプラバン細工をしているのか、そんな話をして時間は過ぎていった。

 それから数日後、悠希は鎌谷も連れて、カナメと一緒に下北沢へと来ていた。
 下北沢は、話にはよく聞くけれども来るのは初めてだ。全く勝手がわからない悠希を気遣いながら、カナメはゆっくりとレンタルボックスまでの道のりを案内している。
 そして辿り着いたのは、こぢんまりとした、何故だか安心する雰囲気のお店。鎌谷に外で待つように言って入ると、中には棚が沢山置かれていて、その棚の上には多種多様なアクセサリーや小物などが置かれている。
「どうもこんにちは」
「あ、どうもー。今日はお友達と?」
「そうなんです。お店を見たいって事で案内したんですよ」
 カナメが店員と話をしている。その間に、悠希は店内を見て回る。レンタルボックスと言うだけあって、棚は細かく箱状に区切られていて、ひとりの作家につき一ヶ所割り当てられているようだった。
 置かれている物は本当に様々で、手作り感のある味のあるものから、プロ顔負けのクオリティのものまでと幅が広い。
「悠希さん、そこ」
 カナメに声を掛けられそちらの方を向くと、カナメが指している先は、店内中央に置かれたテーブルだ。その上にもアクセサリーや小物が置かれていて、じっと見て回ると、見覚えのあるプラバン細工が目に入った。
「あ、カナメさんのこれかぁ」
 宝石や花が描かれ、模られたブローチやネックレス。ただ平面に描くだけでなく、重ねたりもして邪魔にならない程度の立体感もある。写真で見るよりもずっと良い物のように感じられる。
「やっぱり、実物が良いなぁ」
「んふふ、ありがと」
 思わず感心して見ていると、ネットショップでなかなか売れないと嘆いている匠のことが思い起こされた。やっぱり、こうやって実物をじっくりと見て選べるというのは写真だけよりも説得力のようなものが強いような気がした。勧めるだけなら勧めてみてもいいかもしれない。
 匠のことを考えながら、カナメと一緒に店内を見て回る。そうしているうちに、カナメはお気に入りを見付けたようで、棚からひとつ商品を手に取ってレジへと持って行っている。可愛らしい刺繍の入ったブックカバーのようだった。
 カナメの会計が終わり、店の外に出る。
「鎌谷君、お待たせ」
「おう、それで、これからどうする?」
 鎌谷の問いに、悠希は考える素振りを見せる。それから、ちらりとカナメに目をやった。
 カナメは携帯電話で時間を確認してこう提案する。
「まだ時間に余裕はありそうだし、他のお店も見て回って、それから晩ごはんでどう?」
 その案に、悠希と鎌谷は賛同する。
「初めての所を歩き回るのも、良い刺激になるだろ」
 鎌谷がぽんと、悠希の脚を叩く。
「そうだね。どうしても最近籠もりがちだから」
 初めての街に来たという緊張がようやくとけたのか、ほっとした様子の悠希が鎌谷の手を握る。それから、みんな揃って街中を歩いて、色々なお店を巡った。

 そして夕食時。お腹が空いたけれどもどんな店が有るのか全くわからない悠希は、お勧めの食事処があるのかとカナメに訊ねる。すると、こう訊ね返された。
「んー、悠希さんと鎌谷君は、カレー好き?」
「カレー? 余り辛くないのは好きだよ」
「おっ、カレー? いいじゃん好き好き」
 悠希と鎌谷の返事を聞いて、それならとカナメはまた街中を案内する。なんでも、これから行く場所はスープカレーで有名なところなのだという。
 案内された店に入ると、店内はスパイスの香りでいっぱいだった。悠希としては余り慣れないけれども、嫌な感じではない。
 席に通され注文をする。悠希は余り辛くないものを頼んだけれども、どうやらカナメは相当辛いものを頼んだようだ。
 しばらくして、全員分のカレーが運ばれてくる。悠希のカレーは程良くスパイシーな香りだけれども、カナメのカレーは見た目も赤く、近寄るだけで目がやられそうだ。
「カナメさん、本当にそれ食べるの?」
「ここ来るといつもこれだよ」
「そ、そうなんだ」
 思わず悠希が怯んでいると、隣に座った鎌谷は既にカレーを食べ始めていた。そちらもなかなかに辛そうだ。
 カナメと鎌谷のカレーを見て、悠希はなんとなく、次来るときはもう少し辛いのに挑戦してみようと思ったようだった。
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