嫌犬2nd

藤和

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第七章 博物館へGO!

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 高校生の夏休みも終わりに近づいた頃、悠希の携帯電話に着信が有った。誰かと思ったら、匠からのようだ。
 お盆の頃に一旦実家には顔を出しているのだが、何か用事があるのだろうか。もし何も用事が無かったとしても、暇な時に頼られるのは兄として嫌な気分では無い。
「もしもし。どうしたの?」
『お兄ちゃん、急な話になるけど、明後日辺り一緒に博物館行かない?』
「博物館?」
 匠は普段、あまり博物館などとは言い出さないタイプなので驚いたが、アンティークジュエリーなどには興味があるので、その展示なのだろうか。不思議に思いながら、概要を聞く。
「博物館って、今何やってるの? あと、どこの博物館?」
『上野の博物館なんだけど、今、書の展示やってるんだって。
お兄ちゃん、書とか好きって前に言ってた気がするから、一緒にどうかなって』
 確かに匠が言う様に、悠希は割と書道というか、書に興味がある。
 読めるわけではないのだけれど、一体どんな事が書かれているのか、それを想像しながら眺めるのが好きなのだ。
 自分の好きな物をわかってくれている事に少し嬉しさを感じながら、匠と待ち合わせ場所を決める。
「うん。それじゃあ、明後日上野で。うん。またね」
 通話を切った後、ちゃぶ台に置いてある焼酎サーバーから焼酎を飲んでいた鎌谷が、コップを置いて言う。
「おう、明後日匠ちゃんと会うのか。なにがあんだ?」
「ん? 書の展示だって」
「そうなのか? なんか最近書の展示多い気がすんだけど気のせいか?」
「う~ん、確かに、言われてみると、上野の博物館はなんか書の展示が多い気がする」
 改めて、鎌谷に指摘されて少し不思議に思ったけれど、きっと興味を持つ人が増えて要望も増えたからだろうと、悠希は一人で納得しておいた。

 そして匠との待ち合わせ当日。上野の駅前で落ち合い、そのまま博物館へと向かう。博物館の中に鎌谷は入れないので、鎌谷は留守番だ。
「匠、お昼ごはんは博物館観た後にする?」
「うん。まだ早いし、観た後に遅めのお昼の方がレストラン空いてそう」
 博物館へと向かう道すがら、お昼はどこで食べるか、匠がちゃんと宿題をやっているか、そんな話をしながら歩く。
 横断歩道を渡り、博物館の敷地内へ入る。悠希は割とこの博物館には来慣れているのだが、匠は初めてらしく、建物の大きさに驚いている。
「すごいね、こんな大きい所なんだ」
「うん。だから、結構歩くから歩きやすい靴で来てねって言ったの、わかった?」
「とてもよく」
 書の展示にしては人が多く、入場に少し時間が掛かったが、展示室その物は並ばずに入れそうだ。
 展示室に入る前に匠がこんな事を言った。
「この展示会を勧めてくれた友達がね、音声ガイドは絶対借りた方が良いって言ってたんだけど、お兄ちゃん借りる?」
「うん。僕も音声ガイドがある時はいつも借りてるから、借りようか」
 音声ガイドを借りると、展示品と解説のパネルの間で視線を動かす事無く鑑賞できるうえ、パネルに書かれていない解説もされている事があるので、悠希は音声ガイドを借りる事が多い。
 その事を匠に話し、二人で料金を払って音声ガイドを借り、ヘッドホンを頭にかけた。
 展示室に入り、展示品を観ながらガイドの音声を聞く。同じように音声ガイドを聞きながら観ている人の隙間からしか展示品は見えないのが残念だが、押しのけるわけにも行かない。
 前で観ていた人が移動したあと、そのまま展示品の前に行き、じっくりと鑑賞する。
 ふと、こう言った展示を見るのが初めての匠はどうしているかが気になった悠希がちらりと見てみると、ぽかんとした顔をして、心なしか頬を染めている。
 どうやら気に入ってくれたようだと、一安心して、悠希はまた鑑賞に戻った。

 そうして、ゆっくりと展示室を回り、展示室の出口から出る時に音声ガイドを返却した訳なのだが、どうにも匠がぼうっとして居る。
「どうしたの? もしかして調子悪い?」
 少し顔が赤い匠の様子を見て、もしかしたら夏風邪をひいていたのかもと心配になった悠希がそう訊ねると、匠は、悠希の着物の袖を引っ張ってこう言った。
「お兄ちゃん、もう一週していい?」
「え? いいけど、今度は音声ガイド無しで観たい?」
「えっと、もう一回借りたいな」
「そっか。じゃあもう一回借りてもう一週しようか」
 悠希がそう言うと、匠は悠希の手を引いて足早に音声ガイドの貸し出し受付まで歩いて行く。
 一体何が有ったのだろうと悠希は不思議に思ったが、どういう事なのだかわからないままに、結局展示室を三週ほどする事になった。

 歩き疲れてようやく昼食。と言うよりは、早めの夕食を食べる事になり、二人は駅の近くにあるパスタ屋に来ていた。
 二人とも注文をして、料理が来るまでの間に話をする。
「あんなに何回も回るなんて、匠も書が気に入った?」
 自分が好きな物を気に入ってくれて嬉しい。と言った様子の悠希に、匠は一瞬身を固まらせてから、目を泳がせつつ答える。
「そ、そうだね。結構面白かったかも。
あと、音声ガイドって良いね」
「うん。あれ便利だよね」
「あの音声ガイドのCDとか有ったら欲しかったけど」
「え? 図録じゃダメ?」
「えーと、文字は読んでると疲れちゃうから……」
「そっかぁ」
 なぜ匠が始終フワフワと視線を泳がせているのか悠希にはわからなかったけれども、楽しめたのならそれで良かったかなと、そう思った。

 夕食も食べ終わり、家に付くと鎌谷が焼酎を飲みながら待っていた。
「よう、お帰り。どうだった?」
「うん。匠も書に興味持ってくれたみたいで良かったよ」
 部屋に入り、外出用の袴と着物から浴衣に着替える悠希に、ふと鎌谷がこんな事を言った。
「さっきニュースでやってたんだけどよぉ、最近音声ガイドが人気らしいな」
「え? うん。あれ便利だよね」
「便利って話も有るけどよ、それ以外にも人気の理由が有るんだと」
「そうなの?」
 先程音声ガイドを借りてきたばかりの悠希だが、便利だという以外に人気の理由がわからない。
 どういう事なのだろうと思って居たら、鎌谷が言うにはこう言う事だった。
 ここ最近、音声ガイドの吹き込みをやっている男性の学芸員で、とても人気の有る人が居るのだという。なんでも、聴いているだけで夢見心地になってしまうような、そんな声の持ち主らしい。
「へー、そうなんだ」
「名前とかは明かされてなかったけど、その学芸員は声優になれば良かったのにな」
「そうだね。
でも、やりたい事は人それぞれだし」
 軽くやりとりをしながら、悠希は昼間の事を思い出していた。
 匠があんなに何回も音声ガイドを借りた原因は、その学芸員だったのだろうか。思い返すと、確かに今回の音声ガイドは男性の声だったし、女性のお客さんが多かった気がする。そして、悠希からしても聞き取りやすい声だった。
 まさかなー、まさかなー。と思いながらも、悠希はそのニュースを見ていなかったし、鎌谷も酔っている状態では確認も何も無い。
 余り気にしても仕方ないだろうと、悠希は特に気にしない事にした。
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