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あとうがき綺談
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やはり大正昭和は、難しい
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ようやく、少し冷静に見れるようになった、明治、大正、昭和。
それでも、やはり、現代史に繋がる小説は、描き難いモノである。
歴史if改変劇は、平民宰相と呼ばれた、原敬が生きていたらの改変劇であります。
史実として、「我田引鉄」と呼ばれた、選挙民に鉄道を、こんな掛け声で、選挙区に鉄道を引くことで、地方への利益誘導をおこなったことで、平民宰相は、圧倒的な政権運営基盤を築き上げます。しかしながら、原敬という方は、それだけではなかったのだと言われています。
ただ、原敬が、最大の勢力を誇った時は、大正から昭和への転換期にあたり、非常に課題が残る時期であったのは間違いない。本人や周囲だけでなく、陛下御自身の病状が、政局そのものに影響したのである。
これは、昭和から平成へ変わる時にも、実際に生じたとも言われていて、平成から令和への生前退位へと繋がったと、お爺ぃは感じている。
最近、インターネットで資料が見れるようになったが、今一つ分かりにくいのが、世界恐慌の発生である。
昭和恐慌は、日本が外貨獲得を目指して、外国為替取引を推進したことに始まり、第一次世界大戦末期の金輸出禁止で恐慌に堕ちたというのは理解できた。しかしながら、1929年10月24日に始まる世界恐慌は、引き金としては、1931年9月のイギリス金輸出禁止(金本位停止)で、アメリカに流れ込んだ資金が金に換えられて、1932年にアメリカは金輸出禁止に踏み切ることとなった。結果は理解できるけど、連鎖の原因になったのは、イギリスの金輸出禁止である。結果として日本は、最悪の条件で金本位制に復帰して、恐慌に巻き込まれて、莫大な損害を被っている。謀ったように、日本の金本位制への復帰と、イギリスの金本位制停止は連動し、アメリカ経済を大混乱に陥れている。世界恐慌の結果で、儲けを出したというか、利益を確保し、挑戦してくる日米両大国を蹴落としたのが、超大国のイギリスであった。
日本としては、イギリス金本位停止に巻き込まれないために、借金証文を紙幣とする、無利子無期限の定額手形を発行したのである。関東大震災では、公務員俸給を担保として発行し、昭和恐慌では、政府預金を担保に発行し、世界恐慌では、国民の預貯金を担保に定額手形を発行したのである。
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歴史は、生者のモノであるが、可能性は、無限である。
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歴史ifモノで、お爺ぃが困るのは、今の日本を見て、戦前の日本を語るところにある。
技術状況というのは、非常に厄介なもので、日本の技術状況は、非常に高くはあったが、大量生産ができるような体制は、思った以上に無かったのである。海軍工廠や陸軍工廠で、きちんと品質管理ができた状態で、ようやく安定した製品を生産できる状態でしかなかった。
また、開発の技術エリートは、世界の最先端を走っているところもあったが、生産される工場という現場、戦場で整備する部隊、整備工の範囲では、かなり厳しい状況であったのも事実である。特に機械関連は、まだマシであったが、電気電子関連では、技術者の数も少なく、非常に厳しい状況であったのも間違いない。
日本の戦闘機は、「プロが開発し」「プロが製造し」「プロが飛ばし」「プロが整備する」という前提で、設計開発されている側面が大きかった。どこかが、素人に変われば、途端に戦力の低下が表面化するような状況でもあったのだ。
こういった状況を変革するため、鉄道の敷設や運用を中心とする部隊を工兵隊として、技能技術科学の底上げを図り、徹底した現場に即した教育運用を徹底させる。そのために、エリートである、高級官僚やエリート技術者には、陸海軍の工廠に籠って、先端兵器開発に勤しんでもらい、製造・整備を徹底した現場主義と、エリート排除で、技術的な底上げを図ったのである。
これは、軍についても同じで、エリートには、戦艦や空母に乗ってもらった。輸送艦や護衛艦に乗る人たちは、別途養成するという流れを作ったのも、工兵学校、工兵大学校の設立理由である。エリートと呼ばれる方々は、兵站を重視しないのではなく、「兵站は重視するが、自分で担当したくない」というのが理由である。最初っから、官僚ではなく、現場作業員を養成する場として、工兵学校や工兵大学校を設立したのである。
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命令を聞けない、組織は要らない。
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もうひとつの日本の問題は、史実の満洲における軍事行動にある。軍事行動に問題がある以上に、命令を聞かない軍隊であったことが、一番の問題である。外交交渉をおこなっても、信用されない。信用が無ければ、交渉は成立しない。誰もが、日本の為にと言いながら、バラバラに行動しては、統一政体と相手国に判断されない。
日本のシナ駐屯軍が、シナ派遣軍に代わり、関東都督府の守備隊が、関東軍へと変貌した。同一地域に指揮系統の異なる、二つの部隊が共存していることは、軍事行動の混乱を招く原因となる。まして、中央の統制が聞かない軍隊など、迷惑そのものである。
史実の関東軍を、日本国有満洲鉄道都市警備局への出向者として、工兵隊という形態にしたのは、満洲鉄道都市警備局に必要なのは、警察の機能であり、鉄道の敷設運用に関する技術であり、都市のインフラ整備を行う、地道な仕事をする部隊である。
満洲に必要なのは、地道な警察活動やインフラ整備、鉄道の整備管理を実行する部隊であり、戦って英雄になりたい人間や、キャリアを積み上げたい官僚を、満洲鉄道都市警備局は必要としない。
満洲からシベリアへの出兵では、戦闘をすべてシナ派遣軍が担当し、後方支援のために、鉄道を敷設運用するのが、満洲鉄道都市警備局の仕事とした。
「特区」を形成することで、史実の関東都督府を、遼東半島に押し込め、守備隊を都督府守備隊に止め、関東軍を編成しない。
昭和に発生する、戦場の混乱を抑えるためには、どうしても、日露戦争で、満洲をとってもらっては困る。日露戦争終了時点で、日本に満洲を支配する能力も人員も存在しない。無理をすることで、ひたすらに混乱する戦場で、右往左往して混乱する軍隊を生み出しただけである。
日本が満洲利権を獲得するのは、ロシア帝国の崩壊に付け込むようにして、シナ派遣軍が、アメリカ軍、イギリス軍と共同して、満洲を制圧、東ユーラシアにおけるロシア帝国利権を、連合国で奪うことを目的とする。共産主義国家のソビエトに、旧ロシア帝国の利権を渡さないという意味合いもある。
ヴェルサイユ体制を構築するにあたって、国際連盟を設置して、旧ロシア帝国の利権問題を調整する会議を開催できるとした。これによって、アメリカが国際連盟に加盟しない場合、旧ロシア帝国利権である、沿海州利権を失うこととした。アメリカは、国際法では動かない、自国を基準として定義する国家である。「特区」という餌を用意し、アメリカの基準を適用し、東ユーラシア大陸を、「新たなるフロンティア」という位置づけにして、アメリカを国際連盟に引き入れる。
戦勝国でフランス、イタリアを組み入れることで、調整や仲裁を含めた対応を考える。
共産主義革命へ対抗するためにも、国際連盟は、反共産主義を規定して、旧ロシア帝国利権を、ロシア内戦への干渉を行うことで、奪取をはかる。フランス、イタリアが、カスピ海沿岸のロシア白軍を支援して、利権確保に動いた。日本は、満洲の鉄道利権確保に動いた。イギリスは、ウラジオストク、ニコラエフスクの港湾利権からハバロフスクまでの河川航行利権を確保に動いた。アメリカが沿海州ウラジオストクからハバロフスクのシベリア鉄道利権を確保した。
第一次世界大戦後、連合国にとって最大の敵は、共産主義革命を行うような連中である。既存の国家体制を破壊するテロリスト集団となる。日本が、シベリア出兵の目的を明確にできなかったため、現地の士気が向上しなかった。シベリア出兵の目的を明確化するため、満洲利権をロシアが獲得し、日本は「臥薪嘗胆」として、遼東半島の開発に挑むこととなる。遼東半島の鉄道を広軌5フィートに準拠することは、来るべきロシア帝国との再戦にあたって、侵攻支援を実施するための対応となっていた。
大連工廠、大連工兵学校、大連工兵大学校は、ここに生まれたのである。内地へと波及し、全国的に展開されていくのも、日本の生産体制強化と、整備支援体制の充足を目的とした施策である。正面戦力と支援戦力を分けることで、統帥権問題を正面戦力に限定させ、支援戦力については陸海軍を統合した、兵站部門として、独立させることにあった。日本の場合は、親書奉書から荷物までを扱う、郵便業務を海外に拡大することで、平時の物流業務を担当しながら、物流ルートの治安維持を確立するための警備隊を編成したのである。
工兵学校や工兵大学校による技術教育を推進することで、後方支援体制の確保と機械化を推進したのである。
工兵隊は、非常に多くの特殊な車両や、特殊な船舶を必要とする。統制型という規格を統一することで、技術者の短期育成、設計開発の簡略化を図ったのである。
正面戦力を開発する、陸軍工廠、海軍工廠があり、支援戦力を開発する工兵大学校がある。工作車両や建設重機は、工兵大学校での開発として、種類と数の確保を推進していく。水上機の開発を支援戦力としたことで、局地制空戦闘と航空輸送体制の確保を担う。
日本は、満洲鉄道都市警備局に代表されるように、点と線の維持管理を基本として、面の維持管理を他者に委託するという方法を取っていた。権益として確保するのは、物流網であり、物流網の安定維持が、護衛総体の業務となった。
正面戦力の開発は、カタログスペックで支援戦力を凌ぐことが、プライドとなっていく。海軍工廠、陸軍工廠は、かなり無理な要求で、担当する技術者に圧力をかけることになる。結果として、第四艦隊や友鶴事件は、正面戦力に対する、過酷な要求から生じた事故ということになる。
事故の詳細は、様々な原因があったとされるが、背景としては、支援戦力の強化が、そのまま正面戦力の過剰要求になることは、間違いない話である。
歴史ifというものは、本来の歴史にそうそう変更が効くモノではない。
18世紀にイギリスという超大国、パックス・ブリタニカが生まれ、19世紀にロシア帝国が戦いを挑み敗れ、20世紀はイギリスが没落し、20世紀にアメリカという超大国が生まれる。
日本は、19世紀末の英VS露に巻き込まれ、国家存亡の危機に勝利し、大国への道を進んだ。第一次世界大戦に勝利し、結果として五大国イギリス、アメリカ、日本、フランス、イタリアの一角を占めた。第一次世界大戦でロシア帝国が崩壊したことで、イギリスという超大国への挑戦国家として、アメリカが位置づけられ、日本が次点となった。
第一次世界大戦後のアメリカと日本の関係として、日英同盟が堅持されると困るのは、アメリカであった。イギリスという超大国に挑戦し、覇権を握るのに一番邪魔なのは、日本なのである。第一次世界大戦で多額の支援を受け、参戦してもらったことで、イギリスはアメリカに配慮しなければならなかった。日英同盟破棄を求めるアメリカに対して、日本はイギリスとの新たな関係を確保する体制を必要としていました。
日本とイギリスの新たな関係が、国際連盟となります。国際連盟に一定の資金と維持機能を持たせるため、「特区」という設定を歴史ifに組み入れ、シベリア出兵に万単位で軍を派遣することで、旧ロシア帝国利権を「特区」という形で、国際連盟の利権としたのです。第一次大戦の延長として、派兵したことで、ロシア帝国の崩壊とロマノフ家亡命を立案し、樺太へ亡命させたものの、フランスに利権を奪われる結果としました。
国際連盟の理事国で、旧ロシア帝国利権を分けることで、利権調整の「場」として国際連盟を機能させます。
国際法という考え方は、欧州の考え方であり、アメリカは国際法の枠組みに入りません。日本は、国際法を活用して、関係の調整を図りますから、国際関係の構築は、初動が遅くなります。日本の外交政策としては、イギリスとの関係を重視しつつ、欧州の揉め事を日本が調整し、極東の揉め事については、国際連盟での議事として調整を始めたのである。
満洲だけでなく、東ユーラシアを歴史ifの対象としたのは、ソビエトの超大国化を阻止するためです。ロシア帝国の崩壊から、スターリン率いるソビエトが政権基盤を確立するのは、レーニンの死後3年1927年以降となり、10年近い歳月を必要とします。特に、ウクライナのロシア白軍との内戦時(1917-1921)の間は、外征する余裕は無く、ソビエトの体制を確立するので精一杯です。
この1917-1921に、旧ロシア帝国が保有していた利権の獲得を目指すのが、シベリア出兵の理由となります。日本の参戦理由は、「臥薪嘗胆」の日露戦争で積み残した、陸軍の借りを返すためです。満洲鉄道を遼陽から満洲里まで一気に北上して、極東ロシア軍から満洲を奪います。撤退した極東ロシア軍が、チタを中心とした支配体制を確立するのは、支援する方向で動きます。カザフスタンから追われる、ロシア白軍と合流し、イルクーツクからチタにかけての勢力圏を極東ロシア軍の支配地域として独立させます。政治母体の脆弱な極東ロシアに、レフ・トロッキーを中心にスターリン嫌いを集めて、極東ロシア共和国として設立します。
アメリカを大陸の泥沼に引き込むのが、山東省利権の売却です。資金不足で満洲の経営に四苦八苦している状態で、山東省の開発は困難であり、大陸の泥沼に嵌る結果となります。膠州湾を含めた、山東省の利権をアメリカに売却することで、日本は中原のゴタゴタから一歩引くことができます。国際法ではなく、自己の基準で動くアメリカが、他陸利権を手にしても、持て余して混乱を招く結果となります。アメリカ陸軍30万が極東に拘束され、ソビエトおよび中国共産党のゲリラ戦に巻き込まれていく結果となります。アメリカにとっては、山東省、河北省、熱河省の利権獲得戦争ということになります。ドイツの国際連盟加盟と、ドイツ軍再建準備のためもあって、ドイツ軍20万が派兵されて、アメリカと共同戦線を形成していきます。
勢力形成は、英日仏伊グループと米独ソグループとなります。これは、国際法で交渉可能な国家と、交渉が困難な国家です。
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お爺ぃが書くと、基本的には、TRPGワールドガイドのようになっていくなぁ。チェックが甘いので、改訂が必要と言うのは、なかなかに問題である。お爺ぃにとって、精進は、常に重ねるモノである。
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やはり大正昭和は、難しい
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ようやく、少し冷静に見れるようになった、明治、大正、昭和。
それでも、やはり、現代史に繋がる小説は、描き難いモノである。
歴史if改変劇は、平民宰相と呼ばれた、原敬が生きていたらの改変劇であります。
史実として、「我田引鉄」と呼ばれた、選挙民に鉄道を、こんな掛け声で、選挙区に鉄道を引くことで、地方への利益誘導をおこなったことで、平民宰相は、圧倒的な政権運営基盤を築き上げます。しかしながら、原敬という方は、それだけではなかったのだと言われています。
ただ、原敬が、最大の勢力を誇った時は、大正から昭和への転換期にあたり、非常に課題が残る時期であったのは間違いない。本人や周囲だけでなく、陛下御自身の病状が、政局そのものに影響したのである。
これは、昭和から平成へ変わる時にも、実際に生じたとも言われていて、平成から令和への生前退位へと繋がったと、お爺ぃは感じている。
最近、インターネットで資料が見れるようになったが、今一つ分かりにくいのが、世界恐慌の発生である。
昭和恐慌は、日本が外貨獲得を目指して、外国為替取引を推進したことに始まり、第一次世界大戦末期の金輸出禁止で恐慌に堕ちたというのは理解できた。しかしながら、1929年10月24日に始まる世界恐慌は、引き金としては、1931年9月のイギリス金輸出禁止(金本位停止)で、アメリカに流れ込んだ資金が金に換えられて、1932年にアメリカは金輸出禁止に踏み切ることとなった。結果は理解できるけど、連鎖の原因になったのは、イギリスの金輸出禁止である。結果として日本は、最悪の条件で金本位制に復帰して、恐慌に巻き込まれて、莫大な損害を被っている。謀ったように、日本の金本位制への復帰と、イギリスの金本位制停止は連動し、アメリカ経済を大混乱に陥れている。世界恐慌の結果で、儲けを出したというか、利益を確保し、挑戦してくる日米両大国を蹴落としたのが、超大国のイギリスであった。
日本としては、イギリス金本位停止に巻き込まれないために、借金証文を紙幣とする、無利子無期限の定額手形を発行したのである。関東大震災では、公務員俸給を担保として発行し、昭和恐慌では、政府預金を担保に発行し、世界恐慌では、国民の預貯金を担保に定額手形を発行したのである。
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歴史は、生者のモノであるが、可能性は、無限である。
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歴史ifモノで、お爺ぃが困るのは、今の日本を見て、戦前の日本を語るところにある。
技術状況というのは、非常に厄介なもので、日本の技術状況は、非常に高くはあったが、大量生産ができるような体制は、思った以上に無かったのである。海軍工廠や陸軍工廠で、きちんと品質管理ができた状態で、ようやく安定した製品を生産できる状態でしかなかった。
また、開発の技術エリートは、世界の最先端を走っているところもあったが、生産される工場という現場、戦場で整備する部隊、整備工の範囲では、かなり厳しい状況であったのも事実である。特に機械関連は、まだマシであったが、電気電子関連では、技術者の数も少なく、非常に厳しい状況であったのも間違いない。
日本の戦闘機は、「プロが開発し」「プロが製造し」「プロが飛ばし」「プロが整備する」という前提で、設計開発されている側面が大きかった。どこかが、素人に変われば、途端に戦力の低下が表面化するような状況でもあったのだ。
こういった状況を変革するため、鉄道の敷設や運用を中心とする部隊を工兵隊として、技能技術科学の底上げを図り、徹底した現場に即した教育運用を徹底させる。そのために、エリートである、高級官僚やエリート技術者には、陸海軍の工廠に籠って、先端兵器開発に勤しんでもらい、製造・整備を徹底した現場主義と、エリート排除で、技術的な底上げを図ったのである。
これは、軍についても同じで、エリートには、戦艦や空母に乗ってもらった。輸送艦や護衛艦に乗る人たちは、別途養成するという流れを作ったのも、工兵学校、工兵大学校の設立理由である。エリートと呼ばれる方々は、兵站を重視しないのではなく、「兵站は重視するが、自分で担当したくない」というのが理由である。最初っから、官僚ではなく、現場作業員を養成する場として、工兵学校や工兵大学校を設立したのである。
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命令を聞けない、組織は要らない。
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もうひとつの日本の問題は、史実の満洲における軍事行動にある。軍事行動に問題がある以上に、命令を聞かない軍隊であったことが、一番の問題である。外交交渉をおこなっても、信用されない。信用が無ければ、交渉は成立しない。誰もが、日本の為にと言いながら、バラバラに行動しては、統一政体と相手国に判断されない。
日本のシナ駐屯軍が、シナ派遣軍に代わり、関東都督府の守備隊が、関東軍へと変貌した。同一地域に指揮系統の異なる、二つの部隊が共存していることは、軍事行動の混乱を招く原因となる。まして、中央の統制が聞かない軍隊など、迷惑そのものである。
史実の関東軍を、日本国有満洲鉄道都市警備局への出向者として、工兵隊という形態にしたのは、満洲鉄道都市警備局に必要なのは、警察の機能であり、鉄道の敷設運用に関する技術であり、都市のインフラ整備を行う、地道な仕事をする部隊である。
満洲に必要なのは、地道な警察活動やインフラ整備、鉄道の整備管理を実行する部隊であり、戦って英雄になりたい人間や、キャリアを積み上げたい官僚を、満洲鉄道都市警備局は必要としない。
満洲からシベリアへの出兵では、戦闘をすべてシナ派遣軍が担当し、後方支援のために、鉄道を敷設運用するのが、満洲鉄道都市警備局の仕事とした。
「特区」を形成することで、史実の関東都督府を、遼東半島に押し込め、守備隊を都督府守備隊に止め、関東軍を編成しない。
昭和に発生する、戦場の混乱を抑えるためには、どうしても、日露戦争で、満洲をとってもらっては困る。日露戦争終了時点で、日本に満洲を支配する能力も人員も存在しない。無理をすることで、ひたすらに混乱する戦場で、右往左往して混乱する軍隊を生み出しただけである。
日本が満洲利権を獲得するのは、ロシア帝国の崩壊に付け込むようにして、シナ派遣軍が、アメリカ軍、イギリス軍と共同して、満洲を制圧、東ユーラシアにおけるロシア帝国利権を、連合国で奪うことを目的とする。共産主義国家のソビエトに、旧ロシア帝国の利権を渡さないという意味合いもある。
ヴェルサイユ体制を構築するにあたって、国際連盟を設置して、旧ロシア帝国の利権問題を調整する会議を開催できるとした。これによって、アメリカが国際連盟に加盟しない場合、旧ロシア帝国利権である、沿海州利権を失うこととした。アメリカは、国際法では動かない、自国を基準として定義する国家である。「特区」という餌を用意し、アメリカの基準を適用し、東ユーラシア大陸を、「新たなるフロンティア」という位置づけにして、アメリカを国際連盟に引き入れる。
戦勝国でフランス、イタリアを組み入れることで、調整や仲裁を含めた対応を考える。
共産主義革命へ対抗するためにも、国際連盟は、反共産主義を規定して、旧ロシア帝国利権を、ロシア内戦への干渉を行うことで、奪取をはかる。フランス、イタリアが、カスピ海沿岸のロシア白軍を支援して、利権確保に動いた。日本は、満洲の鉄道利権確保に動いた。イギリスは、ウラジオストク、ニコラエフスクの港湾利権からハバロフスクまでの河川航行利権を確保に動いた。アメリカが沿海州ウラジオストクからハバロフスクのシベリア鉄道利権を確保した。
第一次世界大戦後、連合国にとって最大の敵は、共産主義革命を行うような連中である。既存の国家体制を破壊するテロリスト集団となる。日本が、シベリア出兵の目的を明確にできなかったため、現地の士気が向上しなかった。シベリア出兵の目的を明確化するため、満洲利権をロシアが獲得し、日本は「臥薪嘗胆」として、遼東半島の開発に挑むこととなる。遼東半島の鉄道を広軌5フィートに準拠することは、来るべきロシア帝国との再戦にあたって、侵攻支援を実施するための対応となっていた。
大連工廠、大連工兵学校、大連工兵大学校は、ここに生まれたのである。内地へと波及し、全国的に展開されていくのも、日本の生産体制強化と、整備支援体制の充足を目的とした施策である。正面戦力と支援戦力を分けることで、統帥権問題を正面戦力に限定させ、支援戦力については陸海軍を統合した、兵站部門として、独立させることにあった。日本の場合は、親書奉書から荷物までを扱う、郵便業務を海外に拡大することで、平時の物流業務を担当しながら、物流ルートの治安維持を確立するための警備隊を編成したのである。
工兵学校や工兵大学校による技術教育を推進することで、後方支援体制の確保と機械化を推進したのである。
工兵隊は、非常に多くの特殊な車両や、特殊な船舶を必要とする。統制型という規格を統一することで、技術者の短期育成、設計開発の簡略化を図ったのである。
正面戦力を開発する、陸軍工廠、海軍工廠があり、支援戦力を開発する工兵大学校がある。工作車両や建設重機は、工兵大学校での開発として、種類と数の確保を推進していく。水上機の開発を支援戦力としたことで、局地制空戦闘と航空輸送体制の確保を担う。
日本は、満洲鉄道都市警備局に代表されるように、点と線の維持管理を基本として、面の維持管理を他者に委託するという方法を取っていた。権益として確保するのは、物流網であり、物流網の安定維持が、護衛総体の業務となった。
正面戦力の開発は、カタログスペックで支援戦力を凌ぐことが、プライドとなっていく。海軍工廠、陸軍工廠は、かなり無理な要求で、担当する技術者に圧力をかけることになる。結果として、第四艦隊や友鶴事件は、正面戦力に対する、過酷な要求から生じた事故ということになる。
事故の詳細は、様々な原因があったとされるが、背景としては、支援戦力の強化が、そのまま正面戦力の過剰要求になることは、間違いない話である。
歴史ifというものは、本来の歴史にそうそう変更が効くモノではない。
18世紀にイギリスという超大国、パックス・ブリタニカが生まれ、19世紀にロシア帝国が戦いを挑み敗れ、20世紀はイギリスが没落し、20世紀にアメリカという超大国が生まれる。
日本は、19世紀末の英VS露に巻き込まれ、国家存亡の危機に勝利し、大国への道を進んだ。第一次世界大戦に勝利し、結果として五大国イギリス、アメリカ、日本、フランス、イタリアの一角を占めた。第一次世界大戦でロシア帝国が崩壊したことで、イギリスという超大国への挑戦国家として、アメリカが位置づけられ、日本が次点となった。
第一次世界大戦後のアメリカと日本の関係として、日英同盟が堅持されると困るのは、アメリカであった。イギリスという超大国に挑戦し、覇権を握るのに一番邪魔なのは、日本なのである。第一次世界大戦で多額の支援を受け、参戦してもらったことで、イギリスはアメリカに配慮しなければならなかった。日英同盟破棄を求めるアメリカに対して、日本はイギリスとの新たな関係を確保する体制を必要としていました。
日本とイギリスの新たな関係が、国際連盟となります。国際連盟に一定の資金と維持機能を持たせるため、「特区」という設定を歴史ifに組み入れ、シベリア出兵に万単位で軍を派遣することで、旧ロシア帝国利権を「特区」という形で、国際連盟の利権としたのです。第一次大戦の延長として、派兵したことで、ロシア帝国の崩壊とロマノフ家亡命を立案し、樺太へ亡命させたものの、フランスに利権を奪われる結果としました。
国際連盟の理事国で、旧ロシア帝国利権を分けることで、利権調整の「場」として国際連盟を機能させます。
国際法という考え方は、欧州の考え方であり、アメリカは国際法の枠組みに入りません。日本は、国際法を活用して、関係の調整を図りますから、国際関係の構築は、初動が遅くなります。日本の外交政策としては、イギリスとの関係を重視しつつ、欧州の揉め事を日本が調整し、極東の揉め事については、国際連盟での議事として調整を始めたのである。
満洲だけでなく、東ユーラシアを歴史ifの対象としたのは、ソビエトの超大国化を阻止するためです。ロシア帝国の崩壊から、スターリン率いるソビエトが政権基盤を確立するのは、レーニンの死後3年1927年以降となり、10年近い歳月を必要とします。特に、ウクライナのロシア白軍との内戦時(1917-1921)の間は、外征する余裕は無く、ソビエトの体制を確立するので精一杯です。
この1917-1921に、旧ロシア帝国が保有していた利権の獲得を目指すのが、シベリア出兵の理由となります。日本の参戦理由は、「臥薪嘗胆」の日露戦争で積み残した、陸軍の借りを返すためです。満洲鉄道を遼陽から満洲里まで一気に北上して、極東ロシア軍から満洲を奪います。撤退した極東ロシア軍が、チタを中心とした支配体制を確立するのは、支援する方向で動きます。カザフスタンから追われる、ロシア白軍と合流し、イルクーツクからチタにかけての勢力圏を極東ロシア軍の支配地域として独立させます。政治母体の脆弱な極東ロシアに、レフ・トロッキーを中心にスターリン嫌いを集めて、極東ロシア共和国として設立します。
アメリカを大陸の泥沼に引き込むのが、山東省利権の売却です。資金不足で満洲の経営に四苦八苦している状態で、山東省の開発は困難であり、大陸の泥沼に嵌る結果となります。膠州湾を含めた、山東省の利権をアメリカに売却することで、日本は中原のゴタゴタから一歩引くことができます。国際法ではなく、自己の基準で動くアメリカが、他陸利権を手にしても、持て余して混乱を招く結果となります。アメリカ陸軍30万が極東に拘束され、ソビエトおよび中国共産党のゲリラ戦に巻き込まれていく結果となります。アメリカにとっては、山東省、河北省、熱河省の利権獲得戦争ということになります。ドイツの国際連盟加盟と、ドイツ軍再建準備のためもあって、ドイツ軍20万が派兵されて、アメリカと共同戦線を形成していきます。
勢力形成は、英日仏伊グループと米独ソグループとなります。これは、国際法で交渉可能な国家と、交渉が困難な国家です。
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古典×エロ小説という無謀な試み。
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実は江戸時代に書かれた書物を読んでいると、面白いとは思いながら一般向けの方ではちょっと書けないような18禁ネタや、エロくはないけれど色々と妄想が膨らむ話などに出会うことがあります。
そんな面白い江戸時代のストーリーをエロ小説風に翻案してみました。
今回は、貞享四(1687)年開板の著者不詳の怪談本「奇異雑談集」(きいぞうだんしゅう)の中に収録されている、
「糺の森の里、胡瓜堂由来の事」
・・・というお話。
この貞享四年という年は、あの教科書でも有名な五代将軍・徳川綱吉の「生類憐みの令」が発布された年でもあります。
令和の時代を生きている我々も「怪談」や「妖怪」は大好きですが、江戸時代には空前の「怪談ブーム」が起こりました。
この「奇異雑談集」は、それまで伝承的に伝えられていた怪談話を集めて編纂した内容で、仏教的価値観がベースの因果応報を説くお説教的な話から、まさに「怪談」というような怪奇的な話までその内容はバラエティに富んでいます。
その中でも、この「糺の森の里、胡瓜堂由来の事」というお話はストーリー的には、色欲に囚われた女性が大蛇となる、というシンプルなものですが、個人的には「未亡人が僧侶を誘惑する」という部分にそそられるものがあります・・・・あくまで個人的にはですが(原話はちっともエロくないです)
激しく余談になりますが、私のペンネームの「糺ノ杜 胡瓜堂」も、このお話から拝借しています。
三話構成の短編です。
アブナイお殿様-月野家江戸屋敷騒動顛末-(R15版)
三矢由巳
歴史・時代
時は江戸、老中水野忠邦が失脚した頃のこと。
佳穂(かほ)は江戸の望月藩月野家上屋敷の奥方様に仕える中臈。
幼い頃に会った千代という少女に憧れ、奥での一生奉公を望んでいた。
ところが、若殿様が急死し事態は一変、分家から養子に入った慶温(よしはる)こと又四郎に侍ることに。
又四郎はずっと前にも会ったことがあると言うが、佳穂には心当たりがない。
海外の事情や英吉利語を教える又四郎に翻弄されるも、惹かれていく佳穂。
一方、二人の周辺では次々に不可解な事件が起きる。
事件の真相を追うのは又四郎や屋敷の人々、そしてスタンダードプードルのシロ。
果たして、佳穂は又四郎と結ばれるのか。
シロの鼻が真実を追い詰める!
別サイトで発表した作品のR15版です。
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