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お爺の一考
私は、義経が嫌いです
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どうも、義経嫌いの琉球お爺ぃであります。
とくに悪いことして、嫌いだぁというわけではありませんが、まぁ、なんとなく義経という武将が嫌いです。
彼の国が、兵法書に武経七書があります。武経七書を和の国へ伝えたのが、鞍馬の鬼一法眼と呼ばれています。また、鬼一法眼は、京八流の祖とも言われ、八人の鞍馬僧侶に闘法を伝えたと言われます。これが、後の京八流を産んだと伝えられております。
まぁ、武芸については、戦闘技法であるので、魂の在り様はともかくとして、目的が手段を正当化することに対して、一切の制約を受けないことは正しい。
されど、彼の国が兵書は、戦における制約を待たせていない。
こういった、彼の国に馴染まない、和の国における戦の在り様に合わせて書かれた兵書が、「闘戦経」となります。
まぁ、確かに戦争は冷酷無残なものであり、人が人を殺すという異常事態を、普通の常態として認識するという、極限の論理の中で戦うことが肝要ではあります。戦の本質は、ドライであり、殺伐としてはいるものなのです。されど、殺伐とした論理の果てに、倫理を求め、国際法を築き、人が人を殺すという異常事態に対して、どこかで一線を引くという概念を重視することが必要だと思います。
源平合戦を調べていくと、戦の節々で、源平双方が、戦の終結を模索していたことが浮かび上がってきます。源平双方とも、戦勝の果てに相手の滅亡があり、滅亡させてしまえば、同じように自分も滅亡の道に突き落とされる不安に苛まされるようになります。負けることが怖い、生き残った子らに、今度は自分が狙われる。
そんな恐怖が、彼の国の兵書と共に、義経の精神を侵食したように思います。平家に敗れた、源氏の子供である自分が生き残り、平家と戦う力を追い求めた先にあったのが、平家の殲滅であったのでしょう。源氏の子である自分ができたことは、平氏の子にもできるかもしれない。
こんな極限の思いは、結果的に伝染していきます。
頼朝が、天下を征覇しながらも、義経を追討し、範頼を断罪し、最終的に自分の死後、血族は滅ぶ結果となる。また、頼朝死後、御家人同士の内紛が高じて、味方であった者同士が互いに疑心暗鬼となり、暗闘や陰謀を繰り返して、結果として北条得宗家独裁を招く。最終的には、元寇という究極のドライな外患によって滅びる。
こういった世界もまたなんとかしたいと思う者なのであります。
ドライでなければならないと考え、極論に傾いてしまうことは、同じく極論を呼び出して、すべてに対して神々の黄昏が如くに滅びの道へと進めてしまいます。
そんな人類史へのアンチテーゼがあっても良いかと思って、ドライな時代でなく、ウェットな時代を追い求めようと人が足掻き苦しむ宵闇世界を描いております。
「平家日章は沈まず」は、史実で徐々に浸透する殲滅戦の流れに抗い、源平の交わる明日を夢見て描いてみました。
結果的に、自己の精神的な弱さから、ドライな倫理観を持ち込み滅びた義経には、悪役を担っていただきました。されど、結果的に義経は滅びたりモンゴルに行ったりすることなく、奥州藤原秀衡と兄頼朝による助命嘆願と密約によって、虜囚となって、上州高崎にて隠居させられることとなります。ちなみに範頼は、源氏一門衆筆頭として、生き残ります。
敵を追い込まず、滅ぼさず、多くを求めず、損切りに妥協する世界、諸子百家は乱立し滅びず。そんな世界を描きたいですねぇ。
とくに悪いことして、嫌いだぁというわけではありませんが、まぁ、なんとなく義経という武将が嫌いです。
彼の国が、兵法書に武経七書があります。武経七書を和の国へ伝えたのが、鞍馬の鬼一法眼と呼ばれています。また、鬼一法眼は、京八流の祖とも言われ、八人の鞍馬僧侶に闘法を伝えたと言われます。これが、後の京八流を産んだと伝えられております。
まぁ、武芸については、戦闘技法であるので、魂の在り様はともかくとして、目的が手段を正当化することに対して、一切の制約を受けないことは正しい。
されど、彼の国が兵書は、戦における制約を待たせていない。
こういった、彼の国に馴染まない、和の国における戦の在り様に合わせて書かれた兵書が、「闘戦経」となります。
まぁ、確かに戦争は冷酷無残なものであり、人が人を殺すという異常事態を、普通の常態として認識するという、極限の論理の中で戦うことが肝要ではあります。戦の本質は、ドライであり、殺伐としてはいるものなのです。されど、殺伐とした論理の果てに、倫理を求め、国際法を築き、人が人を殺すという異常事態に対して、どこかで一線を引くという概念を重視することが必要だと思います。
源平合戦を調べていくと、戦の節々で、源平双方が、戦の終結を模索していたことが浮かび上がってきます。源平双方とも、戦勝の果てに相手の滅亡があり、滅亡させてしまえば、同じように自分も滅亡の道に突き落とされる不安に苛まされるようになります。負けることが怖い、生き残った子らに、今度は自分が狙われる。
そんな恐怖が、彼の国の兵書と共に、義経の精神を侵食したように思います。平家に敗れた、源氏の子供である自分が生き残り、平家と戦う力を追い求めた先にあったのが、平家の殲滅であったのでしょう。源氏の子である自分ができたことは、平氏の子にもできるかもしれない。
こんな極限の思いは、結果的に伝染していきます。
頼朝が、天下を征覇しながらも、義経を追討し、範頼を断罪し、最終的に自分の死後、血族は滅ぶ結果となる。また、頼朝死後、御家人同士の内紛が高じて、味方であった者同士が互いに疑心暗鬼となり、暗闘や陰謀を繰り返して、結果として北条得宗家独裁を招く。最終的には、元寇という究極のドライな外患によって滅びる。
こういった世界もまたなんとかしたいと思う者なのであります。
ドライでなければならないと考え、極論に傾いてしまうことは、同じく極論を呼び出して、すべてに対して神々の黄昏が如くに滅びの道へと進めてしまいます。
そんな人類史へのアンチテーゼがあっても良いかと思って、ドライな時代でなく、ウェットな時代を追い求めようと人が足掻き苦しむ宵闇世界を描いております。
「平家日章は沈まず」は、史実で徐々に浸透する殲滅戦の流れに抗い、源平の交わる明日を夢見て描いてみました。
結果的に、自己の精神的な弱さから、ドライな倫理観を持ち込み滅びた義経には、悪役を担っていただきました。されど、結果的に義経は滅びたりモンゴルに行ったりすることなく、奥州藤原秀衡と兄頼朝による助命嘆願と密約によって、虜囚となって、上州高崎にて隠居させられることとなります。ちなみに範頼は、源氏一門衆筆頭として、生き残ります。
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