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お爺の一考
擬似科学は、科学か?
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「信じられないものは、あるか?」
という問いに対しては、
「あるかも知れないねぇ」
と応える人間である。
そういった意味では、擬似科学というのは、科学なのかも知れない。
ただ、科学と呼ぶには、証明が不十分すぎるものが多く、とてもではないが、科学とは呼べないものがほとんどであるというのが問題なのだ。
ケネス・フィーダー著福岡洋一訳の「幻想の古代史」で、擬似科学について記載されている。
アメリカでの2005年6月の調査で、超感覚的知覚を信じている人が41%居たそうである。
未検証であるが、存在の否定そのものができているわけではない。これは、高等教育を受けているかどうかに影響されるわけではないということに、著者は驚愕したそうである。個人的には、高等教育を受けた者の方が、より信じやすいような気がしている。それは、高等教育を受けた人間の方が、「未検証であり否定できない」という事実により強く認識を持つからではないだろうか。
つまりは、より高等教育を受けた人の方が、判らないという解答をするということだ。
著者は、「未検証であり否定できない」という事は、間違って居ないという話をしている。
検証不十分である以上に、未検証であることをいいことに、あまりにも簡単に嘘を吐いている事象に対して、警鐘を鳴らしているのである。
確かに、幽霊というのは、「未検証であり否定できない」だからと言って「検証でき、肯定できる」ということについては、疑惑を持たなければならない。
著者は、考古学者なので、考古学者として、疑似科学における古代の扱い方を問題としている。
逆に、アメリカにおけるマウントビルダーのように、アメリカという文明世界の人々が裏庭に、遺跡があっても、それをまるで知らぬかのように扱うこともまた、問題なのだ。
コロンブス以前という呼び方をするが、アメリカ大陸は、様々な風俗習慣と文化に満ち溢れた世界であったと言える。
コロンブスを含めたコンキスタドールの欧州人は、その地に住んで居た者達が持って居た風俗習慣や文化を悉く殲滅してしまったのである。これが罪悪でなくてなんなのだ。
琉球お爺ぃとしては、これが一番の罪悪だと考えている。
生贄台というのがあり、残酷であり、それは罪悪だと、言うのは簡単である。それは、風俗習慣の異なる世界の人間が、簡単に判断していい事ではない。生贄を捧げるから、焼き物にして納めるに変わったように、生贄という儀式を止めるかどうかは、彼らが判断すべき事である。
という問いに対しては、
「あるかも知れないねぇ」
と応える人間である。
そういった意味では、擬似科学というのは、科学なのかも知れない。
ただ、科学と呼ぶには、証明が不十分すぎるものが多く、とてもではないが、科学とは呼べないものがほとんどであるというのが問題なのだ。
ケネス・フィーダー著福岡洋一訳の「幻想の古代史」で、擬似科学について記載されている。
アメリカでの2005年6月の調査で、超感覚的知覚を信じている人が41%居たそうである。
未検証であるが、存在の否定そのものができているわけではない。これは、高等教育を受けているかどうかに影響されるわけではないということに、著者は驚愕したそうである。個人的には、高等教育を受けた者の方が、より信じやすいような気がしている。それは、高等教育を受けた人間の方が、「未検証であり否定できない」という事実により強く認識を持つからではないだろうか。
つまりは、より高等教育を受けた人の方が、判らないという解答をするということだ。
著者は、「未検証であり否定できない」という事は、間違って居ないという話をしている。
検証不十分である以上に、未検証であることをいいことに、あまりにも簡単に嘘を吐いている事象に対して、警鐘を鳴らしているのである。
確かに、幽霊というのは、「未検証であり否定できない」だからと言って「検証でき、肯定できる」ということについては、疑惑を持たなければならない。
著者は、考古学者なので、考古学者として、疑似科学における古代の扱い方を問題としている。
逆に、アメリカにおけるマウントビルダーのように、アメリカという文明世界の人々が裏庭に、遺跡があっても、それをまるで知らぬかのように扱うこともまた、問題なのだ。
コロンブス以前という呼び方をするが、アメリカ大陸は、様々な風俗習慣と文化に満ち溢れた世界であったと言える。
コロンブスを含めたコンキスタドールの欧州人は、その地に住んで居た者達が持って居た風俗習慣や文化を悉く殲滅してしまったのである。これが罪悪でなくてなんなのだ。
琉球お爺ぃとしては、これが一番の罪悪だと考えている。
生贄台というのがあり、残酷であり、それは罪悪だと、言うのは簡単である。それは、風俗習慣の異なる世界の人間が、簡単に判断していい事ではない。生贄を捧げるから、焼き物にして納めるに変わったように、生贄という儀式を止めるかどうかは、彼らが判断すべき事である。
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