上 下
33 / 44

神官ミリアは神の言うことしか聞きません 11

しおりを挟む
「ど、どうしてあの子を殺さなくてはならないのですか!? あの子は忠実なる神のしもべですわ! 殺す理由など……」

 聖人シルヴァに子供を殺せと命令されて、ミリアは取り乱していた。

 自分が辛い時、常にそばにいてくれた『子羊さん』。

 あの子を殺すだなんて――想像しただけで体が震えた。

「なぜ、なぜ……あの子を殺す必要があるのです!?」

 そう聞くと、空に浮遊するシルヴァは答えた。
『たしかに今は生かしておいても害はない。しかしやつは10年後、女神クィーラが遣わした転生者ユータロウの敵となる。女神クィーラにはその運命が見えている』

「子羊さんが、ユータロウ様の敵に……? ユータロウ様の……」

 ユータロウ――女神クィーラによって地球から連れてこられた転生者。

 女神から直に力を授けられた最強のエレメンタルマスター。
 
 勇猛にして高潔――ユータロウに最初に会った時、ミリアの胸は生まれて始めてときめいた。
 この人のためなら、全てを捧げてもいいとさえ思った。

 だが、だからといってユータロウのために幼い子供を殺せるかというと――。

「子供を殺すなど……第一信じられません! あの子にユータロウ様を憎む理由など……」

『ミリアよ、そなたは気づいておらぬだろうが、あの子供はトロルとヒューマンの混じり子である。父親はこの島のトロルの王だ。あの子はトロルの王子なのだ!』

「トロル……の?」

『そうだ。そして島のトロルの王は先月、ユータロウに討たれた。――私がなにを言いたいかわかるな?』

「…………」

 『子羊さん』はトロルの王子。
 
 そしてトロルの王はユータロウに殺された。

 つまり、トロルの王子にとって、ユータロウとは父のかたきに他ならない。

 ユータロウを憎む理由は十分以上にある。

 もしかして、そもそもあの子がこの教会を訪れたのは、父のかたきのユータロウに近づくためだったのかもしれない。

『ミリアよ、これはそなたに架された試練である。心通わせた子供を殺すことで、そなたの神への忠義が本物であることを示すのだ!』

**

 目を覚ますとミリアはベッドの上にいた。

「全部、夢であってくれたらいいのに……」

 しかしあれは夢ではない。
 肌には空で感じた風の感覚が色濃く残っている。

 クィーラ教の聖人シルヴァは、たしかに昨夜ミリアの元を訪れた。

 ミリアは『子羊さん』を殺さなくてはいけないのだ。

「…………どうしたら」

 もう朝の祈りを始めなくてはならない時間だが、ミリアは動けなかった。

 ベッドの上で膝をかかえ、胎児のように体を丸める。

 すると――。

「お姉さん、大丈夫? どこか痛いの? お医者さん呼んでこようか?」

「……えっ」

 声に顔をあげると、『子羊さん』がそこにいた。

 教会に出てこないミリアを心配し、寝室にやってきたのだろう。

 ミリアを気遣うように見つめるその様子が愛おしく、ミリアはベッドを下りて『子羊さん』を抱きしめた。

「あらあら、大丈夫よ子羊さん。ちょっとお寝坊をしてしまったの」

「へえ、お姉さんでも寝坊することとかあるんだ」

「もちろんあるわ。私なんてまだまだ未熟者なのだから」

 ぎゅうぅっと、ミリアは腕に力を込めて『子羊さん』を抱きしめる。

 戦によって両親を奪われてしまった、トロルの王子。
 聡く、賢明で、なにより優しい天使のような男の子。

「……あ、こら……」
『子羊さん』が鼻先で胸を突いてくるものだから、ミリアは呆れたような声を出してしまった。

 きっとこの子は母性を求めているのだろう、とミリアは解釈していた。

「あらあら子羊さんたら仕方のない子……いいわよ、今日は私をママだと思ってくれてかまわないから。あなたは赤ちゃん、私はママ。――そうだ、よかったら吸わせてあげる!」

 ミリアは自身の寝巻をたくし上げ、下着のつけてない乳を露出した。

「さすがにミルクは出ないのだけれど、さあ、ちゅーちゅーって」

 この子を殺せるかはわからない。
 だけどとにかく今は、このかわいそうな男の子に、ミリアは優しくしてあげたかった。

**

 その日も次の日も、ミリアは『子羊さん』を殺せなかった。

『子羊さん』が背中を見せている時、ミリアは何度かその首に手を伸ばそうとした。
 背にナイフを突き立てようとした。

 でもだめだった。

 自分が一番辛い時、一緒にいてくれた男の子。
 寂しかった教会は、この子のおかげで人が溢れるようになったのだ。

 殺せるわけがなかった。

 ミリアは両手で顔を覆い、浅く何度も息をはく。

「お姉さん、苦しいの……?」

 不安そうにミリアの顔をのぞきこんでくる『子羊さん』

「いいえ……なんともないわ。わたしなら大丈夫よ。心配してくれてありがとう、子羊さん」

「嘘だよ! お姉さん最近ずっと辛そうだもん」
 
 『子羊さん』はミリアの嘘に騙されてはくれないかった。

「そんなこと……私なら本当に大丈夫――」

「僕のせい?」

「え……?」
 どくん、とミリアの心臓が跳ねた。

「僕がいるから、お姉さんは苦しんでるの?」
 
「そ、そんなわけないじゃない……! そんなはず! 私はあなたがいてくれて幸せよ、そうに決まっているじゃない!」

 必死に否定したが、『子羊さん』は何か感づいているようだった。

 勘のいい子なのだ。

「お姉さん、僕ね……お姉さんのためならどうなってもいいよ。僕に優しくしてくれたお姉さんを苦しめたくないし……。――あのね、今まで黙ってただけど、僕トロルの血が入ってるんだ……だから殺されても文句は――」

「あなたが殺されていいわけがないでしょう!?」
 ミリアは『子羊さん』の言葉を遮る。
「デミ・ヒューマンの血が入っているからなんだというの……そんなのはささいなことよ。そのお口を閉じなさいな、二度と自分を貶めないで……!」

「でも……クィーラ教って、トロルとは仲良くしちゃいけないんだよね……? たしか不浄だからって」

「知らないわ、そんなの!!」
 金切り声でミリアは叫ぶ。

 以前のミリアなら、教義を破るなど考えられなかった。

 トロルと知った瞬間に追い返していただろう。 

 だけど今は違う。

 人と心通わす喜びを知ったミリアは、神の教えに盲従することはできなくなってしまった。

 純粋ではなくなってしまったのだ。

「子羊さん……」

 殺せない、絶対に無理だ。

 たとえ愛する女神の命令といえども、

**

 ある夜、ミリアの元に三度みたび聖人シルヴァは降臨した。

『なぜトロルの王子を殺さぬ! そなたは女神クィーラの命に逆らうのか!』

「私にはできません。あの子を殺してしまうなど……」

『なんたる堕落……そなたには失望したぞ。よい、ではそなたが殺さないというのなら、ユータロウ本人に直接殺させるとしよう』

「そ、そんな……! ユータロウ様に子を殺させるなど……! ユータロウ様はそんなことはなさいませんわ! あの方は、そんなこと!」

 あの無辜むこなる転生者ユータロウが子供を殺すなどあるはずない。
 
 いくら女神の命令とはいえ、絶対に、自分と同じように拒否するはず――。


 そこで、ミリアの意識は途切れた。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス

R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。 そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。 最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。 そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。 ※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※

男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件

美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…? 最新章の第五章も夕方18時に更新予定です! ☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。 ※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます! ※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。 ※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!

魔神として転生した~身にかかる火の粉は容赦なく叩き潰す~

あめり
ファンタジー
ある日、相沢智司(アイザワサトシ)は自らに秘められていた力を開放し、魔神として異世界へ転生を果たすことになった。強大な力で大抵の願望は成就させることが可能だ。 彼が望んだものは……順風満帆な学園生活を送りたいというもの。15歳であり、これから高校に入る予定であった彼にとっては至極自然な願望だった。平凡過ぎるが。 だが、彼の考えとは裏腹に異世界の各組織は魔神討伐としての牙を剥き出しにしていた。身にかかる火の粉は、自分自身で払わなければならない。智司の望む、楽しい学園生活を脅かす存在はどんな者であろうと容赦はしない! 強大過ぎる力の使い方をある意味で間違えている転生魔神、相沢智司。その能力に魅了された女性陣や仲間たちとの交流を大切にし、また、住処を襲う輩は排除しつつ、人間世界へ繰り出します! ※番外編の「地球帰還の魔神~地球へと帰った智司くんはそこでも自由に楽しみます~」というのも書いています。よろしければそちらもお楽しみください。本編60話くらいまでのネタバレがあるかも。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】

ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった 【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。 累計400万ポイント突破しました。 応援ありがとうございます。】 ツイッター始めました→ゼクト  @VEUu26CiB0OpjtL

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

処理中です...