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5章 竜が見る夢
103話 旅をしたかった
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ロキに武器だけに頼らない攻撃、蹴り技や懐に入れば肘を入れるなどの攻撃を繰り出す。
しかし、どの攻撃もクリーンヒットどころかまともに入る事もなく、綺麗にガードされる。
くそうっ! 駄目だ!
今のロキをルナや美紅に近づけば、確実に殺りにいくイメージしか沸かない……
俺が止めないと!!
どれだけ不意を打つような攻撃を入れようともロキに完全に見切られる、いや、見てからでも充分、対応されて俺は悔しさから唇を噛み締める。
俺が必死にコンマ1秒だけでも早くなれ、と願いながら振り続ける俺の剣戟を軽々と受け止めるロキの口には楽しげに口の端を上げて笑う。
「いいぞ、いいぞ、若干、刃合わせはブレてるが、体に染みついた動きはちゃんと出来てるじゃねぇーか……だがよ、まだいけるだろ? Bランクパーティとやった時のてめぇはそんなもんじゃなかったぜぇ?」
うらぁ! と俺が振り下ろしたカラスを軽々と受け止めた剣を振り抜いて軽いモノを吹き飛ばすように俺は飛ばされる。
地面を滑るようになんとか耐えた俺だが、足を止めたせいか一気に疲れがきて片膝を着いてしまう。
そんな俺の様子を見てヤレヤレと言いたげに長剣で肩を叩くロキは俺を嘲笑うようにして気絶する美紅の方を見るとゆっくりと歩き始める。
「トオルちゃんはご休憩かよ? なら、待ち時間で手始めに美紅でも血祭にするかな?」
「ま、待て! 俺はまだやれる!!」
カラスを杖にして震える足を叱咤して立ち上がろうとする俺の視界でルナが精神集中する姿があった。
ロキもそれに気付いて目を向けたと同時にルナはエアーブレットを放つ。
「いい加減にするの! ロキ、どうしてそんな酷い事をするの!」
「はぁ、ロキと呼ぶんじゃねぇ、轟さんって言ったろうが? まあ、そういう天然なところがあるお前さんは嫌いじゃねぇーがな」
放たれたエアーブレットを見つめて、一瞬、目を細めたロキは魔法を切り裂くように剣を振り抜く。
真っ二つにされた事にたいしてルナは眉を寄せる程度しか変化を見せなかった様子からそうなる予想は着いていたようだ。
だが、ルナの予想を超えたのはその後であった。
「きゃあぁぁ!!」
「ルナァ!!」
エアーブレットが切られて間もなく悲鳴を上げながら壁に叩きつけられるルナは3回の衝撃を受け、押し込まれるように壁を陥没させれ、気を失う。
何が起こった!?
一度しか振ったように見えなかったロキの剣戟で3回の衝撃だと!?
驚く俺の顔を見て理解が出来てない事に気付いたロキは、ニヤリと口の端を上げて言ってくる。
「言ったろうがぁ? 『重ね』は応用が利くってよぉ、トオル?」
「――ッ!」
確かに言っていた。
ロキにそう言われて、俺は『マッチョの集い亭』で紙を触れずに動かす練習をしていた事を思い出し、歯を食い縛る。
くそっ! そういう意味だったのか!!
ロキに課されてた訓練の意味も理解せずに大きな勘違いをして放置したままにしていた事を目の前でやってのけられ、ひたすらに悔しい。
立った状態から動きを見せない俺に呆れて再び、美紅に近寄るロキに慌てて飛びかかる。
しかし、突進力が落ちているのが俺自身でもはっきり分かるほど遅く、溜息を吐いたロキに拳で地面に叩きつけられる。
「勘違いしてねぇーか? これは訓練じゃねぇ、殺すか殺されるかの戦いだ」
倒れる俺に長剣で突き刺すように振り下ろすロキの動きを見て、目を見開くが体は咄嗟に動いてかわす動きでロキに足払いを入れる。
少し驚いたような表情を浮かべたロキが飛び上がって避けながら笑みを浮かべる。
「それでいい。ただ逃げるだけじゃぁ、戦いには勝てねぇからな」
「これだけだと思ったかよ!!」
飛び上がったロキに俺の背から生まれた炎の翼が襲いかかる。空中で自由に動けなかったロキを炎の翼で掴まえると熱さからか少し眉を寄せさせただけで余裕の笑みを崩すには至らない。
抵抗しようとする動きを見た俺は魔力を高めて炎の翼で抑えにかかる。
きつく拘束されたロキが舌打ちをするのを見て、荒い息を肩でしながらロキを見上げる。
「ろ、ロキ、今なら一緒にルナと美紅に謝ってやる。冗談だって言えよ!!」
「ちっ……まだ、そんな甘い事を考えてやがるのかよ。相変わらずの甘ちゃんだな、トオルよぉ?」
くだらない提案を聞かされた人のような目で見つめてくるロキを見て俺は悔しくて強く下唇を噛み締め過ぎて血を流す。
ロキ、頼むから性質の悪い冗談だったって言ってくれ!!
俺の思いが届け、とばかりに見つめるが見つめられたロキは嘆息して俺から目を逸らす。
「まったく……長く居過ぎたかねぇ……」
「ロキ! 俺に聞こえるように言いやがれ!!」
ボソボソと遠くを見るようにして何かを呟いたロキに言い募るが相手にしないロキは眉間に皺を寄せたと思ったら短く気を吐くと同時に炎の翼を力づくて吹き飛ばす。
こんなにあっさりと破壊されるとは思ってなかった俺が硬直した僅かの時間で詰め寄ると胴を真っ二つにするような剣戟を放たれ、慌ててカラスとアオツキを間に挟むのをかろうじて間に合わす。
「くっ!!」
「トオル、その甘さはお前だけじゃなく周りも巻き込むぜぇ?」
もう何度目か分からなくなっている俺は壁に叩きつけられながらロキに言われる。
本当にもう駄目なのか! 俺が甘すぎるのか!!
ロキは本当に俺を殺しに来てる……今の剣戟も防げたのも運が良かった……
「くっそたれ!!」
しゃがみ込みそうになった体を叱咤して俺は再び、飛び出してロキに斬りかかる。
乱撃するように斬りかかる俺の剣戟の速度が上がり始めるのを見てロキが楽しげに笑みを浮かべるのを見て、俺はどうしようもなくなる。
バカヤロウ、バカヤロウ、バカヤロウ、バカヤロウ、バカヤロウ、バカヤロウ、バカヤロウ……
この言葉だけで頭が一杯になる。
そんな中、俺の剣戟を完璧に受け止めたように見えたロキの頬に浅く切れ、薄らと血が滲む。
自分の頬の変化に気付いたロキが目だけで確認した後、空いてる手でソッと拭い、掌に付いている血を見つめて今までで一番の笑み、凶悪と言ってよい鬼気迫る笑みを浮かべる。
「くくっくっ……そうだ、それでいい。トオル、てめぇは可能性である事を俺に示し続けないといけねぇ! さあ、もっと俺に見せてくれぇ!!」
ロキの隠し続けていた、1度だけ美紅が目撃して気のせいと忘れるように努めた表情に俺は思わず怯んで後ろに逃げる。
「攻めてる時に無意味に逃げるのは下策の下策だろうがぁ!!」
激昂したロキの今日一番の剣戟を受け止めようとした俺だったが踏ん張る事も出来ずに吹き飛ばされる。
「がはぁ!」
ルナや美紅のように壁に陥没させられた俺はなんとか動こうとしたが壁から抜けるのが精一杯でその場でうつ伏せで倒れる。
「トオル、もうおネンネかよ? しゃーねぇーな、美紅と今度こそ遊ぶとするか……ん?」
止めろ、と叫ぼうと思った俺の視界に映るロキの眉を寄せて辺りを慌てて見る姿に思わず黙り込んでしまう。
辺りを確認し終えたロキが舌打ちをする。
「美紅がいねぇ……ルナもいねぇし、あのピンクのオッサンもいねぇじゃねぇか!?」
「えっ!?」
ロキの言葉を聞いた俺も半身を起こして辺りを見渡すが確かに3人の姿はなかった。
面白くなさそうにしたロキが俺に近づこうとしたが目を見開いたと同時に後ろに飛ぶ。
「3人なら我が魔法で外に出した」
「ちぃ! 死にかけで動けない擬態をしてる気か? と思ってたが、やっぱりてめぇかよ!」
離れた場所で座り込んで動きがなかったフレイが俺とロキの間に姿を現すとロキの鳩尾を振り抜いた拳で殴りたたら踏ませる。
不意打ちだったせいか、単純にフレイの力が強かったのか思わず片膝を付くロキから飛び離れて俺の下にフレイがやってくる。
「トール、大丈夫か?」
「ま、まだやれる!」
必死に立ち上がろうとするが立てない俺を見て、なにやら覚悟を決めた様子のフレイは俺が右手に持つ漆黒のカラスを右手ごと持ち上げる。
何を、と言う前にフレイは自分の血で染まる指先でカラスの刀身に見た事がない文字を高速で書き始める。
書いた端からフレイの筆跡を追うように光り始め、剣先まで書き切り、全部の文字が光るとカラスの漆黒に光が飲まれるように消える。
カラスを見つめる俺がフレイに視線を向ける。
「何をしたんだ?」
「ふっ、良い事だ。それよりトール、良く聞け。今のお前にはどうやってもあの魔神の加護を得た二代目勇者に勝つのは無理だ。今は逃げよ」
そう言うと俺に手を翳したフレイは甲高い音を喉を楽器のようにして奏で出す。
残る、と反論しようとしたがその音が凄過ぎて耳を押さえてしゃがんでしまう。
ロキも堪えたようで片耳押さえた状態でゆっくりとこちらにやってくる。
「まだトオルにゃ、用事があるんだ。逃がさねぇよ!」
不意にフレイの歌のような音楽のような叫びが収まると俺を覆う透明の球体がある事に気付く。
「なんだこれ?」
戸惑う俺を余所に宙に浮き始めた球体はここから出ていくようにルナ達が現れた出入口に飛んで行く。
「ちぃ、まだ用があるって言ってるだろうがぁ!」
「それはそちらの都合。こちらにはこちらの都合がある」
飛び出そうとしたロキに組み付く事で阻止するフレイ。
一瞬の拮抗を見たがあっさりとロキに軍配が上がったようで押され始める。
優勢に関わらず、訝しげに眉を寄せるロキがフレイに問う。
「てめぇ、本当に死にかけなのかよ? さっきまであった内側に隠してた膨大な力はどこにやった?」
「ふっ、全部、トールにくれてやったわ!」
フレイの言葉に目を点にしたロキだったが驚きから立ち直ると口の端を上げる。
「それは初代の思惑かよ?」
「さあな、我もカズヤの思惑は全部分かっておらん。これは我の意志だ」
フレイの言葉を聞いたロキは弾けるように高笑いを上げ始める。
「最高だぁ! 俺がぁ、描いてた絵より上にいってやがる!」
「ふん、お前を喜ばせるのが目的じゃないがな」
2人から発する不穏な空気を感じた俺は必死に自分を覆うようにある透明な球体を叩き割ろうと斬りつける。
「フレイ、何をしようとしてる! ロキ、止めてくれ、本当に止めてくれ!!」
内なる訴えに逆らわずにそのままの言葉を放つ。
そんな俺の言葉を聞いたフレイが穏やかな笑みを浮かべて振り返る。
「一緒に旅をしてみたかった。本当に我はトールと一緒に旅をしてみたかったのだ」
「な、何を言ってるんだ……過去形にするんじゃねぇ!!」
カラスやアオツキでなく、拳で叩き始める俺の頬に涙が流れる。
そんな俺に少し申し訳なさそうに目を伏せるフレイは小さく被り振ると再び俺を見つめる。
「トール。お前はカズヤの足跡を追うのだ。そして『エクレシアンの女王』を尋ねよ」
「俺が聞きたいのはそんな事じゃない。ここから無事にみんなで出る話だ! まるで、まるで……」
言葉に詰まる俺。
まるで、遺言みたいに言うなよ、フレイ……
少し泣きそうな表情で俺を見つめるフレイが最後の言葉を告げる。
「カズヤを恨まんでやってくれ……難しいだろうがな。あれでも我が初めて友と認めた男なのだ。頼む、トール」
「わ、分かったからフレイ、ロキを振り払って逃げろ!」
ロキとフレイの姿が出入口へと移動して見辛くなったのでうつ伏せになって視界を確保しながら叫ぶ。
俺の言葉に微笑み、嬉しそうに見つめ返す。
「ありがとう、トール。だが……」
「くっくく、トカゲ。いい仕事したから一発で楽にしてやらぁ」
フレイに掴まれていた手を振り払い、長剣を振り上げたロキは迷いも見せずフレイの首を狙って振り下ろす。
それを見た俺は何かを叫んだ気がするが何と言ったかは俺も分からない。
ただ、振り抜いたロキの長剣の血を払う動作と同時にフレイの頭が地面に転がるのが見えた。
「フレェェェイィィ!!!!!」
最後にそう言葉にしたと同時に俺の視界が真っ暗になり、記憶もそこで途切れた。
5章 了
しかし、どの攻撃もクリーンヒットどころかまともに入る事もなく、綺麗にガードされる。
くそうっ! 駄目だ!
今のロキをルナや美紅に近づけば、確実に殺りにいくイメージしか沸かない……
俺が止めないと!!
どれだけ不意を打つような攻撃を入れようともロキに完全に見切られる、いや、見てからでも充分、対応されて俺は悔しさから唇を噛み締める。
俺が必死にコンマ1秒だけでも早くなれ、と願いながら振り続ける俺の剣戟を軽々と受け止めるロキの口には楽しげに口の端を上げて笑う。
「いいぞ、いいぞ、若干、刃合わせはブレてるが、体に染みついた動きはちゃんと出来てるじゃねぇーか……だがよ、まだいけるだろ? Bランクパーティとやった時のてめぇはそんなもんじゃなかったぜぇ?」
うらぁ! と俺が振り下ろしたカラスを軽々と受け止めた剣を振り抜いて軽いモノを吹き飛ばすように俺は飛ばされる。
地面を滑るようになんとか耐えた俺だが、足を止めたせいか一気に疲れがきて片膝を着いてしまう。
そんな俺の様子を見てヤレヤレと言いたげに長剣で肩を叩くロキは俺を嘲笑うようにして気絶する美紅の方を見るとゆっくりと歩き始める。
「トオルちゃんはご休憩かよ? なら、待ち時間で手始めに美紅でも血祭にするかな?」
「ま、待て! 俺はまだやれる!!」
カラスを杖にして震える足を叱咤して立ち上がろうとする俺の視界でルナが精神集中する姿があった。
ロキもそれに気付いて目を向けたと同時にルナはエアーブレットを放つ。
「いい加減にするの! ロキ、どうしてそんな酷い事をするの!」
「はぁ、ロキと呼ぶんじゃねぇ、轟さんって言ったろうが? まあ、そういう天然なところがあるお前さんは嫌いじゃねぇーがな」
放たれたエアーブレットを見つめて、一瞬、目を細めたロキは魔法を切り裂くように剣を振り抜く。
真っ二つにされた事にたいしてルナは眉を寄せる程度しか変化を見せなかった様子からそうなる予想は着いていたようだ。
だが、ルナの予想を超えたのはその後であった。
「きゃあぁぁ!!」
「ルナァ!!」
エアーブレットが切られて間もなく悲鳴を上げながら壁に叩きつけられるルナは3回の衝撃を受け、押し込まれるように壁を陥没させれ、気を失う。
何が起こった!?
一度しか振ったように見えなかったロキの剣戟で3回の衝撃だと!?
驚く俺の顔を見て理解が出来てない事に気付いたロキは、ニヤリと口の端を上げて言ってくる。
「言ったろうがぁ? 『重ね』は応用が利くってよぉ、トオル?」
「――ッ!」
確かに言っていた。
ロキにそう言われて、俺は『マッチョの集い亭』で紙を触れずに動かす練習をしていた事を思い出し、歯を食い縛る。
くそっ! そういう意味だったのか!!
ロキに課されてた訓練の意味も理解せずに大きな勘違いをして放置したままにしていた事を目の前でやってのけられ、ひたすらに悔しい。
立った状態から動きを見せない俺に呆れて再び、美紅に近寄るロキに慌てて飛びかかる。
しかし、突進力が落ちているのが俺自身でもはっきり分かるほど遅く、溜息を吐いたロキに拳で地面に叩きつけられる。
「勘違いしてねぇーか? これは訓練じゃねぇ、殺すか殺されるかの戦いだ」
倒れる俺に長剣で突き刺すように振り下ろすロキの動きを見て、目を見開くが体は咄嗟に動いてかわす動きでロキに足払いを入れる。
少し驚いたような表情を浮かべたロキが飛び上がって避けながら笑みを浮かべる。
「それでいい。ただ逃げるだけじゃぁ、戦いには勝てねぇからな」
「これだけだと思ったかよ!!」
飛び上がったロキに俺の背から生まれた炎の翼が襲いかかる。空中で自由に動けなかったロキを炎の翼で掴まえると熱さからか少し眉を寄せさせただけで余裕の笑みを崩すには至らない。
抵抗しようとする動きを見た俺は魔力を高めて炎の翼で抑えにかかる。
きつく拘束されたロキが舌打ちをするのを見て、荒い息を肩でしながらロキを見上げる。
「ろ、ロキ、今なら一緒にルナと美紅に謝ってやる。冗談だって言えよ!!」
「ちっ……まだ、そんな甘い事を考えてやがるのかよ。相変わらずの甘ちゃんだな、トオルよぉ?」
くだらない提案を聞かされた人のような目で見つめてくるロキを見て俺は悔しくて強く下唇を噛み締め過ぎて血を流す。
ロキ、頼むから性質の悪い冗談だったって言ってくれ!!
俺の思いが届け、とばかりに見つめるが見つめられたロキは嘆息して俺から目を逸らす。
「まったく……長く居過ぎたかねぇ……」
「ロキ! 俺に聞こえるように言いやがれ!!」
ボソボソと遠くを見るようにして何かを呟いたロキに言い募るが相手にしないロキは眉間に皺を寄せたと思ったら短く気を吐くと同時に炎の翼を力づくて吹き飛ばす。
こんなにあっさりと破壊されるとは思ってなかった俺が硬直した僅かの時間で詰め寄ると胴を真っ二つにするような剣戟を放たれ、慌ててカラスとアオツキを間に挟むのをかろうじて間に合わす。
「くっ!!」
「トオル、その甘さはお前だけじゃなく周りも巻き込むぜぇ?」
もう何度目か分からなくなっている俺は壁に叩きつけられながらロキに言われる。
本当にもう駄目なのか! 俺が甘すぎるのか!!
ロキは本当に俺を殺しに来てる……今の剣戟も防げたのも運が良かった……
「くっそたれ!!」
しゃがみ込みそうになった体を叱咤して俺は再び、飛び出してロキに斬りかかる。
乱撃するように斬りかかる俺の剣戟の速度が上がり始めるのを見てロキが楽しげに笑みを浮かべるのを見て、俺はどうしようもなくなる。
バカヤロウ、バカヤロウ、バカヤロウ、バカヤロウ、バカヤロウ、バカヤロウ、バカヤロウ……
この言葉だけで頭が一杯になる。
そんな中、俺の剣戟を完璧に受け止めたように見えたロキの頬に浅く切れ、薄らと血が滲む。
自分の頬の変化に気付いたロキが目だけで確認した後、空いてる手でソッと拭い、掌に付いている血を見つめて今までで一番の笑み、凶悪と言ってよい鬼気迫る笑みを浮かべる。
「くくっくっ……そうだ、それでいい。トオル、てめぇは可能性である事を俺に示し続けないといけねぇ! さあ、もっと俺に見せてくれぇ!!」
ロキの隠し続けていた、1度だけ美紅が目撃して気のせいと忘れるように努めた表情に俺は思わず怯んで後ろに逃げる。
「攻めてる時に無意味に逃げるのは下策の下策だろうがぁ!!」
激昂したロキの今日一番の剣戟を受け止めようとした俺だったが踏ん張る事も出来ずに吹き飛ばされる。
「がはぁ!」
ルナや美紅のように壁に陥没させられた俺はなんとか動こうとしたが壁から抜けるのが精一杯でその場でうつ伏せで倒れる。
「トオル、もうおネンネかよ? しゃーねぇーな、美紅と今度こそ遊ぶとするか……ん?」
止めろ、と叫ぼうと思った俺の視界に映るロキの眉を寄せて辺りを慌てて見る姿に思わず黙り込んでしまう。
辺りを確認し終えたロキが舌打ちをする。
「美紅がいねぇ……ルナもいねぇし、あのピンクのオッサンもいねぇじゃねぇか!?」
「えっ!?」
ロキの言葉を聞いた俺も半身を起こして辺りを見渡すが確かに3人の姿はなかった。
面白くなさそうにしたロキが俺に近づこうとしたが目を見開いたと同時に後ろに飛ぶ。
「3人なら我が魔法で外に出した」
「ちぃ! 死にかけで動けない擬態をしてる気か? と思ってたが、やっぱりてめぇかよ!」
離れた場所で座り込んで動きがなかったフレイが俺とロキの間に姿を現すとロキの鳩尾を振り抜いた拳で殴りたたら踏ませる。
不意打ちだったせいか、単純にフレイの力が強かったのか思わず片膝を付くロキから飛び離れて俺の下にフレイがやってくる。
「トール、大丈夫か?」
「ま、まだやれる!」
必死に立ち上がろうとするが立てない俺を見て、なにやら覚悟を決めた様子のフレイは俺が右手に持つ漆黒のカラスを右手ごと持ち上げる。
何を、と言う前にフレイは自分の血で染まる指先でカラスの刀身に見た事がない文字を高速で書き始める。
書いた端からフレイの筆跡を追うように光り始め、剣先まで書き切り、全部の文字が光るとカラスの漆黒に光が飲まれるように消える。
カラスを見つめる俺がフレイに視線を向ける。
「何をしたんだ?」
「ふっ、良い事だ。それよりトール、良く聞け。今のお前にはどうやってもあの魔神の加護を得た二代目勇者に勝つのは無理だ。今は逃げよ」
そう言うと俺に手を翳したフレイは甲高い音を喉を楽器のようにして奏で出す。
残る、と反論しようとしたがその音が凄過ぎて耳を押さえてしゃがんでしまう。
ロキも堪えたようで片耳押さえた状態でゆっくりとこちらにやってくる。
「まだトオルにゃ、用事があるんだ。逃がさねぇよ!」
不意にフレイの歌のような音楽のような叫びが収まると俺を覆う透明の球体がある事に気付く。
「なんだこれ?」
戸惑う俺を余所に宙に浮き始めた球体はここから出ていくようにルナ達が現れた出入口に飛んで行く。
「ちぃ、まだ用があるって言ってるだろうがぁ!」
「それはそちらの都合。こちらにはこちらの都合がある」
飛び出そうとしたロキに組み付く事で阻止するフレイ。
一瞬の拮抗を見たがあっさりとロキに軍配が上がったようで押され始める。
優勢に関わらず、訝しげに眉を寄せるロキがフレイに問う。
「てめぇ、本当に死にかけなのかよ? さっきまであった内側に隠してた膨大な力はどこにやった?」
「ふっ、全部、トールにくれてやったわ!」
フレイの言葉に目を点にしたロキだったが驚きから立ち直ると口の端を上げる。
「それは初代の思惑かよ?」
「さあな、我もカズヤの思惑は全部分かっておらん。これは我の意志だ」
フレイの言葉を聞いたロキは弾けるように高笑いを上げ始める。
「最高だぁ! 俺がぁ、描いてた絵より上にいってやがる!」
「ふん、お前を喜ばせるのが目的じゃないがな」
2人から発する不穏な空気を感じた俺は必死に自分を覆うようにある透明な球体を叩き割ろうと斬りつける。
「フレイ、何をしようとしてる! ロキ、止めてくれ、本当に止めてくれ!!」
内なる訴えに逆らわずにそのままの言葉を放つ。
そんな俺の言葉を聞いたフレイが穏やかな笑みを浮かべて振り返る。
「一緒に旅をしてみたかった。本当に我はトールと一緒に旅をしてみたかったのだ」
「な、何を言ってるんだ……過去形にするんじゃねぇ!!」
カラスやアオツキでなく、拳で叩き始める俺の頬に涙が流れる。
そんな俺に少し申し訳なさそうに目を伏せるフレイは小さく被り振ると再び俺を見つめる。
「トール。お前はカズヤの足跡を追うのだ。そして『エクレシアンの女王』を尋ねよ」
「俺が聞きたいのはそんな事じゃない。ここから無事にみんなで出る話だ! まるで、まるで……」
言葉に詰まる俺。
まるで、遺言みたいに言うなよ、フレイ……
少し泣きそうな表情で俺を見つめるフレイが最後の言葉を告げる。
「カズヤを恨まんでやってくれ……難しいだろうがな。あれでも我が初めて友と認めた男なのだ。頼む、トール」
「わ、分かったからフレイ、ロキを振り払って逃げろ!」
ロキとフレイの姿が出入口へと移動して見辛くなったのでうつ伏せになって視界を確保しながら叫ぶ。
俺の言葉に微笑み、嬉しそうに見つめ返す。
「ありがとう、トール。だが……」
「くっくく、トカゲ。いい仕事したから一発で楽にしてやらぁ」
フレイに掴まれていた手を振り払い、長剣を振り上げたロキは迷いも見せずフレイの首を狙って振り下ろす。
それを見た俺は何かを叫んだ気がするが何と言ったかは俺も分からない。
ただ、振り抜いたロキの長剣の血を払う動作と同時にフレイの頭が地面に転がるのが見えた。
「フレェェェイィィ!!!!!」
最後にそう言葉にしたと同時に俺の視界が真っ暗になり、記憶もそこで途切れた。
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