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11章 DT、見守る愛を貫く

305話 陽は暮れたらしいです

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 ポロネが闇の中に取り込まれた事をホーラ達がペーシア王国城にいるミレーヌに報告した事で、四大精霊獣を招集して情報開示に乗り出した。

 雄一とホーエン、四大精霊獣の一角のアイナは所在が掴めなかった為、欠席の状態で緊急会議が行われていた。

 子供達も普通なら参加できる立場ではないが、当のポロネと寝起きをしていた事で会議に参加させて貰えていた。

 だが、その面子には1人のエルフの少年の姿はなく、空席になってる場所を見つめて目力を強くするテツが立ち上がろうとするのを飄々とした金髪の男が肩を押さえて座らせる。

「いやいや、テツ君の出番はまだですよ~。ここはまず男前のお兄さんにお任せ、ってね?」

 こなれたウィンクをする男が後ろ手で手を振りながら会議室を後にするのをテツは目で追いかけた。





 ダンテは家のベッドでシーツに包まってサナギのようになっていた。

 テツに連れられて帰ってきてしばらくは興奮状態が続き、制止するテツを振り払ってポロネが消えた山へと走ろうとした。

 だが、今は何もする気力が沸かずにこうしてシーツに丸まっていた。

 こうして、ボゥ――としていると夜明け前に話された事をリピートされて何度も思い出してしまう。

 興奮状態のダンテをテツが力ずくで抑えつけ、その状態でレンが説明した内容を聞いたダンテは初めて落ち着いた。

 ポロネの正体。
 初代精霊王とその加護を受けた男との間に生まれた子。

 あの闇の底から響いた声の主がポロネの父で、初代精霊王の加護を受けし男である事。

 昨日、キッジと話してた白い糸の秘密。それを知って、ポロネが言った『世界の生命を殺す事になる』という意味をようやく理解した。

「事が大き過ぎるよ……相手はユウイチさんに戦いを挑むようなモノじゃないか……」

 小さな体をギュッと更に小さくするダンテが寝て逃避しようとした時、乱暴にダンテの部屋のドアが開く。

 慌てて起き上がったダンテが見つめる先には、金髪を後ろに撫でつけるようにしたオールバックにする軽そうではあるが男前がドアを蹴り開けた格好で首を傾げていた。

「ああ、悪い。ノックするの忘れた」
「り、リホウさん、いきなりなんですか?」

 目を白黒させるダンテを無視してリホウは開け放たれたドアをノックする。律儀なのかいい加減なのか分からない男、それがリホウである。

 スタスタとダンテの下にやってくるリホウから目を逸らしながらダンテは口を開く。

「僕から事情聴取ですか? 僕が知っているような事はみんな知ってます。聞いても新しい話は出てこない……」

 話してる最中のダンテの胸倉を掴み持ち上げ、目線まで上げられると鼻がぶつかる程に近づかれる。

 覗き込むようにするリホウの瞳には感情の色がなく、吸い込まれるような感覚に襲われ、首が締まって息苦しさも忘れて震える。

「逃げてるヤツの話なんて聞きたくもありませんよ」

 そう言われたダンテは心臓を鷲掴みにされたような感覚に襲われて、首が締まりかけている事もあり、ゼヒゼヒ、と荒い呼吸を始める。

 ダンテの様子にニッコリと目だけは笑わない笑みを浮かべるリホウが言う。

「少し、デートをしましょう。大丈夫、陽が暮れるまでには帰してあげますよ」

 そう言うリホウが見つめる窓ガラスから見える太陽は夕日になるまで、まだしばらく時間に猶予がありそうであった。

 リホウがダンテの返事を聞かずに荷物のように抱えると家を後にした。





 デートと言うので、どこに連れて行かれるかと思っていたダンテだったが、着いた場所は家の裏手の崖上の端であった。

 着いて早々にリホウは辺りを見渡しながら眉を寄せる。

「あれだけ、諦めろ、と言ったのに隠れて訓練してるようですねぇ。しかも使い方の方向性は合ってる辺り、入れ知恵をしたのがいる……ハクだよな、どう考えても……」

 肩を竦めるリホウが「スゥお嬢ちゃんにも困ったもんだ」と、ぼやく。

 ダンテは眉を寄せ、リホウに倣うように周りを見渡すと地面が抉れてたり、近くにある木々の葉っぱが焦げているのが見える。

「スゥが何かやってるんですか?」
「ごめん、ごめん、デート中に他のヤツの話をしてデリカシーなかったよな?」

 そういうリホウが崖端に行って座ると隣をポンポンと叩いて座るように言ってくる。

 逃げても碌な事にならない予感がする事と逃げてまでしたい事がないダンテはおとなしく座る。

 立て膝しながら座るリホウが悪びれずに言ってくる。

「デリカシーないついでに、お兄さんの昔の友達の話を聞いてくれるかな?」
「えっ?」

 戸惑うダンテをまたもや無視してリホウが海を眺めながら話を始めた。

「20年ぐらい前、とある孤児院に貰われた5歳の少年達3人と6歳の少女の話」

 遠い目をするリホウが何を言いたいかはさっぱり分からないが、ダンテは予感していた。
 この話は聞かないといけない気がする。そして、今しか聞く機会が巡ってこないと。

「そこは、孤児院とは言われているが、実際は暗殺者を育成する機関だったらしいんだよ。それも貴族とか大商人と呼ばれるような存在の子飼いになるべく訓練される。その少年少女も例外じゃなかった」

 もう既に遠い目もせず、昨日食べた夕飯を思い出すような力みもなく淡々と話始めるリホウ。

「この4人はチームとして育てられるんだけど、この3人の少年達は覚えが悪くてね。特にその内の1人が深刻だった。当然のように体罰を沢山受け、身も心もボロボロになっていったよ」

 ダンテはリホウが何故、こんな話をしているのだろうと興味を覚え始める。リホウは雄一の為にアチコチ奔走して忙しい身の上である。
 その時間を割いている、この場にどんな意味があるのだろうと……

「その度に死にそうになる不出来な少年を守ってくれたのが、その少女だった」

 その少女という件でほんの僅かだけリホウの口許が柔らかく微笑んだ。

「少女はとても優秀だった。特に魔法が際立っており、出荷する時の価値を理解する施設の者達も少女には乱暴はしなかった。だから、少年を庇うと程々で体罰は止められた」

 その少女は3人とって、頼りになるお姉さんだった、と語るリホウの顔を見たダンテは呼吸が思わず止まる。

 凄く空虚な笑みを見せるリホウに人とはこんな笑い方ができるんだ、と恐怖したほどであった。

「酷くはあったが救いがある日々を過ごしてた少年少女に転機がきたのは少年達が9歳、少女が10歳になった時の出荷前の確認を兼ねた実地訓練で起こった」
「な、何があったのですか?」

 リホウから発されるモノも怖いから黙りたいが、黙るのはもっと怖いダンテは声音を震わせながら聞く。

「不出来な少年がヘマをして死にかけた。それを庇う為に身を呈して守ろうとした少女に異変が起きた。背中から純白の翼が生えた」
「えっ? 背中から翼!?」

 絶句するダンテに反応を示さずに話を続ける。

「少女の先祖にはどうやら天使がいたようだ。不出来な少年を守ろうとした時に力が覚醒して先祖返りしたんだろうな。その少女が死にかける少年を助けたいと強く願った。すると、傷口はみるみる間に治っていった。そして、不出来な少年は天使の加護を得るんだ」

 加護を得る過程の余波で命を拾ったんだろうね、と呟くリホウを横顔を見るがいつものリホウで何を考えているか分からない飄々とした表情を見せていた。

「少年も助かり、加護を得た事で不出来でなくなり、少女も天使の力を振るえる、と万々歳と終われば良かったんだけどねぇ。少年に加護を与えたせいか、一気に先祖返りした反動か分からないけど酷く弱っている所を施設の者達に取り押さえられて連れて行かれた」
「何故ですか……?」

 そう聞くダンテにリホウが、天使の心臓を材料に不老不死の薬、死者すら蘇る薬が作れるという迷信が昔にあったと教えてくる。

 リホウの説明を受けたダンテはこの続きが分かってしまい震え出す。

「そう、少女は生きたまま心臓を抜かれる為に連れて行かれた」

 ダンテは過去の話なのに酷く落ち着かずに激しい苛立ちを感じている事に気付く。

「その少年は助けようとしなかったのですか!?」
「助けたかったらしいよ。でも、長い間、施設で植え付けられた恐怖を振り払う事は難しかったらしいよ。それでも悩みに悩んで、3日後、覚悟を決めた3人の少年は少女を助ける為に動く事にした。でもね、少女が連れて行かれた実験施設が大爆発を起こした」

 手でボン、と示すリホウが肩を竦める。

「炎上する実験施設に飛び込んだ少年達は、心臓を抜かれた少女を発見した。発見した時、心臓が抜かれているのに意識があったらしい。そして、一言、少年達に言葉を残したよ」
「どんな言葉ですか? 教えてください」

 リホウに向き直るダンテが自分の中にある行き場を求めるモノへの道標になる予感を感じて問う。

 そして、夕日に照らされるリホウがダンテを見つめて言った。


『優しい世界を……例え、それが夢物語であっても追いかけて』


 夕日に照らされたリホウの目端が一瞬、光ったように見えたが顔を背けられて分からなくなる。

「まあ、そんなこんながありまして、その孤児院は破壊されて、この世から消えました。生き残った少年達は少女の言葉を順守したい気持ちと無理だという想いに挟まれて無気力に10年以上という月日を過ごしました」

 再び、ダンテを見つめるリホウの瞳は優しげに細められていた。

「良く死んだら負け、と言います。ある意味、間違ってはいない。でも、死んだ方がマシという現実があるもの間違ってない。この境界線は胸を張って死ねるか、逃げて死ぬかの違いです」

 ダンテはゴクリと唾を飲み込む。

「不出来だった少年は10年という歳月、ずっと死にたいと願って生きてきました。この自分の命が助けられたモノでないなら、と何度、感謝すべき相手を呪いそうになったか分からないそうです」

 そっとダンテの両肩を掴んでくるリホウが問いかけてくる。

「ダンテ君はどんな生き方をしたいですか?」

 一瞬の逡巡が瞳に過るが、すぐに腹の決まった男がする瞳の光を見たリホウは優しく微笑む。

 そして、立ち上がるリホウを見上げるダンテが聞いてくる。

「リホウさん、1つ聞いていいですか?」
「なんだい? 俺で分かる事ならで良ければ」

 少しためらいを見せたダンテであったが踏ん切りを付けて聞いてくる。

「その不出来な少年は先祖返りした少女が好きだったのですか?」

 ジッと見つめてくるダンテから海に視線を向けたリホウが海に向かって指を指す。

「デートは陽が暮れるまでです。もう終わりましたよ」
「えっ!?」

 慌ててリホウが指差す方向を見つめたダンテはリホウが言うように丁度、日が沈み切る瞬間を目撃する。

 質問した瞬間はまだ沈んでなかった、と言う為に振り返るとリホウの背中は遠くに離れていた。

「そろそろ、みんな帰ってくる頃です。早く戻るといいですよ」

 ダンテはずるいと思いながら、逢魔が時から生まれた闇に溶け込むように消えるリホウを苦笑いを浮かべて見送った。







 リホウと別れたダンテは、家に戻らずにポロネが連れ去られた山を目指して歩いていた。

 夜という事と国から夜に出歩く事を禁止された事で街中はひっそりと静まり返っていた。

 だから、メインストリートを歩いているのはダンテのみで誰にも邪魔されずに山の麓まで向かう事ができた。

 麓の山へ入る獣道がある手前の拓けた場所にダンテが辿りつくと獣道を背にして立つ人物に気付く。

 相棒のツーハンデッドソードを地面に突き刺し、柄の上で両手を載せて目を瞑るアルビノのエルフの少年が満月の月明かりに照らされてそこにいた。

 ダンテが、声が届く距離に来た時、アルビノのエルフ、テツが目を開き、声をかけてくる。

「きっと来ると思ってたよ、ダンテ」

 いつも優しげな瞳をするテツから浴びせられた事のない威圧を全身に受けて、ダンテは立ち止まった。
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