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10章 DT、マリッジブルーを味わう

281話 残念だけど強い人のようです

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 ダンガを出発したアリア、ホーラ達は3日の工程を経て、キュエレー入りをした。

 別々の馬車で来たが、この面子で王都入りするのは初めてで、スゥは年に1~2回は城へと戻り、母であるミレーヌや兄であるゼクスの顔を見に行っていた。
 だが、アリア達4人はパラメキ国の戦争以降では近くと言っても馬車で1日は走る距離までしかきていなかった。

 勿論、ヒースは初めてで休憩と補給を兼ねた1日の自由時間で観光する気満々であった。

 そのヒースの楽しい想いに便乗するつもりではしゃごうとしたダンテの肩に手を置かれる。

 振り返ったダンテが見上げると見慣れた人物だが、不吉な予感しか感じられない微笑をする姉、ディータの姿に引き攣り気味の笑みを浮かべる。

「えっと、姉さん、僕達これからヒースと王都観光に行こうと思ってるんだけど……」

 姉の表情から危険な気配を感じてる逃げ腰になっている。

 ミュウもお仕置きされる時に似たモノを感じて、ウゥゥゥと唸るがディータにチラリと見られるだけで唸るのを止めて可愛らしい耳がペタリと伏せる。

「ええ、行ってきたらいいでしょう。ただ、少し貴方達の実力を見させてください。今まで修行中と思い、口も見学も控えてましたが、世間では一人前とされる年、そして5の冒険者になった貴方達が私と手合わせした後なら存分に楽しんで来てください」

 ディータの言葉を聞いたミュウは、なんだってぇ! という顔をして顔を青くする様子は雄一がバーゲンで肉を買い損ねて肉多めのシチューがマメスープに変わった時と同じ顔をしていた。

 弟のダンテはムンクの叫びのようにして声なき絶叫をしていた。

 ディータの後ろで楽しげに見つめるホーラとポプリの姿がある。

 その表情を見るが斬り、否という選択肢は選ばせて貰えないとアリア達は諦めの溜息を零す。

 いても変わらなかったであろうが最後の良心のテツは自分達が寝る宿、『マッチョの集い亭』の部屋を押さえる為にこの場にはいなかった。

 ダンテとミュウを除くアリア達は話では聞いているがディータは多分強いぐらいにしか思っておらず、「少しなら」と安易に答えてしまう。

 そのやり取りを見ていた商隊の責任者が眉を寄せて言ってくる。

「おいおい、明日にまた出発するのに大きな怪我を負わされたら困るんだが?」
「大丈夫です。ちゃんとダンガの2級ポーションを用意してあります」

 そう言うと商隊の責任者に2級ポーションの瓶を人数分揺らして見せる。勿論、アリア達6人分のである。

 商隊の責任者は「なら安心」と言うとその場から離れていくがアリア達は目を剥き出しにして驚く。

「ちょっと待って欲しいの! 実力を見るだけで医者用の2級ポーションが出てくるの!?」
「くっ、やっぱり姉さんはヤル気だ。こっちは殺す気でいかないと僕達に明日はない!」
「ミュウ、盗み食いしてない……吊るされるの、ヤッ!!」

 ミュウの声に反応したディータが笑みを浮かべる。

「悪さをしてないのに吊るしたりしませんよ」

 ディータの言葉にホッとするミュウであるがすぐに剣呑な光を宿す瞳が細めるディータは言葉を続ける。

「あまりに弱かったら木に吊るすぐらいでは済ませませんが……」

 その言葉の同時に逃亡をはかろうとするミュウであったが、ミュウの肩を捕まえられる。

 慌てて振り返るとそこにはディータがおり、ニッコリの微笑まれて項垂れるミュウ。

 今のディータの動きが見えなかったアリア達は絶句して先程ディータがいた場所と肩を掴んでいるディータを交互に見る。

 目をパチクリするヒースが何度も目を擦る。

「あれ!? さっきあっちに居て、えっ? なんでそっちに??」

 うろたえるアリア達を楽しげに見つめるホーラとポプリは感心したのが頷きながら言ってくる。

「ユウが使う歩法以外でもあんな方法があるのか……今度、ディータにご指南をお願いするさ」
「うーん、多分、聞いても無理じゃない? あれはリホウとスゥが使う光文字と同じで滅多に持ってる人がいない音魔法じゃないかな? だから、ホーラには無理だと思う」

 ポプリの予想を聞いたホーラは残念そうにするが、違う方法があるという事実を知れただけ嬉しいと満足そうに頷いていた。

 それを聞いていたアリアがボソッと言う。

「音魔法なんてもの使われたら勝てる訳ない」
「分かりました。魔法は一切使いません。それいいですね?」

 気負いのない顔で言ってくるディータに眉を寄せるアリアであるが嘘を言ってないと分かりつつも怪訝な顔で頷く。

 ホーラ達もディータの実力を間近で見るのは初めてで楽しみで、以前、ホーラ達が訓練で使った草原へと移動しようとアリア達の尻を叩いた。


 移動しながらヒースが誰となしに聞く。

「ダンテのお姉さん凄いですけど、普段、何されてるの?」
「……アタシが知る限り、いつも台所で下準備、皮むきをしてる姿しか知らない」

 ずっと黙ってたレイアがディータの知る限りの話を伝えるが、言ってる本人もそうだったっけ? と思わされる程、先程の光景は衝撃的であった。

「ディータ、駄目。魔法なくてもミュウより、ずっと速い」

 今まで必死に逃げ続けてきたミュウだから断言する。何故なら、いつもあっさり捕まっていたからである。

「む、昔の事だよね?」
「……1か月前……」

 これはヤバい事態だとヒースは気付き始める。

 2年前のミュウの全開の速度ですら、今のヒースでも付いて行くのがやっとだと冷静に分析していた。
 この2年でミュウがどの程度成長してるか分からないがまったく成長してないという事はないだろう。

 顔色の悪いダンテがヒースに言ってくる。

「僕の姉さんだと思って手加減とか絶対に考えないでね? 下手な手加減は命に関わるから……勿論、僕達のね?」

 ダンテの言葉を聞いてヒースは生唾をゴクリと飲み込む。

 ここでやっとアリア達は安易に物を考えていた事を体感として自覚をし始めた。





 ホーラ達の案内でやってきた場所は確かに以前、ホーラ達が訓練に使った場所であった。

 前は草原だったが、今は踏み均されたような感じになっており、キュエレーの住人がここで訓練がされているようだ。

 ここでホーラ達が訓練を雄一に受けていた事が広まり、御利益があるかもと若い冒険者が体を鍛える場所として使われている為であった。

 ただ、今は昼前で仕事に出ているのか誰の姿もない草原の中央でアリア達とディータが対峙していた。

 アリア達に笑みを浮かべるディータは旅用のマントを脱ぎ棄てシャツに短パン姿になる。

 緊張で固くなっていたアリア達であるがダンテとミュウを除いて、思わず脱力しそうになる。

「なぜに、ヒヨコ?」
「姉さんは昔からヒヨコの絵が好きで、衣服にヒヨコが書かれてると好んで使う人なんだ……」

 これから命懸けの戦いが始まると緊張していたヒースが思わず呟き、ダンテが沈痛そうに答える。

 北川家に来て、しばらくするまでダンテも姉の趣味に付き合わされてヒヨコシリーズを着せられてきた。

 その悲しい思い出が蘇る。

 ディータの嗜好を知っていたアリア達ですら、この状況でそれ? と頬が引き攣る。

 アリア達のそんな心情など気にしないディータがホーラに声をかける。

「ホーラ、申し訳ありませんがナイフを1本貸してくれますか?」
「あいよ」

 笑みを浮かべるホーラが投げて寄こすと人差し指と中指で挟むようにして受け取り、感謝を伝えるディータ。

 これにはさすがに慌てたアリア達であった。

 実力差はあるとは思っていたが使い慣れた得物ではなく借り物で充分と態度で示され、さすがに傷ついたのか目が据わり始める。

「絶対、一矢報いてやるの!」

 そう言うスゥと同じ思いなのかアリア達は武器を抜いて身構える。

 アリア達の様子に気付いているはずのディータはニッコリ笑うと更に油を注ぐ。

「全員でかかってきなさい。貴方達のパーティとしての力をみたいので?」
「やってやんよぉ!!」

 先程まで飲まれ気味だったレイアのやる気スイッチが入ってしまう。

 レイアだけでなくアリア達は勿論、ヒースもやる気になってるのを見たダンテが警告を飛ばす。

「駄目だ! 冷静になって、姉さんはそんな容易い相手じゃない!」

 そう叫ぶがスゥを先頭にアリア達が飛び出す。

 飛び出したアリア達に舌打ちするダンテが「ままよっ!」と涙目で叫ぶとウォーターボールを空中に数多く生み出し始める。

 そんなアリア達の頭に血が登った様子を小馬鹿にするように笑うディータは右手を横に振り抜く動作でスゥの顔を目掛けて何かを飛ばす。

 ディータが何かを飛ばした事に気付いたスゥが慌てて盾でガードすると軽くて高い音を鳴らす。

「スゥ、それはブラフだ。小石を投げただけ!」

 慌てたダンテが叫ぶのを聞いたスゥが急ぎ、盾を降ろすが前方にいたはずのディータの姿がなくなっていた。

「スゥ、盾の裏側!」

 ダンテの傍にいたアリアが警告するがスゥがそちらの方に目を向けた時には外側から内側に入られ、胸倉に手が伸びてきてるのに気付いたが反応できずに掴まれる。

 胸倉を掴まれたスゥは持ち上げられると上空高くに飛ばされる。

「嘘! スゥがいくら小柄と言っても装備の重さは相当なモノ……」
「ヒース、呆ける、駄目! ディータ、本当に危ない」

 一緒に駆けていたミュウが呆けて走る速度が落ちかけたヒースに叱咤する。

 慌てた加速するヒースの横を飛び出すレイアはディータに殴りにかかる。

「それ以上はやらせねぇ!!」

 放っておいたらスゥがディータに追撃されると判断したレイアが多少のダメージを覚悟で突っ込む。

「レイア、そんな分かり易い攻撃は駄目だ!」

 そうレイアに忠告すると同時に勝手に動くみんなの立ち位置のせいでみんなを巻き込まないで魔法を放てるコースが潰されて必死に走って移動するダンテ。

 レイアの決死な行動を薄く笑みを浮かべるディータは気の籠ったレイアの拳にソッと乗るとレイアの力を利用して上空にいるスゥを目掛けて飛び上がる。

 体勢を整えられずに背中から落ちてこようとしているスゥの背中を蹴り上げる。

 蹴られたスゥは短く吐く息の音をさせると手に持ってた長剣と盾を手放し、落ちるスゥの瞳は閉じられていた。

 一撃で意識を刈り取られたスゥを呼び、叫ぶダンテは空中にいる姉ディータに水球を放つ。

 空中で身動きが取れないディータはスゥの盾を奪うと水球目掛けて投げつける事で無事に着地する。

 無防備に落ち行くスゥをミュウが空中で受け止めると地面に寝かせる。

「まずは1人。パーティの盾を失った貴方達がどう頑張るか楽しみです」

 ホーラから借りたナイフを弄びながら笑みを浮かべるディータを見つめるヒースの瞳から油断、奢りのような色が掻き消された。
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