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3章 DT,先生じゃなく、寮父になる
84話 開幕のベルが鳴り響くらしいです
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アタイの名前は、ホーラ。
本当に正しい名前かどうかは知らない。
物心が付いた頃にはそう呼ばれていたから自分の名前はそうだと今まで通してきたし、本当の名前を知りたいとか思った事などない。
だから、名前に思い入れなどなく、生きる事に必死だったこともあり気にせず生きてきた。
時計台の下で捨てられてたとか、季節の分かれ目で生まれたから時間と季節の女神から名前を貰ったなど、ちょっと学を齧った気になっている同じストリートチルドレンの馬鹿がそんな事を言っていた。
だから、どうした、と聞き流してきた。
ちなみにソイツは、それから1月もせずに行方を眩ました。
なにやらヘマをやらかしたとか噂になっていたが中途半端な知識は身を滅ぼすと教えてくれた事にだけは感謝を心で伝えようと思ったが名前も知らなかったので適当にジャックと祈っておいた。
なんとか生き残って、おそらく10歳になろうかと言う頃、ダスクといった屑から娼婦にならないか? という誘いを受ける。
どうやら、自分は見た目に恵まれたようで生きていく事を考えれば、これが一番確実だと理解はしていたがアタイはそれに応じなかった。
娼婦の一番の出世はおそらく貴族や商人達の妾になることである。
自分を捨てた同じ人種に媚びを売り、母親と同じ道に行くのに抵抗があったのだろうと今なら分かる。
そして、アタイは冒険者への道に進んだ。
勢いから始めたという事は否定できない。
当然のようにアタイは失敗に失敗を重ねて、転げ落ちるように追い込まれていった。
そして、出会ったのである自分の運命と感じる、やさぐれた目付きをしているのに優しい光を宿した瞳を持つ、大男と……
認識するだけの記号であった名のホーラという言葉に色が付き、呼ばれるだけで胸を温かくする自分を示す名前にしてくれた大男との出会いを果たした。
「ホーラ、ねぇ、ホーラ! 村に着いたよ」
アタイは揺すられて慌てて身を起こすと日が茜色に染まり、アタイの行動にびっくりしているポプリが見つめていた。
どうやら、馬車に揺られて眠ってしまったようである。
いつもであれば、ユウの目を気にしてトコトン疲れてないと無防備に寝たりしないのであるが、今回は居ない事で気が抜けていたようである。
いないからアタイがしっかりしないといけないのにと気を引き締める。
「ごめん、ポプリ、起こしてくれて助かったさ。で、みんないないみたいだけど、どういう状況さ?」
辺りを見渡してもポプリしかおらず、テツ達が居なくなっている事に気付いて問いかけてみた。
「うん、ホーラが寝ている間に宿を見つけて、今、宿の裏庭にいるって訳。テツ君達は今、部屋の手続きをしてるからいないの」
ポプリは、「だから、私がホーラを起こしに来てあげたんだから感謝してよね?」とユウには絶対見せない意地悪な笑い方する。
アタイは、肩を竦めると、「はい、はい」と適当に返事をしておく。
ポプリは意地悪な事を意外と平気にやってくるがしつこくないので、すぐにいつも通りの対応をしてくるあたりが好感を抱けている。
「という訳でさっさと宿に行きましょう。夕飯もこの時間なら別注文にならないだろうから」
溜息を吐くポプリの様子を見て何を思っているのか分かり過ぎた。
何故なら自分も同じ事を考えたからである。
『どうせ、ユウイチさんが作った料理と比べる事が失礼な料理しか出てこないんでしょうね』
とポプリは思ったはずである。
外でユウレベルの食事を食べようと思ったらそれこそ、その道のプロの店に行く必要がある。
それを宿の料理に求めるのは酷な話だ。
王都にあった『マッチョの集い亭』があくまで例外だったのだから。
「まあ、腹が減ってはイクサはできぬ、とユウがたまに言うさ。腹が減ってたら戦えない、まさに真理さ」
ポプリはブツブツ言いながら、「そうなんですけどぉ~」と唇を尖らせる。
まあ、気持ちは分かるからこそ、いつまでもグダグダ言うポプリに付き合ってられないとホーラは馬車から飛び降りる。
「そんなに宿の飯が嫌なら外で食べてくるといいさ」
アタイは、ポプリに、「2の冒険者してたんだから、それなりに稼いでたんでしょ?」と言うと本格的に拗ねたらしく、ポプリも飛び降りるとアタイに置いついてきて並ぶ。
「ちょっとぐらい味が良くなっても1人で食べたら美味しさ半減よ!」
プンプンと声に出して追い抜いていくポプリに呆れたアタイであったが、ポプリが言うように1人で食べる飯ほど美味しくないという事には賛成だった。
とはいえ、あの計算高いポプリが素の表情を見せる機会はそれほど多くない。
その僅かな機会が、ユウの料理が食べれない不満だと言う事にアタイは笑いを堪えるのに必死になりながらポプリを追いかけて宿に入っていった。
宿に入ると、どうやら手続きが済んだところだったようでテツが嬉しそうに寄ってくる。
「今回は危険もなく、無事に宿の手続きができましたっ!」
「へっ? テツ君、宿の手続きで危険な事なんてある訳ないでしょ?」
アタイもポプリと同じように思ったが、思い出して、「ああ……」と呟いた。
テツの言ってる事は、先程思い出していた『マッチョの集い亭』での出来事の事を言っているのだろうと。
あの時は、ユウに安全確認に使われて見事に酷い目にあっていた。
そこで目を離すと厄介な人物の2人がテツの傍にいない事に気付いたアタイがそれを問うとテツは困った顔をしてアタイの後方の端にテーブルを指を差す。
テツの差す先にはホクホク顔のシホーヌとアクアが、美味しそうに飲み物を飲んでいる姿があった。
シホーヌは果物のジュース、おそらく、色からしてオレンジジュースで、アクアはいつも通り紅茶を飲んでいる。
アタイは据わった目で、テツの胸元を掴んで引き寄せる。
「テツ! 宿のああいう飲み物は高いって勿論知ってるさ?」
声を潜ませて、そう言いながら更に意識して「オマケに味も微妙な事が多いのにっ」とテツに言って睨みつける。
「仕方がなかったんです。アクアさんは喉が渇いたと泣き始めるし、シホーヌさんは床で寝そべって両手両足をジタバタさせるから周りの目が大変な事になったんですよ」
アタイはテツの言葉を聞いて舌打ちをする。
確かに、テツ相手であれば、あの2人の要求はそれで通ってしまうだろうと理解してしまったからである。
これがユウであれば、折檻込みで諦めさせられただろうにとは思う。
だが、アリア達が同じ事やれば、テツと同じ行動をしてそうだと思った瞬間、男って使えないと溜息を吐いた。
まあ、アリア達がそんな事を言い出す事は稀であるが。
「で、部屋は取れたみたいだけど、どんな感じさ?」
「ええ、飛び込みという事と部屋の空きが少ないらしくて、大部屋を1つということになりました」
「えぇ――! テツ君と同じ部屋なの? 身の危険を感じる」
ポプリは爪の先も思ってないような事を言うのを聞いたテツは、何も考えてないバカっぽい笑みを浮かべてくる。
「いや~、ホーラ姉さんやポプリさんが下着姿でうろうろされてもトキメキもしませ……」
アタイは黙ってテツに足払いをする。
不意を打たれたテツは、真後ろへと倒れていくが鍛えているだけあって、条件反射で頭だけは護る体勢で倒れると眼前には指を突き付けたポプリの姿を確認して慌て出す。
テツに突き付けた指先にはサクランボぐらいの小さい赤い炎を生み出すと底冷えする声でポプリがテツに語る。
「私もね? テツ君をなんとも思ってないワケだけどぉ? 女扱いされないのはねぇ?」
「本当にアンタはユウの似なくて良い部分ばっかり似てくるさ。女心を汲めないテツさん? ティファーニアにはどう報告して欲しい?」
最初はポプリの指先に集まる炎の熱量に怯えていたテツだが、アタイのティファーニアの件で、その慌てようは狼狽という言葉では優し過ぎるほどの反応を示す。
「でりかしぃーと言うモノをユウイチさんを見習って精進していきますので、何卒、その報告だけは許してください!」
涙ながらの土下座をする。
「いや、だから、なんでアンタはユウの一番見習ったら駄目なとこばかり真似しようとするさ?」
ティファーニアさんにだけはっ! と必死に土下座されて、分かった事が1つだけある。
初見の場所でこういった事されると酷く周りの客や宿の主人の視線が痛い事に。
アタイは、ポプリを見つめると仕方がないとばかりに頷いてくるので、テツを許すと言うと嬉しそうに立ち上がり、「部屋はこちらです!」と案内を買って出てくる。
テツに案内されながらアタイとポプリは思った。
ああいう場で、あそこまで捨て身でこられると周りの目に耐えれず、たいした事じゃなければ、要求を聞いて、あの場から離れたいという思いに駆られると。
目の前で必死にアタイ達をエスコートをしながら機嫌を窺うテツが、あの2人に根負けした事を責めれる立場ではないかもしれない。
そういう意味じゃ、あの2人が捨て身できても動じず、却下するユウは凄まじい胆力である。
ホーラがそう思っているようであるが、雄一の場合は、主夫目線で許せない境界線、財布の紐を簡単に緩められないという思いからきてる事をホーラは知らない。
部屋で荷物を置いたアタイ達は、荷物を置くと食堂に降りて飲み物を堪能して幸せそうにしている2人の下へ行く。
イヤミのつもりで、「美味しかった?」と聞くと本当に嬉しそうに頷かれて、自分が汚れてる人のように思わされて負けた気分にされたりしていると宿の主人に声をかけられる。
「みんな集まってるみたいだけど、良かったら食事を出すけど、どうするかね?」
アタイは一応、周りの意思を確認しようと見渡すが、みんなが頷いてくるので、「お願いします」と宿の主人に伝える。
「じゃ、用意するから、席について待っててくれ」
そう言われてたので、おとなしく席に着き、明日の予定などを話しながら食事が来るのを待つ事にした。
夕食を突っつくようにして食べるホーラは、やっぱり美味しくないと思っているとどうやら、みんなもそう思っているようで、最初、躊躇する姿を見せたが、覚悟を決めて掻っ込むように食べたテツ以外、みんないつもより小食であった。
心ここに非ずといった様で辺りを見渡していると騒がしい集団が入ってくる。
1人の茶髪の少年に群がるようにいる女達が姦しく騒ぎ、少年に声をかけている。
少年は煩そうに顔を顰めるが元の造りがいいのか、顰めていても男前と言ってもいい顔をしている。
年頃はホーラより上かもしれない程度の年であろう。
「あのなぁ? お前らもしつこいな……俺は家に帰るつもりもないから、このまま冒険者を続けるつもりだ。いくら俺に媚びを売っても貴族の正妻は勿論、妾になれる可能性もない。いい加減、諦めろ」
少年は、邪魔だと言わんばかりに女達を腕で押し退ける。
どうやら貴族の変わり種が冒険者をやっているようである。
だが、身なりは使い古されたような皮鎧を纏い、何度も攻撃を防いだと思われる盾と良く言えば年季の入ったロングソードを腰に下げていた。
家を飛び出して本当に自力で頑張っている様子は自称ではなく、本当に冒険者をしているようである。
そんな少年の態度に舌打ちした女達は、諦めたのか店から出ていく。
やっと解放されたとばかりに辺りを見渡す少年。
おそらく、空いてる席を捜しているのであろう。
そんな時、少年と目がバッチリ合ってしまったのに気付いたホーラは不自然じゃないように目を反らして食事を再開する。
なのに、少年がこちらにやってくるのに嫌な予感を募らせていると、
「こちらの空いてる席に座らせて貰って良いだろうか?」
どこか緊張した声でホーラに呼び掛けられる。
仕方がないと対応する為に顔を上げると少年の顔を見た瞬間、嫌な予感が確信に近づこうとしていることに溜息を零しそうになるが飲み込む。
なぜなら、ティファーニアを見るテツと同じ顔をしていたのだから。
「いや、席どころか、テーブルも空いてるとこもあるし、1人ならカウンターでもいいさ?」
辺りを見渡す仕草を少年に見せつける
「俺は、お前、いや、君の隣に座りたいんだ」
どうやら嫌な予感は予感のままではいてくれなかったと分かり、こっそりと溜息を零す。
対面の少年の死角にいるポプリがニマニマとしたイヤらしい笑みを浮かべてくるのに本気で頭にきていた。
それを顔に出さないように必死に笑顔で取り繕う。
「ごめんなさい。家族団欒しているところなんで……」
やんわりと断りたいホーラは、笑顔を張り付けてそう言うと少年は残念そうに項垂れる。
「そうですか、それはお邪魔できませんね」
そういうと捨てられた犬のように寂しげに去って行こうとした少年だったが、あっ、と声を上げて振り返ってくる。
「俺の名前は、ギルバード。失礼だが、貴方の名前は?」
胸に手を当てて腰を下げ気味で聞いてくる姿は様に成っていた。
おそらく、これが生まれが出るという事なのであろう。
「アタイの名前は、ホーラ。アンタと同じで冒険者さ」
この出会いが小さな物語を紡ぐ。
そして、そっと静かに誰にも気付かれる事もなく、開幕のベルが鳴り響いた。
本当に正しい名前かどうかは知らない。
物心が付いた頃にはそう呼ばれていたから自分の名前はそうだと今まで通してきたし、本当の名前を知りたいとか思った事などない。
だから、名前に思い入れなどなく、生きる事に必死だったこともあり気にせず生きてきた。
時計台の下で捨てられてたとか、季節の分かれ目で生まれたから時間と季節の女神から名前を貰ったなど、ちょっと学を齧った気になっている同じストリートチルドレンの馬鹿がそんな事を言っていた。
だから、どうした、と聞き流してきた。
ちなみにソイツは、それから1月もせずに行方を眩ました。
なにやらヘマをやらかしたとか噂になっていたが中途半端な知識は身を滅ぼすと教えてくれた事にだけは感謝を心で伝えようと思ったが名前も知らなかったので適当にジャックと祈っておいた。
なんとか生き残って、おそらく10歳になろうかと言う頃、ダスクといった屑から娼婦にならないか? という誘いを受ける。
どうやら、自分は見た目に恵まれたようで生きていく事を考えれば、これが一番確実だと理解はしていたがアタイはそれに応じなかった。
娼婦の一番の出世はおそらく貴族や商人達の妾になることである。
自分を捨てた同じ人種に媚びを売り、母親と同じ道に行くのに抵抗があったのだろうと今なら分かる。
そして、アタイは冒険者への道に進んだ。
勢いから始めたという事は否定できない。
当然のようにアタイは失敗に失敗を重ねて、転げ落ちるように追い込まれていった。
そして、出会ったのである自分の運命と感じる、やさぐれた目付きをしているのに優しい光を宿した瞳を持つ、大男と……
認識するだけの記号であった名のホーラという言葉に色が付き、呼ばれるだけで胸を温かくする自分を示す名前にしてくれた大男との出会いを果たした。
「ホーラ、ねぇ、ホーラ! 村に着いたよ」
アタイは揺すられて慌てて身を起こすと日が茜色に染まり、アタイの行動にびっくりしているポプリが見つめていた。
どうやら、馬車に揺られて眠ってしまったようである。
いつもであれば、ユウの目を気にしてトコトン疲れてないと無防備に寝たりしないのであるが、今回は居ない事で気が抜けていたようである。
いないからアタイがしっかりしないといけないのにと気を引き締める。
「ごめん、ポプリ、起こしてくれて助かったさ。で、みんないないみたいだけど、どういう状況さ?」
辺りを見渡してもポプリしかおらず、テツ達が居なくなっている事に気付いて問いかけてみた。
「うん、ホーラが寝ている間に宿を見つけて、今、宿の裏庭にいるって訳。テツ君達は今、部屋の手続きをしてるからいないの」
ポプリは、「だから、私がホーラを起こしに来てあげたんだから感謝してよね?」とユウには絶対見せない意地悪な笑い方する。
アタイは、肩を竦めると、「はい、はい」と適当に返事をしておく。
ポプリは意地悪な事を意外と平気にやってくるがしつこくないので、すぐにいつも通りの対応をしてくるあたりが好感を抱けている。
「という訳でさっさと宿に行きましょう。夕飯もこの時間なら別注文にならないだろうから」
溜息を吐くポプリの様子を見て何を思っているのか分かり過ぎた。
何故なら自分も同じ事を考えたからである。
『どうせ、ユウイチさんが作った料理と比べる事が失礼な料理しか出てこないんでしょうね』
とポプリは思ったはずである。
外でユウレベルの食事を食べようと思ったらそれこそ、その道のプロの店に行く必要がある。
それを宿の料理に求めるのは酷な話だ。
王都にあった『マッチョの集い亭』があくまで例外だったのだから。
「まあ、腹が減ってはイクサはできぬ、とユウがたまに言うさ。腹が減ってたら戦えない、まさに真理さ」
ポプリはブツブツ言いながら、「そうなんですけどぉ~」と唇を尖らせる。
まあ、気持ちは分かるからこそ、いつまでもグダグダ言うポプリに付き合ってられないとホーラは馬車から飛び降りる。
「そんなに宿の飯が嫌なら外で食べてくるといいさ」
アタイは、ポプリに、「2の冒険者してたんだから、それなりに稼いでたんでしょ?」と言うと本格的に拗ねたらしく、ポプリも飛び降りるとアタイに置いついてきて並ぶ。
「ちょっとぐらい味が良くなっても1人で食べたら美味しさ半減よ!」
プンプンと声に出して追い抜いていくポプリに呆れたアタイであったが、ポプリが言うように1人で食べる飯ほど美味しくないという事には賛成だった。
とはいえ、あの計算高いポプリが素の表情を見せる機会はそれほど多くない。
その僅かな機会が、ユウの料理が食べれない不満だと言う事にアタイは笑いを堪えるのに必死になりながらポプリを追いかけて宿に入っていった。
宿に入ると、どうやら手続きが済んだところだったようでテツが嬉しそうに寄ってくる。
「今回は危険もなく、無事に宿の手続きができましたっ!」
「へっ? テツ君、宿の手続きで危険な事なんてある訳ないでしょ?」
アタイもポプリと同じように思ったが、思い出して、「ああ……」と呟いた。
テツの言ってる事は、先程思い出していた『マッチョの集い亭』での出来事の事を言っているのだろうと。
あの時は、ユウに安全確認に使われて見事に酷い目にあっていた。
そこで目を離すと厄介な人物の2人がテツの傍にいない事に気付いたアタイがそれを問うとテツは困った顔をしてアタイの後方の端にテーブルを指を差す。
テツの差す先にはホクホク顔のシホーヌとアクアが、美味しそうに飲み物を飲んでいる姿があった。
シホーヌは果物のジュース、おそらく、色からしてオレンジジュースで、アクアはいつも通り紅茶を飲んでいる。
アタイは据わった目で、テツの胸元を掴んで引き寄せる。
「テツ! 宿のああいう飲み物は高いって勿論知ってるさ?」
声を潜ませて、そう言いながら更に意識して「オマケに味も微妙な事が多いのにっ」とテツに言って睨みつける。
「仕方がなかったんです。アクアさんは喉が渇いたと泣き始めるし、シホーヌさんは床で寝そべって両手両足をジタバタさせるから周りの目が大変な事になったんですよ」
アタイはテツの言葉を聞いて舌打ちをする。
確かに、テツ相手であれば、あの2人の要求はそれで通ってしまうだろうと理解してしまったからである。
これがユウであれば、折檻込みで諦めさせられただろうにとは思う。
だが、アリア達が同じ事やれば、テツと同じ行動をしてそうだと思った瞬間、男って使えないと溜息を吐いた。
まあ、アリア達がそんな事を言い出す事は稀であるが。
「で、部屋は取れたみたいだけど、どんな感じさ?」
「ええ、飛び込みという事と部屋の空きが少ないらしくて、大部屋を1つということになりました」
「えぇ――! テツ君と同じ部屋なの? 身の危険を感じる」
ポプリは爪の先も思ってないような事を言うのを聞いたテツは、何も考えてないバカっぽい笑みを浮かべてくる。
「いや~、ホーラ姉さんやポプリさんが下着姿でうろうろされてもトキメキもしませ……」
アタイは黙ってテツに足払いをする。
不意を打たれたテツは、真後ろへと倒れていくが鍛えているだけあって、条件反射で頭だけは護る体勢で倒れると眼前には指を突き付けたポプリの姿を確認して慌て出す。
テツに突き付けた指先にはサクランボぐらいの小さい赤い炎を生み出すと底冷えする声でポプリがテツに語る。
「私もね? テツ君をなんとも思ってないワケだけどぉ? 女扱いされないのはねぇ?」
「本当にアンタはユウの似なくて良い部分ばっかり似てくるさ。女心を汲めないテツさん? ティファーニアにはどう報告して欲しい?」
最初はポプリの指先に集まる炎の熱量に怯えていたテツだが、アタイのティファーニアの件で、その慌てようは狼狽という言葉では優し過ぎるほどの反応を示す。
「でりかしぃーと言うモノをユウイチさんを見習って精進していきますので、何卒、その報告だけは許してください!」
涙ながらの土下座をする。
「いや、だから、なんでアンタはユウの一番見習ったら駄目なとこばかり真似しようとするさ?」
ティファーニアさんにだけはっ! と必死に土下座されて、分かった事が1つだけある。
初見の場所でこういった事されると酷く周りの客や宿の主人の視線が痛い事に。
アタイは、ポプリを見つめると仕方がないとばかりに頷いてくるので、テツを許すと言うと嬉しそうに立ち上がり、「部屋はこちらです!」と案内を買って出てくる。
テツに案内されながらアタイとポプリは思った。
ああいう場で、あそこまで捨て身でこられると周りの目に耐えれず、たいした事じゃなければ、要求を聞いて、あの場から離れたいという思いに駆られると。
目の前で必死にアタイ達をエスコートをしながら機嫌を窺うテツが、あの2人に根負けした事を責めれる立場ではないかもしれない。
そういう意味じゃ、あの2人が捨て身できても動じず、却下するユウは凄まじい胆力である。
ホーラがそう思っているようであるが、雄一の場合は、主夫目線で許せない境界線、財布の紐を簡単に緩められないという思いからきてる事をホーラは知らない。
部屋で荷物を置いたアタイ達は、荷物を置くと食堂に降りて飲み物を堪能して幸せそうにしている2人の下へ行く。
イヤミのつもりで、「美味しかった?」と聞くと本当に嬉しそうに頷かれて、自分が汚れてる人のように思わされて負けた気分にされたりしていると宿の主人に声をかけられる。
「みんな集まってるみたいだけど、良かったら食事を出すけど、どうするかね?」
アタイは一応、周りの意思を確認しようと見渡すが、みんなが頷いてくるので、「お願いします」と宿の主人に伝える。
「じゃ、用意するから、席について待っててくれ」
そう言われてたので、おとなしく席に着き、明日の予定などを話しながら食事が来るのを待つ事にした。
夕食を突っつくようにして食べるホーラは、やっぱり美味しくないと思っているとどうやら、みんなもそう思っているようで、最初、躊躇する姿を見せたが、覚悟を決めて掻っ込むように食べたテツ以外、みんないつもより小食であった。
心ここに非ずといった様で辺りを見渡していると騒がしい集団が入ってくる。
1人の茶髪の少年に群がるようにいる女達が姦しく騒ぎ、少年に声をかけている。
少年は煩そうに顔を顰めるが元の造りがいいのか、顰めていても男前と言ってもいい顔をしている。
年頃はホーラより上かもしれない程度の年であろう。
「あのなぁ? お前らもしつこいな……俺は家に帰るつもりもないから、このまま冒険者を続けるつもりだ。いくら俺に媚びを売っても貴族の正妻は勿論、妾になれる可能性もない。いい加減、諦めろ」
少年は、邪魔だと言わんばかりに女達を腕で押し退ける。
どうやら貴族の変わり種が冒険者をやっているようである。
だが、身なりは使い古されたような皮鎧を纏い、何度も攻撃を防いだと思われる盾と良く言えば年季の入ったロングソードを腰に下げていた。
家を飛び出して本当に自力で頑張っている様子は自称ではなく、本当に冒険者をしているようである。
そんな少年の態度に舌打ちした女達は、諦めたのか店から出ていく。
やっと解放されたとばかりに辺りを見渡す少年。
おそらく、空いてる席を捜しているのであろう。
そんな時、少年と目がバッチリ合ってしまったのに気付いたホーラは不自然じゃないように目を反らして食事を再開する。
なのに、少年がこちらにやってくるのに嫌な予感を募らせていると、
「こちらの空いてる席に座らせて貰って良いだろうか?」
どこか緊張した声でホーラに呼び掛けられる。
仕方がないと対応する為に顔を上げると少年の顔を見た瞬間、嫌な予感が確信に近づこうとしていることに溜息を零しそうになるが飲み込む。
なぜなら、ティファーニアを見るテツと同じ顔をしていたのだから。
「いや、席どころか、テーブルも空いてるとこもあるし、1人ならカウンターでもいいさ?」
辺りを見渡す仕草を少年に見せつける
「俺は、お前、いや、君の隣に座りたいんだ」
どうやら嫌な予感は予感のままではいてくれなかったと分かり、こっそりと溜息を零す。
対面の少年の死角にいるポプリがニマニマとしたイヤらしい笑みを浮かべてくるのに本気で頭にきていた。
それを顔に出さないように必死に笑顔で取り繕う。
「ごめんなさい。家族団欒しているところなんで……」
やんわりと断りたいホーラは、笑顔を張り付けてそう言うと少年は残念そうに項垂れる。
「そうですか、それはお邪魔できませんね」
そういうと捨てられた犬のように寂しげに去って行こうとした少年だったが、あっ、と声を上げて振り返ってくる。
「俺の名前は、ギルバード。失礼だが、貴方の名前は?」
胸に手を当てて腰を下げ気味で聞いてくる姿は様に成っていた。
おそらく、これが生まれが出るという事なのであろう。
「アタイの名前は、ホーラ。アンタと同じで冒険者さ」
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そして、そっと静かに誰にも気付かれる事もなく、開幕のベルが鳴り響いた。
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ダンジョンをさまよい、魔物に襲われ死ぬと思われた時、カイトは【収納】の真の力に気づく。【収納】は魔物や魔法を吸収し、さらには異世界の飲食物を取り寄せることができるチートスキルであったのだ。
かくして自由になったカイトは世界中を自由気ままに旅することになった。一方、カイトの家族は彼の活躍を耳にしてカイトに戻ってくるように土下座してくるがもう遅い。
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