34 / 103
2章 土の物語
32話 男だろ? 私は女神なのですぅ
しおりを挟む
一方、土の邪精霊獣に取り込まれ、梓の試練を受けているテツはというと……
完膚なきまで劣勢に追い込まれていた。
▼
黒いカンフー服を纏う偉丈夫に見つめられるテツは荒い息と体から滴る血の量から体力が尽きかけているのが一目瞭然であった。
余裕の笑みを浮かべる偉丈夫、雄一と何度もテツは斬り合うが掠る事すらさせる事が出来ていなかった。
追い詰められるテツにヤキモキする梓が地団太を踏みながら言ってくる。
「テツ君、何をしてるのですかねぇ! 彼と貴方の実力には大きな開きはないはずなのに一方的過ぎます。武器が勝ってる分、テツ君の方が有利なんですよ!」
これ以上は贔屓出来ないんですよぉ! と叫ぶ梓にテツも半分同意であった。
今まで斬り合った感じからテツは雄一との身体能力に大きな開きは感じてなかったが刃が届くのはいつも雄一でテツは届かない。
どうしてか分からないテツであるが、1つ気付いた事がある。
「ユウイチさんは本気を出してるけど、本気になってない気がする……」
そう呟くテツに雄一は挑発するように手招きするのに引けないテツは体にムチを打つようにして飛び出す。
「はあぁぁ!!」
大上段から一撃に全てを載せて斬りかかるテツの太刀筋を雄一は失笑するように鼻を鳴らす。
地面を滑るように移動して避けるとテツの死角に入られる。
そして、突然、生まれる存在感が背中に現れ、硬直するテツと背中合わせで凭れるようにする雄一。
硬直が解け、前に飛び出そうとするテツの背中を雄一が廻し蹴りをして吹き飛ばす。
地面を転がるようにして止まるテツは震える腕を突っ張って立ち上がる。
前を見つめると雄一が青竜刀を前に突き出すように構えるとブレ出し、雄一が2人、3人、最終的に5人まで増える。
それに驚くテツを目掛けて5方向から雄一が襲いかかり、テツは全身を切り裂かれ、血を流す。
今度は吹き飛ばされずに歯を食い縛って経ち続けるテツに梓が喜びの声を上げる。
「良く今のを持ち堪えました! でも、斬れないと終わらないのを思い出してくださいねぇ!」
良く持ちこたえた、と梓は言うがテツはそう思っていなかった。
テツは紙一重で立てなくなるレベルを避けた攻撃をされたと思っていた。
何故、そんな事をされているかはテツには分からないが酷く懐かしい気分になっていた。
悩むテツに再び、挑発するように手招きする雄一を見た瞬間、ハッとした表情をテツは浮かべる。
「もしかして……」
そう言うとテツは逆刃刀、梓を鞘に戻すとゆっくりと歩いて雄一の目前まで行くと足を止める。
「て、テツ君、何をしてるんですかぁ!?」
慌てる梓の言葉にテツは反応をしない。
ただ、雄一の瞳をジッと見つめると優しげな光と共に綻ばす口許を見て、テツは確信する。
テツはこの顔を良く知っている。
いつも、このように笑って欲しくてガムシャラに頑張ってきた。
だから、間違えない。
雄一が言葉にしない事を理解した時に見せる「良く考え、頑張った。お前が理解したものを俺に見せてみろ」と総仕上げの時に見せる笑みをテツは間違えない。
正面に立つテツに口の端を上げる笑みを浮かべる雄一がフラリフラリ、と左右に揺れ出す。
それに合わせてテツもその動きをトレースするように揺れ出す。
地面を滑るように移動する雄一と平行線に一定の距離を保ち、テツも追走する。
そう、スネ湖で雄一に教えられた水の上を移動する術、何度も練習して出来るようになったが、思い出すと梓を手に入れてから使う機会は本当に水の上以外ではなくなっていた。
先程のように5人に分身した雄一がまた5方向から斬りかかるが、テツは冷静にコンパクトに梓を振るい、全ての雄一の攻撃を弾く。
弾かれた雄一の姿をロストするが、テツは視線を一点に集中せずに俯瞰に徹する。
テツは振り返らずに右後方に梓を掲げて、雄一の青竜刀を受け止める。
雄一に教わった歩行、相手の認識を半歩ずれる事で見失わせる技術。
当然、習得した。
何度も何度も失敗と思考錯誤を繰り返して……
その弱点も使いようも知ってたはずなのに、ここまで無様を晒してしまった。
「俺は梓さんを手にして気付かぬ間に力技に逆戻りしてた……」
受け止めていた青竜刀を弾き飛ばすとテツと雄一は距離を取ってお互い構える。
一瞬の静寂が生まれ、梓が右往左往するように「えっ? ええ!?」と言った瞬間、2人は飛び出すと斬り結ぶ。
テツと雄一は歩行を使いながら、斬り結び、相手の視野から外れを繰り返す。その動きはまるで舞うように踊っているように見えた。
た、楽しい! そうだ、これが俺の剣、ユウイチさんに示された俺、本来のスタイル!
テツは喜びに身を震わせ、本当に嬉しそうに雄一と笑みを交わし合い、ギリギリの斬り合いを繰り返す。
それを何合斬り結んだか分からないが、気付くまでに消耗したテツに限界が見え始める。
テツは雄一から飛び退くようにして梓を鞘に戻して構えて、少しでも呼吸を落ち着かそうと深呼吸を繰り返す。
不敵に笑みを浮かべるテツが雄一に告げる。
「余りに楽しいので、もっとしたいところですが、そうもいかないので……これで勝負を決めます!」
精神を集中させるテツに雄一が先程と同じように手招きするが表情にからかいの色が消える。
それに頷いてみせたテツは飛び出す。
「テツ、お前は水であり、風だ。水のように流れに乗って動け。風と共に動くのではなく、お前が通った道を後から付いてくるんだ」
そう、これがテツ本来のスタイル。
滑るように雄一に突っ込むテツが一瞬姿をロストさせると一斉に辺りに10人近くのテツの姿が現れる。
「風や水の流れる先は決まっていてもルートは様々!」
まったく違うルートで全てのテツが滑るように移動し、ブレるようにして雄一に迫る。
それを見た雄一に大きな笑みが生まれて青竜刀を僅かに下げたのを見た瞬間、テツの背筋に氷を入れられたような感覚に襲われる。
今まではテツのスタイルを思い出させるように動いていてくれた雄一であったが、ついに雄一の本来のスタイル、薙ぎ払い、一刀でケリを着ける雄一になったのを理解する。
雄一が本気になったと。
テツは嬉しくて歯を見せる笑みを浮かべる。
「勝負です! ユウイチさん!!」
いろんな角度から襲いかかるテツを受けて立つ雄一。
テツは現と幻を蜃気楼を生み出す事で作り出し、全方向から雄一に斬りかかる。
それでも防ぐ雄一にテツは絶叫する。
「もっと、もっと、速く、俺はもっと先に行ける!!」
「テツ君がウチを使いこなし始めた!」
梓の力から発現する青いオーラが川の流れのようにテツを追いかけるようにするのを梓は嬉しそうに見つめる。
その流れがどんどんはっきりしてくると雄一は防戦に追い込まれる。
だが、追い込まれるほどに雄一の口許には強い笑みが浮かび上がった。
テツ自身も今までで一番の加速が出来てると自負するがそれでも雄一の防御を突破できない。
「俺は諦めない!」
それでも攻撃を続けるテツは雄一がただ防戦してた訳じゃない事に気付く。
一撃の為に気を練り込み、形勢を逆転させようとしてる事に……
テツが気付いた事に雄一も気付いたようで雄一が攻勢に出る前兆が現れる。
慌てたテツが梓を鞘に戻し、居合い切りをする体勢で滑るようにして雄一に肉薄する。
一刀で仕留めるという雄一の気迫に思わず、届く距離ギリギリから梓を抜き放ちそうになるテツ。
以前、テツに語りかけた雄一の言葉が過る。
「テツ、お前が怖いと思った一歩先がお前の領域だ!」
その言葉に背を押されたテツは下唇を噛み締めて、雄一の気迫から感じる恐怖を飲み込む。
間合いに入ったテツに重い一撃を放ってくる雄一の剣戟から目を逸らさずにテツは、その内側に飛び込むとテツの頬が斬られて血が噴き出す。
その血で片目が使えなくなるがテツは気合い一閃、梓を抜き放つ。
「唸れっ! そして切り裂く!!」
テツの叫びと共に雄一の足下から竜巻が生まれて、一瞬だが雄一の動きが止まると同時に抜き放った梓で雄一に斬りかかる。
テツは雄一と交差して地面に膝を着く。
既に体力の限界に来ていたテツは荒い息を吐く背後で雄一が肩を揺らして笑い始める。
「今のは良い攻撃だった。竜巻を発生させるのは予想してなかったぞ?」
「おかしいのですよぉ! どうして意志を持って話すのでしょう!?」
梓は自分が土の邪精霊獣のイメージから作り出した雄一に能力制限をかけて生み出したはずだと混乱する。
テツは荒い息を吐きながら振り返った先にいる雄一の胸元のカンフー服に切れ目が入り、逞しい胸元から滲むような掠り傷による血が見える。
何が何だか分かってないテツがふらつきながら立ち上がると雄一は近づき、背丈が近くなったテツに頭に大きな掌を置く。
「強くなったな、テツ。やっぱりお前が俺の一番弟子であり、家の長男だ」
その言葉にワナワナとする口許を引き絞り、テツは歯を食い縛って溢れそうになる感情を必死にコントロールしようとする。
何も言えなくなっているテツの頭をクシャ、と撫でる雄一は優しく笑みを浮かべ、背を向ける。
背を向ける雄一に慌てたテツが「ユウイチさん!」と声を出して手を伸ばすが、雄一の姿が霞むように消え始める。
「テツ、みんなを頼むぞ」
その言葉と共に消えようとする雄一に駆け寄るテツが掴もうとした瞬間に消え、そこにはイエローグリーンライトのオーラの残滓が漂うがそれも霧のように消える。
その消えた残滓を抱くようにするテツの背後に近寄る梓が混乱気味に言ってくる。
「土の邪精霊獣に残った彼のオーラが意志を持たせたのでしょうかねぇ?」
「……そんな事はどうでもいい。ユウイチさんと会わせてくれて有難う、梓さん」
梓に背を向けるテツの頬に一滴の涙が流れるがテツは拭わずに続ける。
「さあ、出よう。出て、やらないといけないことが沢山ある」
「出ようと言われても、私の世界から出るのは簡単ですけどぉ、土の邪精霊獣から出るのは……」
体力も底をついているテツでは1段階済んだ梓を持ってしても無理かも、と告げてくるがテツは笑みを浮かべる。
「大丈夫、今の俺なら空すら斬れる気がするよ」
振り返り、男の顔をするテツに度肝を抜かれる梓は、咳払いをして落ち着きを取り戻してテツの精神を肉体へと戻した。
▼
肉体に戻ったテツであったが、精神世界のテツと今のテツの損傷がどちらが酷いか比べる意味があるか分からないほどにこちらも損傷していた。
痛む体にムチ打って突破口になる場所がないかと辺りを見渡すテツに左手に持つ梓が言ってくる。
「あっちの方向から力が漏れ出す流れを感じますねぇ?」
梓にそう言われたテツは引きずるようにそちらに向かうと僅かに光が漏れ出す小さな亀裂を発見する。
その亀裂の向こうでヒースが悔し過ぎて泣きそうになっている顔で魔力の奔流に逆らって必死に近寄ろうとする姿を見つめてテツは薄い笑みを浮かべて言葉にする。
「ヒース、君は生き急いでた時の俺に少し似ている。生き急いでも良い事など何もない。だから泣きそうな顔をするなっ!」
テツは梓の力で分身を強化して亀裂に連撃を入れる。
そして、後一撃という手応えを得た瞬間、テツはヒースに伝えないメッセージを口にする。
「どっしり構えろ、男だろ?」
テツは雄一のような笑みを浮かべて最後の一撃を叩き込んだ。
完膚なきまで劣勢に追い込まれていた。
▼
黒いカンフー服を纏う偉丈夫に見つめられるテツは荒い息と体から滴る血の量から体力が尽きかけているのが一目瞭然であった。
余裕の笑みを浮かべる偉丈夫、雄一と何度もテツは斬り合うが掠る事すらさせる事が出来ていなかった。
追い詰められるテツにヤキモキする梓が地団太を踏みながら言ってくる。
「テツ君、何をしてるのですかねぇ! 彼と貴方の実力には大きな開きはないはずなのに一方的過ぎます。武器が勝ってる分、テツ君の方が有利なんですよ!」
これ以上は贔屓出来ないんですよぉ! と叫ぶ梓にテツも半分同意であった。
今まで斬り合った感じからテツは雄一との身体能力に大きな開きは感じてなかったが刃が届くのはいつも雄一でテツは届かない。
どうしてか分からないテツであるが、1つ気付いた事がある。
「ユウイチさんは本気を出してるけど、本気になってない気がする……」
そう呟くテツに雄一は挑発するように手招きするのに引けないテツは体にムチを打つようにして飛び出す。
「はあぁぁ!!」
大上段から一撃に全てを載せて斬りかかるテツの太刀筋を雄一は失笑するように鼻を鳴らす。
地面を滑るように移動して避けるとテツの死角に入られる。
そして、突然、生まれる存在感が背中に現れ、硬直するテツと背中合わせで凭れるようにする雄一。
硬直が解け、前に飛び出そうとするテツの背中を雄一が廻し蹴りをして吹き飛ばす。
地面を転がるようにして止まるテツは震える腕を突っ張って立ち上がる。
前を見つめると雄一が青竜刀を前に突き出すように構えるとブレ出し、雄一が2人、3人、最終的に5人まで増える。
それに驚くテツを目掛けて5方向から雄一が襲いかかり、テツは全身を切り裂かれ、血を流す。
今度は吹き飛ばされずに歯を食い縛って経ち続けるテツに梓が喜びの声を上げる。
「良く今のを持ち堪えました! でも、斬れないと終わらないのを思い出してくださいねぇ!」
良く持ちこたえた、と梓は言うがテツはそう思っていなかった。
テツは紙一重で立てなくなるレベルを避けた攻撃をされたと思っていた。
何故、そんな事をされているかはテツには分からないが酷く懐かしい気分になっていた。
悩むテツに再び、挑発するように手招きする雄一を見た瞬間、ハッとした表情をテツは浮かべる。
「もしかして……」
そう言うとテツは逆刃刀、梓を鞘に戻すとゆっくりと歩いて雄一の目前まで行くと足を止める。
「て、テツ君、何をしてるんですかぁ!?」
慌てる梓の言葉にテツは反応をしない。
ただ、雄一の瞳をジッと見つめると優しげな光と共に綻ばす口許を見て、テツは確信する。
テツはこの顔を良く知っている。
いつも、このように笑って欲しくてガムシャラに頑張ってきた。
だから、間違えない。
雄一が言葉にしない事を理解した時に見せる「良く考え、頑張った。お前が理解したものを俺に見せてみろ」と総仕上げの時に見せる笑みをテツは間違えない。
正面に立つテツに口の端を上げる笑みを浮かべる雄一がフラリフラリ、と左右に揺れ出す。
それに合わせてテツもその動きをトレースするように揺れ出す。
地面を滑るように移動する雄一と平行線に一定の距離を保ち、テツも追走する。
そう、スネ湖で雄一に教えられた水の上を移動する術、何度も練習して出来るようになったが、思い出すと梓を手に入れてから使う機会は本当に水の上以外ではなくなっていた。
先程のように5人に分身した雄一がまた5方向から斬りかかるが、テツは冷静にコンパクトに梓を振るい、全ての雄一の攻撃を弾く。
弾かれた雄一の姿をロストするが、テツは視線を一点に集中せずに俯瞰に徹する。
テツは振り返らずに右後方に梓を掲げて、雄一の青竜刀を受け止める。
雄一に教わった歩行、相手の認識を半歩ずれる事で見失わせる技術。
当然、習得した。
何度も何度も失敗と思考錯誤を繰り返して……
その弱点も使いようも知ってたはずなのに、ここまで無様を晒してしまった。
「俺は梓さんを手にして気付かぬ間に力技に逆戻りしてた……」
受け止めていた青竜刀を弾き飛ばすとテツと雄一は距離を取ってお互い構える。
一瞬の静寂が生まれ、梓が右往左往するように「えっ? ええ!?」と言った瞬間、2人は飛び出すと斬り結ぶ。
テツと雄一は歩行を使いながら、斬り結び、相手の視野から外れを繰り返す。その動きはまるで舞うように踊っているように見えた。
た、楽しい! そうだ、これが俺の剣、ユウイチさんに示された俺、本来のスタイル!
テツは喜びに身を震わせ、本当に嬉しそうに雄一と笑みを交わし合い、ギリギリの斬り合いを繰り返す。
それを何合斬り結んだか分からないが、気付くまでに消耗したテツに限界が見え始める。
テツは雄一から飛び退くようにして梓を鞘に戻して構えて、少しでも呼吸を落ち着かそうと深呼吸を繰り返す。
不敵に笑みを浮かべるテツが雄一に告げる。
「余りに楽しいので、もっとしたいところですが、そうもいかないので……これで勝負を決めます!」
精神を集中させるテツに雄一が先程と同じように手招きするが表情にからかいの色が消える。
それに頷いてみせたテツは飛び出す。
「テツ、お前は水であり、風だ。水のように流れに乗って動け。風と共に動くのではなく、お前が通った道を後から付いてくるんだ」
そう、これがテツ本来のスタイル。
滑るように雄一に突っ込むテツが一瞬姿をロストさせると一斉に辺りに10人近くのテツの姿が現れる。
「風や水の流れる先は決まっていてもルートは様々!」
まったく違うルートで全てのテツが滑るように移動し、ブレるようにして雄一に迫る。
それを見た雄一に大きな笑みが生まれて青竜刀を僅かに下げたのを見た瞬間、テツの背筋に氷を入れられたような感覚に襲われる。
今まではテツのスタイルを思い出させるように動いていてくれた雄一であったが、ついに雄一の本来のスタイル、薙ぎ払い、一刀でケリを着ける雄一になったのを理解する。
雄一が本気になったと。
テツは嬉しくて歯を見せる笑みを浮かべる。
「勝負です! ユウイチさん!!」
いろんな角度から襲いかかるテツを受けて立つ雄一。
テツは現と幻を蜃気楼を生み出す事で作り出し、全方向から雄一に斬りかかる。
それでも防ぐ雄一にテツは絶叫する。
「もっと、もっと、速く、俺はもっと先に行ける!!」
「テツ君がウチを使いこなし始めた!」
梓の力から発現する青いオーラが川の流れのようにテツを追いかけるようにするのを梓は嬉しそうに見つめる。
その流れがどんどんはっきりしてくると雄一は防戦に追い込まれる。
だが、追い込まれるほどに雄一の口許には強い笑みが浮かび上がった。
テツ自身も今までで一番の加速が出来てると自負するがそれでも雄一の防御を突破できない。
「俺は諦めない!」
それでも攻撃を続けるテツは雄一がただ防戦してた訳じゃない事に気付く。
一撃の為に気を練り込み、形勢を逆転させようとしてる事に……
テツが気付いた事に雄一も気付いたようで雄一が攻勢に出る前兆が現れる。
慌てたテツが梓を鞘に戻し、居合い切りをする体勢で滑るようにして雄一に肉薄する。
一刀で仕留めるという雄一の気迫に思わず、届く距離ギリギリから梓を抜き放ちそうになるテツ。
以前、テツに語りかけた雄一の言葉が過る。
「テツ、お前が怖いと思った一歩先がお前の領域だ!」
その言葉に背を押されたテツは下唇を噛み締めて、雄一の気迫から感じる恐怖を飲み込む。
間合いに入ったテツに重い一撃を放ってくる雄一の剣戟から目を逸らさずにテツは、その内側に飛び込むとテツの頬が斬られて血が噴き出す。
その血で片目が使えなくなるがテツは気合い一閃、梓を抜き放つ。
「唸れっ! そして切り裂く!!」
テツの叫びと共に雄一の足下から竜巻が生まれて、一瞬だが雄一の動きが止まると同時に抜き放った梓で雄一に斬りかかる。
テツは雄一と交差して地面に膝を着く。
既に体力の限界に来ていたテツは荒い息を吐く背後で雄一が肩を揺らして笑い始める。
「今のは良い攻撃だった。竜巻を発生させるのは予想してなかったぞ?」
「おかしいのですよぉ! どうして意志を持って話すのでしょう!?」
梓は自分が土の邪精霊獣のイメージから作り出した雄一に能力制限をかけて生み出したはずだと混乱する。
テツは荒い息を吐きながら振り返った先にいる雄一の胸元のカンフー服に切れ目が入り、逞しい胸元から滲むような掠り傷による血が見える。
何が何だか分かってないテツがふらつきながら立ち上がると雄一は近づき、背丈が近くなったテツに頭に大きな掌を置く。
「強くなったな、テツ。やっぱりお前が俺の一番弟子であり、家の長男だ」
その言葉にワナワナとする口許を引き絞り、テツは歯を食い縛って溢れそうになる感情を必死にコントロールしようとする。
何も言えなくなっているテツの頭をクシャ、と撫でる雄一は優しく笑みを浮かべ、背を向ける。
背を向ける雄一に慌てたテツが「ユウイチさん!」と声を出して手を伸ばすが、雄一の姿が霞むように消え始める。
「テツ、みんなを頼むぞ」
その言葉と共に消えようとする雄一に駆け寄るテツが掴もうとした瞬間に消え、そこにはイエローグリーンライトのオーラの残滓が漂うがそれも霧のように消える。
その消えた残滓を抱くようにするテツの背後に近寄る梓が混乱気味に言ってくる。
「土の邪精霊獣に残った彼のオーラが意志を持たせたのでしょうかねぇ?」
「……そんな事はどうでもいい。ユウイチさんと会わせてくれて有難う、梓さん」
梓に背を向けるテツの頬に一滴の涙が流れるがテツは拭わずに続ける。
「さあ、出よう。出て、やらないといけないことが沢山ある」
「出ようと言われても、私の世界から出るのは簡単ですけどぉ、土の邪精霊獣から出るのは……」
体力も底をついているテツでは1段階済んだ梓を持ってしても無理かも、と告げてくるがテツは笑みを浮かべる。
「大丈夫、今の俺なら空すら斬れる気がするよ」
振り返り、男の顔をするテツに度肝を抜かれる梓は、咳払いをして落ち着きを取り戻してテツの精神を肉体へと戻した。
▼
肉体に戻ったテツであったが、精神世界のテツと今のテツの損傷がどちらが酷いか比べる意味があるか分からないほどにこちらも損傷していた。
痛む体にムチ打って突破口になる場所がないかと辺りを見渡すテツに左手に持つ梓が言ってくる。
「あっちの方向から力が漏れ出す流れを感じますねぇ?」
梓にそう言われたテツは引きずるようにそちらに向かうと僅かに光が漏れ出す小さな亀裂を発見する。
その亀裂の向こうでヒースが悔し過ぎて泣きそうになっている顔で魔力の奔流に逆らって必死に近寄ろうとする姿を見つめてテツは薄い笑みを浮かべて言葉にする。
「ヒース、君は生き急いでた時の俺に少し似ている。生き急いでも良い事など何もない。だから泣きそうな顔をするなっ!」
テツは梓の力で分身を強化して亀裂に連撃を入れる。
そして、後一撃という手応えを得た瞬間、テツはヒースに伝えないメッセージを口にする。
「どっしり構えろ、男だろ?」
テツは雄一のような笑みを浮かべて最後の一撃を叩き込んだ。
0
お気に入りに追加
272
あなたにおすすめの小説
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?
闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。
しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。
幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。
お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。
しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。
『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』
さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。
〈念の為〉
稚拙→ちせつ
愚父→ぐふ
⚠︎注意⚠︎
不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。
【完結】『飯炊き女』と呼ばれている騎士団の寮母ですが、実は最高位の聖女です
葉桜鹿乃
恋愛
ルーシーが『飯炊き女』と、呼ばれてそろそろ3年が経とうとしている。
王宮内に兵舎がある王立騎士団【鷹の爪】の寮母を担っているルーシー。
孤児院の出で、働き口を探してここに配置された事になっているが、実はこの国の最も高貴な存在とされる『金剛の聖女』である。
王宮という国で一番安全な場所で、更には周囲に常に複数人の騎士が控えている場所に、本人と王族、宰相が話し合って所属することになったものの、存在を秘する為に扱いは『飯炊き女』である。
働くのは苦では無いし、顔を隠すための不細工な丸眼鏡にソバカスと眉を太くする化粧、粗末な服。これを襲いに来るような輩は男所帯の騎士団にも居ないし、聖女の力で存在感を常に薄めるようにしている。
何故このような擬態をしているかというと、隣国から聖女を狙って何者かが間者として侵入していると言われているためだ。
隣国は既に瘴気で汚れた土地が多くなり、作物もまともに育たないと聞いて、ルーシーはしばらく隣国に行ってもいいと思っているのだが、長く冷戦状態にある隣国に行かせるのは命が危ないのでは、と躊躇いを見せる国王たちをルーシーは説得する教養もなく……。
そんな折、ある日の月夜に、明日の雨を予見して変装をせずに水汲みをしている時に「見つけた」と言われて振り向いたそこにいたのは、騎士団の中でもルーシーに優しい一人の騎士だった。
※感想の取り扱いは近況ボードを参照してください。
※小説家になろう様でも掲載予定です。
『王家の面汚し』と呼ばれ帝国へ売られた王女ですが、普通に歓迎されました……
Ryo-k
ファンタジー
王宮で開かれた側妃主催のパーティーで婚約破棄を告げられたのは、アシュリー・クローネ第一王女。
優秀と言われているラビニア・クローネ第二王女と常に比較され続け、彼女は貴族たちからは『王家の面汚し』と呼ばれ疎まれていた。
そんな彼女は、帝国との交易の条件として、帝国に送られることになる。
しかしこの時は誰も予想していなかった。
この出来事が、王国の滅亡へのカウントダウンの始まりであることを……
アシュリーが帝国で、秘められていた才能を開花するのを……
※この作品は「小説家になろう」でも掲載しています。
婚約破棄と領地追放?分かりました、わたしがいなくなった後はせいぜい頑張ってくださいな
カド
ファンタジー
生活の基本から領地経営まで、ほぼ全てを魔石の力に頼ってる世界
魔石の浄化には三日三晩の時間が必要で、この領地ではそれを全部貴族令嬢の主人公が一人でこなしていた
「で、そのわたしを婚約破棄で領地追放なんですね?
それじゃ出ていくから、せいぜいこれからは魔石も頑張って作ってくださいね!」
小さい頃から搾取され続けてきた主人公は 追放=自由と気付く
塔から出た途端、暴走する力に悩まされながらも、幼い時にもらった助言を元に中央の大教会へと向かう
一方で愛玩され続けてきた妹は、今まで通り好きなだけ魔石を使用していくが……
◇◇◇
親による虐待、明確なきょうだい間での差別の描写があります
(『嫌なら読むな』ではなく、『辛い気持ちになりそうな方は無理せず、もし読んで下さる場合はお気をつけて……!』の意味です)
◇◇◇
ようやく一区切りへの目処がついてきました
拙いお話ですがお付き合いいただければ幸いです
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
【完結】英雄様、婚約破棄なさるなら我々もこれにて失礼いたします。
紺
ファンタジー
「婚約者であるニーナと誓いの破棄を望みます。あの女は何もせずのうのうと暮らしていた役立たずだ」
実力主義者のホリックは魔王討伐戦を終結させた褒美として国王に直談判する。どうやら戦争中も優雅に暮らしていたニーナを嫌っており、しかも戦地で出会った聖女との結婚を望んでいた。英雄となった自分に酔いしれる彼の元に、それまで苦楽を共にした仲間たちが寄ってきて……
「「「ならば我々も失礼させてもらいましょう」」」
信頼していた部下たちは唐突にホリックの元を去っていった。
微ざまぁあり。
【完結】彼女以外、みんな思い出す。
❄️冬は つとめて
ファンタジー
R15をつける事にしました。
幼い頃からの婚約者、この国の第二王子に婚約破棄を告げられ。あらぬ冤罪を突きつけられたリフィル。この場所に誰も助けてくれるものはいない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる