ファンタジー小説集

もち雪

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カテゴリー『恋愛』

次期社長を守る為に渋谷から二時間の道のりを行く

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 今は、早朝の五時五十九分、六時にかけた目覚ましが鳴る前に起きる。
 施設『幸せの子供』から独立した今でもその仕組みは私の中で生きている。
 中学生になってから『あと5分』なんて言った子供は、顔の形が変わるまで殴られていたあの施設で、育った子供の中でその仕組みが消えた子供などいないだろうきっと……。
 窓から外を見ると梅雨の雨がまだ続いている。

「良かった。」
 私は胸を撫で下す。
 今日は新しい仕事だ。腰まである長い髪を『エメラルド』色の組み紐で結び、制服を着る。
 もう一度仕事の概要を確認後、警護の対象者の顔を見返す。
『須藤たける』十八歳、成人となる今日、須藤財閥の継ぐ事になる。今日の私の警護対象者。
 すべての書類と記憶が完全にマッチしたので、シュレッターにかけたのち学生鞄を持って出掛ける。

 電車に乗って二時間かけて東京の渋谷駅のハチ公前に移動する。
 彼は予定より一時間早く待っていた。白地に植物柄のアロハとカーキ色のチノパンに金髪、サングラス、透明な傘。
 そこにいる誰よりも目立っていた。
 写真をよりも本人の方が、端正な顔だが自信ありげな口元に人を寄せ付けない雰囲気を強く感じる。
「おはようございます」

「おはよう、じゃあ行こうか」
 彼は促す様に歩くが先に進むでも、遅く行くでもなく私の横を歩く。

「着替えや帽子など持っていないでしょうか?あの……その恰好は目立ち過ぎます」
「待ち合わせ時間よりもだいぶ早いようですし……」
 その時、私は異変を感じ彼の腕を掴み走りだそうとする、その私を押しとどめ、拳銃持った男が待つ自動車のもとへ行くと私を車に乗せ横へ座った。
 そしてバックを私に渡す。
 ヘッドセットマイクと私の調査書まで入って居る。
 コードネーム 雨、『本名雨宮 鈴』同期の中で二位の成績で施設から出荷。 異能力は、水を自在に操れる能力、建物内、外で強さは変わるが、知っている人間なら感知可能、雨の中ではその能力は強まる、煙硝反応での察知能力訓練済みなど私のあらゆるものが記載されている。

 私は気が重くなった……。この事は施設に、報告する義務があり……これ程の記載の状態なら場合によっては、漏洩した罰によって死ぬ仲間は一人、二人では済まないだろう……。
「君の今日の仕事は漁師だ。」
 
「君と俺は、これから二時間かけて歩き、僕の物になるオフィスへ行く」
 
「そうすれば俺を今まで殺そうとしていた、殺し屋もやってくるだろう、うまくいけば親戚達も一網打尽に出来る」

 その時、少しのノイズと共にヘッドセットマイクから声が聞こえてきた。
「聞こえますか?」
「はい、聞こえます。左右両耳とも音声クリーアです」

「OK、こちらもバッチりです。念のため予備のセットも確認お願いします」
 男性はチームリーダーで、チーム人数十五人である事とその移動ルートを地図によって教えてくれた。
 私としては人数が距離に対して少ない様に感じたが、国営の施設とたぶん民間のチームとではいろいろ違うのだろう。

 彼と行動するのは私だけだと説明されると同時に――。
「さーデートの始まりだ」と彼は車から私を連れ出した。

 彼の耳についた微小のピアスが高性能小型マイクセットになっているのかもしれない。
 大通りを歩く今回のミッションで、彼らは私が指示通りにビルの上のスナイパーを片付け、私が負傷、もしくは拘束した人間を手早く処理し事、すべてうまくいくはずだった。

 しかし一発の弾が、私の制服に穴を空けた。
 ただ対象者の彼がきまぐれでアイスを私に買ってくれただけで……。
 
 ――やってしまった……こんな大事な時に……。
 
 マイクの音声が車を誘導し、私達はその車に乗り込む。
 
「すみません」
 
 彼が心配そうに私の肩を抱く。
 そんな中で私は、涙を押さえ切れない――。
 なぜならば昔の記憶があるからだ……。
 施設から一番に出荷された子が居なくなって一時期、私の能力が不安定になった事がある。
 始めは顔がはれるまで殴った教官も、心理の先生と話し腫物に触る様にやさしくなり……私を余計惨めにさせた。
 名前も顔も何故か覚えていない子の為に不調になるなんて……。
 そんな屈辱を味合わないよう人付き合いも制限してきたのに……。

 
「大丈夫か?」彼の声を耳元で、聞くだけで顔が赤くなる。
 
 やはりアレだ……。恋ってやつらしい。
 
「すみません、私も一応プロなので告白しますが」
「私の能力には、弱点があって依頼主様の事が好きになったようなので、今回、これ以上力を発揮できないと思います。」
 
 ――私の輝かしい成績は今度こそ終わった……涙が止めどなく流れる。
 そんな私の横で彼は涙を流さんばかりに大爆笑し、運転役は私たちに引き気味だ。

 笑い疲れた彼は、『すみません、ジュース貰っていいですか?』と言ってイチゴのジュースを貰い、ひとくち飲んだ。
 
「はい、どうぞ」
 そう言って飲みかけのジュースを手渡す。
 受け取り黙ってひとくち飲んで顔を上げると彼の顔があった。

 そのまま彼は私にキスをする。
 
 彼の顔が近く、彼の吐息がかかる。
 
 いままでにない、いちごの味が広がる。
 
「今だけは大丈夫だから、一緒に行こう」
 そう言って、彼は私を車の外へ連れ出した。

 世界は平穏に戻っていた。
 彼の顔を見てもどきどきしないし、すべてがいつも通りだ。
 
「ありがとうございます」
 お礼を言う私に運転役は目をまるくしていたが、私はプロなので動じる事はない。
 
 彼は、無事彼のオフィースの会議室の前に立ち仕事は無事終了した。
 別れの時に、彼は私の髪の組ひもをほどいて、私の目の前で切った。施設でのあの子のただ一つの思い出は、彼によって壊された。

 帰りの電車の中のテレビには、黒髪で背広姿の彼いた。
 家に届いた夕刊の新聞の中にも居たが、それとは別に施設からの私へ解雇の知らせも一枚入って居た。
 そのまま気がついたら朝、五時五十九分。
 
 ふいに玄関のチャイムが鳴って、家の外を手鏡越しに見る。
 
 玄関には彼が居た、施設の同期中で一番の成績を収めた。
 たける彼の能力は言葉とその効果に強める為、アイテムを使う。
 
 『絶対服従』だ。

 世界の平穏は彼によって壊された。
 私は玄関の扉を確かめもせず、彼に飛びついた。

 終わり
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