悪魔の頁

kawa.kei

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第39話

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 御簾納と名乗った男は肉体的な疲労もあっただろうが、精神的にもかなり消耗しているようで表情には憔悴が張り付いていた。
 抵抗する気力もないのか地面に蹲って、祐平の質問に淡々と答える。

 「――なるほど。 人を集めたのは良いけど、抱えきれなくなって放り出したと」
 「無責任って言いたい所だが、状況が状況だし仕方がないだろ」

 そう言って肩を竦める水堂の反応に祐平も内心で同意した。
 元々、彼等自身も仲間を集めるつもりだったので、結果はどうあれある程度は成功させた御簾納を非難する理由はなかったからだ。

 「それで? どうするのよ。 下手に人数を集めても逆効果になるじゃない。 先に言っておくけど私はこの人と一緒にいたって面子と合流するのは嫌よ」

 櫻井は何をされるか分からないしと付け加える。
 特に身を守る術を持たない彼女からすれば信用できない相手と行動を共にするのには強い抵抗があった。
 
 「ま、このおっさんが放り出した連中に関しては今は棚上げでいいだろ。 ――にしても協力と依存は別だって理解できないものかねぇ?」
 「誰も彼も水堂さんみたいにメンタル強い訳じゃないですから、この状況で参ってしまってるんでしょうね。 そんな状況で未来予知なんてお手軽な手段が目の前にぶら下がってたら縋りつきたくもなりますよ。 ただ、代償を知った上で強要していたってんならそいつらは残らずカスだと思いますけど」
 
 魔導書使用の代償は寿命だ。 彼等は知らなかったとはいえ、文字通り命を削る事を御簾納に強要していた事になる。 

 「だ、代償? 君達は魂を消費する事の意味を知っているのか?」
 「はい、俺の悪魔がその辺を教えてくれる能力だったので」
 「お、教えてくれ。 前の持ち主は第五位階を使用して死んでしまった。 一体、何故あんな事に……」
 
 御簾納は祐平に縋りつくように尋ねる。
 自分はこの怪しげな本を動かす為に何を支払っていたのか?
 分からない事は不安だった。 もしかしたら使ったが最後、取り返しのつかない事になっているのではないか? そう考えると不安でたまらなかった。

 彼の疑問に祐平は――

 「先に結論から言ってしまうと寿命ですね」

 ――あっさりと答えをくれた。

 「じ、寿命?」
 「はい、御簾納さんの話が本当なら前の持ち主は第五位階の使用で寿命を使い果たして死んだ事になります。 第五なんて使うと寿命が年単位で吹っ飛ぶので、年配の方だと一分も保たない場合もあり得ます」
 「そ、それは本当なのか!? 使うと寿命が減る? なら私の寿命も減っているのか!?」
 
 祐平に掴みかかろうとする御簾納の襟首を水堂が掴んで引き離す。
 
 「まぁ、落ち着けよおっさん」
 「いや、知らずに寿命支払わされてたんだから割と順当な反応じゃない?」
 「二人ともドライですね……。 ――とにかく、寿命に関しては残念ですが事実です。 御簾納さんがここに来るまでにどれだけ使って来たのかは分かりませんが、今後は使用を控える事をお勧めします」
 「……だ、だが、ここを出るにはどうすれば……」
 
 ぶつぶつと譫言のように帰りたい帰りたいと呟く御簾納を見て三人は顔を見合わせる。

 「どうする?」
 「知らないわよ。 というか、私に決定権ってあるの?」

 真っ先に口を開いたのは水堂だ。 それを見て櫻井は肩を竦める。
 祐平も流石に放置はできないと思っているのでなるべく刺激しないように優しく彼に身の振り方を尋ねる。

 「御簾納さん。 あなたにはいくつか選択肢があります。 落ち着いて聞いてください。 出来ますか?」
 
 御簾納がゆるゆると頷いたのを見て祐平は話を続ける。

 「まずは大きい選択で、俺達と来るか来ないかです。 来るなら仲間として扱いますが、最低限の協力はして貰います。 来ないっていうのなら俺達と会った事を吹聴して回るのは勘弁してほしいです。 ただ、笑実って女の子を見かけたなら俺が探していると伝えてくれるとありがたいです」
 「……その娘は君の知り合いなのかね?」
 「はい、一緒にここまで連れて来られたので何とか見つけて合流したいんです。 一応、聞きますが、それっぽい子を見かけませんでしたか?」
 「いや、私が出会ったのは一緒に行動していた者だけだ。 ――もっともそれも放り出してしまったがね」

 御簾納は自嘲気味に笑う。

 「大きい選択肢と君は言ったが、なら小さな選択肢とは何かね?」

 多少は気持ちが落ち着いたのか御簾納の表情は少しだけ持ち直していた。

 「俺達と一緒に来る場合ですが、その魔導書をどうするかですね。 使いたくないなら、所有権を放棄して俺か水堂さんに譲ってください。 まぁ、水堂さんには戦闘で頑張って貰うので、使うのは俺になりそうですが」
 「渡した後、私は用済みかね?」
 「いやいや、流石にそんな真似はしませんよ。 櫻井さんを見てください。 彼女は魔導書を譲り渡して貰った上で一緒に来て貰ってます」
 「無理矢理取り上げといてよく言うわ」
 「そりゃお前が魔導書で俺達を洗脳しようとしたからだろうが。 取り上げられて当然だ」
 「それしかできないんだから仕方がないでしょ!?」
 「……開き直んなよ……」

 後ろでやいやいと言い合う二人から目を逸らしながら祐平は話を続ける。

 「と、ともかく、魔導書を貰ったからと言って放り出すような真似はしません。 可能な限り守ろうとは思います。 ですが、状況が状況なので絶対に守り抜きますとは言えません。 仮に引き渡しを拒んだ上で一緒に来ると言うのなら最低限の協力は求めます」

 最後に祐平はよく考えてくださいと付け加えた。
 御簾納は落ち着きを取り戻した頭で考える。 この状況で最も重要な事は目の前の彼等は信用できるか否かだ。 魔導書の代償に関しても信用できる――消えた人間を見た以上、信用せざるを得ない。
 
 彼等の仲間になって魔導書を引き渡す事で今後、使用するに当たってのリスクは消える。
 問題は彼等が裏切らない保証がない事と、自衛の手段を失う事だ。
 魔導書を失った状態で放り出されると本当に死ぬしかなくなる。 
 
 彼等と行動を共にする事は早い段階で決めていた。
 単独行動が危険だと言う事は最初から理解していたからだ。 今回に関してはあの集団で行動する事が単独行動を行うリスクを上回ったからであって、一人で居たい訳ではない。

 だから彼の考える事は魔導書を渡すか否かだった。
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