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第38話
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――何故こんな事に……。
御簾納 容一郎は泣きそうになりながら一人で迷宮を走っていた。
当初のプランでは味方を集め、皆で知恵を絞って脱出を狙う。
三人寄れば文殊の知恵とも言うのだ。 三人どころか数十人もいればきっといいアイデアが浮かぶはず。
全ての人間にとってリスクが低く、脱出と言う大きなリターンがあるのだ。
冷静に考えられるなら誰にとってもいい話だろう。 御簾納はそう思って仲間を集めるべく動き出した。
幸いにも彼の魔導書は仲間を集める事に適している事も追い風となっている。
一人、二人と仲間が増えた事で自分のやり方は正しく、きっと脱出という希望に繋がっているのだ。
そう固く信じて行動して来たのだが、実際の結果はその真逆だった。
確かに団結はできた。 十人まで人数を集められたのは彼の手腕による物と言える。
だが、頭数が増えると肯定的な意見だけでなく、否定的、または自己中心的な意見も一定割合で現れる。 それにより集団内に不和が生まれる事を彼には想像ができなかった。
そして未来を垣間見る事を可能とする魔導書が彼の手元にきた事も大きな要因で、一人が未来を知りたがればそれに同調して二人が知りたがる。 魔導書使用のリスクは彼等も見ているはずなのに、御簾納に執拗に未来を見せろと求め続けるのだ。
彼等が安易に使えと言う理由はおぼろげながら察していた。
何故なら使うのはあくまで御簾納であって、彼等自身ではないからだ。
リスクを一方的に押し付けられるので、気軽に見せろと要求できる。
それでも御簾納は根気強く、周囲を説得した。 リスクの説明をしつつ可能な範囲――低位階を用いての直近の未来を見る事で安全を確認する。 特に前の持ち主が上位位階を使用した事によって死亡していた。
その為、高位階での魔導書使用は非常にリスクが高いのだ。 こんな事になるなら自分で取らずに未来を見せろとうるさい奴に押し付けてしまえばよかったと後悔した。
分割して譲渡する事も考えたが、どうも統合されると一冊として認識されるらしく、引き渡す場合は全て持って行かれる。 流石に全ての魔導書を失うリスクは負えなかった。
結局、御簾納が管理するしかないのだ。 同時に何となくだが、仮に催促する者達に渡したとしても使用、または受け取りを拒否するだろうと思っていたので結果は変わらないはずだ。
彼等はリスクがないから図々しい要求ができ、自分にとって何の損もしないから平気で死にかねない高位階の行使を気軽に提案できるのだ。
――自分さえ助かれば他はどうなっても構わない。
別にその考え自体を否定する気はない。 程度の差こそあるが、御簾納も家族の為に帰らなければならないと思っており、それが叶うならどんな事をしてもいいと思っている。
だからと言って他者を犠牲にするようなやり方は、実行するにしても最後の最後、選択肢がそれしかなくなった場合に検討するべきであって安易に犠牲を強いるのはおかしい。
そう考えてはいたのだが、たったの一日でその考えが浅はかだったと気付かされた。
仕方ない、それしかない、そして自分にリスクがない。 前の二つを建前に最後の本音が透けて見える要求を行う者達の人間性を彼は心の底から醜いと思ってしまった。
確かに必要であれば人は他者を切り捨てる事ができる生き物だ。
だが、それを律する事こそ人間性と御簾納は考える。
それを放棄し、開き直る事すらせずに透けて見える欺瞞で隠す者達の醜悪さは見るに堪えない。
自覚してしまえばもう駄目だった。 自分で集めて置いて酷い話だとは思うが、これ以上は彼の精神が耐えられそうにない。 最後の決め手になったのは魔導書によって見た未来だ。
近い将来、彼は殺されて魔導書を奪われる。 そんなビジョンを見てしまった。
彼は自身の破滅と欲望に濁った眼差しから逃れる為に当てもなく駆け出したのだ。
用を足すと誤魔化し、距離を取った所で走り出した。
他者の醜悪さもそうだが彼はこれ以上、無責任な期待を押し付けられる事に耐えられなかったのだ。
自分が抜ける事であの手段は高い確率で空中分解するだろうが、もう知った事ではない。
無責任? その通りだろう。 だが、もう自分には無理だ。
そんな自分にも強い嫌悪感を感じるが、今の彼は一刻も早く楽になりたい一心で走る。
滅茶苦茶に走り、脇道を見つければ追跡を困難にするために飛び込んだ。
恐怖と焦燥と見捨てた事の罪悪感で感情は滅茶苦茶になる。 ひいひいと情けない声を上げ、目尻からは涙が零れた。
――誰か、誰か助けて。
当初の家族の為に帰りたいといった気持ちは消え失せた訳ではないが、なによりも自分が助かる事を考えてしまっている。 自覚こそなかったが、それこそが彼が醜悪と断じた人間の本性だった。
未来は確定したものではないので変える事は不可能ではない。 だが、彼は逃避を選択し、自らが嫌悪する行いを実行した。 そして皮肉な事に自らの行いの意味に気が付かない。
そこに居るのは脱出に燃える男ではなく、みっともなく何かに縋ろうとする卑小な存在だった。
――どれだけ走っただろうか?
体力が尽きるまで御簾納は走り続けた。
ぜいぜいと荒い息を吐きながら、彼は壁を背に預ける。
背後を振り返ると何の気配もない。 どうやら気付いていないか、完全に振り切った見ていいだろう。
「……あぁ、クソッ。 どうすれば……どうすればいいんだ。 美余、伊久子……」
彼は妻と娘の名前を呟き、頭を抱えて蹲る。
しばらくの間、そうしていたがここにいる限り危機は完全に消えないのだ。
生き残る為には行動しなければならない。 魔導書を使用し取りあえず、直近の未来を――
――確認しようとして動きを止めた。
何故ならいつの間にか彼を取り囲むように二体の悪魔が居たからだ。
片方は真っ赤な騎士。 そしてもう一体は類人猿とでもいうのだろうか?
体の構造は人に近いが顔は猿に似ていた。 そしてそれを従えているであろう二人の男。
一瞬、追いつかれたと思ったが、悪魔にも男の顔にも見覚えはなかった。
「動くな。 魔導書を使ったら殺す。 祐平、こいつの魔導書は何だ?」
スーツを着た男が隣の学生風の男にそう尋ねる。
「えーっと『47/72』、『22/72』。 前者が対象に友愛――ちょっとしたカリスマみたいなのを発揮するみたいですね。 要は警戒心を削ぐ能力みたいです。 もう一つは未来予知ですね」
「どっちも戦闘向きじゃないっぽいな。 おっさん、どうする? 抵抗するか?」
御簾納は少しだけ悩んだ後、答えを口にした。
御簾納 容一郎は泣きそうになりながら一人で迷宮を走っていた。
当初のプランでは味方を集め、皆で知恵を絞って脱出を狙う。
三人寄れば文殊の知恵とも言うのだ。 三人どころか数十人もいればきっといいアイデアが浮かぶはず。
全ての人間にとってリスクが低く、脱出と言う大きなリターンがあるのだ。
冷静に考えられるなら誰にとってもいい話だろう。 御簾納はそう思って仲間を集めるべく動き出した。
幸いにも彼の魔導書は仲間を集める事に適している事も追い風となっている。
一人、二人と仲間が増えた事で自分のやり方は正しく、きっと脱出という希望に繋がっているのだ。
そう固く信じて行動して来たのだが、実際の結果はその真逆だった。
確かに団結はできた。 十人まで人数を集められたのは彼の手腕による物と言える。
だが、頭数が増えると肯定的な意見だけでなく、否定的、または自己中心的な意見も一定割合で現れる。 それにより集団内に不和が生まれる事を彼には想像ができなかった。
そして未来を垣間見る事を可能とする魔導書が彼の手元にきた事も大きな要因で、一人が未来を知りたがればそれに同調して二人が知りたがる。 魔導書使用のリスクは彼等も見ているはずなのに、御簾納に執拗に未来を見せろと求め続けるのだ。
彼等が安易に使えと言う理由はおぼろげながら察していた。
何故なら使うのはあくまで御簾納であって、彼等自身ではないからだ。
リスクを一方的に押し付けられるので、気軽に見せろと要求できる。
それでも御簾納は根気強く、周囲を説得した。 リスクの説明をしつつ可能な範囲――低位階を用いての直近の未来を見る事で安全を確認する。 特に前の持ち主が上位位階を使用した事によって死亡していた。
その為、高位階での魔導書使用は非常にリスクが高いのだ。 こんな事になるなら自分で取らずに未来を見せろとうるさい奴に押し付けてしまえばよかったと後悔した。
分割して譲渡する事も考えたが、どうも統合されると一冊として認識されるらしく、引き渡す場合は全て持って行かれる。 流石に全ての魔導書を失うリスクは負えなかった。
結局、御簾納が管理するしかないのだ。 同時に何となくだが、仮に催促する者達に渡したとしても使用、または受け取りを拒否するだろうと思っていたので結果は変わらないはずだ。
彼等はリスクがないから図々しい要求ができ、自分にとって何の損もしないから平気で死にかねない高位階の行使を気軽に提案できるのだ。
――自分さえ助かれば他はどうなっても構わない。
別にその考え自体を否定する気はない。 程度の差こそあるが、御簾納も家族の為に帰らなければならないと思っており、それが叶うならどんな事をしてもいいと思っている。
だからと言って他者を犠牲にするようなやり方は、実行するにしても最後の最後、選択肢がそれしかなくなった場合に検討するべきであって安易に犠牲を強いるのはおかしい。
そう考えてはいたのだが、たったの一日でその考えが浅はかだったと気付かされた。
仕方ない、それしかない、そして自分にリスクがない。 前の二つを建前に最後の本音が透けて見える要求を行う者達の人間性を彼は心の底から醜いと思ってしまった。
確かに必要であれば人は他者を切り捨てる事ができる生き物だ。
だが、それを律する事こそ人間性と御簾納は考える。
それを放棄し、開き直る事すらせずに透けて見える欺瞞で隠す者達の醜悪さは見るに堪えない。
自覚してしまえばもう駄目だった。 自分で集めて置いて酷い話だとは思うが、これ以上は彼の精神が耐えられそうにない。 最後の決め手になったのは魔導書によって見た未来だ。
近い将来、彼は殺されて魔導書を奪われる。 そんなビジョンを見てしまった。
彼は自身の破滅と欲望に濁った眼差しから逃れる為に当てもなく駆け出したのだ。
用を足すと誤魔化し、距離を取った所で走り出した。
他者の醜悪さもそうだが彼はこれ以上、無責任な期待を押し付けられる事に耐えられなかったのだ。
自分が抜ける事であの手段は高い確率で空中分解するだろうが、もう知った事ではない。
無責任? その通りだろう。 だが、もう自分には無理だ。
そんな自分にも強い嫌悪感を感じるが、今の彼は一刻も早く楽になりたい一心で走る。
滅茶苦茶に走り、脇道を見つければ追跡を困難にするために飛び込んだ。
恐怖と焦燥と見捨てた事の罪悪感で感情は滅茶苦茶になる。 ひいひいと情けない声を上げ、目尻からは涙が零れた。
――誰か、誰か助けて。
当初の家族の為に帰りたいといった気持ちは消え失せた訳ではないが、なによりも自分が助かる事を考えてしまっている。 自覚こそなかったが、それこそが彼が醜悪と断じた人間の本性だった。
未来は確定したものではないので変える事は不可能ではない。 だが、彼は逃避を選択し、自らが嫌悪する行いを実行した。 そして皮肉な事に自らの行いの意味に気が付かない。
そこに居るのは脱出に燃える男ではなく、みっともなく何かに縋ろうとする卑小な存在だった。
――どれだけ走っただろうか?
体力が尽きるまで御簾納は走り続けた。
ぜいぜいと荒い息を吐きながら、彼は壁を背に預ける。
背後を振り返ると何の気配もない。 どうやら気付いていないか、完全に振り切った見ていいだろう。
「……あぁ、クソッ。 どうすれば……どうすればいいんだ。 美余、伊久子……」
彼は妻と娘の名前を呟き、頭を抱えて蹲る。
しばらくの間、そうしていたがここにいる限り危機は完全に消えないのだ。
生き残る為には行動しなければならない。 魔導書を使用し取りあえず、直近の未来を――
――確認しようとして動きを止めた。
何故ならいつの間にか彼を取り囲むように二体の悪魔が居たからだ。
片方は真っ赤な騎士。 そしてもう一体は類人猿とでもいうのだろうか?
体の構造は人に近いが顔は猿に似ていた。 そしてそれを従えているであろう二人の男。
一瞬、追いつかれたと思ったが、悪魔にも男の顔にも見覚えはなかった。
「動くな。 魔導書を使ったら殺す。 祐平、こいつの魔導書は何だ?」
スーツを着た男が隣の学生風の男にそう尋ねる。
「えーっと『47/72』、『22/72』。 前者が対象に友愛――ちょっとしたカリスマみたいなのを発揮するみたいですね。 要は警戒心を削ぐ能力みたいです。 もう一つは未来予知ですね」
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