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第23話
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濱井 隆介は怒り狂っていた。
面白くない。 上手くいかない。 腹が立つ。
沸点が低く、気に入らない事があるとすぐに手が出る彼にとってこの状況は酷くストレスが溜まる。
普段は誰かか何かを殴って解消するのだが、この迷宮内には手頃な対象が余りいなかった。
さっきまで遭遇した怪物を魔導書の第三位階で死ぬまで殴ったので多少は気持ちが落ち着いたが、未だに苛々が消えない。 最大の理由は怪物を殴り殺す少し前まで遡る。
歩いていると魔導書を持った男と遭遇した。 生意気な奴で魔導書を寄越せばパシりにしてやろうと思ったのに断ってきたので殴り殺したのだ。 殺すつもりはなかったのだが、抵抗された事に腹を立ててそのまま殴り殺してしまった。 その事に関して特に思う事はない。
非現実的な状況なのだ。
警察にも介入される可能性は低く、知らない顔をしていればいいと軽く考えており、そこには殺人に対する後悔の類は一切ない。 喧嘩を売ってきたのだから殺されても文句は言えないだろう。
つまり弱い奴が悪いと断じている。 そしてここで起こった事は恐らく表沙汰にならないので、我慢をする必要が一切ないのは彼にとって何かと都合が良かったのだ。
――だが、都合が良い事とストレスが溜まらない事はイコールではない。
訳も分からずに拉致されて、訳の分からない場所に放り込まれる。
これ以上ない程に不愉快だ。 濱井はここに連れて来た者が目の前に現れたら躊躇なく殴り殺すだろう。 ひいひいと情けない声を上げさせ、相手のプライドを完全に粉砕して屈服させる。
今年で二十八の彼だったが、思考は小学生の頃から一貫しており、最後には喧嘩が強い者が偉く暴力が物を言うと固く信じていた。
そんな彼がこんな環境に放り込まれれば力技での解決を試みるのは当然の流れと言える。
話を戻そう。 濱井は気に入らない相手を殴り殺した。
そこまではいい。 相手は死んだが、問題はその直後だ。
魔導書が消えてどこかへ行ってしまったのだ。 主催者は魔導書を集めろと言っていたのに、殺した相手の魔導書が手に入らないのはどういう事だ?
理解ができない事は非常に彼を苛立たせる。 彼の考えではこの催しはサバイバルゲームで、他の参加者全員から魔導書を取り上げれば優勝。
シンプルに考えた結果ではあるが、彼の考えは的を射ており、行動もその意向に沿った形となる。
だが、今回に関してはタイミングが悪かった。 彼の殴り殺した魔導書の所持者は確かに死亡し、それにより所有権が宙に浮いた状態となった。 その瞬間に他の魔導書の能力で転移させられたので、彼の手に入る事がなかったのだ。 そんな事を知らない彼は苛立ちを募らせるだけだった。
彼は燻った怒りを抱えたまま、誰かと出くわさないかと捌け口を求め、肩を怒らせて歩く。
すると前方に自身の物とは違う足音が聞こえて来た。
誰かが近寄って来る。 濱井は大きな笑みを隠しもせずに浮かべた。
これでもやもやした気分がすっきりする。
今の彼の心情を一言で形容するなら「誰でもいいから殴りたい」だ。
取りあえず、因縁をつけて殴ろう。 早く殴りたい、すっきりしたい。
逸る気持ちを抑えつつ足を早めた。 闇から現れたのは冴えない感じのする男。
くたびれたスーツにレンズの分厚い眼鏡。
頭髪は頭頂部が抜け落ちており、有り体に言えば少し剥げていた。
経験からこの手の奴は少し脅せばどうとでもなるので濱井は早々に威圧的に男に凄んで見せる。
「おい、おっさん。 魔導書寄こせ」
男はぶつぶつと小声で何かを呟く。
濱井は面倒になったのでつかつかと歩み寄り、男の胸倉を掴むとそのまま殴りつけた。
男は無様に転がって地面を這う。 逃げようとしていると判断し、その背を踏みつけた。
「逃げてんじゃねぇぞ!」
腹に蹴りを入れる。 男は咄嗟に腕で庇い、防がれた。
生意気にガードした事が気に入らなかったので、更に蹴ろうとしたがそれよりも早く男が魔導書を起動する。
――<第三小鍵 41/72>
同時に爪先から彼の彼の体を包むように水が発生し、体を這うように胴体を登る。
濱井が驚きの声を上げる間もなくその顔を覆う。 ゴボリと気泡が上がる。
唐突に呼吸を封じられた濱井はどうにか剥がそうともがくが彼の体を覆った水は剥がせない。
男はゆっくりと立ち上がると引き攣った歪んだ笑みを浮かべ、薄気味の悪い甲高い声で笑う。
嘲笑とも呼べる笑い声を上げながら男はその場に座り込む。
濱井は男の心底から馬鹿にしたような表情を見て、怒りが頂点に達した。
怒りはあらゆるリスクを度外視して彼に現状の打開と怒りの発散を促す。
目の前の気持ちの悪い笑みを浮かべる中年に舐められる事が許せない。
彼は男を舐めてかかっていたが、舐められる事は我慢できなかった。
――<第五小鍵――
ゴボリと彼の顔を覆っていた水が彼の喉を強引に通過して胃ではなく、肺に流れ込む。
それにより集中が途切れ発動が阻害される。
「ひ、ひひ、おい、クソガキ。 舐めてた相手にやられる気分はどうだ? あぁ?」
男は呪詛の塊のような低く淀んだ声を出しながらカチャカチャとズボンのジッパーを下ろして放尿を始めた。 放物線を描いた液体は濱井を蝕んでいる水に混ざる。
「俺の小便は上手いか? えぇ? どいつもこいつも俺を舐めやがって。 おい、何とか言ってみろよ」
男は煽るように濱井に言葉を投げつける。
濱井はそんな場合ではなく、必死に酸素を求めて水の中で藻掻く事しかできない。
そんな彼を男はひたすらに罵倒し続ける。 ゴミ、屑、カス、お前なんて生きている価値がない。
思いつく限りの罵倒を吐き出し、満足したのか座り込んでニヤニヤと濱井が藻掻く様を眺める。
しばらくすると濱井の身体から力が抜けた。 溺死したと思われるが男は油断せずに腕時計に視線を落とす。
たっぷり十数分待ってから能力を解除。 動かなくなった濱井の死体を二、三発蹴った後、魔導書を拾い上げる。 持ち主の居なくなった魔導書はすんなりと男を受け入れ、統合された。
男はたった今、行った殺人に対して何の後悔もない。 それでも行為自体には抵抗があったので、それを消す為にわざと殴られたのだ。
怒りは躊躇を消す為に非常に有用だ。 だからこそ、男は濱井を殺すハードルを極限まで下げる為に殴られた。 彼は鬱屈した怒りを抱えていたが、根本的な部分で小心者だったので殺人という禁忌を侵すに当たって儀式が必要だったのだ。
だから男は濱井を殺した事に対して自信を持ってこういうだろう。
社会のゴミを処理した。 それに――
――どうせここで会った事は表沙汰にならないのだから。
面白くない。 上手くいかない。 腹が立つ。
沸点が低く、気に入らない事があるとすぐに手が出る彼にとってこの状況は酷くストレスが溜まる。
普段は誰かか何かを殴って解消するのだが、この迷宮内には手頃な対象が余りいなかった。
さっきまで遭遇した怪物を魔導書の第三位階で死ぬまで殴ったので多少は気持ちが落ち着いたが、未だに苛々が消えない。 最大の理由は怪物を殴り殺す少し前まで遡る。
歩いていると魔導書を持った男と遭遇した。 生意気な奴で魔導書を寄越せばパシりにしてやろうと思ったのに断ってきたので殴り殺したのだ。 殺すつもりはなかったのだが、抵抗された事に腹を立ててそのまま殴り殺してしまった。 その事に関して特に思う事はない。
非現実的な状況なのだ。
警察にも介入される可能性は低く、知らない顔をしていればいいと軽く考えており、そこには殺人に対する後悔の類は一切ない。 喧嘩を売ってきたのだから殺されても文句は言えないだろう。
つまり弱い奴が悪いと断じている。 そしてここで起こった事は恐らく表沙汰にならないので、我慢をする必要が一切ないのは彼にとって何かと都合が良かったのだ。
――だが、都合が良い事とストレスが溜まらない事はイコールではない。
訳も分からずに拉致されて、訳の分からない場所に放り込まれる。
これ以上ない程に不愉快だ。 濱井はここに連れて来た者が目の前に現れたら躊躇なく殴り殺すだろう。 ひいひいと情けない声を上げさせ、相手のプライドを完全に粉砕して屈服させる。
今年で二十八の彼だったが、思考は小学生の頃から一貫しており、最後には喧嘩が強い者が偉く暴力が物を言うと固く信じていた。
そんな彼がこんな環境に放り込まれれば力技での解決を試みるのは当然の流れと言える。
話を戻そう。 濱井は気に入らない相手を殴り殺した。
そこまではいい。 相手は死んだが、問題はその直後だ。
魔導書が消えてどこかへ行ってしまったのだ。 主催者は魔導書を集めろと言っていたのに、殺した相手の魔導書が手に入らないのはどういう事だ?
理解ができない事は非常に彼を苛立たせる。 彼の考えではこの催しはサバイバルゲームで、他の参加者全員から魔導書を取り上げれば優勝。
シンプルに考えた結果ではあるが、彼の考えは的を射ており、行動もその意向に沿った形となる。
だが、今回に関してはタイミングが悪かった。 彼の殴り殺した魔導書の所持者は確かに死亡し、それにより所有権が宙に浮いた状態となった。 その瞬間に他の魔導書の能力で転移させられたので、彼の手に入る事がなかったのだ。 そんな事を知らない彼は苛立ちを募らせるだけだった。
彼は燻った怒りを抱えたまま、誰かと出くわさないかと捌け口を求め、肩を怒らせて歩く。
すると前方に自身の物とは違う足音が聞こえて来た。
誰かが近寄って来る。 濱井は大きな笑みを隠しもせずに浮かべた。
これでもやもやした気分がすっきりする。
今の彼の心情を一言で形容するなら「誰でもいいから殴りたい」だ。
取りあえず、因縁をつけて殴ろう。 早く殴りたい、すっきりしたい。
逸る気持ちを抑えつつ足を早めた。 闇から現れたのは冴えない感じのする男。
くたびれたスーツにレンズの分厚い眼鏡。
頭髪は頭頂部が抜け落ちており、有り体に言えば少し剥げていた。
経験からこの手の奴は少し脅せばどうとでもなるので濱井は早々に威圧的に男に凄んで見せる。
「おい、おっさん。 魔導書寄こせ」
男はぶつぶつと小声で何かを呟く。
濱井は面倒になったのでつかつかと歩み寄り、男の胸倉を掴むとそのまま殴りつけた。
男は無様に転がって地面を這う。 逃げようとしていると判断し、その背を踏みつけた。
「逃げてんじゃねぇぞ!」
腹に蹴りを入れる。 男は咄嗟に腕で庇い、防がれた。
生意気にガードした事が気に入らなかったので、更に蹴ろうとしたがそれよりも早く男が魔導書を起動する。
――<第三小鍵 41/72>
同時に爪先から彼の彼の体を包むように水が発生し、体を這うように胴体を登る。
濱井が驚きの声を上げる間もなくその顔を覆う。 ゴボリと気泡が上がる。
唐突に呼吸を封じられた濱井はどうにか剥がそうともがくが彼の体を覆った水は剥がせない。
男はゆっくりと立ち上がると引き攣った歪んだ笑みを浮かべ、薄気味の悪い甲高い声で笑う。
嘲笑とも呼べる笑い声を上げながら男はその場に座り込む。
濱井は男の心底から馬鹿にしたような表情を見て、怒りが頂点に達した。
怒りはあらゆるリスクを度外視して彼に現状の打開と怒りの発散を促す。
目の前の気持ちの悪い笑みを浮かべる中年に舐められる事が許せない。
彼は男を舐めてかかっていたが、舐められる事は我慢できなかった。
――<第五小鍵――
ゴボリと彼の顔を覆っていた水が彼の喉を強引に通過して胃ではなく、肺に流れ込む。
それにより集中が途切れ発動が阻害される。
「ひ、ひひ、おい、クソガキ。 舐めてた相手にやられる気分はどうだ? あぁ?」
男は呪詛の塊のような低く淀んだ声を出しながらカチャカチャとズボンのジッパーを下ろして放尿を始めた。 放物線を描いた液体は濱井を蝕んでいる水に混ざる。
「俺の小便は上手いか? えぇ? どいつもこいつも俺を舐めやがって。 おい、何とか言ってみろよ」
男は煽るように濱井に言葉を投げつける。
濱井はそんな場合ではなく、必死に酸素を求めて水の中で藻掻く事しかできない。
そんな彼を男はひたすらに罵倒し続ける。 ゴミ、屑、カス、お前なんて生きている価値がない。
思いつく限りの罵倒を吐き出し、満足したのか座り込んでニヤニヤと濱井が藻掻く様を眺める。
しばらくすると濱井の身体から力が抜けた。 溺死したと思われるが男は油断せずに腕時計に視線を落とす。
たっぷり十数分待ってから能力を解除。 動かなくなった濱井の死体を二、三発蹴った後、魔導書を拾い上げる。 持ち主の居なくなった魔導書はすんなりと男を受け入れ、統合された。
男はたった今、行った殺人に対して何の後悔もない。 それでも行為自体には抵抗があったので、それを消す為にわざと殴られたのだ。
怒りは躊躇を消す為に非常に有用だ。 だからこそ、男は濱井を殺すハードルを極限まで下げる為に殴られた。 彼は鬱屈した怒りを抱えていたが、根本的な部分で小心者だったので殺人という禁忌を侵すに当たって儀式が必要だったのだ。
だから男は濱井を殺した事に対して自信を持ってこういうだろう。
社会のゴミを処理した。 それに――
――どうせここで会った事は表沙汰にならないのだから。
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