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第15話 山脈越え

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 カッチナガル山脈。 ヴォイバルローマへ向かう際に最大の障害として立ち塞がる山脈だ。
 森を越えた後に控えており、標高の高い山々が立ち並んでいる姿を見ると心が折れてしまうかもしれない。 頂上の辺りを見上げると不自然な黒い雨雲に強い吹雪とそれに伴い冷えた空気が地上にまで流れてくる。

 「……流石ファンタジー、さっきまで温かかったのにいきなり冷えて来たなぁ」
 
 朱里は寒いと身を震わせながら腕をさすり、ミュリエルも同様に身を震わせていた。
 応供は空を見上げて僅かに目を細める。 

 「確かに何か居ますね。 しかも大量に」
 「私には何にも見えないんだけど……」
 「俺にも見えてませんよ。 ただ、気配を感じるだけです」
 「ごめん、さっぱり分からない」
 
 応供はそうですかとだけ返すと黙って空を見つめ続けた。 
 しばらくそうしていたが、ややあってふむと顎に手を当てて悩む素振りを見せる。
 
 「ミュリエルさん。 ワイバーンは攻撃的な生き物なのですか?」
 「縄張り意識が強いので、下手に近寄るとまず襲われます」
 「これは飛ぶのは無理ですね。 恐らく山脈の上空に広がっている雲もワイバーンの仕業でしょう」
 「あなたでも無理ですか?」
 「俺一人なら突破は出来ますが、お二人を抱えてだと無理ですね。 申し訳ありませんが、ここからは走るとしましょう」

 ――これを越えるのかぁ……。

 朱里はしんどいなぁと思いながら覚悟を決めていたのだが、応供は無言で腰を落とす。
 何をやっているんだろうと首を傾げると、応供はさぁと言わんばかりに両手を広げた。

 「……応供君?」

 意図が分からずに思わず首を傾げるが、ミュリエルは途中で気が付いたのか応供にしがみつく。
 それを見て朱里も察しがついた。 どうやらそこまで苦労はせずに済みそうだった。

 
 「ちょっと!ちょっと!! ねぇ、もうちょっとスピード落とせませんかねぇ!!」

 思わず朱里は悲鳴を上げる。 
 応供は人間二人を抱えて山脈に入り、凄まじい速度で踏破していく。
 一歩で数十メートルは進んでいる。 しかも平坦な道ではなく、山道をだ。
 
 碌に舗装もされていない道と呼べるのかも怪しい場所をまるで飛んでいるかのように突き進む。
 山脈に入ってすぐに冷たい風が朱里の全身を叩き、体温が一気に下がる。
 途中でミュリエルが魔法を使って冷気を遮断したお陰で気にはならなくなったのだが、剥き出しの体で流れていく景色を楽しむなんて真似は出来ず山肌を見て思った事は掠ったら大根みたいにすり下ろされるという事だけだ。 

 ミュリエルも同じ事を思ったのかぎゅっと目を閉じて魔法を維持しつつ応供にしがみついていた。
 
  「ところでワイバーンが上空に居るのはよく分かりましたが、地上には何か居ないのですか?」
 「一応いますが、ワイバーンを恐れてほとんど出てきません。 昔は山道での移動に長けた種が数多くいたと聞きましたが、すっかり森へと移り住んだようですね」
 「だ、だったらワイバーンって何を食べてるんですか?」

 朱里は上ずった声で会話に参加する。 
 このスリルのありすぎる光景から目を逸らす為にやや強引に発言した。

 「私も詳しくは知りませんが定期的に森まで降りて狩りを行うか、テリトリーに侵入した存在を襲う……」

 ミュリエルは言いかけて恐る恐るといった様子で視線を上げるとバサバサといった何かが羽ばたく音が聞こえる。 朱里もつられてそちらに視線を向けると巨大な羽を持った蜥蜴にも似た生き物が大量にこちらに向かってきていた。 全体的に水色っぽいのは寒い環境に身を置いている所為だろうか?

 ステータスのお陰かは不明だが、目を凝らすとワイバーンの様子がよく分かる。
 どいつもこいつも目を血走らせ、口の端からは涎を垂らしており、目の前のご馳走を独り占めしたいといった欲望が透けて見えた。 その捕食者の視線に朱里は心臓を鷲掴みにされるような恐怖を抱く。

 ――あぁ、アレに捕まったら死ぬな。

 理屈ではなかった。 
 天災に遭遇した人間が抱くのはこんな感情なのだろうかと他人事のような事を考えてしまう。 
 縋るように応供にしがみつく手に力を籠める。

 「あぁ、気付かれましたか。 お二人とも加速するのでしっかり掴まっていてください」

 応供は特に焦った様子もなく加速する。 
 直立する事も不可能な急斜面を当然のように駆け、一度の跳躍で谷を越え、数度の接地で山を越えた。 ワイバーン達も折角見つけた得物を逃がす気はないようで執拗な追撃を行ったが、応供のスピードに全く追いつけずにみるみるうちに離され、やがて見えなくなった。

 そして振り切った辺りで風景に変化があった。 山脈を越えたのだ。
 山の向こうには広大な平原と小さな集落が点在している。 
 どうやら目的地が見えてきたようだ。 ミュリエルは山脈を振り返り、信じられないと呟く。

 確かに信じられないスピードだ。 
 普通に歩いたら数日どころか一か月はかかりそうな道のりを一、二時間ぐらいで踏破してしまった。
 改めて目の前の少年の凄まじさを再認識する。 これだけの事をしたにもかかわず応供は汗一つ書いていない。

 「ふぅ、一先ずは大丈夫そうですね。 一度下ろします」

 山脈から少し離れ、ワイバーンが追ってこない事を確認すると応供は朱里達を下ろす。

 「それで? 山脈は越えましたが、これからは? そのまま村に入りますか?」

 どうすると尋ねる応供にミュリエルは小さく首を振る。

 「そうしたいところですが、オートゥイユ王国の者というのは見れば分かりますので、接触は慎重に行いたいと思います」
 「あのー、見れば分かるというのは?」
 「見た目もそうですが、鑑定されればオウグさんとアカリさんはステータスで、私は火魔法に対する適性で怪しまれます」
 「火魔法の適性で?」
 「あぁ、言っていませんでしたね。 力神プーバー様は火を司っても居ますので、オートゥイユ王国の人間は高い割合で火属性への適性があります」
 「つまり火魔法を扱えるという事はオートゥイユ王国の人間って怪しまれるんだ」
 「その通りです。 接触する前に彼等の警戒心を解く必要があるのでここで準備していきましょう」

 そう言ってミュリエルはこれからの行動に付いての説明を始めた。
 朱里はこの世界の常識に疎かったので完全に任せる方向で行くつもりだ。
 もう自分は言われた事だけやろうといった開き直りに近い考え方でもあったが。

 応供は特に何も言わず小さく頷くだけだった。
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