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第280話

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 「行くわ。 援護しなさい」
 「はい、おねーたま」
 
 意識を切り替える。 ヨシナリは評価に値するプレイヤーだが、戦場から脱落した以上は目を向ける必要があるのは目の前のベリアルだ。
 ツェツィーリエは細剣を構え、ポンポンは持っていたエネルギー式の狙撃銃をベリアルに向ける。
 対するベリアルはだらりと僅かに身を落とした。 重心が前に向いているのは彼なりの前傾姿勢といった所だろう。

 ――来る。

 ベリアルが地を蹴って真っすぐに突っ込んで来るが、それはフェイク。 
 本命は死角からの一撃。

 「おねーたま! 前!」

 正面からの貫手を小盾でいなし、背後に現れたベリアルの分身体をポンポンがエネルギーライフルで撃ち抜く。 射抜かれたベリアルは霧散。 

 「短距離転移で移動する際に殻を残すから分身なんて真似ができると思っていたのだけれど、殻だけ飛ばす事もできるのね?」

 ベリアルはエーテルの外殻だけを飛ばし、本体は転移せずに攻撃を仕掛けたのだ。

 「ふ、ほんの僅か、我が闇に触れた事で知った気になっているとは愚かとしか言いようがないな。 我が名はベリアル。 闇の王にして深淵の支配者、闇の深さに終わりはない」
 「そ、そう。 何だか良く分からないけど凄いのね?」
 
 お返しとばかりにツェツィーリエは刺突を繰り出す。 
 プセウドテイは手足がなく、攻撃はジェネレーターなどの重要パーツの集中している胴体を狙わなければダメージにならない。 その為、彼女の刺突は胴体の中心を射抜かんと繰り出されるのだが、側面から手刀で打ち落とされる。 

 ――厄介。

 こと、近接戦に於いてプセウドテイと戦うのはあまり推奨されない。
 この機体はパンドラという特殊なエネルギーの変換装置を持っており、全身を覆う黒い装甲のような物は物体ではなくエーテルと呼ばれるエネルギーを半固体化させたものだ。
 
 自由に形状を変更できるエーテルを用いれば文字通りの全身凶器の出来上がりとなる。
 ただ、この一見万能に見える装備にも欠点は存在した。 あくまで操作するのは人間だという事。
 
 ベリアルの技量に依存しているのでこの攻撃を凌ぎたいのなら着目するべきは機体ではなく、彼の意識の焦点だ。 何を狙っているのかを見極める事である程度ではあるが、攻撃を読む事ができる。
 彼を相手に一定以上の戦績を誇っている者達は当然のようにそれを実行し、成功させていた。

 それを危なげなく躱せているのはポンポンによるセンサーシステムのリンクがあるからだ。
 ツェツィーリエはアバターの向こうで汗を流しながらこの心臓に悪い戦いを終わらせる為に更に集中した。



 ――やべぇ、ついていけない。

 ポンポンがAランク二人の戦いを見て思った事はそれだった。
 ツェツィーリエ。 Aランクプレイヤーにしてポンポンが尊敬する人物の一人だ。
 このゲームで右も左も分からなかった時に世話を焼いてくれた恩人でもある。
 
 機体はジェネシスフレーム『ハウラス』。
 例に漏れず非常にユニークな機体だった。 
 武装はエネルギー、実体の両属性を持つ真っ赤な刃が特徴のレイピア『スカーレット・ニードル』
 
 元々は液体金属を用いて形状を変化させるレイピアを使用していたが、バージョンアップに伴い今の装備に切り替わった。 実際の長さは見た目の半分ほどなのだが、エネルギーを収束、展開する事で延長、伸縮が可能で一撃ごとに間合いを変える変幻自在の刺突と斬撃は初見では見切る事が非常に難しい。
 もう一つはエネルギー式のサークルシールドを展開する『スカーレット・サークル』。

 カテゴリー上は盾ではあるが原理自体はエネルギーブレードと変わらないので切断力も備えている攻防一体の武装でもある。 推進装置は腰の裏に搭載されている二基のエネルギーウイング。
 エンジェルタイプの物よりも遥かに高出力、高性能ではあるが反面、扱いが難しいので手足のように自在に操れるツェツィーリエは凄腕である事は間違いない。

 加えて爪先、踵、肘、にも小さなエネルギーブレードを仕込んでおり、どんな体勢からも斬撃を繰り出す事ができる。 エネルギーウイングによる推進力によって相手に肉薄し、蜂のように一刺し。
 それがAランクプレイヤーツェツィーリエの戦い方だ。 至近距離での戦闘で彼女を圧倒する相手はこのゲーム全てを見回してもそういないだろう。

 ――だが、居ない事はないのだ。

 そしてその一人がベリアルだった。 
 ツェツィーリエの驟雨のような連撃を凄まじい反応で躱していく。
 刺突を上半身を振り子のように振って回避、レイピアを短くしてサークルシールドによる薙ぎ。
 
 ガクリとベリアルの上半身が落ちて頭上を通り過ぎる。 
 屈んだのではなく、足を短くして強引に胴体を落としたのだ。 
 股間から頭頂部にかけての両断を狙った蹴り。 エネルギーウイングを噴かして機体を縦に一回転させる事により繰り出される一撃だ。 短距離転移による回避。

 ――ここだ。 

 ポンポンのシックスセンスはプセウドテイのエネルギー変動を正確に感じ取る。
 真後ろ。 銃を構えるが、ベリアルはぬるりとした流れるような動きで転移完了と同時にツェツィーリエの前へと回り込む。 同時にツェツィーリエの横薙ぎの蹴りがベリアルの転移先を薙ぐ。

 「クソ、近すぎて援護ができない」

 ほぼ密着している状態なのでベリアルだけを狙えないのだ。
 ベリアルの本領はそのフットワークの軽さにある。 短距離転移を繰り返して間合いを掴ませない変幻自在の戦い方なのだが、この吹雪でセンサーシステムの感度が大きく落ちている現状ではそれが使えない。 対するツェツィーリエはシックスセンスによる支援があるので離れたとしてもあまり関係がなかった。 それを理解しているベリアルは距離を取る訳には行かないのだ。

 結果、互いに拳が届くほどの超が付く近距離での応酬。 凄まじい光景だった。
 シックスセンスによって見えてはいるのだが、反応できるのかはまた別の話。
 ポンポンの基準ではツェツィーリエは750点で、ベリアルは当初700点前後だった。
 
 だが、今の彼は800点を越えている。 
 視界の不良とセンサー系の不利、行動が制限されている状態での拮抗状態。
 相手は同格のツェツィーリエで近接とスピードに特化した彼女の攻撃を捌き続けているのだ。

 確かに痛々しい挙動と言動が目立つが、プレイヤーとしての技量は本物だった。
 こんな相手に自分は何ができる? 下手に動くと足を引っ張りかねない。
 一応、居るだけで貢献は出来てはいるのだが、こうして動けない状況はもどかしさが募る。
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