上 下
55 / 284

第55話

しおりを挟む
 電脳化、ナノマシンによる脳内チップの精製。
 様々な手段で人間は脳を覚醒させていった。 そしてその進化は留まるところを知らず、コネクト―ムと呼ばれる神経回路のマッピング――コネクトミクスと呼ばれる研究によって人間の才能が可視化されており、応用する事で才能を後天的に付与する事が可能になりつつある。

 現在は高額かつ不安定ではあるが、それでも誰でも様々な事が容易にできる事になる未来の輪郭は見えており、将来的に努力という概念は形骸化するのかもしれない。 この研究が進めば才能と呼ばれるものは人類の共有財産となるだろう。 そしてそれはこの世界では広く知られた事実でもある。

 加えて義体などの移植――サイバネティクスによって人体機能の上限を取り払われている昨今、武道の需要はそう高くないのではないか? それがヨシナリを始め、この世界の人間の大多数の共通認識だった。
 マルメルも同じ意見で、趣味の延長や嗜みでやるものと思っていた。

 「ふふん。 これだから素人は~」
 
 ふわわはふんふんと鼻を鳴らす。

 「確かに色んな方法で強くはなれるよ。 実際、武道って人体を効率良く動かし、ものによっては効率よく破壊する術でもあるの。 だから、リアルな話、人体から外れた義体とかガチガチに固めたサイボーグ相手だと通用しない事も当然あるよ。 でもね、前者の効率良く動かすってところは絶対に役に立つと思う。 特に駆け引きや土壇場での対応は経験があるのとないのとでは絶対的に差が出るよ」

 そう言われるとヨシナリとしてはなるほどと頷かざるを得ない。
 実際、模擬戦で何度も彼女になます斬りにされている彼としてはこれがふわわの強さの一端と言われれば納得するしかなかった。 だからと言ってライフル弾をダガーで切り払えるようになるのかはまた別の話ではあるだろうが。

 「ほー、あのとんでもない動きはそれで培った感じですかね?」
 「そうだよ~。 マルメル君もウチの道場来る? 将来的にはダガー一本で結構戦えるようになるよ!」
 「マジっすか!? 俺、道場入ります――ってそんな訳ないでしょ。 別に馬鹿にしてるとかじゃないっすけど、そういうのって一朝一夕でできるようになれるものでもないし、遠慮しときますよ」
 
 その点はヨシナリも同意だった。 
 それ以前に何年修業してもふわわに勝てるビジョンが全く浮かばなかった事もあったが。
 
 「ま、気が向いたら声かけてよ。 パンフレット送るし気持ち安くしとくよ~」
  
 ヨシナリとマルメルは曖昧に頷き、これ以上深堀りすると不味いと判断したのかマルメルがやや強引に話題を変える。

 「そ、そう言えば、ヨシナリもⅡ型に変えるんだろ? パーツ構成はどんな感じを考えてるんだ?」
 「あぁ、実は見積もりはしておいたんだ」

 ふわわは近接特化、マルメルは中~近距離。
 そうなるとヨシナリのポジションは自然と二人の死角である遠距離をカバーする形になる。
 要はこれまで通りに狙撃手としてやっていく。 ただ、難度の高いミッションをこなし、高ランクのプレイヤーと戦っていくにはこれまで以上の技量、性能が必要となる。

 それは狙撃手としてだけでなく、一人でも戦っていける総合的な強さ。
 チームとしての貢献をしつつ、地力を上げる。 それがヨシナリのプランだった。
 言うに易しだが、空いた時間をショップの商品リストと睨めっこして割と具体的に何が必要なのかの答えは出している。
 
 ヨシナリは可視化させたウインドウを二人に見せる。 
 お買い物リストと銘打たれたそれには購入予定のパーツや武器の名称と値段が並んでいた。
 それを見てマルメルは絶句し、ふわわはまじかーと小さく呟く。

 「スコープシステムに大容量のコンデンサーとジェネレーター、冷却装置。 おい、何でコンデンサーとジェネレーターもうワンセットリストに入ってるんだよ!」
 「これじゃない? 大口径レールガン『ガングニル』うわ、消費エネルギー量すっご、Ⅱ型で賄えないから外付けで要るんだ……」
 「ってかでっか、トルーパーよりでかくね?」
 「でかいぞ。 当たれば恐らくだけど例のカタツムリもぶち抜ける」
 「はー、すっごいなぁ。 でも、こんなのあるんやったらイベントの時に使ってる人いたんじゃないの?」
 「もしかしたら初回は居たかもしれませんが、これだけでかいと目立つ上に射線が取れないので持ち込んでも使い物になりませんよ」

 威力は凄まじいがでかい、重い、嵩張る、目立つと欠点を挙げればきりがない。
 あのイベントで射線を確保したいならかなり高い位置に陣取る必要があるので、下手に構えると的にされるのは目に見えている上、そもそも置く場所を確保できるのかも怪しい。 その辺りを理解している者達は持ち込んだ所で使えないと判断したのだろう。

 「で? 凄いのは分かったけど、こんなもん何に使うんだよ」
 「当然、ミッションを回す為に決まってるだろ」

 それを聞いてマルメルは察したのか納得したように声を漏らした。

 「あぁ、今やってるのより高難度のミッションを周回するのに使うのか」
 「ウチら囮やってヨシナリ君が仕留めるって戦法をそのままスケールアップする感じ?」
 「はい、その通りです。 他の装備が本命でこのデカブツはユニオンの資産を増やす為の先行投資みたいなものですね」
 「値段凄まじいけど、これってマジで回収できるのか?」
 
 マルメルの質問にヨシナリはアバターの無表情の下で笑みを浮かべて大きく頷く。

 「できるできないじゃなくてやるんだよ」
 「……な、なぁ、それよりもメンバー増やさねぇか? スナイパー増やそうぜマジで」
 「ええかもなぁ。 即戦力でアットホームなユニオンですって触れ込みで誰か引っ掛ける?」
 「なんすか、そのブラック企業が何も知らない新卒を誘い込むような文句は。 リーダーがメンバーを馬車馬のように働かせると豪語しているんですけど……」
 「まぁ、間違いなく馬車馬のように働かせるな」
 「駄目じゃねぇか!」
 「あっはっは、募集はともかくウチらと合うかは大事やと思うよ。 一緒に居てもつまらなかったからお互いにとって良くないし」

 笑うふわわに突っ込むマルメル。 割と成り行きでできたユニオンだったが、雰囲気は良かった。
 ヨシナリはこいつらとだったらこのゲームを楽しめると根拠なくそう思えるほど気の合う二人だ。
 
 「さて、目標もはっきりしたし、取り合えずミッション行くか」

 ――だからと言って手加減するような真似はしないが。

 容赦なくこき使ってやるからなと暗に含みヨシナリは二人と共にミッションを受注した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

所詮は他人事と言われたので他人になります!婚約者も親友も見捨てることにした私は好きに生きます!

ユウ
恋愛
辺境伯爵令嬢のリーゼロッテは幼馴染と婚約者に悩まされてきた。 幼馴染で親友であるアグネスは侯爵令嬢であり王太子殿下の婚約者ということもあり幼少期から王命によりサポートを頼まれていた。 婚約者である伯爵家の令息は従妹であるアグネスを大事にするあまり、婚約者であるサリオンも優先するのはアグネスだった。 王太子妃になるアグネスを優先することを了承ていたし、大事な友人と婚約者を愛していたし、尊敬もしていた。 しかしその関係に亀裂が生じたのは一人の女子生徒によるものだった。 貴族でもない平民の少女が特待生としてに入り王太子殿下と懇意だったことでアグネスはきつく当たり、婚約者も同調したのだが、相手は平民の少女。 遠回しに二人を注意するも‥ 「所詮あなたは他人だもの!」 「部外者がしゃしゃりでるな!」 十年以上も尽くしてきた二人の心のない言葉に愛想を尽かしたのだ。 「所詮私は他人でしかないので本当の赤の他人になりましょう」 関係を断ったリーゼロッテは国を出て隣国で生きていくことを決めたのだが… 一方リーゼロッテが学園から姿を消したことで二人は王家からも責められ、孤立してしまうのだった。 なんとか学園に連れ戻そうと試みるのだが…

S級冒険者の子どもが進む道

干支猫
ファンタジー
【12/26完結】 とある小さな村、元冒険者の両親の下に生まれた子、ヨハン。 父親譲りの剣の才能に母親譲りの魔法の才能は両親の想定の遥か上をいく。 そうして王都の冒険者学校に入学を決め、出会った仲間と様々な学生生活を送っていった。 その中で魔族の存在にエルフの歴史を知る。そして魔王の復活を聞いた。 魔王とはいったい? ※感想に盛大なネタバレがあるので閲覧の際はご注意ください。

影の刺客と偽りの花嫁

月野さと
恋愛
「隣国の若き王を、暗殺せよ」そう勅命を受けた魔術師フィオナ。世界を揺るがす、残忍で冷酷無慈悲な王、エヴァンを暗殺するために、王の婚約者に変身してなりすまし、暗殺しようと企てるが・・・・。 実際に王に会ってみると、世界中で噂されている話とは全然違うようで?!イケメンで誠実で優しい国王を、殺すに殺せないまま、フィオナは葛藤する。夫婦を演じて体を重ねるごとに、愛情が湧いてしまい・・!! R18です。 そして、ハッピーエンドです。 まだ、完成してないので、ゆっくりと更新していきます。 週1回を目指して更新します。良かったらのんびり読んでください。

西谷夫妻の新婚事情~元教え子は元担任教師に溺愛される~

雪宮凛
恋愛
結婚し、西谷明人の姓を名乗り始めて三か月。舞香は今日も、新妻としての役目を果たそうと必死になる。 元高校の担任教師×元不良女子高生の、とある新婚生活の一幕。 ※ムーンライトノベルズ様にも、同じ作品を転載しています。

【R18】ファンタジー陵辱エロゲ世界にTS転生してしまった狐娘の冒険譚

みやび
ファンタジー
エロゲの世界に転生してしまった狐娘ちゃんが犯されたり犯されたりする話。

BLゲームの当て馬悪役令嬢に転生してしまいました!

あきづきみなと
ファンタジー
ふと気がついたら豪華な部屋の、やっぱりめっちゃ豪華な寝台に横たわっていた。 ナニコレ、ココハドコ、ワタシハダレ? 「私」は公爵令嬢ローズマリー。豪華な部屋はローズマリーの子ども部屋。 そしてここは、18禁BLゲーム『堕ちたる楽園に清廉な華はさき初める』通称『堕ち華』の世界。孤児の主人公が騎士の道を志し、その過程でイケメンをつかまえてはのりかえていく、成り上がり系主人公総愛され世界なのだ。 ローズマリーは、主人公の住む領地を治める公爵の一人娘。そして最終的には、法律上の旦那が主人公を溺愛するための、お飾りの妻にされる。 もちろんその途中での妨害もかます悪役だが。メインヒーローである攻略対象はそもそもローズマリーの婚約者だ。そんな相手を誑し込もうという方が問題じゃないのか!? 別ルートなら、そこまでローズマリーには影響しない、と思われるものの。別ルートだと今度は隣国との関係がこじれたりする。(その場合のヒーローは隣国の公爵) めっちゃめんどくせー!! だけどお飾りにされて監禁の挙げ句衰弱死とかしたくないし、隣国の戦争になったりしたら国境の領地がヤバいし! しゃーねぇな、がんばるか! BLゲーム、とついていますが語り手の主役は女性でかつ腐女子でもありません。 内容紹介で「主人公」と言われているゲーム主人公は性格に難有り。所謂『ヒドイン』寄りです。

噂好きのローレッタ

水谷繭
恋愛
公爵令嬢リディアの婚約者は、レフィオル王国の第一王子アデルバート殿下だ。しかし、彼はリディアに冷たく、最近は小動物のように愛らしい男爵令嬢フィオナのほうばかり気にかけている。 ついには殿下とフィオナがつき合っているのではないかという噂まで耳にしたリディアは、婚約解消を申し出ることに。しかし、アデルバートは全く納得していないようで……。 ※二部以降雰囲気が変わるので、ご注意ください。少し後味悪いかもしれません(主人公はハピエンです) ※小説家になろうにも掲載しています ◆表紙画像はGirly Dropさんからお借りしました (旧題:婚約者は愛らしい男爵令嬢さんのほうがお好きなようなので、婚約解消を申し出てみました)

雨の日の幻想

くるっ🐤ぽ
ファンタジー
雨の向こうに見た幻。

処理中です...