ヘヴン・グローリー

kawa.kei

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第6話 「強化」

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 スキルの習熟訓練、装備の支給、そしてレベリング。
 勇者の力は強力無比だが、レベル依存なのでとにかくレベルを上げる必要がある。
 その為、奏多達は毎日罪人を殺害するというノルマが課せられた。

 古藤が青い顔でいつまで続けるのだと尋ねたが、騎士は「レベルが上がらなくなるまで」と答える。
 最初の数日で二十後半まで上がったのでこの調子ならそうかからずに終わるだろうと思っていたが、現実はそう甘くない。 三十を超えた辺りから急に上がらなくなったのだ。
 
 どうやらレベルを効率よく上げるには同レベル帯の生物を殺す必要があるのだが、レベル三十を超える罪人がいないので経験値の取得効率が一気に落ちたらしい。
 その為、質を数で補う為、殺す人数を倍にされた。 淡々と剣を振るって命を奪う。

 レベルの上昇に伴い、身体能力や剣の扱い――スキルの習熟も進んで派生スキルを習得し、より効率よく武器を振るえるようになった。
 最初の数日こそ不快感で何度も嘔吐を繰り返し、眠れなくもなったが騎士の一人が無表情に告げる。
 
 ――その内、慣れますよと。

 事実、その通りになった。 
 一週間経てば食事は喉を通るようになり、二週間経てばぐっすりと眠れるようになり、三週間経てば抵抗感が消え失せる。 そして一か月経てば悍ましい行為も単なる作業と成り果てた。
 
 恐ろしい事にあれ程までに拒否反応を示した古藤ですら躊躇なく殺人を実行できるようになったのだ。
 彼女が罪人を短剣で刺し殺している姿を見て、奏多は薄ら寒い物を感じた。
 
 「どうよ! 槍術の上位、上級槍術を覚えたぜ!」
 「僕も上位の魔法を習得しましたよ!」

 そんなある日の事だ。
 たまたま、全員が一緒になる機会が訪れ、食事を摂る流れになったのだが津軽と深谷はお互いのスキル自慢を早々に開始した。 奏多も上級剣術を覚えていたので驚きは少ない。
 
 検証をしたのだが、やはりスキルという存在は異質――と言うよりは異常だと言わざるを得ない。
 少なくとも日本の常識に触れて育った奏多にはそう簡単に呑み込めるものではなかった。
 剣術スキルに関しても使い方は簡単で、剣を持った状態で結果を指定する。

 袈裟に両断したい、首を落としたい、腕を切り落としたい。
 何でもいいのでそう念じて剣を振るう。 後は体が勝手に動いて結果へと導いてくれる。
 その為、技量も何もない。 感覚としては適当に剣を振るっているだけだ。
 
 スキルで人生が決まると言われているのも納得できる話だった。
 魔法も同様だ。 深谷の話では使いたいと念じると脳裏に使用可能な魔法が浮かんで、それを使うと強く思えば勝手に飛び出すらしい。

 本当に簡単に出来てしまうのだ。 これが手の込んだアトラクションや、ゲームか何かならそれなり以上に楽しめただろうが、慣れたとはいえ永遠に消えない殺人の感触がこれは紛れもなく現実だと告げる。
 日本にも銃という使用すれば誰でも容易く他者の命を奪う道具は存在した。

 だが、このスキルという代物はそれ以上に危険な代物だと奏多は痛感していた。
 何よりも手軽に使える点が危険すぎるのだ。 このまま行けばそう遠くない内に倫理観が麻痺して――いや、津軽と深谷を見ればかなり深刻なレベルで麻痺しているのは明白だった。
 
 「津軽君、深谷君。 我々は人を殺めてその力を得ているという事を忘れてはいけないぞ」
 「あ? あぁ、そっすね。 つってもやる事は変わらないんで、気楽に考えた方がいいんじゃないっすか?」
 「津軽さんの言う通りですよ! 何せ僕達は選ばれし勇者なんだから、少しぐらいなら大きな顔をしても許されるんじゃないですか?」

 巌本が窘めるが二人は明らかに理解していなかった。
 
 「そうじゃない。 この戦いが終われば我々は日本に帰るんだ。 その時もこんな調子だと普通の生活に戻れなくなるぞ」

 そういった巌本の言葉に対しての二人の反応を奏多は忘れる事ができなかった。
 二人はぽかんと呆けた表情を浮かべ、声には出していないが「こいつは何を言っているんだ?」と理解していない事を雄弁に伝えていた。 明らかに帰るつもりがない者の反応だ。

 「前に私がした話を覚えていないのか? この国に――」
 「いや、覚えてますって、終わったら用済みになって消されるかもって話でしょ? でも、本当にそっすかね?」
 「どういう意味だ?」
 「俺達って鑑定スキルがあるじゃないっすか? それを使えばここらの連中のステータスを見る事ができる。 ――んで、俺はこの国の騎士とかのステを結構、見て来たんですけどぶっちゃけ大した事ないっすよ?」

 それを聞いて巌本は反射的に周囲に視線を向ける。
 奏多も全く同じ考えで周りを見るが、食堂には他に人はおらず閑散としていた。
 内心で言葉には気を付けろと思う。 この国の騎士達が大した事ないと軽んじられればいい気分はしないのは明らかだ。 ただでさえ、外様の自分達がここで孤立するような真似は避けたい。

 騎士達とは可能な限り良好な関係を築いておきたいので、滅多な事は勢いでも口にするべきではないのだ。 

 「津軽君。 言葉には気を付けるんだ。 優れているのはあくまでステータスであって我々ではない」
 「巌本さん。 優れているのは「僕達」のステータスですよ。 なら僕達が優れている事じゃないですか?」
 「……深谷君。 慢心は身を滅ぼす。 自身の力を誇るのは良いが、ここが現実である事をしっかりと見極めるんだ」
 「巌本サン。 説教ならうんざりなんですけど。 現実? それなら俺達はしっかりと味わってきましたよ。 昨日、俺と深谷で楽しい店に行って来たんすよ。 良かったら巌本サンもどっすか?」

 それを聞いて古藤は僅かに眉を顰め、千堂は我関せず、そして奏多ははっきりと侮蔑を浮かべる。
 これはセクハラではないのかと思いながらも口にはしない。
 巌本は女性陣を一瞥した後、溜息を吐いた。

 「……別に君達と喧嘩がしたい訳じゃない。 ただ、ここにいつまでもいる事は危険である可能性を知っていてほしかった。 それを理解しているのなら私から言う事は何もない」
 「えぇ、大丈夫っすよ分かってますって」
 「そうですよ!」

 明らかに分かっていないであろう二人の反応を見て巌本は小さく溜息を吐き、食事を済ませた千堂は「じゃあ私はこれで」と席を立ったところでこの日の話はお開きとなった。
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