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29-2 結婚式への招待

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▽▽▽
 ダミアン・ローグとクリスタ・ボリナスの結婚式の招待状が届いたのは二ヶ月前のこと。宛名は夫婦連名だった。


「以前、事務所で会っただろう。覚えていないかも知れないが……参加したくないなら断ってくれて構わない」


 フォアード商会が全面的に取仕切る結婚式に、夫婦で招待されて妻だけ不参加とかなくない? とアデレードは思ったが、ペイトンなりの気遣いであることもわかったので、


「出席します」


 とにこやかに返した。

 しかし、本日、式当日になって再び「付き合わせてすまない」とペイトンが詫びを入れるので、結婚式って招待されてそんなに嫌がるものではないでしょうよ、とアデレードは微妙な気持ちになった。


「私、結婚式って好きですけどね。なんか幸せな気持ちになれるじゃないですか」


 軽快に進む馬車の中、向かいに座るペイトンは何処を見ているのか視線が合わない。

 銀髪の髪をオールバックにして黒い燕尾服をビシッと着こなしているので、普段より美形度が増している。

 こりゃモテるわな、というのが率直な感想だった。


「なら、いいんだが」


「はい」


 ジェームスに変なことを言われて、変に意識しそうになったが、ペイトンは仕事が多忙だったらしく、三日ほど顔を合わせない間に落ち着いた。

 ペイトンの様子も特に変わらないし、気にするのはやめた。


「……結婚式が好きなのか?」


「え? まぁ、割と」


 食べ物の好みみたいに聞かれましても、とアデレードは笑ってしまった。


「旦那様は好きじゃないんですか?」


「結婚式にでると結婚を勧められるからな」


 ペイトンにとって面倒臭い状況がいろいろ想像できすぎる。

 そもそも男性はあまり結婚式に憧れを抱いたりしないのかもしれない。

 着飾るのは女性の方だし……いや、個人によるか、とアデレードは考えながら、


――結婚式でリングボーイをやってきたんだ!


 とふいにレイモンドが言った言葉が頭に浮かんだ。

 小さい頃、親戚の結婚式に招待された話をしてくれた時のことだ。

 リングボーイが何か良くわからなかったけれど、レイモンドが嬉しそうだからいいことなんだと思った。


(あの後、何かで喧嘩したんだけっけ)


 大泣きして騒いだ記憶がぼんやりある。多分、悪いのは自分だ。

 あの頃は、レイモンドに無茶苦茶言って困らせては、セシリアに吊し上げられていた。

 別に意地悪を言ったことは一度もなかったけど、かなり奔放な発言をしていた気がする。

 いつから思ったことを口にできなくなったんだろう。

 言葉を呑み込むほどレイモンドとの間に距離ができていった気がする。

 だったら、我慢せずもっといろいろ言えば良かった。どうして? って聞いたら良かった。せめて最後にがつんと言ってやれば良かった。全部、今更の結果論だけれど。

 
「……そういえば、昨日、ダミアン様はどういった要件で訪ねていらしたのですか?」


 アデレードはくさくさする気分を変えようと話題も変えた。

 昨夜、ダミアンが先触れもなく訪ねてきた。

 夕食中だったので「君は、食事を続けてくれ」とペイトンは一人で席を立ったが、挨拶はしとくべきだろうと応接間へついていった。

 とはいえ結婚式の前日にわざわざ来るなんて重要な要件かもしれない、と早々に退席した。

 それから、アデレードは一人で夕食を再開させたがデザートを食べ始める頃に、再びメイドが「お客様のお帰りです」と知らせに来た。

 実質三十分も滞在時間はなかった。

 玄関へ見送りに行くと、ダミアンは感じよく笑って帰って行った。

 少し引っ掛かったのが扉を潜った後「アデレード夫人」と振り向いたこと。

 続けて言った「ごめんね」の言葉が妙に耳に残っている。

 あの時は、食事を中断させてごめん、わざわざ見送りに来てもらってごめん、という意味かと思ったし、早くデザートの続きを食べないとクリームが溶けるので「いえいえそんな。明日の結婚式楽しみにしています」と考えなしに笑って応えたが、ちょっと変な気がする。

 
「どうして急にそんなことを……」


 ペイトンが言い淀む。


「いえ、なんとなく。ごめんねって言われたのがちょっと引っかかっただけです」


「君が気に病むことはなにもないよ」


 答えになってないのだが、とアデレードは腑に落ちなかったけれど、詮索されたくないのだな、ということが理解できたので追及はしなかった。

 ダミアンの暗い夜の深い海みたいな静かな笑顔がチラついたけれど、ペイトンの言う通り自分が気に病むことでないだろうから。


「そうですか」


 興味ないそぶりで答えて窓の外に目をやった。
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