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19-2 嫌いになる方法

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 アデレードは朝は八時半に、夜は十九時に食事を取る。

 その為、ペイトンは大体アデレードが来るより五分前に食堂に向かう。

 アデレードに気を遣っているのではなく、自分の生活スタイルは元々これであり、そこにアデレードが介入している体を貫きたいため、という呆れた理由だった。

 だから、今朝もジェームスとのやりとりで時間を費やしたにも関わらず、いつも通りランニングをしてシャワーを浴びてから食堂へ向かった。

 案の定、時間は八時半を五分ほど過ぎた。それで「しまった!」と慌てて階下へ下りたが、部屋の前まで来ると、


(いつも僕の方が待っているのだから、たまには彼女を待たせるくらいいいんじゃないか)
 

 と幼稚な考えが湧いた。

 焦る気持ちを落ち着かせて深呼吸を一つして室内へ踏み込む。

 食堂の扉は部屋の中央にあり、長方形のテーブルが入り口と並行に置かれている。

 入室するとすぐにアデレードを確認できた。サラダを頬張っているところを。


「……先に食べていたのか……」


 ペイトンは思わず心の声を漏らした。

 確かに時刻は八時四十分になろうとしている。十分の遅刻なわけだが、自分はいつも早めにきてアデレードを待っている。

 アデレードがテーブルについたら、すぐに食事を運ぶように指示しているから、メイドは自分不在でも先に用意したのだろう。

 それもそれでどうかと思うが、それよりなにより「食べるのは待つだろ」という感情が脳内を支配した。

 そしてそのまま脊髄反射みたいに口から溢れでた。嫌味っぽかったか、とペイトンの後悔より先に、


「五分以上も待っていたんですが!」


 アデレードが語調を強めて言った。途端に背中に汗が流れる。


「……いや、違うんだ」


 何も違わないのだが、ペイトンは自分の意思とは裏腹にすぐさま謝罪したい衝動に駆られて、


「その……すまない」


 と実際すぐに頭を下げた。

 しかし、アデレードはロールパンを引きちぎり、むしゃむしゃ食べるだけで返事をしない。


(確かに遅れてきたし嫌味を言ったことは悪かったが、普通無視するか?)


 ペイトンはあっけに取られて何も言えなくなった。

 アデレードはその間も、ペイトンがいないかのように食事を進める。

 ペイトンはどう対処してよいかわからず、おずおず席に着いた。

 メイドが食事を運んでくるが、生きた心地がしない。が、


(いや、別に僕はさほど非常識なことは言ってないだろう)


 とペイトンは突如自分を奮い立たせて、渋い顔で、


「君、」


 そんなに怒るようなことを僕は言ったか? と続ける前に、


「何!」


 とまたしてもアデレードにひと噛みに合い、完全に戦意を喪失した。

 一気に沈黙が広がる。

 しかし、今度はアデレードが口を開いた。


「なんですか?」


「え?」


「なにか言いかけたでしょう?」



 アデレードに詰め寄られてペイトンは目を泳がせた。

 さっき発言しかけたことをそのまま口にすれば血祭りに遭うことは間違いない。

 他の話題はないかと必死に探すが頭が白くなって思い浮かばない。

 それでも辛うじて、


「あ、あぁ、前に君が続編を見たいと言っていた観劇のチケットが手に入りそうなんだ」


 と言うことができた。

 ちゃんと入手してから話をしようと考えていたから、若干バツが悪い。


「え! 本当ですか?」


 しかし、アデレードが態度を軟化させたので、


(なんて現金な小娘なんだ)


 とペイトンは内心悪態をつきつつ安堵した。


「あぁ、初日の昼間の公演になるが……」


 観劇は夜公演をメインと考える貴族は多い。

 夕方から着飾って劇場に足を運び、鑑賞後はゆったりディナーを楽しむ。

 昼公演は忙しない印象がある。

 特に男女のデートでは、昼間の公演を観に行くのは野暮だと嘲笑されかねない。


「ということは本当の初回公演ってことですよね。有難うございます。お礼しますね」


 だが、アデレードの反応は違った。「一番乗りだ!」とは流石に口にはしないが、明らかにそういう感じで喜んでいる。


(本当に子供だな……)


 あれこれ胃が痛かったペイトンは拍子抜けして、笑いまで湧き出しそうになった。しかし、


(淑女としてはあるまじき振る舞いだろう)


 と敢えて自分を戒めて律した。

 そうだ。どう考えてもおかしい。こんな変な人間は全くもって自分の好みではない。

 そうだ。そうだ。この小娘は至る所であちこちおかしいのだから、理論的に考える為、異常な点を点数化していってやろう。

 そしたら自分も冷静になれる。数値化すれば気の迷いも解消される。

 ペイトンは、良案を閃いたみたいに晴れやかな気持ちになった。

 これでアデレードを確実に嫌いになれるはずだ、と。


(取り敢えずは、チケットはどんな手を使っても入手しよう)


 こんなに喜んでいるんだから行けなくなったら可哀想だ、と思う気持ちが何かについては一切考えなかった。
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