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SIDE2-2 階級社会

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 貴族の結婚が恋愛感情云々だけで進められることは稀な話だ。大概が、家柄、爵位がものを言う。

 では、アデレードの結婚市場での価値はどうであるか。
 
 人目を引く美人ではないが、後ろ指を指される容姿でもなく、一見ツンとして見えるが高位貴族の令嬢としてはかなり愛想がいい。

 爵位は長兄が継いでいるが、バルモア侯爵家の末娘の婚儀となれば破格の持参金が用意されるのは明白。その上、姻族になればどれほどの利益が生まれるか。

 学園へ入学した辺りから、アデレードの元にはそういう皮算用で近づいてくる男が何人もいた。

 良くも悪くもお嬢様で、人の悪意にさらされて育ってこなかったアデレードは、声を掛けられれば、へらへら笑って応じていた。

 ただ友人になりたいという言葉を真に受けて。

 だからレイモンドは、自分が盾になり、下心で近づいてくる男達からさりげなくアデレードを守ることにした。

 優しくされているのが金目的だと知ったらアデレードが傷つく、と純粋な思いだった。

 すると今度は、

「バルモア家に上手く取り入ったな」
「成金の伯爵家の分際で」
「目障りなんだよ、邪魔するな」

 とやっかみからレイモンド自身が誹謗中傷を受けるようになった。

 特に経済的に困窮している高位貴族の令息からの嫌がらせには神経を擦り減らした。

 自分がアデレードを愛しく思っているのは、バルモア家の娘だからなどではないし、ましてや金持ちの娘だからでもない。

 震えあがるような憤りを感じたし、高位貴族に面と向かって反論できない自分の立場が悔しかった。

 けれど、両親には伝えられなかった。

 爵位が上の貴族に歯向かうなどできないし、迷惑を掛けたくない。

 ならばアデレードには? 

 もしアデレードに虐めの事実を告げれば「ひどい! お父様に言ってどうにかしてもらうわ!」と流れるのは目に見える。

 バルモア侯爵は娘に甘いし、自分のことも可愛がってくれている。すぐに動いてくれるに違いない。権力を振りかざす相手ならバルモア家からの抗議に怯むのは間違いない。

 だけど、レイモンドにとってアデレードは庇護してやる対象で、助けを求める相手ではなかった。

 格好悪いところなど見せられないという思いもあった。

 バルモア家の力を借りて解決すれば、連中の言うとおり「上手く取り入ったな」とどこまでもその評価がついてくることも、プライドが許さなかった。

 だから、誰にも何も言えないまま一人で雁字搦めになった。

 そして、何も知らずに不埒な輩に呑気に笑いかけるアデレードに、理不尽な怒りを抱くようになっていった。

 お門違いな憤りだと分かっているのに、腹底に負の感情が溜まっていく。

 アデレードを傷つけないように始めた行動のはずが、何も気づかずへらへら笑っている姿に苛立って仕方ない。

 アデレードが侯爵家の出自でなければ良かったのに、と八つ当たりのようなことばかり考えていた。

 そんな中、転機となったのは、リコッタ伯爵家にユーグニル侯爵家から融資の懇願があったことだ。

 先代の当主は財務大臣まで務めた有能な人物だったのに、後を継いだ息子の放蕩により没落した。

 特に三年前に先代が亡くなって以降は、借金を借金で払うような危うい経営が続き、このままでは爵位を返上して平民になるしかない状況まで追い込まれた。

 自領地で綿の栽培を生業としている繋がりから、紡績業で成功したリコッタ家に資金援助と経営改善の支援を求めてきたのだ。

 要するに金の無心では? とレイモンドは思ったが、父は臆することなく、ユーグニル侯爵に援助の条件を突きつけた。

 爵位で忖度することなく経営者として対応する姿に驚いた。

 同時に、これまで散々自分に嫌がらせをしてきていたユーグニル家の次男が鳴りを潜めたことも。

 面と向かって謝罪してくることはなかったが、虐めには加担しなくなった。

 持って生まれた爵位の壁が鬱陶しく眼前に立ち塞がっていたレイモンドにとって、青天の霹靂だった。

 萎縮していたのは自分だけだった。

 自分の中に確固たる基盤がないから、目に見える爵位に怯んでしまうと気づいた。


「父上、仕事を手伝わせてください」


 だったら、揺るぎない自信を身につければいい。自分の食い扶持を自分で稼げるような自信。

 早く独り立ちして、バルモア家の後ろ盾云々と揶揄されることのない地位を築けば、誰にどう言われようが毅然と撥ね付けられる。

 自分が擦り減ることはないし、アデレードを守り切れる。

 レイモンドの中でカチリと何かがはまった。

 アデレードの気持ちは何一つ聞かなかった。
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