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15-1 夜会

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▽▽▽
「夜会に参加しないんですか?」


「夜会に参加したいのか?」


 夕飯の席でペイトンに尋ねると質問に質問が返った。

 夜会にはよい思い出がないため、ノイスタインにいた頃は自分から進んで参加したい場所ではなかった。

 今は無礼な奴らは全員吊し上げてやる! という思想を抱いているため出席したくなった。


「参加したいです」


 なので、ありのままに答えるとペイトンは少し驚いた顔で、


「そうか、わかった。考えておく」


 と言った。「考えておく」はレイモンドの常套句だった。結果がイエスだったことはない。無駄な期待をもたせるだけ罪だ。それで、


(嫌ならはっきり断ればいいのに)


 とアデレードは一瞬苛立ったが、


(契約があるから無理なのか)


 と思い至って怒りを口にするのはやめた。
 だが、それから三日後。


「夜会の件だが、ロイスタイン伯爵邸で今週末にある。僕の学生時代からの友人なんだ。妹が一人いて確か君より二つか三つ年上だったと思う。仲良くなれるんじゃないか。どうだ?」


 と尋ねられた。


「え、どうだって?」


「その夜会でいいかどうかだが……」


(考えておくって、どの夜会に参加するか考えておくって意味だったの?)


 あのまま有耶無耶にされると思っていた。この男は、レイモンドとは違い非常に律儀な男であることを失念していた。


「はい。その夜会に参加したいです」


「そうか。では、返事をしておくよ」


 かくして夜会への出席が決まった。





 バリバラ国は、公爵、侯爵は領地を与えられているが、伯爵位になると三分の一程度しか自領地を与えられていない。

 その代わり、王都の郊外が下位貴族用の居住区として開放されており、そこへカントリーハウスを構えている者が多い。

 王都から馬車道も整備されており夜道でも行き来しやすくなっている。

 ロイスタイン伯爵邸もその居住区に建てられた一つだ。

 ペイトンとアデレードを乗せた馬車は、夕方五時に屋敷を出たが、ロイスタイン邸へ到着したのは七時過ぎだった。

 夜会と言っても公的なものからホームパーティまで大小様々ある。

 今日のは近しい友人だけ招待された集まりらしい。そんなところへのこのこ出掛けたりして大丈夫なのか不安はあった。

 しかし、嫌がらせされたら、それはそんな夜会を選んだペイトンが悪いということで暴れ回ってやろうとアデレードは心に決めていた。

 
「やぁ、よく来てくれたな。そちらが噂の奥方かい?」


 執事の案内で部屋へ通されると、ロインスタインの次期当主でペイトンの学友であるアベルが迎えいれてくれた。

 パーティールームでは既に三十人ほどの招待客が歓談している。


「あぁ、妻のアデレードだ」


「初めまして。アベル・ロイスタインです。ご結婚おめでとうございます。本日はお越しくださり有難うございます」


「こちらこそ、お招き頂き有難うございます」


 柔和な笑顔。見た目は細身で華奢で文学青年といった風貌。がっちりしたペイトンとはあまり共通点はない。友達だからと外見に共通点があるわけでもないが。


「私にも一年前に結婚したばかりの妹がいましてね。今日は帰ってきているんで、よければ仲良くしてやってください」


 そういうと「サシャ!」と奥で談笑している女性を呼んだ。

 ペイトンから二つか三つ上という曖昧な情報を得ていたが、アベルの呼び掛けに応じてこちらに来た女性はもっと年上に見えた。老けているわけではなく漂う雰囲気が非常に落ち着いているから。


「妹のサシャです。去年グレン子爵の元へ嫁ぎました。こちらはペイトンの奥方のアデレード夫人だ」


「初めまして、以後お見知り置きを」


 アデレードが丁寧に膝を折ると、サシャも同様の深々としたカーテシーで返してくる。兄妹揃って感じがいい。


「アデレードは、サシャ夫人と年が近い。仲良くしてやってほしい」


 ペイトンがまた過保護な発言をする。放っておいてくれたら仲良くなれたかもしれないのに、下手に頼んだら相手が萎縮してしまうではないか、とアデレードは感じた。


「……こちらこそ仲良くして頂けたら嬉しいです。どうぞわたしのことはサシャとお呼びください」

「有難うございます。私のこともアデレードと呼んでください」

「はい、では、アデレード様。今日はわたしの学生時代の友人達も集まっているんです。よろしければ紹介しますわ」


 しかし、アデレードの予想に反してサシャはにこやかに微笑んでいる。

 オリーブ色の髪に薄い緑の瞳。一見地味っぽいがよく見ると整った顔をしている美人。優しさが滲み出ている。もし同じクラスにいたらきっと仲良くなれるタイプだ。

 ペイトンが、友人の妹を紹介すると宣わった時には、正直馬鹿なの? と思った。

 ペイトンの名前を親しげに呼んでいたクリスタを思い浮かべて、またあんな感じの女が現れるのではないか、と予期していた。

 だが、冷静に考えれば自分がペイトンを好きでないのと同様に、この世の全ての女性がペイトンを好きなはずはない。通常、兄の友達、友達の妹という関係性でこちらに嫌がらせなどしてこない。


「ご迷惑でなければ是非」


 アデレードは、サシャの申し出に素直に感謝の意を述べた。


「もちろんですよ。では、こちらへ」


 嫁いで来て一月半。友達はまだいない。懇意にしてもらえたら嬉しい。

 浮かれた気持ちでいた。が、ペイトンがついて来ようとするのでアデレードは困惑した。サシャも驚いた素振りを見せる。


「おい。ペイトン、マット達がシガールームにいるぞ」


 恐らくアベルが気を利かせて言ったことにも、


「いや、今日は妻についているから」


 意に介することなくペイトンは答えた。


(えぇー!)


 いらんけど! とアデレードは内心絶叫していた。


「そうか。夫婦仲が良くてなによりだ。じゃあ、また後でな」


 ペイトンが明言するので、それ以上は本人の意思に背けないとばかりにアベルが笑った。


「では、参りましょうか」


 サシャも先程の困惑から一転して大人の対応をみせる。

 この状況でアデレードだけ反対するわけにいかなくなった。笑顔でいるけど、 

 
(迷惑なんだけど)


 と心中で悪態をついた。

 アデレードの中でペイトンは無口な男だ。毎日、朝夕の食事を共にしているが、大体一方的にアデレードが喋る。

 最初の頃は、お前が喋らんなら私も喋らん、と無言を通していたが、ペイトンがジェームスにがんがんポイントをつけられていて可哀想になってきたので、適当にどうでもよいことを話すようになった。

 何故私が嫌いな夫相手に気遣いをせねばならぬのだ、と思いつつ、ペイトンはどんな話も熱心に聞いてくるので悪い気はしない。

 だから、二人の時はもうそれでよいのだが、これから新しく友達を作ろうとしている今は足枷にしかならない男だと思う。

 しかし、人前で「どっかに行ってよ」とは言えず、サシャの後ろを黙ってついていく。
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