上 下
35 / 87

11-3 ぼっこぼこに

しおりを挟む

「わー、美味しそうですね」

 アデレードは、ペイトンをそっちのけで食事に夢中になった。

 スープ、魚料理、肉料理と次々運ばれてくる。一皿食べ終えたら、すぐ次がくる。明らかに品出しのスピードが速い。

 アデレードは全く気にする様子はなかったが、ペイトンは、


(しまったな)


 と思った。

 この店で食事を取る際には「間隔を短くしてくれ」と依頼している。

 恐らく今回も店が気を利かせてその配分で料理を提供している。

 自分が指示したわけではないのだが、ペイトンはなんとなく後ろ暗く思った。

 
「なんか、段々腹が立ってきたな……」


「え」


 アデレードが誰に言うともなしに呟く。

 ペイトンは、一瞬料理の提供に関してアデレードが何か勘づいたのかとギクッとなったが、


「あの女達に馬鹿にされる筋合いないんだけど」


「え?」


「大体、嫌なら嫌ってはっきりいえばいいのに……結婚するなんて言わなきゃ良かったのに!」


 ドンッとアデレードがテーブルを叩く。大した力でもないので、食器が飛び跳ねるなんてことはないが、


(酒乱の気があるんじゃないか。やっぱり酒に弱いんじゃないか)


 とペイトンは呆れ気味に思った。

 アデレードは顔が赤いのはさることながら、どう見ても目が素面のそれじゃない。

 食事と共に運ばれてきたワインをグビグビ飲むのを好きにさせていたが、料理が早く運ばれてくる分、ピッチも早かった。


「君、大きな声出すのはやめなさい」


 衝立で仕切られているとはいえ大声を出せば隣に聞こえる。


「なんで私が悪いみたいに言われないといけないの!」


「いや、僕はいいんだが、他の人に迷惑だから……」


 ペイトンが途端に弱気で返す。


「うわーん。ひどいよー!」


「だから、ほら、他の人の邪魔になるから……」


 ペイトンはおろおろして立ち上がりアデレードの傍まで寄った。衝立の向こうの席を気にしながら、


「きつい言い方をして悪かったよ」


 とアデレードにだけ聞こえるように言う。

 それでアデレードのトーンは下がったのだが、今度は声を殺してポロポロ泣き出した。

 状況は全く改善しておらず、むしろこっちの方が心理的にくる。

 ペイトンがどうしてよいのかあわあわしてる間に、アデレードは、


「嫌いなら嫌いで仕方ないけど誠実な態度で断るべきでしょう。なんで好きな気持ちを馬鹿にされなきゃいけないの? だったら初めから結婚するとか言うな」


 と憎々しげに言った。

 何の話だ、と一瞬思ったが、勿忘草の内容であることは直ぐに理解できた。

 同時に「まぁ、確かに」とペイトンは思った。

 ダリルはラウラが恋を諦めようとするタイミングで気を引くようなことをしていた。

 人の気持ちを弄ぶ真似をして非道な男だと思ったが、それ以上にそんな男に引っかかるラウラを愚かだとペイトンは感じていた。

 でも、ラウラ贔屓のアデレードはダリルに腹が立つのだろう。ここまで主人公に肩入れするか? と思わなくもないが、


「そんなに好きだとは知らなかったんだよ。悪く言ってすまなかった」


 とにかく今は泣き止ませるのが先決なので謝った。


「知らないわけないでしょ!」


「いや、本当にそんなに好きだとは思わなかったんだよ」


「別にもう好きじゃない」
 

 だったらなんでこんなに泣きじゃくるんだよ、絶対好きだろ、とペイトンは頭を抱えた。

 アデレードがぐじぐじ鼻をすするので、胸ポケットのハンカチーフを差し出すが、全く受け取る気配がない。

 やむなくペイトンはそっと涙を拭うようにハンカチをアデレードの頬に添わせる。 


「あいつら、ぼっこぼこにしてやる」


 アデレードは顔に当てられたハンカチは気に留めることなく何処か遠くを見て言った。


「あいつら?」


「あの無礼な女達よ」


 アデレードの言葉に、ペイトンは、ダリルが浮名を流していた令嬢達がラウラを嘲笑する場面があったな、と劇中の一場面を脳裏に浮かべた。


(ぼこぼこにするって誰を? 演者を? そんな馬鹿な)


 しかし、ここで否定的なことを言ったらまた喚きだしそうだと判断して、


「暴力はよくないから謝罪させるくらいにするのがいいんじゃないか」


 とやんわり告げた。

 その言葉を聞いてアデレードがゆっくり視線だけこちらへ向ける。

 ペイトンは一瞬、全面的に肯定すればよかったと後悔したが「わかりました」とアデレードが素直に頷いたので、拍子抜けした。

 それから急に大人しくなったので、このまま演劇のことを蒸し返させないようにしなければ、と、


「ほら、顔を拭いて。もうすぐデザートが来るんじゃないか。君、甘い物好きだろう?」


 とペイトンはアデレードの顔を拭いながら言った。

 アデレードはあまり厚化粧でないせいか、さほど大惨事にはなっていない。ただ、目の下が黒いので、どうにかそれを綺麗にしたくてペイトンはハンカチを何度も擦りつけるが落ちない。

 少し水分を含ませた方がよいのでは、とテーブルの水のグラスを手にしてハンカチを濡らし、再度チャレンジする。

 アデレードは自分で顔を整える気が全くないらしい。されるがままぼんやりしている。

 自分でやれと言って、また荒れ狂うと困るため、ペイトンはできるだけ刺激しないように丁寧に顔に触れた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

私は私で勝手に生きていきますから、どうぞご自由にお捨てになってください。

木山楽斗
恋愛
伯爵令嬢であるアルティリアは、婚約者からある日突然婚約破棄を告げられた。 彼はアルティリアが上から目線だと批判して、自らの妻として相応しくないと判断したのだ。 それに対して不満を述べたアルティリアだったが、婚約者の意思は固かった。こうして彼女は、理不尽に婚約を破棄されてしまったのである。 そのことに関して、アルティリアは実の父親から責められることになった。 公にはなっていないが、彼女は妾の子であり、家での扱いも悪かったのだ。 そのような環境で父親から責められたアルティリアの我慢は限界であった。伯爵家に必要ない。そう言われたアルティリアは父親に告げた。 「私は私で勝手に生きていきますから、どうぞご自由にお捨てになってください。私はそれで構いません」 こうしてアルティリアは、新たなる人生を送ることになった。 彼女は伯爵家のしがらみから解放されて、自由な人生を送ることになったのである。 同時に彼女を虐げていた者達は、その報いを受けることになった。彼らはアルティリアだけではなく様々な人から恨みを買っており、その立場というものは盤石なものではなかったのだ。

婚約解消して次期辺境伯に嫁いでみた

cyaru
恋愛
一目惚れで婚約を申し込まれたキュレット伯爵家のソシャリー。 お相手はボラツク侯爵家の次期当主ケイン。眉目秀麗でこれまで数多くの縁談が女性側から持ち込まれてきたがケインは女性には興味がないようで18歳になっても婚約者は今までいなかった。 婚約をした時は良かったのだが、問題は1か月に起きた。 過去にボラツク侯爵家から放逐された侯爵の妹が亡くなった。放っておけばいいのに侯爵は簡素な葬儀も行ったのだが、亡くなった妹の娘が牧師と共にやってきた。若い頃の妹にそっくりな娘はロザリア。 ボラツク侯爵家はロザリアを引き取り面倒を見ることを決定した。 婚約の時にはなかったがロザリアが独り立ちできる状態までが期間。 明らかにソシャリーが嫁げば、ロザリアがもれなくついてくる。 「マジか…」ソシャリーは心から遠慮したいと願う。 そして婚約者同士の距離を縮め、お互いの考えを語り合う場が月に数回設けられるようになったが、全てにもれなくロザリアがついてくる。 茶会に観劇、誕生日の贈り物もロザリアに買ったものを譲ってあげると謎の善意を押し売り。夜会もケインがエスコートしダンスを踊るのはロザリア。 幾度となく抗議を受け、ケインは考えを改めると誓ってくれたが本当に考えを改めたのか。改めていれば婚約は継続、そうでなければ解消だがソシャリーも年齢的に次を決めておかないと家のお荷物になってしまう。 「こちらは嫁いでくれるならそれに越したことはない」と父が用意をしてくれたのは「自分の責任なので面倒を見ている子の数は35」という次期辺境伯だった?! ★↑例の如く恐ろしく省略してます。 ★9月14日投稿開始、完結は9月16日です。 ★コメントの返信は遅いです。 ★タグが勝手すぎる!と思う方。ごめんなさい。検索してもヒットしないよう工夫してます。 ♡注意事項~この話を読む前に~♡ ※異世界を舞台にした創作話です。時代設定なし、史実に基づいた話ではありません。【妄想史であり世界史ではない】事をご理解ください。登場人物、場所全て架空です。 ※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義なのでリアルな世界の常識と混同されないようお願いします。 ※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。 ※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。 ※話の基幹、伏線に関わる文言についてのご指摘は申し訳ないですが受けられません

婚約者とその幼なじみの距離感の近さに慣れてしまっていましたが、婚約解消することになって本当に良かったです

珠宮さくら
恋愛
アナスターシャは婚約者とその幼なじみの距離感に何か言う気も失せてしまっていた。そんな二人によってアナスターシャの婚約が解消されることになったのだが……。 ※全4話。

あんなことをしたのですから、何をされても文句は言えませんよね?

柚木ゆず
恋愛
 ウチことクロフフォーラ伯爵家は金銭面でとても苦しい状況にあり、何かしらの手を打たないとわたしの次か次の代で破産しかねない状態となっていました。にもかかわらず肝心の父、母、妹も、『自分さえ幸せならどうでもいい』と考えていて、対策を練ることなく日々好き放題していました。  このままでは家が大変なことになってしまう。そこでわたしは9歳の頃に、国家資格である『1級薬師』を取得してオリジナルの薬を作り、その製造と販売でクロフフォーラ家を守ろうと決意しました。  それから5年後にわたしは14歳で1級薬師となり、24歳で薬の開発に成功。侍女や使用人がサポートしてくれたおかげで無事目標を達成することができた、のですが――。父と母と妹はわたしを屋敷から追い出し、薬に関する利益をすべて自分達のものにしようとし始めたのでした。  ……そういうことをするのでしたら、こちらにも考えがあります。  全員、覚悟してくださいね?  ※体調不良の影響で現在最新のお話以外の感想欄を、一時的に閉じております。なにかございましたら、お手数ではございますが、そちらにお願い致します。

色無しのアルカナ

水城イナ
恋愛
とある世界。 シディル国の国立アカデミーの新入生である公爵令嬢アルカナ・アルフェジアは、大変憂鬱だった。 魔力のある者は必ず「七色」に分類されるはずが、自分は「色無し」だからだ。 理由がわからないままアカデミーで落ちこぼれとして生活するアルカナ。 だが、アルカナには秘密があった。 (私は無色。無色という色であり、無色の魔法が使えること―――) 自分は何者なのか。そもそも「色分け」はなぜ存在するのか。 自身の謎を追っていると、突然皇太子が接触してして、取引を持ちかけてきて…? ちょっと特別な人たちが、問題解決に帆走しながらも自身の謎を解き明かす、ファンタジーラブ。

今さら、私に構わないでください

ましゅぺちーの
恋愛
愛する夫が恋をした。 彼を愛していたから、彼女を側妃に迎えるように進言した。 愛し合う二人の前では私は悪役。 幸せそうに微笑み合う二人を見て、私は彼への愛を捨てた。 しかし、夫からの愛を完全に諦めるようになると、彼の態度が少しずつ変化していって……? タイトル変更しました。

『壁の花』の地味令嬢、『耳が良すぎる』王子殿下に求婚されています〜《本業》に差し支えるのでご遠慮願えますか?〜

水都 ミナト
恋愛
 マリリン・モントワール伯爵令嬢。  実家が運営するモントワール商会は王国随一の大商会で、優秀な兄が二人に、姉が一人いる末っ子令嬢。  地味な外観でパーティには来るものの、いつも壁側で1人静かに佇んでいる。そのため他の令嬢たちからは『地味な壁の花』と小馬鹿にされているのだが、そんな嘲笑をものととせず彼女が壁の花に甘んじているのには理由があった。 「商売において重要なのは『信頼』と『情報』ですから」 ※設定はゆるめ。そこまで腹立たしいキャラも出てきませんのでお気軽にお楽しみください。2万字程の作品です。 ※カクヨム様、なろう様でも公開しています。

婚約して三日で白紙撤回されました。

Mayoi
恋愛
貴族家の子女は親が決めた相手と婚約するのが当然だった。 それが貴族社会の風習なのだから。 そして望まない婚約から三日目。 先方から婚約を白紙撤回すると連絡があったのだ。

処理中です...